武の竜神と死の支配者   作:Tack

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第二十八話【シュウジとモーガン~白と黒⑥~】

 

 

 太陽が姿を隠し、周囲を暗闇が支配する時間。城塞都市エ・ランテルに一つのグループが戻ってきた。

 あの後無事に薬草採取を終え、ンフィーレアや漆黒の剣らと共に帰還したドモン達である。

 彼等は冒険者組合の前に着き、事前に話し合っていた通りそこから別行動をとることになった。

 

 

「それではモーガンさん、僕達は薬草を下ろしに先に店に戻ってます」

 

「蒸し返すようですが、本当に我々が手伝わなくても?」

 

「お気遣い有り難う御座います。ですが、ペテルさん達も来て下さいますから。それに……」

 

 

 ンフィーレアがアインズの背後に視線を移し、そこに存在する巨大なものを見た。

 彼の言わんとすることを理解しているアインズは、その言葉に素直に従う。

 

 

「……そうですね。では、我々もコイツ(・・・)の登録が済み次第向かいます」

 

 

 「多く採取出来た分の金額を用意して待ってます」と言って、ンフィーレアはペテル達と共に店へと向かった。

 彼等を見送ったドモン一向は、次に自分達の後ろに控えた巨大なものに視線を移す。

 

 

「多く採取出来たのは某のお陰で御座ろうに……」

 

 

 ぶつぶつと不満を呟く巨大なハムスター。もとい魔獣は、ドモン達の視線に気付き疑問符を浮かべた。

 巨大さに違和感を覚えるものの、首を傾げる姿には愛しいものを感じる。

 

 

「ん? どうかしたで御座るか? シュウジ殿、モーガン殿」

 

 

 この巨大ハムスターこそ、森の賢王と呼ばれている魔獣である。

 別件で森に潜ませていたアウラから、ドモン達がカルネ村にいた時点で既に報告は上がっていた。それらしい存在が洞窟で爆睡していると。

 採取予定の場所からそこまで離れていなかったこともあって、世界統一計画の一環として討伐か屈服させる。それを実行することになった。

 まず、巣で眠っている森の賢王をアウラのスキルによって叩き起こす。

 そこからドモン達が薬草採取をしている場所まで誘導し、その強大な魔獣を皆の見ている前で倒す。

 それが森の賢王を倒す作戦の大まかな流れだった。

 

 だった……と言うと、まるで失敗したかのような言い方だが、作戦自体は成功したのだ。

 只、誘き出した対象のイメージがあまりにも名前とかけ離れていた為当初は信じられず、アインズに至ってはあからさまにテンションが下がってしまう程。

 更に追い打ちとなったのは現地の人間、即ちンフィーレアやペテル達からしてみれば恐ろしい魔獣だというところだ。

 そして、それを倒し服従させたドモン達は正に英雄だと言う。

 

 全体を通したその何とも言えない感じがドモンとアインズの心に影を落としていた。

 決して失敗した訳ではない。只、何となくスッキリしないだけなのだ。

 

 

「何だかなぁ……。ハムスター小突いて英雄気取りってのは……」

 

 

 額に手を当てアインズが軽く頭を振る。

 この時アインズ脳裏には、街についてから今までに至る人々の視線やひそひそ話が思い出されていた。

 

 

――凄い魔獣だ!

 

――持ち主が(カッパー)って嘘だろ!?

 

――実は有名な冒険者なんじゃないか?

 

 

 そう話されている間をアインズは、この魔獣(ハムスター)に騎乗しながら通り抜けて来た。

 自身を一人でメリーゴーランドに乗るおっさん。そう自虐しながら。

 

 

「そういや名前どうするか……。シュウジは何か案はないか?」

 

「俺は何か疲れちまった。お前が決めろよ、モーガン」

 

「ナーベは?」

 

「御随意に」

 

 

 ネーミングセンスのない自分が決めていいものかと思いながら、アインズは魔獣登録の為に冒険者組合に入っていった。

 ナーベラルもアインズを追いかけて組合に入ろうとしたのだが、ドモンが来ていないことに気付き振り向く。

 そこには、ンフィーレア達が歩いていった道を眺めるドモンの姿があった。

 

 

「御兄様?」

 

「ん? あぁ、すまん。今行くよ」

 

「何か気になることでも?」

 

「……少しばかり、嫌な感じの風だなと思ってな」

 

「風……?」

 

 

 ナーベラルが意識を向けると、確かに少しだけ風が吹いていた。魔力や毒も感じない只の風が。

 

 

「気になられるようでしたらお調べしますが?」

 

「……いや、俺の気のせいだろう。モーガンを待たせるのは悪いから早く行こう」

 

 

 ドモンはナーベラルの肩を押して組合のドアをくぐるが、意識は依然としてンフィーレア達の向かった先にあった。

 

 

(この感じはあの時(・・・)と似ている気がする。何事もなければいいが……)

 

 

//※//

 

 

 一方のンフィーレア達は彼の祖母が経営する店に着き、荷車に積まれた薬草を下ろす為に裏口へと回っていた。

 

 

「さぁ皆さん、此方へどうぞ。薬草を運び終えたら冷えた果実水でも御馳走しますね」

 

「有り難う御座います」

 

 

 疲れが顔に出ていたペテルもそれを聞いて表情を明るくする。

 他の面子も果実水に釣られ、俄然やる気になった表情で薬草を運び出す準備に入った。

 その間ンフィーレアは裏口から入り、薬草を積める場所を確認しようと中に入ったのだが。

 

 

「あれ? お婆ちゃん居ないのかな……? 鍵は開いていたのに」

 

 

 てっきり店に居るとばかり思っていた祖母の姿が見当たらず、店のカウンター側に繋がる通路へ行こうとした時、そこから謎の人影が現れる。

 

 

「キャハッ! やっと帰って来た~、お姉さん待ちくたびれちゃったよ~」

 

「えっ!?」

 

 

 人影の正体は黒いフードに身を包む若い女だった。

 猫のような愛くるしい笑みを浮かべながら女はンフィーレアに近付いていく。

 だが、その女から異常な何かを感じたンフィーレアは思わず後退りした。

 

 

「あ、あの。一体、どちら様ですか?」

 

「え……? お知り合いではないんですか?」

 

 

 丁度薬草を運ぼうとしたペテルが扉から顔を出し問い掛けるが、ンフィーレアはその言葉を否定する。

 ペテルが不審に思った時、不意に女が口を開いた。

 

 

「私はねぇ、君を拐いに来たんだよ。ンフィーレア・バレアレ君」

 

 

 笑みを交えながら女が言った言葉に、漆黒の剣は素早く反応しンフィーレアの盾となる。

 その様子を見て女は口角を吊り上げた。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

 人数では自分達の方が上。にもかかわらずそれを苦にしていないかのような余裕。

 その状況にペテルの心を不安と恐れが蝕んでいく。

 この女は自分達を遊び半分で殺せる実力があるのではないか? と。

 そしてその不安、恐れを押し殺すように強い口調で叫ぶ。

 

 

「お前は誰だ! 一体何の目的があって彼を狙っている!」

 

 

 ペテルの怒鳴り声が部屋に響き、それが収まる頃を見計らったかのように女は語りだした。

 

 

「いんやねぇ、簡単に言っちゃうと、あるアイテムをンフィーレア君に使って貰いたいんだよ」

 

「アイテムだと?」

 

「そうだよ~。んでもって、大量のアンデットを呼び出して貰いたいんだ」

 

「なっ!?」

 

 

 余りの恐ろしさにペテル達の表情が固まる。

 女の企みもそうだが、何よりもそんな地獄絵図をとても楽しそうに言う女自体に恐怖を感じた。

 先程感じた不安を確信へと変えたペテルは、自分の直感を信じ仲間の一人に声をかけた。

 

 

「ニニャ! 貴方はンフィーレアさんを連れて逃げて下さい!」

 

「え!?」

 

 

 ペテルが声をかけたのは偶然か、自分達が盾となる為動いた後も恐怖からその場に残ってしまい、逃げ道である扉に一番近い場所にいたニニャだった。

 ペテルは状況を判断し、ンフィーレアを連れてここから逃げるよう言ったのだ。

 

 

「みんなはどうするんですか!?」

 

 

 ニニャの叫びに対するペテル達の答えは足止め。

 それをニニャは否定し一緒に脱出しようと説得を試みるが、ペテル達の意思は固かった。

 

 

「貴方には助け出さなくてはいけない人がいるんでしょう!」

 

「そうだぜ、ガキ連れてさっさと行け!」

 

「ここは我等が死守するのである!」

 

「みんな……くっ!」

 

 

 薄々ニニャも勘づいていた、自分達の敵う

相手ではないことに。出来ることは精々足止め位のものだと。

 ニニャは後ろ髪を引かれる想いを振り切りンフィーレアの手を掴む。

 そして、ンフィーレアを連れて裏口のドアへ駆けた。

 

 

「行きますよ!」

 

「で、でもっ!」

 

「早く!」

 

「そうはいかん……」

 

「「!?」」

 

 

 二人の行く手を遮るように一人の男が現れた。

 いかにも邪悪な魔導士といった風貌で、年もかなりいっているように見える。

 そんな男が逃げ道を塞いだ。

 

 

「クレマンティーヌ! 遊ぶなと言っただろうが!」

 

 

 現れた男は先に現れた女に喝を飛ばす。

 クレマンティーヌと呼ばれた女は何処吹く風、そういった様子でへらへらと笑っていた。

 

 

「いいじゃないカジッちゃ~ん、どうせみんな殺すんだし~。あ、ンフィーレア君は別だよ?」

 

「ひっ!」

 

 

 女の邪な笑みにンフィーレアは声をひきつらせる。

 

 

「まぁ、いっちょやりますか」

 

 

 クレマンティーヌは腰にぶら下げていたスティレットを抜き放つ。

 

 

「少しは楽しませてね?」

 

 

 その言葉を聞いた面々に緊張が走った。

 あの人達はいずれここに来る。それまでは自分達が時間を稼ぐのだと。

 しかし、まだ年若いニニャにこの緊張感は耐え難く、いずれ来るだろう一人の人物の名前だけを考えていた。

 

 

(シュウジさん……!)

 

 

//※//

 

 

「…………!」

 

 

 冒険者組合にて森の賢王の登録を行っていたドモンは、ふと誰かに呼ばれた気がし思わず振り向いた。

 だがそこには誰もおらず、扉を開けて外を見回しても只ひたすら野次馬の海が広がるだけである。

 伝言(メッセージ)の可能性も考えたが、あの独特の感じもなくそれでもない。

 

 

(気の……せいか……?)

 

 

 されどドモンの胸中にはある想いが渦巻き続けていた。

 

 

(ニニャ達に何かあったのか……)

 

 

 そう考えたドモンは彼等の下へと行くことにした。

 虫の知らせで、今この瞬間にも命の危険に晒されているかもしれない。

 そうでないのなら……、皆で笑って流せばいい。

 自分の行動を決めたドモンがアインズに話を伝えようとした時。

 ドモンは目を丸くした。

 

 

「よーしよし、いいぞー。もっとこう、顎を引くようにだな」

 

「こうで御座るか? モーガン殿」

 

 

 森の賢王(ハムスター)にポーズ指定をしながら、その周囲をうろうろしているアインズが飛び込んできたのだ。

 

 

「モーガン? 何やってるんだ?」

 

「ん? あぁ、登録に際して絵が必要らしくてな。描き手を呼ぶのもあれだから自分でやろうとしてる」

 

 

 確かにそんなことを言っていたような気がする。ドモンはそう思った。

 自分の呆けている間に話が進んでいたことに驚きもあったが、それは別にして素直にアインズに話した。

 

 

「悪いが、俺は先にンフィーレアんトコ行くぞ」

 

「ん? そうか?」

 

「あぁ…………それで、俺が描こうか?」

 

 

 ポーズを決めさせた後も一向に描き出さないアインズを見て、ドモンは宝物殿にあるアヴァターラを思い出した。

 

 

「あんまり……得意じゃないんだろ?」

 

「……正直……助かる」

 

「んじゃ、パパッと描いちまうか。えーと……」

 

「拙者、ハムスケという名を頂いたで御座る!」

 

 

 ドモンの視線から察し、元森の賢王は自分の新しい名前を得意気に答えた。

 

 

「そんじゃ、サクっと描くぞ、ハムスケ」

 

「お願いするで御座る、シュウジ殿」

 

 

 それからものの数分でハムスケの全身像を描き、ドモンはすぐに組合を出た。

 

 

「方角はどっちだったか……、こっちか!」

 

 

 魔獣見たさに組合を囲んでいた野次馬達の頭を飛び越え、ドモンは街の闇へと消えていく。

 それから少しして、大きく作られている裏口からハムスケと共にアインズ、そしてナーベラルが姿を現した。

 

 

「それにしてもモーガン様、御兄様は一体どうなされたのでしょうか?」

 

「詳しいことは聞いてないが、何か気になることがあるんじゃないか?」

 

「成程」

 

 

 ナーベラルは納得したようだったが、アインズはドモンの様子が気になっていた。

 本人は既にいない為、直接伝言(メッセージ)を繋ごうとした時、不意に近付いてくる人物に気付く。

 

 

「あんた、もしかして孫と一緒に薬草採取に行った人じゃないかい?」

 

「貴女は?」

 

「リィジー・バレアレと言うんじゃ。ンフィーレアの祖母じゃよ」

 

「あぁ、貴女が」

 

 

 アインズがその老婆リィジーから話を聞いた所によると、知人に用があって一旦店を離れることになったとか。

 そして、その帰りに組合の方がざわついていたので様子を見に来たところ、アインズ達とばったり出会ったのだという。

 

 

「それは残念です。少し前にお孫さんは、他の冒険者と一緒に店に向かいましたよ」

 

「おぉ、今回は早かったんじゃのう」

 

「拙者のお陰で御座るからな!」

 

「な、何じゃ!? 魔獣!?」

 

 

 アインズより少し後ろ、暗がりにいた為リィジーはよく見えていなかったようだが、灯りの届く場所まで身を乗り出して来たハムスケに驚き、危うく腰を抜かしそうになる。

 

 

「拙者、元森の賢王。今はハムスケと言うで御座るよ」

 

 

 えっへんと自慢気に語るハムスケ。

 それを見て、アインズは何でそんなに自慢気なのかと聞きたくなったが、目の前にいる依頼人の関係者を放っておく訳にもいかず話を進めた。

 その結果、向かう先は同じということで共に店に向かうことになった。

 

 

//※//

 

 

 一方、先にンフィーレア達のいる店に向かったドモンは……。

 

 

「何処だ……!」

 

 

 迷っていた。

 勢いよく飛び出したものの、慌てているせいか頭の中の地図と現在位置が噛み合わない。

 自身の悪い予感が元で出てきただけに、今の状況は焦りが増す一方。

 幸いにもハムスケのせいで人だかりが出来ている為、組合の方向は分かる。

 一旦戻るか、伝言(メッセージ)でアインズに街の地理でも聞こうかと考えた時、ドモンの人ならざる鋭敏な嗅覚はある臭いに気付く。

 

 

「これは……血か?」

 

 

 焦燥感も手伝い、目的地から見失いかけていたドモンを嗅覚を刺激したのは血の臭いだった。

 

 

(血? 血の臭いだと? こんな街中で?)

 

 

 確かに、元居た世界よりも物騒な世界だとは理解しているつもりではあった。

 路地裏での流血事など日常茶飯事。そういう世界なのだと。しかし、この世界ではこれが当たり前なのかとの驚きも正直な所あった。

 普通の村人が騎士に殺される世界なのだから普通のことなのだろう、ドモンはそう割りきってその臭いを無視しようと思ったのだが、つい足がその方向へと向いてしまう。

 妙に気になってしまったのだ。

 

 

(マズい……、嫌な予感が強くなってきた)

 

 

 ドモンは近場の家屋の上に飛び乗り、そこからその臭いの場所を突き止めようとする。

 

 

(……こっちか)

 

 

 そのまま屋根伝いで大体のあたりをつけた場所へと急ぐ。

 そして、目的の場所へと降り立った。

 

 

「ここは……!」

 

 

 鼓動が早まる。今にも心臓が飛び出そうとする錯覚すら覚えた。

 ドモンが辿り着いた場所は、ンフィーレア達が先に向かった店だった。

 先に確認だけは済ませてあるので見間違えることはない。

 

 

「冗談……だろ」

 

 

 扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。

 焦る気持ちを抑え、裏口を探した。

 手持ちのアイテムで開けることも出来るが、勿体無いと感じたことと、表ではなく裏の方が臭いが強いことに気付いたからだ。

 店の裏手に回ると、そこには台車に繋がれた一頭の馬がいた。

 台車を確認し、ンフィーレアの連れていた馬だと断定すると、裏口の方に目をやった。

 

 

「開いている……。これは、足跡か?」

 

 

 半開きになった扉から二人分と思われる足跡を発見する。

 野伏(レンジャー)のスキルで見えたものだ。そして何故か、一つだけ妙に足跡が深いようにも見える。

 何者かは分からないが、何かしらこの臭いに関係する者だろう。

 このことに記憶でメモを作り、それから裏口の扉を開く。

 ドモンは意を決し扉の中を覗いた。

 次の瞬間、ドモンは自分の想像した最悪の場面に出くわすことになってしまう。

 

 

「お前達!」

 

 

 ドモンの目に倒れ伏すペテル、ルクルット、ダインの三人が飛び込む。

 

 

「おいっ! しっかり……!」

 

 

 安否の確認をしようとしたドモンだったが、身体に触れようとした手を引く。

 彼等は既に事切れていた。よく見ると、三人とも額に小さな穴が空き、そこから出血していた。

 

 

「刺突武器の類いか……」

 

 

 立ち上がり、ンフィーレアとニニャを探そうとし、予想していたものを目の当たりにする。

 

 

「ニニャ……、お前もか……」

 

 

 小さく呟くドモンの前で、ニニャは壁にもたれ掛かった状態でいた。

 ありとあらゆる箇所が出血し、無数の打撲痕。

 ドモンは骨折しているのも見逃さなかった。

 

 

「これは単純に殺されただけじゃない。これじゃあまるで――」

 

 

 ――拷問ではないか。ドモンがそう思った時。

 

 

「…………だ……れ」

 

「ニニャ!?」

 

 

 驚くことに、先の三人よりも酷い有り様だったニニャは辛うじて息があった。

 

 

「俺だ! シュウジだ!」

 

 

 慌てて身体を屈め、ニニャに触れる。

 そこが調度骨折箇所だったようで、ニニャから小さな悲鳴が上がる。

 

 

「す、すまん! ……ニニャ、教えてくれ。何があった? 誰がやった?」

 

「女の……剣……士。それ……と、マジ……キャ……タ」

 

「女剣士と魔法詠唱者(マジックキャスター)だな? ンフィーレアもそいつらに?」

 

 

 小さく、とても小さくニニャは肯定した。

 感知スキルで建物内に生体反応がなかった為、ンフィーレアは拉致されたと考えていたのだ。

 それから相手のその他の特徴を聞こうとしたドモンだったが、ニニャの様子から死期が近いことを悟る。

 

 

「何か……言い残すことはあるか?」

 

 

 最低の言葉だ。ドモンは自分に嫌悪感を抱く。

 他に言葉が思いつかなった。それだけではない。

 先程まであれほど無事を祈っていたニニャを、情報を聞いたから問題はないと、一瞬でも思ってしまったことに。

 

 

(異形の部分が精神に影響してるってことか……。俺は一体どうしたいんだ……。助けるのか、それとも見捨てるのか)

 

 

 ニニャからの反応を待つ間、ドモンは思考を加速させありとあらゆる情報を加味し、やがて結論に至る。

 

 

(彼は、ニニャは睦心(むつみ)ちゃんじゃない。……俺達の功績を広める役も一応ハムスケがこなしてくれている。可哀想だが……、見捨てよう)

 

 

 ドモンがそんなことを思っていると、ニニャが言葉を発した。それはドモンの心に揺らぎを与える。

 

 

「姉さ……ん」

 

「姉さん?」

 

 

 心臓が跳ね上がった気がした。

 まさか、この少年にも義妹と同じく姉がいたとは。

 続きを待ったが、ニニャは動きを止めた。

 ニニャの鼓動が止まりかけている。そう捉えたドモンは、直に来るであろうアインズにどの様に説明するかを考えた。

 そこで、あることに気付く。

 

 

(ペテル達のプレートがなくなっている…………。戦利品だとでも言うのか、糞が……!)

 

 

 己の中にドス黒い感情がうねり始めたのを自覚しながら、もう一つのことに気付く。

 

 

「ニニャ……、お前は女だったのか」

 

 

 先程は慌てて気付かなかったが、よく見ればニニャの服がはだけており、胸の部分に小さな膨らみとさらしが見えていた。

 記憶の中にあるルクルットが話していたこと。

 女がいると揉める。その為に目の前の少女は素性を隠していた。

 恐らく、今言っていた姉に関係することなのかもしれない。

 

 そんなことを思いながらも、何かンフィーレアの連れ去られた先に繋がるものはないかと付近を見ていた時。

 ニニャの傍らに転がるポーチからはみ出す、一冊の本をドモンは見つけた。

 

 

「これは……」

 

 

 自身のスキルで文字を解読しながらある程度読み進む。それはニニャの日記だった。

 彼、ではなく彼女のニニャは、貴族に連れ去られた姉を探す為に冒険者になったということが分かった。

 ざっと目を通し、静かに日記を閉じる。

 女だと分かり、揺らぎが大きくなっていく自分に喝を入れ、ドモンは立ち上がった。

 ンフィーレアが拐われたこと、ペテル達(漆黒の剣)が皆殺しにされたことを、アインズに伝言(メッセージ)で伝えようとしていると。

 ニニャが動くのを感じた。

 何か伝えることがあるのかと膝を折ると、ニニャは折れた腕でドモンに向かって手を伸ばした。

 それをドモンが優しく取ると、ニニャはぐちゃぐちゃになった顔で笑った。

 打撲のせいで瞼は腫れ上がり、もう片方の目に至っては眼球が潰されている。

 凄惨以外の何者でもない顔で彼女は笑いながら言った。

 

 

「お、姉…………ち……ゃん、そこ……いた……だね。逢い…………った」

 

 

 そこまで言うと、手に込められていた僅かな力すら消え失せ、今度こそニニャの命は尽きた。

 ニニャの手をそっと戻し、暫く固まったドモンは突然顔に手を当て泣き出した。

 

 

「俺は……! 結局救えないのか!? 村人は救えても、この娘は救えないのか!?」

 

 

 都合がいいのは分かっている。男ではなく女、しかも姉を持つ妹。それだけのこと。

 そんな娘が今、目の前で己の人生に幕を下ろした。

 

 違う。下ろすしかなかった。

 強者から一方的に蹂躙され、なぶられ、そして殺された。

 全ては身体に刻まれた傷が物語っている。

 ペテル達は額に一突き、しかしニニャは全身酷い有り様。

 これを見れば一目瞭然だ。

 

 

――私はね、お姉ちゃんがだーい好き! だから、浮気なんかしたらエイ兄ちゃんでも許さないよ!

 

 

 自分が元居た世界で婚約した時、義妹となった少女に言われた言葉だ。

 その言葉が脳裏に浮かんだのは、自分がこの娘を助けたいと思っているから。そう確信した。

 

 

「……すいません、アインズさん」

 

 

 ドモンは超位魔法を唱え、目の前で息絶えた少女を蘇生させた。

 重傷を通り越した身体はみるみる内に傷が癒えていく。折れた骨は復元され、千切れた筋繊維は繋がり、眼球は元通りになり、全身の打撲痕も消えた。

 ドモンの超位魔法が役割を終え光を失うと、ニニャの瞼がゆっくりと開いた。

 

 

「あ……れ……?」

 

「大丈夫か、ニニャ」

 

「シュウジ……さん?」

 

「そうだ、シュウジだ」

 

 

 キョトンとした目で自分を見詰めるニニャを、ドモンは無言でそっと抱き締めた。

 それをどう受け取ったのか、ニニャは赤面しながらも受け入れた。

 

 

「すまなかった。遅れてすまなかった」

 

 

 嗚咽混じりに自分に謝るドモンを見て、ニニャはどうしてこうなったのか記憶を遡り始める。

 やがて、惨劇の場面に行き当たり、周囲を慌てて見回す。

 

 

「シュウジさん! ンフィーレアさんは!?」

 

「恐らく連れ去られた。周囲に隠れている気配もないし、何より妙な足跡があった」

 

「足跡?」

 

「あぁ。それで、そのことで確認したいんだが、お前が会ったという女剣士と魔法詠唱者(マジックキャスター)。そのどちらかは体格が良かったりしたか? 若しくは、重装備だったとか」

 

「い、いえ。女剣士はマントをしていてはっきりとは分かりませんが、お腹の部分とか出ていたと思います。魔法詠唱者(マジックキャスター)、何か不気味なアンデッドみたいな男もそんな風には……」

 

 

 ニニャの詳しい説明を聞いてドモンは確信する。

 この裏口の扉の前、そこから見えた二組の足跡。

 その二人の内のどちらかがンフィーレアを担いで逃げたのだ。それならばあの足跡にも納得がいく。

 ドモンが逃げた先を調べるのはどのタイミングにするか迷っていると、ニニャが大きな声を出した。

 何事かと振り向くと、ニニャが他の三人の遺体の前で涙を流していた。

 

 

「そんな……、なんで僕だけ……。また、一人ぼっちになったのか」

 

 

 ペテル達の遺体の前で泣くニニャを見て、ドモンは半分やけくそ、半分善意からニニャに話を持ちかける。

 

 

「ニニャ、こいつらにもう一度逢いたいか?」

 

「え?」

 

「もう一度逢いたいかと聞いてる」

 

 

 その言葉の意味が飲み込めず、ニニャは呆然とするが、やがて目に強い光を宿し答える。

 

 

「逢いたい、逢いたいです!」

 

 

 自分でもよく分からないことを言っている。それはニニャ自身理解していた。が、それでも言うべきだと直感したのだ。

 そうか、とドモンは手持ちのアイテムから一つの短杖(ワンド)を取り出す。

 

 

「それは?」

 

「これは……、とある御方から貸し与えて頂いたものだ。これを使ってペテル達を蘇生させることが出来るかもしれない」

 

「そ、そんなことが出来るんですか!?」

 

「確実ではないがな、あくまで可能性の話だ」

 

 

 ニニャはドモンに泣きながらすがり付いた。

 

 

「それでも! それでもお願いします!」

 

「分かった。……それと、こいつらを蘇生させるにあたって条件がある」

 

「じょ、条件?」

 

「そうだ。しかも、その条件は蘇生しようがしまいが関係なしだ。要するに取引をしようってことだ」

 

 

 ニニャが喉を鳴らした。

 条件自体は不明だが、持ち掛けられた話は願ってもないものである。

 本来、死者の蘇生を行える人物は希少であり、極僅かという言葉が生易しく聞こえる程である。

 おまけに、よしんば蘇生魔法を行使することの出来る人物に接触出来たとしても、待っているのは法外な代償である。

 ある目的を果たす為に情報を集めていた時、彼女が聞いた話だ。

 ニニャは一瞬視線を落とし迷ったが、ペテル達の亡骸を見た後で決意の表情を見せる。

 

 

「はい! お願いします!」

 

「条件も聞かずに話に乗るとはな、度胸がいいのか無謀なのか。……よし、蘇生を試みよう」

 

「有難う御座います!」

 

 

 ニニャが勢いよく頭を下げる。

 ドモンはその綺麗な姿勢に彼女の想いの強さを垣間見た気がした。

 

 

「ではペテル達を蘇生させる条件だが……」

 

 

 ドモンが雰囲気を出しながら切り出し、ニニャは一筋の汗を流しながら喉を鳴らす。

 どんな無理難題を押し付けられるのだろうか。いや、命にかかわることを求められるかもしれない。

 短い付き合いではあるが、少しは目の前の人物の人柄は見てきたつもり。

 だからこそ非道なことは言わない人物だとは思っている。しかしながら、ニニャは胸の内の不安を拭い去ることが出来なかった。

 

 

「俺が出す条件は、これから行うことについて他言無用、質問も受け付けない。以上だ」

 

「………………え?」

 

 

 ニニャは目を丸くしながら抜けた声を出す。それを気にも留めず、ドモンは言葉を続けた。

 

 

「その代わり、俺はペテル達を蘇生させ、ついでにお前の身体の秘密も胸の内に秘めておく。どうだ?」

 

 

 そこでニニャは、自分の胸元がはだけていることにやっと気付いた。

 慌ててそれを隠しながら、ハッとしてドモンを見た。

 ドモンが提示した条件があまりにもおかしい。条件として形を成していないとニニャは思った。

 確かに無理難題を突き付けられることはないとは思った。しかし、これでは逆に不気味だ。

 何か意図があるのではと流石に疑ってしまう程である。

 

 

「……そ、それは、シュウジさんに何の得が?」

 

 

 ニニャは少しでも意図を探るべく言葉を絞り出す。

 正しい回答が返ってくるとは思わなかったが、それでも言わなければいけない。それがニニャの考えだった。

 

 

「得? そんなモンはねぇよ」

 

「え? それじゃあ……」

 

 

 ニニャは言葉を続けようとするが、ドモンはそれを無視してペテル達の遺体の所へと向かう。

 

 

「うだうだ言ってると死体が腐っちまうぞ。どうするか早く決めろ」

 

「あ……。お、お願いします!」

 

 

 ニニャは咄嗟に条件を受け入れてしまう。裏にどんな考えが張り巡らされているか分からない条件を。

 実際の所、ドモンには裏などなかった。

 只純粋にニニャを救いたかっただけであり、ペテル達も出来れば助けてやりたいと思っているだけだ。

 アインズに話す時は重症だった所を助けた。そう話せばいいと考えていた。

 

 ドモンは短杖(ワンド)を、蘇生効果を持つ蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を持ったままペテル達の遺体の前に立つ。

 スキルで確認してある為レベル的に大丈夫だとは思いつつ、もしもの場合はどう対処すべきだろうか。少し怯えながらもそれらしい言葉と共に短杖(ワンド)を振る。

 結果として、見事三人は息を吹き返した。

 三者三様の反応……という訳ではなく、皆が同じく何故自分が無事なのか不思議というものだった。

 ニニャは三人に駆け寄り涙を流す。ドモンはそれを見て彼等の絆の深さを改めて認識した。

 それから話を合わせたニニャと共に説明をし、半ば無理矢理に納得させた三人にドモンはこれからのことについて話をしようとした。その時。

 

 

「お、おい! 一体何じゃ!」

 

 

 聞き慣れない人物の声と共に聞き慣れた男の声が聞こえた。

 

 

「ナーベ、その人物を守れ」

 

「畏まりました」

 

 

 どう伝えたものかなと考え、ドモンはこれからのことについて頭を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 大変お待たせしました。Tackです。
 年内にもう一話上げたいと思ってたのにこの投稿日ですよ。嫌になるorz
 今年中にもう一話出来るか怪しいので先にご挨拶を。
 皆様、来年も宜しくお願い致します。
 

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