fate/accelerator   作:川ノ上

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舞踏会

夕暮れに染まるビルの頂上。

凹凸上のコンクリートを見下ろす世界の中、

突如、異質なベクトルを感じた一方通行は後ろを振り返った。

 

立ち入るものはごく僅かな世界に感じた小さな違和感。

そして、妖艶とも言える女の声。

 

明らかな敵性の前に、一方通行は反射的に声のする方へベレッタM92を向けた。

視線の先、それを目の当たりにした一方通行は小さく目を見開いた後、鋭く瞳を尖らせた。

 

そこには人ではなく白い怪物がいた。

 

改めて観察すると、それはまるで陶器かと見間違うほど艶のある芸術品のようだった。

白を基調とした磨き上げられた体躯。その身体には肉はなく、陽光を鈍く光らせて反射させる骨のみがカラカラと鳴く。

それがただの芸術品で収まるはずもなく、一種の兵器として成り立っていることを一方通行は素早く理解した。

 

そう。先ほどまで一方通行が簡単に蹴散らしたはずのゴーレムが二足歩行で佇んでいたのだ。

そして『それ』は気配もなく一方通行たちの後ろを取ったにも拘らず、その場に立ってこちらの様子をうかがっていた。

 

「……クソガキ」

 

振り返らずに小さく彼女の名前を呼ぶ。

イリヤもなぜ自分の名前が呼ばれたのか察したのか、困惑する状況にも拘わらず落ち着いて一方通行の言葉を待った。

 

「お前、あいつの接近に気付けたか?」

 

「一応感知はしていたけど、……正直あれは無理かも」

 

驚愕するような声でイリヤは一方通行の問いにはっきりと断言した。

 

相手が魔術を使用する以上、そこには何らかの痕跡が残るものだとバードウェイは言っていた。

それは、体内に残留する魔力であったり、術そのものが僅かに発する魔力の痕跡だったりなど様々だが、魔術を使ったという形跡は必ずどこかに残るものらしい。

現に一方通行も、人の流れを読み取って魔術の痕跡を発見したことがある。

その法則で行くと、たとえ横に立つクソガキが魔術師としてポンコツだとしても、何らかの反応はあるはずだと思っていた。

 

しかし、イリヤの表情はすぐれない。

それどころか、ここまでの接近を許してやっと気づいたような顔つきだ。

 

一瞬、一方通行の咎めるような視線に身体を縮ませるイリヤだが、それでも一応戦果らしいものは見つけたのか小さいながらも上目づかいで結果を呟く。

 

「魔力の反応が薄すぎる。あれ、本当にゴーレムなの!?」

 

あわよくば、と期待はしていたがイリヤの反応を見る限り、どうやら状況は最悪らしい。

魔術師であるイリヤですら感知できないほど小さな魔力反応。

決して、イリヤが未熟なわけではないだろう。

この聖杯戦争というふざけた戦いに参戦する権利を持つくらいだ。

バードウェイとはいかずともそこそこ使う魔術師には違いない。

 

しかし、その一介の魔術師でも感知不可能なゴーレム。

これを容易に作るということは、すなわち、敵の魔術師がどれほど優れているのかを示している。

 

(引っかかる点はいくつかあるが、背後を取った割には何の動きもねェってのが気になるな)

 

一応、ゴーレムの一つ一つの挙動に反応できるように対処していた一方通行だが、ここまで数十秒の間ゴーレムが身動き一つ取った形跡は見られなかった。

不気味な時間がさらに数秒流れ、まるで相手の出方を窺うような雰囲気が緊張の糸をさらに張り巡らせる。

 

そのあまりにも不自然な様子に怪訝そうに眉を顰めるイリヤ。

彼女とは裏腹に一方通行は目を鋭く細めて、ゆっくりと息を吐き出した。

 

先ほどまでとは明らかに違う緊張感。

水の中に氷を入れるように空気が冷えていき、感覚が嫌でもとがっていく。

 

そして、目の前の存在に目を離せないはずの状況でも、一方通行は毅然とした表情を崩さずに周囲の状況を観察する。

 

現状、敵との距離は十五メートルといった所か。

遮蔽物が少なく、開けた空間である上に人の目を気にしなくてもよい。余計な気遣いをしなくていい分、全力で能力を使っても問題はないだろう。

しかし、その条件は相手も同じである以上、うかつな手を打つことはできない。

 

(だが、いつまで経っても何もしてこないところを見ると、俺たちの出方を待ってるってことか?)

 

スッと目を細め、小さく舌打ちする一方通行。

 

考えていても仕方がない。

 

そう判断した一方通行は、張り詰めた雰囲気のなか、イリヤを背に回すようにして位置を調節するとゴーレムに向けて不気味に顔をゆがめた。

狂気の笑みが、張り詰めた時間を一層引き伸ばす。

一拍置いたのち小さく息を吐き出すと、血の通わぬ間延びした声が夜の屋上を静かに通っていった。

 

「ふっ、やっと出向いてくれる気になるたァ、ずいぶんとサービス旺盛だなァおい」

 

「……あら、随分なご挨拶じゃない。その口ぶり。私がつけていたのをはじめから知っていたように聞こえるけど」

 

「――えっ!?」

 

骨のゴーレムの艶美な声に、反応するようにイリヤがはじかれた様に見上げてくるが、構ってなどいられない。

適当に「黙ってろ」と鋭く目配せした後、再び目線を元に戻して骨の化け物を睨みつけた。

 

「夕日に染まったビルから飛ぶ影が三つ。大方そこに転がってる骨どもだろォなァ。日の明るいうちからストーカーとは随分と精が出るがァもっとマシな隠れ方はできねェのか?」

 

「あら。あの距離で気付いてたの? クラスの割にはずいぶんと勘がいいのね」

 

「正直鬱陶しくて仕方なかったがな。……ンで、ご名答ってことはお前がキャスターでいいンだな?」

 

「ええ、そうとって貰っても構わないわ」

 

確認とも取れる作業に、わざわざ返事を返すゴーレム。

クスクスとまるで耳元で囁かれているようで、正直に言えば不快だがそのゆったりとした口調からは、余裕が感じられ、嘘は言っていないようにも取れた。

カラカラと言葉に合わせて動くゴーレムの動きを観察しつつ一方通行はベレッタM92を改めて構えなおすと、目をナイフのように鋭く尖らせ、小さくせせら笑った。

 

「そんな臆病者の魔女さンは一体俺たちに何の用だァ? まさか愉快で素敵なパーティーにご招待ってわけじゃねェんだろ?」

 

「ふふっ面白いこと言うわね。でも私がそれを貴方に教える義理があると思って?」

 

「期待なンざしてねェよ。ただ、愉快なダンスを踊るにしても理由くらいは知っておきたいだろ?」

 

「……そうね。まぁ言うなれば確認といった所かしら。それとご所望であればパーティーくらいご招待するわよ?」

 

骨の化け物が軽快な『女性』の声で何かを呟くと、周囲一帯から白い骨が次々と現れる。

一方通行には理解できない言語だが、キャスターの声に合わせて踊るように白い何かが蠢き形を作る。

まるで粘土をこねくり回すように、姿かたちが整えられ次第にはすべて瓜二つのゴーレムが出来上がっていく。

その数はゆうに二十は超えている。

その一体一体が形状の違う武器を所持しており、輪を囲むようにして一方通行達を包囲していた。

 

一方通行はそのすべてを能力で知覚し、敵の数と配置をすべて認識した。

どれも不規則に見えて、一定の距離を保っているところを見ると形成ざますぐに襲い掛かってくる気配はない。

しかし、なんの知覚能力も持っていないイリヤからしてみれば堪ったものではないだろう。

突然現れたゴーレムの群れに、イリヤは一方通行の衣服にしがみつくと、引き攣った声で一方通行を見上げてくる。

 

「バ、バーサーカー。もしかして私たち、結構まずかったりする?」

 

「やっと気づいたか。これで子ども扱いするなってンだからほンと笑えるよな」

 

「バーサーカーが余計なことを言ったという自覚はないのかな!?」

 

イリヤは身構えるようにして周囲を見渡し一方通行に寄り添うと、もう一度心配するような瞳で一方通行を見上げた。

しかし、一方通行の態度は変わらない。

邪魔なイリヤを適当に引っぺがすとあくまで余裕をもって状況を分析する。

 

そして一言、まるで退屈そうな声色で、『キャスター』に話しかける。

 

「で、臆病者は高見の見物ってとこか?」

 

「あら、それはどういう意味かしら?」

 

「こっちは無駄なことに時間を割くほど暇じゃねェンだよ」

 

「……? 言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」

 

分かりかねるように女性の声で口動かすゴーレム。

その姿を見て、一方通行は面倒くさそうに自分の白髪を掻き揚げると、小さく舌打ちする。

そして――。

 

「とりあえず鬱陶しいから出てこいっつってンだよ。この臆病者が」

 

そう言って何もない虚空。正確には一方通行の後ろに振り向きざまに発砲した。

 

虚空に向かう弾丸はそのまま直線を描き、そして見えない壁に阻まれるようにして止まった。

それを目にしたイリヤは目を丸くして、一度一方通行の方を見上げてから、もう一度虚空を見る。

そして、イリヤは目を見開いた。

虚空だったはずの空間からゆっくりと、女性の手らしきものが()()()()()ことに。

 

それは、継ぎ足されたデータが書き込まれるように徐々に姿を現していく。

 

始まりは手袋から、徐々に紫色のローブが現れ、最後に目元までフードで隠した女性が現れた。

 

「聖杯戦争に鉛玉なんて、ずいぶんとなめた真似をしてくれるのね」

 

表情は読み取れなくとも、その声色が想定外の事態であったことを物語っていた。

 

「あれが、キャスター」

 

息を呑むイリヤを尻目に一方通行は嘲笑の笑みを浮かべて、肩をすくめた。

 

「だから言ったろォが。もっとマシな隠れ方はなかったのかってな」

 

「そう。見つかるつもりはなかったんだけれど、ばれてしまったのなら仕方ないわね」

 

あくまで残念そうにつぶやくキャスター。

その反応に一方通行は僅かばかり眉をひそめてキャスターを観察した。

 

動揺の色はない。

それ以前にキャスターの声色から余裕が感じられるほどだ。

 

何かある。

そう警戒していると突如として空中に浮かんでいたキャスターの姿が霞のように足元から消えていった。

そしてなにか不可解なベクトルを感じ取った一方通行は、先ほどまで話していた骨のゴーレムに向き直ると僅かに身構えた。

 

ゴーレムの斜め横にふわりとキャスターが浮かんでいた。

 

「っ!! ……空間移動」

 

「ふふっ。そう驚くことでもないでしょう? このくらい造作もないことだわ」

 

小さく驚愕するイリヤの反応を楽しむように笑うキャスター。

一方通行にはキャスターが行ったのが空間移動(テレポート)であることしか理解できないが、横目でイリヤの反応を窺う限り、相当高位の魔術であることが推測できる。

しかし、一方通行は眉をひそめて、怪訝そうな目つきをキャスターに向けた。

 

確かに、空間移動は強力な魔術ではあるだろう。

物体を重量問わず無制限に転送できるのなら確かに脅威であるのは間違いない。

だが単に移動すらだけなら何も空間を弄ってまで使うほどの魔術ではない。

 

むしろ、敵に情報を曝すというデメリットしか生まないはずだ。

 

にも拘わらす使った。

すなわち、少なからずそこには意味がある。

キャスターの挙動に注意しながら思案に暮れる一方通行は、やがて敵が魔術師であるということを思い出し、得心の言ったように小さく舌打ちした。

 

(ゴーレムを使って慎重にことを進めようとする奴が使うような下策じゃねェ。つまりこれは――)

 

あえて、魔術師の優劣を知らしめるような行動。

 

自身との力量の差を教えて、行動権を握ろうとでもしているのだろう。

あからさまな挑発行為。

まるで愛玩動物をいじめて愉しんでいる飼い主のような反応だ。

ちょうど、番外個体が黒夜をいじって弄んでいるときを見ているような感覚に近い。

 

これは自分に対した行動ではないと理解すると、その挑発の対象になっている少女に目を向けた。

 

イリヤもキャスターの行動の意味を理解したのか、表情は僅かに硬いがキャスターを見る目には少なからず敵意が籠っているのが感じられる。

 

(挑発に乗るほど馬鹿じゃねェか)

 

挑発は相手が乗らなければ、たいして意味のない行為。

それをわかっているからこそ、イリヤも見下されている怒りを抑えることができているのだろう。

だが、それも限界に近いのか、それともあまりの展開に参っているのか、その瞳に不安げな色が浮かんでいる。

 

一拍間が開き、互いの殺気が飛び交うなか、キャスターは小さく笑みを浮かべると高度を少し落としてゴーレムの横に並ぶと、口に当てていた右手を静かに下した。

一瞬、何らかの魔術を使うのかと、身構える一方通行だったが、すぐにキャスターの行動が戦闘ではないことを知った。

 

挨拶。

 

まるで偶然出くわした通行人に交わすような気軽さで敵前にも関わらず、キャスターは仰々しくローブの裾を持ち上げた。

ゆったりと。それも優雅に。それこそ舞踏会を舞う姫君のように。

戦場に似つかわしくない声が、歌うように魔女の口から発せられる。

 

「せっかくだから挨拶でもしましょうか。初めまして、アインツベルンのお嬢さん」

 

イリヤに向けられたたった一言。

その一言でイリヤは機能を停止したように表情が固まった。

おそらく、キャスターの挨拶の意味を素早く理解したからだろう。

顔を引き締めるイリヤの表情から幼さが消え、睨みつけるようにしてキャスターに向ける視線が鋭さを増す。

そして、小さく一言挑むように言い放った。

 

「……貴方に挨拶することなんて何もないわ」

 

「あら、てっきり淑女であるならこれくらいの作法は叩き込まれてると思ったのだけれど。随分と余裕がないのね。アインツベルンの名が泣くわよ」

 

「っ!! あなたのような下賤な存在にいうことはないにもないって意味なんだけど」

 

「ふふ、言ってくれるわね。ま、いいわ。私を見つけたそこのサーヴァントに免じて許してあげる」

 

そう言って、ゴーレムを撫でまわすキャスター。

そのしぐさには余裕があり、気品が感じられる。

しかし、横でその一連のやり取りを『観察』していた一方通行は内心、小さく舌打ちしていた。

 

(クソガキの方に余裕がねェ。明らかな非常事態で参ってるってとこかァ? 会話の主導権を完全に持っていかれた)

 

毅然として言い返しているものキャスターの言う通りイリヤには明らかに余裕がない。

それに対して、相手はそのことをわかっていてあえて煽っている節がある。

頭に血が上っている者と冷静な者。

状況は、一変して向こうに流れてしまった。

 

キャスターのあいさつは、おそらくイリヤへの挑戦という意味が込められていたのだろう。

それを躱しきれなかったイリヤ。

余裕を保てなくなった時点で魔術師としての格付けは終わったも当然だった。

 

小さく唇を歯噛みするイリヤを横目に、一方通行は静かにため息を吐き出した。

 

(会話の主導権が向こうに渡った以上、有利に事を進めるには強引にでも先制攻撃を決めるしかなねェ)

 

だが、キャスターはまだ会話を望んでいるのは雰囲気からして明らかだ。

むやみに突っ込んでいって、状況を悪くするのは得策ではない。

 

しかし、こちらにもバッテリーの問題がある。

ここで電源を切るような愚かな真似はできない以上。このまま長丁場になるようであれば、圧倒的にこちらが不利。

銃撃戦もあの魔術障壁の前では意味をなさないとなると、できることは限られてくる。

そこまで、確認して一方通行が動き出そうと重心を僅かばかり沈めたところで、フードの奥のキャスターと目が合った。

紫色の瞳が一方通行を興味深げな視線でとらえた。

まるであの科学者達のように。

何かをのぞき込もうとしている目だ。

 

「それにしてもバーサーカー、ねぇ」

 

「……あン?」

 

キャスターから吐き出される物憂げな吐息。。

それはまるで『意外』とでも言いたげな抑揚を含んでいる。

それでも止まらずキャスターはコロコロと喉を鳴らすようにして不気味な笑みを浮かべていた。

横に立つイリヤの表情がキャスターの言葉と同時に強張ったのが気になるが、今はそんなことに気を割いていられる状況ではない。

思わず眉根をひそめると、キャスターの口から恍けたような声が漏れ出た。

 

「てっきり()()()が呼ばれると思っていたのだけれど、私の見当違いだったかしら。それとも貴方はフェ()()()?」

 

「なンのことだ?」

 

堪らず問いかけると、キャスターはあえて一呼吸間をおいて唇の端を吊りあっげて、小さく笑みを浮かべた。

 

「昨日の夜」

 

「っ!!」

 

その瞬間。イリヤの様子が明らかに変わった。

伏せていた顔を上げると、まるで何かの仇でも見るような激しい目つきでキャスターを睨んでいる。

その表情は明らかな怒り。

それでもキャスターの態度は変わらない。

クスクスと口元を隠してこちらの様子を楽しんでいるだけだ。

 

「そんなに睨まないで頂戴。敵情視察なんて当然でしょ。それもこの聖杯戦争の御三家とも呼ばれる貴方達を監視しないなんて道理はないわ」

 

「……」

 

「そう、昨日の夜。あなた達アインツベルンが彼を()()ため、わざわざ()()()の神殿の礎を持ってきたのでしょう? だから、わたしも慌ただしく頑張ったのだけれど」

 

一瞥。

明らかに確認を取るように、一方通行を見てから小さく笑みを浮かべ、そして残念そうにつぶやいた。

 

「取り越し苦労だった、ってことなのかしら」

 

「……どういう意味?」

 

イリヤの声に僅かばかり力が籠る。

苛立ち。

しかし、そんなことを気にする相手ではない。

すぐに話を逸らすと、改めて嫌味たらしい笑みを浮かべる。

 

「いずれ分かるわ。それにしても本当に興味深いわ貴方」

 

「……いい加減つまらねェ雑談は終いかァ? ならさっさと終わらせるぞ」

 

「ふふ、バーサーカーの割には随分と理性を残しているのね。おもしろいサーヴァントだわ、お嬢ちゃん」

 

何らかの交渉。

あるいは品定め。

それは一方的なものだったが、その口調には明らかに会話の終了を意味していた。

 

ここからが本番。

 

まるでそう言いたげな口調でキャスターは短く命令する。

己が下僕たちに向かって。

 

「……やってしまいなさい」

 

立っているだけだったゴーレムたちは、キャスターの声に反応し、その命令に従い動き出した。

はじめは様子見なのかキャスターに愛でられていたゴーレムが我先にと突進してくる。

小さく舌打ちする一方通行は、全体の距離を把握し、素早く向かってくる一体のゴーレムに引き金を引く。

火薬特有の破裂するが立て続けに三回。

しかし、突撃してくる骨のゴーレムの勢いは止まらない。

強度が上がっていることを素早く確認すると、追加でもう二発頭蓋に撃ちこんで、ようやく一体が崩れ落ちた。

 

「……個体ごとの強度が上がってる、か」

 

小さくつぶやいて、続いてゴーレムが倒れた隙を縫うようにして後ろから襲い掛かってきたゴーレムに拳を叩きこむ。

そうして、左手に持っているベレッタM92に視線を落として、次に腰にしがみ付くイリヤを見た。

 

(追加弾倉はない。しかも残り十発ときてる。このガキは使えない。――となると)

 

明らかな消耗戦。

加えて、残りバッテリーの短さ。

ここに来て充電の重要さが響いてきたが四の五の言っていられない。

敵は待ってはくれない。

むしろここぞとばかりに攻めてくるはずだ。

地をかけて突撃してくるもの。

あえて空中に跳び、ナイフを振り上げてくるもの。

武器を投擲して、行動を阻害するようなもの。

一体一体はおそらく大したことないであろうそれらが、数という有利を生かして攻めてくる。

だから、一方通行の取る行動は簡単だった。

 

投擲してきた武器をベレッタM92で撃ち落とし、加えて、一番早く到達したゴーレムの足を弾丸二発と引き換えに打ち壊す。

そして、バランスを崩したゴーレムを片手で掴み、それぞれの目標に向けて正確に振り回す。

ただこれだけだ。

 

これだけで、空中を飛んでいたものは、頭部から粉々に砕け、武器のないゴーレムは上半身を強引に粉砕される。

そして、用済みとばかりに一方通行は下半身のなくなったそれを乱雑にキャスターに投げつけた。

ベクトルをいじり、威力を上げた『それ』は勢いよく回転し、キャスターの顔面に向かって飛んでいく。

骨という材質からは信じられないほどの破壊音が鳴り響くが、キャスターの顔色は変わらない。

再び、見えない壁によって止められた。

キャスターの顔に焦りの表情はない。

むしろ、この程度想定済み、とでも言いたげな笑みを浮かべている。

 

「あらあら、ずいぶんと簡単に壊してくれるのね」

 

「はン。この程度で始末されるよォな。第一位なンつゥ肩書は背負えないンでなァ」

 

「面白いことを言うのね。ならこれはどう?」

 

キャスターが指を鳴らしたのと同時に、残りのゴーレムが一斉に一方通行の元へと駆け出した。

同時多面攻撃。

タイムラグもなく等間隔で距離を縮めてくるゴーレムの群れ。

距離は五メートルもない。

各々の武器を振りかざし、アスファルトを駆けるゴーレムをじっと見つめ、一方通行は深く息を吐き出した。

先ほどの攻撃は、単に同じ強度のゴーレムたちをぶつけ合うことによって、残弾の節約と自身の能力を隠すために()()()』攻撃したに過ぎない。

もちろん今の一方通行にとってこんな攻撃は、『防ぐ』という動作すらいらない。

もともと完全に反射できることはすでに検証済みだ。

あとは、ただ突っ立ていれば向こうから勝手に壊れていくだろう。

しかし、こうもあからさまに同時に来られたのでは、対応が少しばかり限られてくる。

そう。一方通行が絶対の防御を持っていたとしても、こればかりはどうにもできいない。

何せ、今の一方通行には『荷物』が付いているのだから。

 

(どォあっても奴らの刃はこのクソガキにも向くだろォな。さっきと同じことをやっても完全に防ぎきれる保証はねェ、か。なら――)

 

そこで、イリヤを守りながら戦うのは無理だと判断した一方通行は唐突にイリヤの首根っこをつかむ。

 

「ふぇ?」

 

素っ頓狂な声を上げてこちらを見上げてくるが関係ない。

無情にも腰にしがみついていた『荷物』を引きはがし、一方通行は向かってくるゴーレムたちに方へとイリヤを乱雑に投げ入れた。

邪魔だから捨てる。

ただそれだけ。

それもあえてキャスターの目の前へと行くように。緩やかにそれでいて適当に。

 

「……えっ?」

 

呆気にとられるキャスター。

それは銀髪の少女も同じで、呆けた顔でこちらを凝視している。

風になびき乱れ行く銀色の髪。そして、緋色の瞳が一方通行を見つめている。

まるでその瞳は、どこか見捨てられた、とでも言いたげな色を秘め、しかしそれと同時に何か諦めのようなものが浮かんでいた。

 

(ンだよ。ンな鬱陶しい目で俺を見るんじゃねェよ。クソガキが)

 

迫りゆくゴーレムたちで視界は徐々に白い何かへと変わっていき、完全にイリヤが隠れて見えなくなる。

だが、一方通行は見た。

彼女が見えなくなるほんの一瞬。

切り捨てられたはずの少女が儚げに笑っていたのを。

そして、その奥で紫の魔女が呆気にとられながらも片手を構えて何かを詠唱している姿を。

 

別に見捨てたって構わないはずだった。

それなのに、一方通行の思考は自身の行動とは関係なく素早く答えをはじき出していた。

 

「クソが」

 

甘いとはわかっていたが、ここまでとは想像していなかった。

悪態をついてもなお、すでに体は動いてしまった。

一度目を閉じ、全ての視界を閉ざす。

向かってくるであろう敵をすべて無視する形で。

そして、もう一度目を見開いたとき、一方通行は駆けだしていた。

刹那。

 

「なっ!?」

 

うめき声をあげたのはキャスターの方だった。

まさに一瞬。一方通行から目を離し、マスターたるイリヤを始末しようとしたキャスターにはすべてを認識することはできない。

しかし、襲い掛かっていたはずのゴーレムが全てたやすく砂塵に還り、目の前に敵の姿がある。それだけでキャスターは詠唱を中断し両手を前に構えた。

一方。一方通行は脚力のベクトルをいじり爆発的な加速でキャスターの元へ飛び込むと、空中にいるイリヤを素早く抱きかかえ、身体を入れ替える様にして鋭い蹴りを入れる。

 

ガキンッ

 

金属音とも打撃音ともつかない甲高い音。

それと同時に、キャスターの前に展開された光の膜は砕け散り、塵ぢりとなって空中に霧散していった。

それでも衝撃を防ぎきれないのか、うめき声をあげるキャスターに向けて、一方通行は返す刀で腕を振るう。

 

が、この攻撃はキャスターに寸でのところで躱された。。

追撃を加えようと右手を水平に動かす腕が、捕らえたはずの顔に当たった感触がない。

 

(空間移動か)

 

崩れていく魔女の姿を前に小さく舌打ちすると、一方通行は隣ビルに着地する形で減速し、抱えていたイリヤを隣に下ろした。

お荷物に情けなどいらない。

まるで、帰宅時に荷物を雑多に置くように、適当に放り投げる

 

「へぶ!!」

 

変なうめき声をあげて、地面と抱擁を交わすイリヤ。

臀部にのみをさすっているあたりどうやらケガはないらしい。

そのことに、やや安堵している自分がいて、一方通行は小さく舌打ちした。

 

昨日今日行動を共にした程度。

そこに信頼などあるはずもなく。助けてやるほどの情もない。

もともとそういう()()でことを進めるはずだった。

にも拘らず早々に身体が動いてしまった。

不可解な誤作動に内心、首をひねり、戦闘中にもなぜという問いが一方通行の頭を占めていく。

 

そこまで考えて、一方通行はふっと昨晩のイリヤの姿を思い出した。

何故、今そのことを思い出したのかは定かではないが、思い出した。

 

(ああ、なるほど)

 

そこまで考えて納得したような、足りないピースががっちりとはまったような感覚が胸の内を襲う。

今朝から続く、鬱陶しいほどのアプローチ。

昨晩とは打って変わって見せる表情の柔らかさ。

まだまだぎこちない部分はあるが、

 

(こいつはこいつなりに俺に歩み寄ろうとしてきた、のか?)

 

無意識にそのことがわかっていたから、一方通行も身体が動いた。

 

馬鹿らしい。

 

しかし、一方通行が無意識に少女を優先した、という結果は覆らない。

 

自分の思わぬ思考回路に、小さく嘆息すると、僅かばかりの殺気にあてられ、思考を切り替える。

 

兎にも角、多少の誤差はあるが、計画通りに事を運べたのは上々だ。

そうして、いつの間にか移動していた視線をイリヤからキャスターに視線を移す。今度は一方通行が挑発するように笑みを浮かべた。

その視線の先。

頬からうっすらと血を流すキャスターを見て、満足そうに口をゆがめた。

 

「ほォ、サーヴァントっつっても赤い血が流れてンだな」

 

「当然でしょう。所詮仮初の肉体とはいえ、私たちはこの世界に現界している身なんですもの。この程度の傷で調子に乗らないでちょうだい」

 

それにしても。と前置きし、キャスターは頬の傷ををぬぐうと、裂けていたはずの傷が姿を消す。

 

「マスターをおとりにするなんて、とんでもないサーヴァントね。でも、私に傷を負わせたのは褒めてあげる」

 

「はン! こンな役立たずでも、死なれちゃ処理が面倒なンでなァ」

 

あっけからんと言い放つと、キャスターは一度考えるような素振りを見せてから、ゆったりと右手を前に差し出した。

 

「……なら、その娘を捨てて私と組まないかしら? 私が言うのもなんだけど、その子より貴方をうまく使ってあげられると思うのだけれど」

 

「あいにくだが、テメェみたいなクズと組む気はねェンでな。ここで消えておけ」

 

「あら残念ね。ならもう一つ私から提案があるのだけれど」

 

意外な申し出に片眉を吊り上げると、一方通行は身構えていた拳銃を下ろす。

先ほどまであった敵意が全く感じられない。

それどころか殺気すらない。

何が目的だ、と思案していると、キャスターは自分から見て右側の方を指さして、楽しそうに笑った。

 

「あン?」

 

「教会からの使者がこちらを見ている」

 

そう言って、キャスターは明後日の方向に視線をやる。

一方通行も、キャスターと同じ方向に目線を配ると、それは確かにいた。

 

「……蝙蝠、に見せかけた使い魔ってとこか」

 

「ええ、正解」

 

どうやら、闇夜にまぎれて一匹の蝙蝠が周辺を旋回している。

が明らかに動きが不自然だ。

まず集団で群れる蝙蝠が一匹こんなところにいるのがおかしい。

しかも、獲物を捕らえている訳でもないのに、その場を旋回する姿はまるでこちらを見ているようにも見えなくもない。

そこまで確認して、一方通行は蝙蝠から視線を外してキャスターの方に向き直る。

 

「その根拠は」

 

「私が一度教会に帰る使い魔を一匹潰した、では足りないかしら?」

 

胡散臭いが、見られている状況ということには変わりない。

この場で確認が取れない以上、とりあえず信じざる負えない。

小さく舌打ちすると、一方通行はキャスターを静かに睨みつけた。

 

「で、テメェは何が言いたい」

 

「停戦を要求するわ」

 

「テメェが仕掛けた戦いにも拘らずにか?」

 

「そもそも、私は偵察に来ただけ。あなた達を殺そうなんて初めから思っていないの」

 

だって、と一拍間を置き、キャスターは自身の口元をローブで隠すと

 

「聖杯戦争が始まる前に、貴方達を消してしまうのはあまりにも無粋、というものでしょう?」

 

笑みを隠すようにきっぱりと言い放つキャスター。

その声色に偽りはない。

強者からくる余裕か。それとも慢心からくるのか。

どちらかは定かではないが明らかに舐められているのは確かだ。

一度、イリヤの方に目を向け、彼女の様子を観察する。

その小さな瞳から窺えるのは小さな不安のみ。

先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、若干怯えた感情が返ってきた。

それを確認し、一方通行は現状できることを百個ほど考え、すぐに放棄した。

そして、小さくため息を吐き出した一方通行の答えはあっさりしたものだった。

 

「勝手にしろ」

 

「あら? てっきり挑発に乗ってくれるとばかり」

 

その言葉に、意外といった調子の声が返ってくる。

一方通行は面倒くさそうにキャスターに視線を向けると、先ほどまでの鋭い殺気を解き、大きく息をついた。

 

「ンな安い挑発にだれが乗るか。テメェが引くってンなら追う理由はねェな」

 

「意外と紳士なのかしら? でもいいの? ここで私を逃したら後々厄介なことになると思うのだけれど」

 

その言葉には誇張がない。

本気でそう言っているのが言葉の端々で現れている。

しかし、だからと言ってここで始末しなければならない、というわけではない。

むしろ馬鹿な話だ。

なにせ。

 

「逃げの一手しか出さねェような臆病者を相手したって時間の無駄だつってンだ。消えるならさっさと消えろ」

 

「あら。やっぱり気付かれていたの?」

 

頬に手を当て、クスクスと小さく笑みを浮かべるキャスターに対して、一方通行は答え合わせでもするような調子で口を開く。

 

「明らかに敵意がなさすぎる。テメェが俺に攻撃できる機会なンざァいくらでもあった。だがテメェ自身が攻撃に回ることはなく、向かってくるのは土くれどもときた」

 

「私がゴーレムに精通した魔術師だとしたら?」

 

「空間移動ができるほどの魔術師がか? だとしたらあの場面で一度砕かれたゴーレムを量産するはずなンざねェ。もっと別個体を複数量産するはずだ」

 

「ふふ、やっぱり興味深いわ貴方」

 

正解なのかは定かではないが、おそらくこの推測は的を得ていると、一方通行は確信している。

相手は魔術師だ。それも英雄などと呼ばれるような類の一級品。

そんなキャスターが、ただの木偶使いの訳はない。

もちろん、そういった特化型の魔術師もいるかもしれないが、魔術の利点は一つの概念にとらわれないという一点に尽きる。

 

つまり。魔力が続く限り際限なく、あらゆる魔術を行使できるということ。

 

こちらの魔術という概念がどのようなものかはまだ詳しくは知らないが、おそらく法則は似たようなものだろう。

手の内をバラしたがらない慎重なキャスター。

それはここ数分の戦闘である程度予測はついている。

戦闘に限っては慎重にことを運びたいはずだ。よほどの非常事態が訪れない限り、本気を出すことはしないだろう。

 

そして、奥の手を隠し持っている敵に馬鹿正直に突っ込んでいくほど一方通行は愚かではない。

 

「さっさと失せろ」

 

「そうね。日も暮れてきたことだし、今宵の舞踏会はこの辺でお開きにしましょうか」

 

答えに満足したのか、クスクスと口元を隠すキャスターは一方通行を一瞥したのち、イリヤの方を見るのを最後に「また会いましょう」と言い残して、バラバラの蜃気楼になって消え失せた。

まるで、ホログラムを消すように端から空中分解していき、最後には紫の蝶がキャスターを連れ去ったように、幻想的に西に輝く夕日に溶けていく。

その姿を最後まで確認した一方通行は、横にしがみつく少女を呼ぶ。

 

「おい、クソガキ」

 

言葉の意味を察したイリヤは、ハッとなって慌てて目を閉じてあたりを探るように神経を尖らせる。そして数秒たったあと、小さく息をついて一方通行を見上げた。

 

「……うん。魔力の流れからして本当に帰ったみたい、でも――」

 

そう言って、イリヤは不安げな視線で一方通行を見てから、今もなお不自然に旋回する蝙蝠の方を見た。

そのしぐさを見て、一方通行も小さく舌打ちして、蝙蝠の方に視線を向ける。

 

もし、あの魔女の忠告が正しければ、自分たちの情報はあの神父に届いている可能性がある。

 

そうでないにしろ、敵が偵察しているのは必然だ。

ならば自分がすべきことは。

 

情報の撹乱と、その排除。

 

幸いにも、一方通行はまだ己の能力をフルに使っていない。

もし、使い魔越しに映像を見られているとしても、一方通行がとてつもない速さでゴーレムを塵にしたとしか見えないはずだ。

 

そこまで思考し、一方通行は足裏で軽く地面を蹴る。

その瞬間、数舜のラグの後、宙を飛んでいたはずの蝙蝠が四散した。

イリヤは声を上げて、内臓と血液を空からまき散らす『それ』を見てから、恐る恐るといった風に一方通行を見上げた。

その視線はどうやったの? とばかりに疑問に満ちたものだが、言っても理解できない、と判断した一方通行はあえてその視線を無視する。

そして、スイッチを切ると能力使用モードを解除し、現代的な杖に身をゆだねた。

若干、重心を捕らえ損ねてふらつくが、慌てて支えようとしたイリヤの手を制して、ゆっくりと空を見上げた。

茜色の夕焼けが徐々に暗くなり、北から吹く風が一方通行の頬を撫でる。

そうして、しばらく空を見上げた一方通行は次に、自分の手のひらに視線を移した。

 

正直に言えばかなり危ない橋を渡っていた。

 

キャスターが去った今、改めてそう自覚した一方通行は口にせずとも、運がよかった、と内心呟いていた。

 

あのまま戦闘になっていたら、死んでいたのは間違いなく一方通行の方であった。

その事実を認識し、受け入れる一方通行。

今のままでは勝てない。

そう、はっきりと自覚してしまった。

そして、その理由を一方通行はしっかりと理解している。

 

(明らかに、バッテリーが足りねェ)

 

一方通行は首に巻かれたチョーカーにそっと触れ、小さく白い息を吐いた。

 

つけ入る隙はいくらか見つけた。が、あいにくそれを打破する前提となる時間があまりにも少なすぎるのだ。

油断を誘ったうえでのキャスターに向けた一撃。

あの蹴りで仕留められなかった時点で一方通行の負けは決定していたも同然だった。

 

おそらく能力をあと一分でも使えば、バッテリーが切れる。

そんな状況で、あのまま戦闘に入っていれば、己の手の内をさらしたがらないキャスターは一方通行にとって最悪の相手といってもいい。

なにせ、一切の攻撃をゴーレムに任せて、自分は完全な防御に回っているのだ。

魔術的要素を省いたとしても、そういった相手と戦うにはまず敵の注意を逸らすなど、隙を作ることが前提になってくる。

ゆえに、はじめのイリヤを囮にした奇襲は最初で最後の絶好の機会だった。

しかし、それが失敗に終わったいま、どのような策を弄しても、時間があまりにも足りない。

バッテリーの残量は残り一分ほど。この意味を理解できないほど一方通行の頭脳は愚かではない。

おそらく能力を使わずともこうして思考できる時間はせいぜい一時間がいいところだ。

 

(最悪なのは、なにも対策が浮かばずバッテリーが切れた場合か)

 

キャスターとの勝敗などどうでもいい。

まず、第一に考えるべきは充電方法だ。

 

そのために一方通行は、今後の身の振り方に思考を費やしていた。

 

バッテリーの充電方法は昨夜一度、一通り試してみた。

しかし、一向に充電される気配はなく。即席で作ったコンセントを以てしても充電されることはなかった。

逆にバッテリーを消費する結果となり、今日までこの問題を持ち越してきたが本格的に危なくなってきた。

未だにバッテリーの充電方法を確保できないのは非常にまずい。

 

どうしたものか、と小さくため息をつき、ゆっくりとその場に座り込む一方通行。

 

夕日も完全に西の境界線へと消えていき、僅かばかりの頼りないオレンジ色が一方通行を照らす。

大きく息をついて、首を軽く鳴らす。

すると、見かねたイリヤが一方通行の顔色を窺うように下からのぞき込んできた。

 

「バーサーカー?」

 

「あン?」

 

気だるそうにそちらに顔を向けると、イリヤの心配そうな顔が一方通行の視界に映る。

紅い瞳は、不安げな色をまとって、一方通行を見つめる。

夕日の茜色が、イリヤの銀髪を淡く染め上げ、夜風に揺れる柳のように横に流れていった。

 

「その、大丈夫?」

 

おそらくこれは本心で言っているのだろう。

負傷したことを気遣っているのではない。

囮にしたことを怒るのよりも先に、心の底から一方通行の精神状態を心配しているのだ。

自分のことより他人のこと。

どうやら、この少女にとって裏切られたかもしれないという猜疑心よりもサーヴァントの精神状態の方が大事なことらしい。

そんな余計なことを考える彼女に、一方通行は無言で小さな眉間にデコピンをお見舞いする。

 

「きゃっ!!」

 

赤くなった額を抑えてイリヤは悲痛な声を上げた。

そして、若干薄い雫を浮かべてこちらを睨んでくるので、一方通行はそれに加えて額に手刀を加えてやると「みぎゃっ!!」とうめき声が返ってきた。

非難の視線が一層強くなったところで、一方通行はあきれたように小さくため息を吐き出した。

 

「一丁前に他人の心配なンざァしてンじゃねェよ」

 

「……だ、だって」

 

額を抑える彼女の声に先ほどまでの覇気がない。

ストンと座り込む少女はうっすらと目を伏せて、小さく息を吐き出す。

まるで懺悔の告白でもするように、その紅い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「わたし、全然ダメだった」

 

「……役立たずもいいところだったな」

 

「うん。バーサーカーにそう言われても仕方がないくらいの失態。キャスターの挑発には簡単に乗っちゃうし、そのくせ何もできなかった」

 

弱々しい声。

威勢がない、というより落ち込んでいるのだろう。

おそらく生まれて初めての戦闘だ。

それも生死を分ける本物の命のやり取りが行われていたのだ。キャスターや一方通行はまるでダンスを踊るような気軽さで始めたが、イリヤは違う。

殺気の感知や、周囲に気を配る方法すら身に着けていない一般人、くらいの基準が妥当だろう。

そんなガキが、さきほどまで異常の渦中にいたのだ。

何もできないのは、仕方がない。

それでも、この少女は自分を許せないのだろう。

強く握る拳がうっすらと赤みを帯びていく。

 

「ごめんなさい。わたしの性でバーサーカーに、迷惑かけちゃったよね?」

 

「……」

 

「ははは、ホントなんでだろ? バーサーカーと一緒なら何でもできると思ってた。なんでもできると思ってたんだ。でも、ダメだった」

 

絞り出すような声を境に、イリヤは力なく笑う。

自分の力のなさを呪うように。

深く深く吐き出される言葉は、一方通行の内側をチクチクと刺激していく。

夜の空気に溶けだすようなイリヤの告白を聞いて、一方通行は小さく嘆息すると、彼女の名前を呼んだ。

 

「おい、クソガキ」

 

「……なに?」

 

一方通行の声にゆっくりと顔を上げるイリヤ。

直後。

 

「黙ってろ」

 

振り上げた手刀が容赦なくイリヤの額を捕らえた。

骨と骨が軽くぶつかる音が鳴り、呻くようにして額を抑えるイリヤを見て、彼女の考えすべてを否定するように小さく嘲笑した。

 

「~~~っ!! いったー!! バーサーカーっ!! 人が落ち込んでるのになんてことするのかな!?」

 

「はッ、それだけ吠える気概がありゃまだ平気だな」

 

「な、ん、で!! 人の頭を壊れたテレビを叩くみたいに雑に扱うのかな、って言ってるの!?」

 

「ンなに、丁寧に扱ってねェよ」

 

「うー、私だって女の子なんだよ!! レディにもっと優しくしてくれてもいいんじゃ――」

 

「……テメェが気にすることじゃねェよ」

 

「えっ」

 

全身で怒りを表現するイリヤの動きが一方通行の言葉に突如停止する。

キョトンと静かになるイリヤを尻目に、一方通行はあえて彼女の顔を見ず、柄でもないと内心呟きつつも語り始めた。

 

「そもそも、あれは勝ち負けなンてもンを気にする必要なンざねぇンだよ」

 

「どういうこと?」

 

分かりかねず首をかしげるイリヤに、一方通行は額に手を当てて小さく嘆息する。

いちいち言葉にしなければならない、という面倒くささに一瞬、説明を放棄しようかと考えたが、すぐに思い直して言葉を選んで口にした。

まるで幼稚な答え合わせをするようにつぶやいた。

 

「キャスターの言った言葉を思い出してみろ」

 

「キャスターの言葉?」

 

「かなり序盤であいつの言ってた言葉だ。いくらテメェの頭がザルでも、これくらいは覚えてンだろ」

 

繰り返すイリヤの言葉に頷いて、イリヤは一部始終を思い出すように虚空を眺め、やがて何かを思い出したように声を上げ、一方通行のほうへ顔を近づけた。

 

「確か、確認って言ってたような」

 

「ああ、間違ってはねェ。そのあとは?」

 

「えっ!? そのあと? ……確かバーサーカーが余計なことを言って、戦闘になったような」

 

「そう。それであってる」

 

そう。奴は確認、と言ってこの場に現れた。

その言葉にどれだけ真実が込められているかは定かではないが、少なくとも偵察目的なのは確かだ。

戦闘での勝利は二の次。

まずすべきことは、情報を持ち帰ること。

そんな戦闘の中で勝ち負けを考えるのはそもそも間違っているし、馬鹿な話でしかない。

さらに。

 

「奴は、そもそも俺たちを殺しに来たんじゃねぇ」

 

「それって、つまり偵察目的ってこと?」

 

「そういうことだ」

 

小さく頷いてから一方通行はもう一度軽く頭を抱えた。

 

もちろん、イリヤもそのことは理解していただろう。

いま、一方通行がしているのは励ましや慰めではなく情報の整理。

くだらないことで頭を悩ませているクソガキの調子を整える作業だ。

 

変に多くのことを同時に処理させるより、一つ一つの問題を確実に解決させていった方が精神的負担も少なくいまより余裕ができるはず。

そう考えて、実行してみたがこの段階である程度落ち着きを取り戻しているところを見ると、もう必要もないかと思えてくる。

 

が、イリヤの疑問は止まらず、一方通行も惰性ではあるがその質問に的確に答えなければならなくなった。

 

「じゃあ、そもそも、どうしてキャスターはあの場にいたの? 魔力を感知させない高性能のゴーレムを作れるのなら、そもそも来る必要がないんじゃ――」

 

「……お前、あいつのこと気付けてたか?」

 

「ううん、ゴーレムに必死で気付けなかった。キャスターだから気配遮断はそこまで高くないと思うけど――もしかして奇襲が目的?」

 

素直に首を横に振るイリヤ。

どうやら完全に吹っ切れたらしく、いつものやかましい状態に戻っている。

一方通行も調子の戻ってきたイリヤの問いに対して、推測ながらも的確に答えを導き出す。

 

「それもあるだろォが、実際は違うンだろォな」

 

「というと?」

 

「戦闘パラメーターの取得とサーヴァント情報の確認」

 

「うん?」

 

いまいちピンとこないイリヤに一方通行はもう一度大きく息をつくと、今度はわかりやすく言葉をかみ砕いて説明を続けた。

 

「キャスターは確認といった後、明らかにそれ以上の追及を嫌っていた。こいつは推測だが、逃げ道を塞いで一刻も早く()()()()()を取得したかったンだろォな」

 

「それはわかるけど、なんでそんなにも強引にバーサーカーの情報が欲しかったの? 聖杯戦争が始まってからでも別に情報は集められるし、むしろキャスター自身がわざわざ戦場に赴く方が危険だと思うけど――」

 

「そこだ」

 

「へ?」

 

思わずといった調子で気の抜けた声が夜の街に小さく響く。

 

確かに聖杯戦争というくだらない戦いが始まってからでも遅くはないはず。イリヤの考え自体は間違っていない。

危険を冒してまで自分の情報を得ようとする姿勢は明らかに異様だ。

あの魔女の性格を考えると、進んでそういった策は取ろうとはしないだろう。

しかし、実行に移した。

 

そこにキャスターの真意がある。

そして、今までのキャスターの言動から推測される答え。

すなわち本来、彼女にとって好ましくない存在が召喚されていたのかもしれない、と考えるとキャスターの無茶な行動も納得がいく。

 

つまり、一方通行の存在自体がイリヤにとってもキャスターにとっても予想外だったということだろう。

そうすれば、キャスターのすべての言動に説明がつく。

 

しかし、そんな推測を打ち立てたのにも構わず、一方通行はあえてそのことを語らずに説明を続けた。

 

「……俺はこのくだらねェ戦争のことを詳しくは知らねェが、概要は理解してるつもりだ。要はマスターを殺せれば終いのシンプルなゲームだ」

 

本当はそんなに簡単なものじゃないけどね、とイリヤは苦笑しつつも訂正するが一方通行は構わず続ける。

 

「だが、シンプルすぎるがゆえに、敵の情報ってのは何よりの価値がある」

 

戦闘でまずすべき事は情報収集。

これは戦闘の基本であり、敵の情報をどれだけ持っているかで勝敗が傾くことなどざらだ。

情報社会のこの世界でも高度な情報は時に、人の命より重い場合がある。

不透明であるがゆえに、それを暴きたくなるのが人間の性。

ならば、キャスターとて不安の芽は摘んでおきたいと思うのも納得がいく。

一方通行もそれを重々理解しているからこそ、今回の相手は厄介でしかなかった。

何しろ、敵はゴーレムを使うこと以外、ほとんどの情報を公開せず、一方通行の情報のみを吸いつくそうとしてきたからだ。

一方通行も、そのことは序盤でゴーレムが単体で攻撃してきたことでキャスターの真意を素早く理解したが、現状で準備が十分でなかった一方通行は最後まで苦戦を強いるしかできなかった。

 

「ゴーレムを使ってわざわざパラメーターを盗み取ろォとするほど慎重な奴だ。あいつが欲したのは当然()()()()()でなく()()()()()

 

「確実な勝利?」

 

「少なくとも不確定要素は潰しておきたいって魂胆だろォが、あいつは何故か終始、俺に対してのみ興味を抱いていた。それがなぜだかは知らねェが、テメェに対してあからさまに重圧をかけていたのも必要な情報を引き出すためなンだろォな」

 

「それで、私はまんまとキャスターの術中に嵌ったと」

 

落ち込むイリヤに、一方通行はあえて強調するようにして確認を取る。

 

「奴がなンの情報を欲していたのかは、散々マスターだのなンだの喚いていたテメェがよくわかってるンじゃねぇのか?」

 

「……うん。それについては心当たりがあるかも」

 

おそらく、昨晩の召喚云々、という話なのだろうが、そこに関しては一方通行は深く追求しない。

 

魔術を使うには少なからず触媒がいるのは知っている。

バードウェイは礼装と言っていたが、一方通行がこちらに召喚される際にもなんらかの礼装が使われたのは想像に難くない。

しかし、いまここでイリヤに追及しても時間の無駄だろうし、何より、イレギュラーな存在として召喚されたであろう自分が彼女に尋ねても「わからない」の一点張りだろう。

 

小さく頷くイリヤを盗み見ると、一方通行は短く息を吐き出して左手でイリヤの髪を乱雑に撫でまわした。

特に他意はない。

らしくないともわかっているが、それでも実行するあたり、気付かぬ間にずいぶんと長い間ぬるま湯に浸かっていたらしい。

嫌がるイリヤの声は一方通行の耳に届いておらず、適当に撫で終えた後はしばしの静寂が流れた。

 

夕日は完全に西の向こうへと消えていき、あたりを照らすのは夜空の星々と街から照らし出される人工の光。

その一つ一つが、一方通行とイリヤの眼前に広がり、二人は黙って地上の夜景を眺めていた。

そして、

 

「ありがとうバーサーカー」

 

静かに穏やかにイリヤの声が一方通行の耳を打つ。

怪訝そうにそちらを向くと、妙にすっきりとしたような笑顔が眼前に広がり、一方通行は怪訝な瞳でイリヤを見つめた。

 

「あン?」

 

一歩出遅れた間抜けな声に、イリヤハそれでも静かに言葉を続ける。

 

「私のこと励ましてくれたんだよね」

 

「……よく自分を見殺しにしようとした奴に礼なンか言えるな。勝手に善意の方向で解釈してンじゃねェぞ」

 

「でも!! 助けてくれた」

 

一方通行の言葉に被せるように言い放つイリヤに、一方通行は短く嘆息してイリヤを改めて見る。

芯の通った紅い瞳に映し出される自分を眺め、一方通行は髪を軽く掻き揚げてもう一度ため息を吐き出すと、イリヤの眉間にデコピンをかました。

 

本来なら充電方法を考えなくてはならない時間を、割いてまでイリヤの心理状態を優先した。

結果的にはそう見えるかもしれないが、実際は違う。

イリヤに説明を続けながらも、一方通行自身は打開策を何度も考えていた。

 

しかし、いくら考えたところで即席のコンセントを以てしても充電されなかったとなれば、もう一方通行に解決を導くすべは残っていない。

 

どうすべきか、頭で考えても答えは出てこない。

ゆえに、イリヤに説明を続けながら情報を整理していたのだが、これといった具体策を見つけられないまま時間だけが過ぎてしまった。

 

さてどうするか。

 

何気なく、イリヤの拳が一方通行の体に柔らかく振れたとき。

痺れに近い感覚と共に、一方通行の体の中に何かが入ってくる感覚が一方通行の神経を駆け巡った。

 

(・・・・・あン? なんだ、この違和感)

 

少し前にも似たような感覚を味わったっことがあるが、

対して気にも留めずイリヤの鬱陶しい拳を払い、一方通行はゆっくりと立ち上がった。

 

「バーサーカー聞いてるの!?」

 

黙らせる意味合いで見上げるイリヤの額にもう一度手刀を入れるが、次は服の裾を引っ張って子供のように暴れる始末。

本人も若干おもしろ半分で暴れているのだからなおさら質が悪い。

いっそ、こいつを置き去りにでもしてしまおうかと本気で考えて、あきらめるように小さくため息をついた。

そして、最後に残った良心がギリギリのところで踏みとどまらせた一方通行は結局、乱暴に袖を振り払うだけにとどめた。

 

「チッ!! うるせェぞクソガキ。ガキはガキらしく黙って大人しくしてろ」

 

「それにしたってうら若き乙女の額にチョップを落とすのはどうなのかな!?」

 

「ガキのスカスカの脳天に何を落としたってたいした損害にゃならねェよ」

 

その言葉に対して、何かしら思うところがあったのか、イリヤも負けじと身を乗り出して反撃を開始する。

 

「むっ、バーサーカーはガキガキ言うけど私はこれでも十八歳なんだよ!!」

 

「はッ、どこぞのピノコちゃんですかァ? 嘘ならもっとマシなモンつけ」

 

「ひっどーい。しんじてないのね!!」

 

売り言葉に買い言葉。

無人のビルの上にいるせいだろうか。周りに気を使わなくていいぶん、二人の声量は次第に大きさを増していく。

 

「その貧相な身体で信じろっつーほうが無理だな」

 

「ふん、バーサーカーなんて知らない!」

 

「いってろ」

 

「あ、ちょっとやめてよバーサーカー。髪が乱れるー!!」

 

一方通行の手を払って慌てて髪を整えだすイリヤ。

頬を膨らませながらも、一方通行の方へとじっとりとした視線を送りつけ、明後日の方をむく。

その膨らんだ頬が妙に赤みを帯びていたのが印象に残ったが、たいして気にも留めず対策を考えるのにふけっていた。

一応、ここまでの間でも、頭の中ではバッテリーの解決策を探り続けていたが、これといった決め手が見つからない。

ぶつぶつと文句を垂れるイリヤを横目に、一方通行はやがて大きく息をついた。

八方手を尽くしてみたが、いよいよ行き詰まりを感じ始めた一方通行は半ば、やけを起こすようにして適当に返事を返した。

 

 

「あーハイハイ、そりゃ悪かったなァ」

 

「なんでそんな適当なの!? って、ちょっと。だからワシャワシャするのやめてってば!!」

 

「いいから少し黙ってろ」

 

そう口には出すが、依然と続く違和感に一方通行は眉をひそめていた。

こちらの世界にくる前もこういった感覚は何度か経験したことはあるが、今回のは明らかに異質だった。

 

海原やバードウェイなどの魔術師と遭遇した際に訪れる手先の痺れとは何か違う。

妙に身体の内側からはじかれる様な、静電気に似た感覚。

 

それが三度。

 

別に反応に慣れさえすれば、たいして気にするまでもない違和感ではある。

しかし、明らかな違和感を前に、一方通行は短く逡巡したのち一度イリヤの方を見やってから電極のスイッチに手を掛けた。

 

(ンだこの感覚、違和感みてェな。……やはり気のせいじゃねェな。少しばかり調べてみるか)

 

電極の充電方法がわからない今、むやみに能力を使うのは決して得策とは言えないが、それを承知で一方通行は構わず能力を開放する。

一方通行にしてみれば己のバイタルチェックなど数秒あれば済むのだ。いまさら一秒や二秒消費したところで大した差にはならない。

一方通行は静かに目を閉じると神経を集中させバイタルチェックを開始する。

 

(重要器官異常なし。――脳波異常なし。――脈拍異常なし)

 

一つ一つ繊細な能力制御で自分の体を把握していく。

ほんの少しでも演算を見すれば体のどこかに異常をきたすかもしれないリスクを抱えているにもかかわらず、まるで息をするように自分の体の状態を把握していく。

順調に見えた矢先、とある項目で思考が止まる。

そしてその意味を理解した瞬間、思わず目を剥いて、己の手のひらを見つめた。

その表情には僅かな驚きと一筋の汗が浮かんでいた。

 

(っ!? どうなってやがる!! バッテリー残量が増えてるだ、と)

 

ほんのわずかな変化であるが明らかにバッテリーの残量が増えている。

一瞬、困惑しかけた思考を静かに落ち着かせ、とりあえず電極のスイッチを切る。

そして、一度自分の首筋に視線を向けると顎に手をやり考え込む。

 

何か確信めいたものをつかみかけた。

 

その感覚はまさに勘に近いものだ。

 

そうはわかっているが、その考えが『手がかり』だと確信するのに、そう時間はかからなかった。

頭の中で静かに情報を整理しつつ、イリヤの名を呼ぶ。

 

「なぁ、クソガキ」

 

「……うん、なぁに?」

 

ジト目で怪しげにこちらを窺うイリヤ。

再び髪を弄られるのではないかと警戒しているのか、若干彼女との間に距離はあるが構わずに問いかける。

 

「この聖杯戦争ってのは魔術師による戦いだったよなァ」

 

「それはそうだけど、・・・・・・どうしたの突然」

 

キョトンとした表情で首をかしげるイリヤから視線を外すと、一方通行はなんでもねェと呟き再び顎に手をやった。

 

(確かバードウェイの話だと、魔術を使うためのには生命力を使って魔力を精製する必要があるンだよなァ)

 

前提として考え方が間違っていたのではないのか。

そんな考えが頭をかすめた瞬間、一方通行は組み上げた情報源をばらしもう一度考え直す。

 

(コイツは本来、科学の力。電力を使って動いてるはずだ)

 

チョーカーを指先でたたき、思考の海に神経を滑らせていく。

普段の行動。

変わらない習慣。

何度も何度も繰り返してきた行動を一から分解させていく。

その何百ある情報の中から必要なものだけを手に取り、改めてその役割を解析していく。

途方もない思考の波が脳をむしばみ、足りない栄養を補おうと血管が不規則に脈打つのがわかる。

それでも夜風が火照った脳を冷やし、不思議と爽快な感覚が一方通行を包んでいった。

 

(だが、俺は聖杯戦争で召還させられた身。本来の常識が通用しなくても無理はねェ。なら、この電極の充電方法も変わっていても不思議じゃねェはずだ)

 

発想の転換。

科学の知識、科学の法則で凝り固まった思考が瓦解していく。そして、その端から新しく付け加えられた情報同士が重なり合い、幾重もの形となり一方通行の中で新しい概念として形成されていくのを一方通行は感じた。

 

昔の自分では想像することすら一蹴していた。

しかし、ここまで多くの出来事と関わり、経験し、受け入れてきたからこそたどり着いた新しい考え方。

つまり。

 

(ちっとばかしこじ付けクセェが、この電極が『魔術を使うための装置』と仮定すると、コイツを動かすための燃料は必然的に『魔力』ってことになる)

 

あくまで冷静に。再び電極に視線を走らせる。

その先には、見慣れた黒いチョーカーの横につけられた電極がある。

もし、この中身を分解することで確証が得られるとしたら、

そう考えて、一方通行は小さく首を横に振った。

 

しかし、そうなると問題が発生するのも確かだ。

バッテリーが充電されたのは、おそらくイリヤとの接触に違和感を感じたあの三回。

接触は充電をするための条件なのは納得できる。

ただ。

 

(・・・・・・腑に落ちねェのは俺がこのクソガキに触れた場面はいくらでもあった。なのに、なぜその時に充電されなかったってことだ)

 

この先、戦闘になるにせよ、ここでの死=向こうの世界で死ぬかもしれないという確証が得られない以上、安易に死ぬことは許されない。

そして、この世界での死が向こうの世界での死につながるかわからない以上、偶然充電できましたでは意味がないのだ。

いつでも、確実にバッテリーを確保するすべを見つけなくてはならない。

先ほど調べた残り少ない時間に歯噛みするも、一方通行はすべての思考能力をこの一点に集約させる。

脳の血管が脈打つのが嫌でも実感できる。

余計なことは考えるな、と意識するたびに、思考に贅肉が乗り、いつもの、それこそ日常で発揮できるような滑らかな演算ができなくなっていく。

いつもなら。

そんな余計なことを考えていると、そこで何かを思い出したように一方通行はふっと顔を上げて無意識に電極に手を置いた。

 

(・・・・・・待てよ。俺がコイツに触れた時に一度でもバッテリーのことを考えた事があったか?)

 

足りないピースががっちりとハマる感覚。

それはすべての事象が一瞬で一方通行の脳を駆け、集約されるように結論へと導かれる。

 

「つまり、充電の際に俺が電極に充電器をつなげないと電力が供給されないように、俺の意思が充電を意識し始めないと電極に充電されないってことかァ?」

 

思わず小さく漏れた呟きに、一方通行は小さく頷いた。

自分の口から出た言葉だが、これ以上に自分自身を納得させるほどの最適解は見つからない。

何より、自分で口にして納得してしまったのだ。

おそらく今の自分ではこれ以上の解は思いつかない。

 

(……もしくはこのガキが俺に対して魔力供給を意識する、というのも考えたが電極の問題を知らない以上、それは考えにくい)

 

残り少ない案としては、イリヤが特定の感情を抱いた時、もしくはイリヤのとある部分に触れないと充電されない。

というものもあるが、検証ができない以上それを証明することはできない。

 

(とにかく、電極の充電をするには、ガキとの接触が不可欠ってことになる)

 

そう結論を導き出し、小さく眉根を顰める一方通行。

もろもろの問題はあるにせよ、ひとまず筋の通った仮説は出来上がった。

あとは実証するだけ。

そこまで考えをまとめていたところで、突然横から突くような鋭い声が跳んだ。

 

「――バーサーカー!」

 

「――っ。あン?」

 

意識が浮上するのと同時に、現実に引き戻されるように一方通行は顔を上げてイリヤを睨みつけた。

一瞬、たじろぐような表情を見せるが、それでも表情を引き締め、柔らかな声色で一方通行の顔色をのぞき込む。

 

「さっきから立ち止まってどうしたのバーサーカー? お腹でも痛いの?」

 

「……いや、何でもねェよ」

 

突っぱねるように言い放つが、たいして気にしていないのかイリヤは唇を尖らせると、一歩前に歩み寄ってくる。

両手を口の前に持っていき、白い息を吐き出すイリヤ。

そんな彼女を見て一方通行は、一瞬考え込んだのち、ゆっくりと右手を移動させてイリヤの頭に置いた。

髪と手が触れた瞬間、小さな痺れが一方通行を襲う。

 

(・・・・・・。充電されてやがる。やはり、接触は必須ってわけか)

 

首筋の電極に視線を向けると、充電時に点滅する緑色のランプが灯るのが見えた。

仮説が実証されたという事実に密かに安堵する一方通行。

だが、今後のことを考えると厄介なことこの上ないのもまた真実である。

 

なにせ充電するには一方通行が意識的にイリヤに接触しなければならないのだ。

 

その行為自体がどういった意味を持つのかさすがの一方通行も理解している。

あれだけ距離を取っていた自分がいきなり、子犬のようにベタベタと近寄りだすのだ。

そんな無様な姿は想像もしたくない。

しかも、下手をすればあのメイド達にあらぬ疑いを掛けられ、異様な目で見られるのは明白だ。

 

一瞬、脳裏で番外個体が腹を抱えて爆笑している光景が浮かび、クソアマの腹に蹴りをきめ込んでやる一方通行。

 

そしてげんなりとした視線でイリヤに目を向けると、イリヤと目が合い、一方通行は意識的に明後日の方に目をやる。

 

もう、ある種の移動型充電器として考えるしかないのか、と密かに嘆息すると、改めて横に立つイリヤを観察する。

 

先ほどまでうるさかったイリヤが嘘のように静かに撫でられている。

子ども扱いの抗議はあきらめたのか大人しく撫でられるだけでこれと言った抵抗はない。

キョトンとした表情のイリヤともう一度視線がぶつかり、一方通行はもう一度重い溜息を吐き出した。

そうして、一方通行を見上げたままのイリヤは何のことかわからずに首をかしげると、彼から視線を外し冷え込む寒空の下で手を揉んで暖を取りはじめた。

 

「変なバーサーカー」

 

一方通行の方を見ずに呟くイリヤの言葉を無視して、一方通行はイリヤの頭から手を放して電極のスイッチを入れる。

そして、寒そうに身体を震わせるイリヤの頭を軽く叩いた

 

「ふぇ?」

 

「……もう夜ふけだ。やることがもうねェならさっさと帰るぞ」

 

「うん。あっ、バーサーカーお土産!! お土産忘れてる」

 

気だるげな声に、イリヤは慌てたように向こう側のビルを指さしこちらを見上げてくる。

取りに行くのは造作もないが、イリヤの瞳は一緒に連れて行って、という意味を含んでいるようにも感じる。

もう反論することすら面倒くさくなった一方通行は、イリヤを適当に抱え上げると、ビルとビルの間を縫うようにして跳躍した。

暴れるイリヤを小脇に抱え、到着するころには適当にその場に放り捨てる。

しかし、今回は一方通行の行動を予想していたのか臀部から着地するのではなく、きちんと両足で着地することに成功した。

そうして転がった荷物のところまで走っていくと、落ちた荷物を抱えるようにして一つ一つ大切に持ち上げた。

そして振り返り、笑顔で駆け寄ってくる。

 

「忘れ物はもうないし、もう大丈夫!!」

 

自信ありげに見上げてくるイリヤの表情を見つめ、小さく嘆息すると一方通行は下に屈むようにして膝を折り、イリヤの方に手を伸ばす。

そして荷物を抱えたイリヤを両腕で抱きかかえるようにして立ち上がった。

 

「セラたちにもお土産買ったし、今日は楽しかった!!」

 

「ああそうですか」

 

「うん! いろんなことがあった。もちろん、キャスターとの遭遇はちょっと怖かったけど、でも今日は来てよかった!!」

 

「……」

 

「ねぇ、バーサーカー」

 

「あン?」

 

囁くような声が耳元で小さく聞こえ、眉を顰める一方通行。

そんな彼に、イリヤは一瞬、どうすればいいのか迷うような表情を浮かべ、やがて小さく頷くと、とある言葉と共に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「バーサーカー。今日は本当にありがとね」

 

「……っ」

 

生死のやり取りを終えた後でこうまで明るくなれる馬鹿も稀だ。

戦いの恐怖を感じ、憤り、未熟さを知った。

この言葉はそのすべてを飲み込んだ上での言葉なのだろう。

 

一方通行は数秒何も言えずに彼女の方を見つめると、やがて視線を外して聞こえないように何かを小さくつぶやいた。

 

そして、

 

「……さっさと行くぞ」

 

言葉を被せるようにして、夜の街を飛翔する。

まるでフィルムを切り取ったように一方通行とイリヤはビルの上から消え失せ、眼前に煌めく地上の星に溶けていく。

後に残ったのは、わずかな静寂と、

 

「だから、もっとスピードを落としてえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

徐々に薄れていく少女の叫び声だけであった。

 

今日もまた夜が始まる。

 




あけましておめでとうございます。

新年一発目の投稿。
本来なら一月一日に出す予定がここまで遅れてしまい申し訳ありませんでした!!

しかし、今年もよき年になることを願い全力で書かせていただいた所存です。
いかがでしたでしょうか。
面白かったのでしたら幸いです。

相変わらず、不定期の投稿で申し訳ありませんが、これからもよろしくお願いします!

それでは今回はこの辺りで筆を置かせていただきます。
感想、ご指摘、評価のほどを頂けるのであれば、よろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございました!!

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