武の竜神と死の支配者   作:Tack

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 更新が遅くなり大変申し訳御座いません。
 これから先は言い訳になってしまうので本編をどうぞ。


第三十一話【シュウジとモーガン~白と黒⑨~】

 

 

 

 

 憎い。只、ひたすらに憎い。

 見た目が似ている。只、それだけ。

 只、彼にはそれで十分過ぎた。

 

 

━━今、彼の中にある黒い何かが確実に歩み寄ってきていた。ひたり、ひたりと。

 

 

//※//

 

「糞があぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 薄い霧が立ち込め、まるで生者を拒む結界の様相をていすエ・ランテル共同墓地。

 夜も更け、静寂が支配したと思われた所に突如絶叫が響き渡る。

 それの主である何者かはお世辞にも上品とは言えない様々な言葉を、これまた別の何者かに向けて刺突と共に次々と繰り出していく。だが、そのいずれも受ける側を傷付けることはなく、何もない空間を空しく引き裂くだけ。驚くことに羽織る外套すら傷をつけられていない。

 更に付け加えると、わざとギリギリのところで身を躱しているようにさえ見えた。それこそ、どこに攻撃がくるのか分かっているかのように。

 先程まで余裕の笑みを崩さなかった絶叫の主クレマンティーヌは、この現状に焦燥の色を出し始めた。

 その感情が言葉にも現れる程に。

 

「テメエェェェッ!! やる気あんのかぁっ!?」

 

「やる気ぃ? 何でそんなモン出さなきゃならん?」

 

「はぁ!?」

 

 己の培った技術を軽々といなされ、とうに沸点を過ぎていたクレマンティーヌだったが、受け手側であるシュウジと名乗った男の返答の意味が分からず不意に攻撃の手を止める。

 いい加減クレマンティーヌはしびれを切らしていたが、目の前の男(シュウジ)が何を狙っているか不明な状態であり迂闊に飛び込めない。

 先程からこれが数度に渡って続いていた。

 

 自らが開戦時、シュウジに向かって自信満々に言い放った言葉。数合前から彼女はそれを反芻していた。

 

━━このクレマンティーヌ様が負ける筈ねぇんだよぉっ!

 

 これは決して過大評価ではない筈だ。しかし、先程から自問自答を繰り返してはいつも同じ答に行き着く。

 この男は強い。それも自分より遥かな高みにいる。

 

 そこでクレマンティーヌは自虐にも似た考えをしてしまう。大体どんな確率だと。

 カジットが行おうとしている儀式『死の螺旋』。それを目眩まし代わりに使って奴等(・・)から逃げる為の時間稼ぎをし、ついでに自分の大好きな阿鼻叫喚の地獄を高みの見物と洒落混む。

 只それだけのことだった筈なのだ。

 なのにどうか、蓋を開けてみればとんだ邪魔が入った。邪魔自体は予想していたが、こんな奴が出てくるなんて考えてもなかった。

 自分が勝てない人間など━━実際には心当たりがあるが━━そういてたまるか。彼女のそんな考えは霧散しかけている。何故ならそんな人間は━━目の前にいる。幻覚などではない、事実だ。

 

 己が戦士としての勘が囁く。

 傷を負わせられない。勝てない。そして、恐らく逃げることすら。

 時間が経つ程にその囁きは回数を増やしていき、やがて自分の動きにすら文句をつける有り様。

 

━━右肩に向けて刺突を繰り出すのは駄目だ。

 

 その囁きに唾を吐きかけたい気持ちを抑え、クレマンティーヌは一見隙だらけに見える右膝に意識を向けるが、ここでまた囁きが聞こえる。

 

━━右膝を狙うのは駄目だ。

 

 ふざけんな。その言葉を飲み込み、彼女は新たな攻撃先を左膝に定めようとするが、ここでまた例の囁きである。

 

━━動きに制限がかかる箇所は駄目だ。

 

(━━っ!)

 

 とうとうここで動きが鈍る。

 今まではギリギリの所で次の行動に移ることが出来ていたが、次に聞こえた囁きが彼女に行動に決定的なものをもたらす。

 

━━攻撃しては駄目だ。

 

━━右に動いては駄目だ。

 

━━左に動いては駄目だ。

 

━━退いては駄目だ。

 

━━前に出るのは駄目だ。

 

(ならどうすんだよっ! 何なんだよ畜生っ!!)

 

 歴戦の猛者ならば長年の経験から自然に身に付くと言われ、数多の強者達が頼りにしてきた実績をもつ勘という超能力。

 しかし、今の彼女にとっては寧ろ呪言といえる代物だろう。

 

 改めてクレマンティーヌは思う。どんな言い訳も通用しない程に、完璧で、確実で裏切りようのない圧倒的敗北。それが何度も行き着く答。

 酷い計算式だ。式の中核を担っているのが勘、という曖昧なものではあるが、彼女には妙な自信さえ湧いてしまっていた。確率とは一体何だったのか。

 

(認めない!)

 

 プライドが折れそうな心を支えようとするが、それでも実力差を感じ取れてしまってる分彼女の心に亀裂が広がっていくのは早かった。

 囁きを振り払うように繰り出す猛撃、その合間にも網の目にヒビが広がり、やがてそれが心全体をバラバラに砕こうとした。

 そんな時、それはやってきた。

 

━━戦え。

 

 誰の声か。自分か、またあの囁きか、目の前の男なのか。それとも第三者、奴等か。

 そのいずれも違う。例の囁きと同じく内側から聞こえたものだった。

 違うことと言えば、その言葉には凄まじいまでの力、強制力のようなものがあったこと。

 

「……がっ!」

 

「何!?」

 

 クレマンティーヌが苦しみだし、それを見たシュウジも困惑する。

 

━━戦え。殺せ。

 

 声はどんどん大きくなり、クレマンティーヌは堪らず耳を塞ぐ。愛用のスティレットが地に弾かれ小さな金属音を奏でる。戦闘中に武器を手放すという致命的なミスも、今の彼女には気にする余裕がない。

 声は執拗に耳を攻め続ける。

 必死にもがき、今にも鼓膜を突かんとする彼女の抵抗などおかまいなしと、尚も彼女の鼓膜を強打する。

 

━━戦え! 殺せ! 目の前の神敵を!

 

 語気が一際強くなるのと同時に彼女は意識を暗闇に落とす━━。

 次に見えたのは、果てしなく広がる暗黒。

 どこまで行っても先の見えない真っ暗闇。

 彼女はそこで裸になり膝を抱えていた。

 

(……ここは、何処?)

 

 暫く呆然としていたが、頭の中が鮮明になっていくにつれ徐々に記憶が甦る。

 この場所に来るのは初めてではない。寧ろ何度も訪れていた。

 来るのは決まって、戦いたくない(・・・・・・)時だった。

 膝を抱えたまま行く末を思った時、ハッと我に帰る。

 次の瞬間、目の前に映像が現れた。そこに映っていたのは、つい今しがたまで相対していた男シュウジ。

 意識を失う直前に見た驚愕の表情とは打って変わり、仇敵を睨み殺さんとする迫力があった。

 クレマンティーヌは戦慄した。勝てないと直感した男の殺気溢れる表情。

 刹那、右太腿に有り得ない程の痛みが走る。

 

「━━っ!!!」

 

 声にならない叫びを上げてもがくが、続けざまに身体のあちらこちらに同等以上の激痛が襲う。

 この状態で感覚が残っている事を思い出すよりも前に、クレマンティーヌは自身を襲った激痛の理由を知った。

 映像の中に映る自分の手足がまるで枯れ木のように、ぐちゃぐちゃに、ぐにゃぐにゃに折れ曲がっている。

 その光景に目を覆いたくなった心情を無視し、自分の四肢を悲惨な状態にした本人は、映像の中で悪鬼羅刹の如く猛攻を続け尚もクレマンティーヌの命を刈り取ろうとしていた。

 その状況だけでも充分に恐ろしいが、それよりも彼女を震え上がらせたのはシュウジが纏う気迫(オーラ)

 

(ド、(ドラゴン)!?)

 

 男が纏う気迫(オーラ)は噴出する黒煙のように、黒く、重く、力強く、何者も寄せ付けまいという雰囲気を出しつつも、何処か嘲笑っているように見える。

 そんなオーラが竜の頭部を形作り、男を覆っていたのだ。

 

(この人、人間じゃない!)

 

 途端、今度は胸部に痛みを遥かに超えた激痛が走る。

 胸骨を砕かれ、恐らく内側すらもズタズタにされているというのをクレマンティーヌは感じたが、何故か即死はおろか、死の気配すらない。

 正確には死は見えているのだが、その先が一向に来る気配がない。

 クレマンティーヌは自分の装備にそのような効果がない事は把握している。一つを除いては。

 しかし、それは多分ないだろうとも彼女は思った。その説明は至極簡単だ。

 現在着用している装備一式の中で唯一効果を完全に把握していないものがある。左耳に着用しているイヤリング状のマジックアイテムだ。

 これは、かつて彼女が所属していたスレイン法国に於ける最高権力者にして、同国が崇める『六大神』からの使命を管理する最高大神官より個人的に渡された物。

 効果は精神的なダメージや異常を引き起こす魔法、それに対する抵抗力を上げる物だと言われた筈だが、まさかこれにそんな効果があるとは思っていない。

 仮にこのイヤリングが自分を守っていると仮定すると、効果内容としては一定時間死亡を回避し続けるなどといった所だろうか。もしそれが事実だとすれば超が付くレアアイテムだ。

 いくら自分が法国の最高戦力である特務部隊、漆黒聖典の一員だとしても、あくまで下から数えるレベルの隊員。

 国家運用ではなく現場で使用すべき効果であるのは理解出来る。だとしてもだ、自分などではなくもっと上の隊員、言うなれば隊長、もしくは『絶死絶命』。彼女に渡すのが道理だろう。どう考えても自分ではない。

 以上が死の直前で踏み止まっていれている状況を、自身の装備所以のものではないとクレマンティーヌが結論付けている理由だ。そしてそれはそのまま男の技量。または武技などの特別なものによるとも考えられた。

 

 などと思考している合間にもシュウジの猛攻は続き、とうとう映像の外側にある自身の身体が崩れ落ちる。四肢は二目と見られぬようにされ、本能的なものか失禁すらしていた。

 今まで立っていられたのはわざと片足を残しておいたからか、それとも例の武技などによるものか、はたまた至高の技力によるものか。それとも全てか。

 いずれにせよ、クレマンティーヌの命は正に風前の灯。

 彼女の耳に絶望が駆け足で接近してくる幻聴が聞こえる。

 

(私、ここで死ぬの……?)

 

 今日に至るまで沢山の命を奪ってきた。いつからか今と同じ状況に陥り、自分ではない何かに突き動かされ殺戮を繰り返す。

 タイミング的に手渡されたイヤリングのせいかと疑ったこともあった。それも一度や二度ではない。

 それでも、彼女にはどうしても出来なかった。

 自分の数少ない才を見出だし、それを取り立ててくれた恩人を疑うことなど。

 

 結局は自分の弱さにせいにした。

 そのせいで心を病み、あの事件を起こし自国からも追われる立場となったのだと。

 自ら人を殺めたのは一度だけ、身を守る為の一度だけ。

 それでおかしくなってしまったのだと。

 

 そこまで考えた後、思考放棄をするように死んだ目で映像を見続けた。

 その中でシュウジはわなわなと震えており、壮絶な葛藤を繰り広げているようにも見えたが、最早クレマンティーヌ自身気にも止めていなかった。

 願わくば、兄にあの時の真実を教えて貰いたかった。

 

 そう思った時、不意に震えが止まる。

 諦めの気持ちが絶望を押し退け、彼女の心に平静を取り戻させたのだ。そこで彼女は悟る。

 

(これが運命……なのかな)

 

 先程罵詈雑言を飛ばしていた人物とは思えない穏やかな表情。

 シュウジの右手が閃光を包まれた。

 

「さっきの言葉の意味、最期に教えてやるよ」

 

 閃光は神速を以て解き放たれ、クレマンティーヌの顔に向かう。

 

「やる気なんて出す必要なんざねえ。お前程度にはな」 

 

 クレマンティーヌは、自らの運命を受け入れた。

 

 




 如何だったでしょうか? クレマンティーヌのキャラを、現在判明しているものと大分変更して書いてみました。
 彼女の存在もこれからに関わってくるのでどうぞお楽しみに。
 出来れば年内にもう一話書きたいです、はい。
 いつも通り、誤字脱字、またはおかしな表現などありましたら御一報下さいませ。ではまた。

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