武の竜神と死の支配者   作:Tack

30 / 36
 今回ちょっと長めです。


第二十七話【シュウジとモーガン~白と黒⑤~】

 

 

「そ、そんな……」

 

「今の話は全て事実だ。お前が信じずとも、必ず訪れるであろうこの世界の結末だ」

 

 

 絶望の色を浮かべたンフィーレアに対し、アインズはわざと感情を感じさせない声で言った。その様子はさながら、生者に死の運命を伝える死神のようでさえある。

 アインズは今、ドモンが作り出したリング内において脚本の一部、この世界に迫る巨悪について簡潔に説明を終えたところだ。

 言ってしまえば真っ赤な嘘であり、その話の流れは全てナザリックの者達によって運営、管理される予定だ。

 

 先日シャルティア達が向かった任務もこれに関係することであり、彼女の働きも作戦の合否にかかわってくるもの。本人がどこまで自覚しているかは謎だが。

 勿論、ドモンは彼女のモチベーション向上の為の手も打ってある。作戦の達成度によっては褒美を出すと伝えてあるのだ。

 そしてドモンの思惑通り、褒美の内容を聞いたシャルティアの瞳の輝きが強まり、作戦の完遂を改めて誓う程であった。

 ドモンが耳打ちをする形で伝えたので、当時部屋に居た者達――アインズも含めて――はその内容を窺い知ることはなかったが、シャルティアが一瞬悩む素振りを見せた後の嫌らしい笑みは、その場に居た者達全員にある種の不安を覚えさせるものだった。

 

 ここで、話はンフィーレアのことに戻る。

 彼は、アインズから伝えられた内容を受け止めきれず茫然としてしまった。

 アインズはその様子から彼の心中を察しながらも次の言葉を口にする。

 

 

「そこで、この世界の危機に対処すべくお前に頼みたいことなのだが……」

 

「……はい」

 

 

 一応の返事を返すものの、ンフィーレアの表情は暗い。

 世界の危機、それは自身の想い人であるエンリも危険に晒されるということだからだ。

 村を守っていた彼女の指揮する小鬼(ゴブリン)の軍団もその危機の前では役に立たない、彼にはそれも分かっていた。

 

 

――大天使を一撃で屠り去った。

 

 

 エンリは騎士襲撃の騒動の後、この村に数日間滞在していた王国戦士団(ガゼフ達)のこともンフィーレアに話しており、その中で彼等が話していた内容がそれだったのだ。

 

 かつてこの世界に災厄をもたらした魔神。それを討ち滅ぼしたと伝えられる大天使をだ。

 このことはンフィーレアがドモン達を、目の前にした時の威圧感などと共に神と信じるきっかけとなっている。

 これらの情報を踏まえた上で、ンフィーレアはゴブリン軍団では歯が立たないと判断していた。

 魔人をも打ち滅ぼす力を持った神が警戒する大いなる闇。そんな相手に対処するのは不可能だと。

 以上がンフィーレアの表情の答えである。

 

 

「おい」

 

「……」

 

「おい! ンフィーレア!」

 

「は、はいっ!?」

 

 

 突然の大声にンフィーレアは驚き、慌てて顔を上げる。

 よく見るとアインズもその大声に驚いているように見え、ンフィーレアが不思議に思いもう一人へと目をやると、そこには肩を震わせるドモンの姿。

 自分が呆けていたことを謝罪する為、ンフィーレアが口を開こうとした時だった。

 ドモンがンフィーレアに近付き頬をはたいた。

 

 

「な、何を……?」

 

「何を? じゃねぇ。好きな女が死ぬかもしれないって時に、お前はただ呆けてるだけなのか?」

 

 

 言われてンフィーレアはハッとする。

 今自分がやるべきことは悲観に暮れることではなく、ましてや只絶望することでもない。

 目の前にいる存在の言葉に耳を傾け、これからどうすればいいのかを聞くことなのだと。

 

 

「……失礼しました。どうか話の続きをお聞かせ下さい、神様」

 

「それでいい。……アインズ、腰を折ってすまなかった」

 

 

 そう言って、ドモンは再び元の立ち位置へと戻っていく。

 若干空気が重いと感じたアインズは、咳払いをした後軽いフォローを入れ話を再開した。

 

 

「まず、君に協力して欲しいのポーション作りだ」

 

「ポーション……ですか?」

 

「あぁ」

 

「それはどういった理由でしょうか……?」

 

 

 (アインズ)が自分にポーション作りを依頼する。ンフィーレアはその理由に皆目見当がつかず首を傾げてしまう。

 神の血と称され、伝説として謳われる赤いポーションを持つ神々が、果たして一介の薬師である自分に頼む理由があるのだろうかと。

 

 

「簡単なことだ。……大きな戦いが起きる可能性が極めて高いからだ」

 

「大きな……戦い……」

 

「情けない話だが、我等の持つポーションでは足りぬことが予想される」

 

「新しく作ることは出来ないのですか?」

 

 

 ンフィーレアはもっともな疑問を口にする。

 勿論、ドモン達も出来ればポーションを作り続けたいとは思っている。しかし、ナザリックでポーションを作るには様々な問題があった。

 ならばこの世界の素材、人間にポーション作りを任せればいいとの結論に至っている。

 だが、それを素直に話すのは愚か者がすること。その為、アインズは再び嘘を吐いた。

 

 

「それ自体は可能だ。しかし、この世界全ての者に分け与える量となると時間がかかるだろう。更に言ってしまえば……」

 

「……どうかしましたか?」

 

 

 アインズから何か妙な雰囲気を感じ、それを不思議に思ったンフィーレアが問い掛けた。

 暫く顎に手を当て、何か考える素振りを見せながらアインズはドモンに伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《あのー、ドモンさん?》

 

《どうしました?》

 

《ずっと伝言(メッセージ)でサポートして貰ってる身としては言い辛いんですが……。言わなきゃ駄目ですか?》

 

《駄目です》

 

《ですよねー》

 

 

 一刀の下断ち切られ、アインズは内心げんなりとした。

 いくら精神が変容したところで言い辛いことに変わりはない。アインズがこれから言おうとしていることはそういった類のものなのだ。

 だが、自分がたった一人でこの世界に来ていたらこうはならなかったかもしれない。

 アインズはそう思った。

 

 

(そうだよな、ドモンさんがいなかったら、俺はもっと酷いことを平然とやってたかもしれないよな……)

 

 

 あったかもしれない世界のことを考え、アインズは何とも言えない感情を覚える。だが、直ぐに頭を切替えンフィーレアに意識を向けた。

 いつもと同じく思考を加速させているのでまだ余裕はある筈とは思いつつも、早く話を進める為にアインズは会話を再開させる。

 

 

「……非常に言い辛いことなのだが、私達の作るポーションは一般人に分け与えるには過ぎた物なのだ」

 

「……え」

 

 

 自分の一言で少し悲しげな表情になったンフィーレアを見て、アインズは心に何かがチクチク刺さる絵をイメージした。

 

 ドモンさん(この人)の脚本のせいなんだよ。

 そう言えたらどんなに楽なことだろうと一瞬考えるが、そもそもこの脚本に乗ったは自分の意思。

 それに、自分がこの状況で今言った以上に相応しい台詞が浮かんで来なかったのもまた事実。

 腹が括り切れてないないなとアインズは自嘲した。

 

 

「うむ。あの娘、エンリに渡した物は効果が強い。来たるべき戦いの際には、我等の下に集うであろう屈強な戦士達に使用すべきだと考えている」

 

「な、成程。では、僕が作るべきポーションとは……」

 

「その他の戦闘要員だ。そして、念の為に非戦闘員用にも用意しておきたい」

 

 

 自分の役目を理解し、ンフィーレアの()に強い光が宿る。

 漢の顔になりかけているンフィーレアを見たドモンは、彼への評価を改める必要があると認識した。

 

 それからも話は続き、説明が大体終わった所でアインズは外の様子が気になり始める。

 以前ドモンから時間の流れを変えられると聞いてはいたものの、実際目にした訳ではなく、今もそうなっているかの確認もしていないからだ。

 

 

《そういえばドモンさん、今リング内の時間ってどうなってますか?》

 

《…………あっ》

 

 

 とても小さかったが確かにアインズの耳(?)には届いた。自らのミスを自白した声が。

 

 ある程度を予想しながら振り向くと、ンフィーレアの方を見ていた筈のドモンが明後日の方角に顔を向けていた。

 その姿からは、哀愁とも親に叱られた子供とも言えない微妙な雰囲気が漂っている。

 

 

《……忘れてたんですね?》

 

《……アインズさん、人は過去よりも明日を見て生きるものなんですよ……》

 

《俺も貴方も今は人間じゃないですがね》

 

《…………》

 

 

 暫しの沈黙の後、固まっている自分達を不思議そうに眺めるンフィーレアの視線な気付き、ドモンは彼を使ってこの場を切り抜ける策に出た。

 

 

「オッホン! ンフィーレア・バレアレよ、話は以上だ。これから宜しく頼む」

 

「あ、はい。此方こそお世話になりますドモン・カッシュ様」

 

「ドモンでいい。奴のこともアインズと呼べ。……構わんな?」

 

 

 呼び方についての了承を得る為にアインズに声をかけるが、自分がねっとりとした視線を向けられているを感じ、ドモンは了承を得たという流れにした。

 

 

「よ、よし! そろそろこの場所を閉じるぞ!」

 

「あ、待って下さいドモン様!」

 

「どうした?」

 

 

 リングを解除しようとした所にンフィーレアから待ったの声がかかる。

 何か疑問でも残ったのだろうかと軽く身構えたドモンは、次のンフィーレアの言葉を待った。

 

 

「あの……先程は有難う御座いました!」

 

「一体何の……」

 

 

 そこまで言いかけてドモンはンフィーレアの言いたいことを理解した。先程のこととは自分が怒鳴った時のことだろうと。

 あれは演技ではなく本心から出てきてしまった言葉だった。

 それと同時に、過去の自分と彼を重ねて見てしまい、不甲斐なさと同じ思いをさせたくないという気持ちが混ざった結果、あのような形でぶつけてしまったものだ。

 自分の感情的なものが介入している以上、礼を言われる筋はないとドモンは思っていた。

 

 

「いや、あれは……」

 

 

 と、そこでドモンはもう一芝居打つことにした。この脚本の山場でのドラマチック性を上げる為に。

 

 

「……あれは我の言葉ではない。シュウジのものだ」

 

「え? ドモン様がシュウジさんではないんですか?」

 

「似て非なるものだ。……詳しいことはいずれ話す時が来よう」

 

「……分かりました」

 

 

 取り合えず納得したンフィーレアを見て少し不安になるドモンだったが、その程度で心を覗くのも気が引けたので、まぁ大丈夫だと勝手に判断した。

 

 モーガンとシュウジの姿に着替えてからリングを解除し、三人は再びカルネ村に戻って来た。

 すると、そこでずっと待っていたナーベラルが至高の存在に膝を折る。

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 ある程度慣れてしまったが、一定時間注意しないと対応が戻ってしまうナーベラルに、ドモンとアインズは溜息を吐く。

 

 

「ナーベ、誰かが俺達を探しに来たか?」

 

「いえ、お兄様。今の所は誰も来ておりません」

 

「そうか」

 

 

 ナーベラルから伝えられた情報、そこに自身のミスが直結しなかったことを安堵しながら、ドモンはこれからのことについて話をすることにした。

 

 

「モーガン、これからどうする?」

 

「そうだな……昨日だったかな? この付近に通り名を持ったモンスターがいると言う話題が出たのは」

 

「アイ……じゃなかった、モーガンさん。それはもしかして『森の賢王』のことでしょうか?」

 

 

 割って入ったンフィーレアの発言に、二人はそうそうそれそれと彼を指差す。

 

 

「それで、その森の賢王がどうかしましたか?」

 

「あぁ、それなんだが。実はそいつを討伐、もしくは屈服させようかと考えている」

 

 

 それから、アインズはこの地で有名な冒険者となり、そこで手に入る情報から巨悪の出方を探る。

 その脚本通りの話をンフィーレアに話し、そして信じて貰った。

 ンフィーレアは協力は惜しまないといったのだが、森の賢王は倒さないで欲しいという。

 何か不味いことでもあるのかと気になり、二人は行動すべきかどうかは兎も角理由を聞くことにした。

 

 

「森の賢王はこの村の防壁になっているんです」

 

「防壁?」

 

 

 森の主と言うべき存在を話題に出した、それが突如村のことになり二人は首を傾げた。

 そして、少し考えた後にドモンは手をポンと叩く。

 ヒントとなったのは、事前に仕入れてある情報の広大な森、モンスター、そして防壁という単語だった。

 

 

「もしかして、縄張り云々の関係でこの村にモンスターが寄って来ないってことか?」

 

「その通りです」

 

 

 ンフィーレアの肯定にアインズもあぁと頷く。

 考えてみればその通りなのだ。エ・ランテルでドモン達が得た付近のモンスター情報と、この村の平和っぷりは真逆の方向そのもの。

 それが今のンフィーレアの話で合点がいった。

 

 

「成程。つまり、森の賢王がいなくなるとモンスターが付近に出やすくなるから止めて欲しいと……」

 

「す、すみません」

 

「なに、謝ることはないさ。それに、そのことについてなら問題はない」

 

「どういうことでしょうか? モーガンさん」

 

 

 アインズの心配はないとの発言にンフィーレアは疑問符を浮かべた。

 

 

「エンリから聞かなかったかな? この村は神の名の下で保護されるという話を」

 

「はい、聞きました。それが?」

 

「君の意見も聞けたことだし、今日中にでも神々の元からこの村に使者の方を派遣して頂くとしよう。強力な用心棒をね」

 

 

 アインズの言葉にンフィーレアの顔が明るくなっていく。その様子は、人間に対し感情が希薄になってきていたアインズにも喜ばしいことだった。

 

 

「んじゃあ話も纏まったことだし、下でヘバってる奴等の尻叩いて薬草採取、ついでに森の賢王退治と洒落混むか」

 

「そうするとしよう。只……彼等にはもう少し優しくな?」

 

 

 アインズの一言でナーベラル以外の者達が明るく笑った。

 余談だが、時を同じくしてヘバっているペテル達(漆黒の剣)は、この瞬間凄まじい悪寒を感じたそうな。

 

 

 

 

 

 

//※//

 

 

 

 

 

 

 カルネ村にてドモン達がンフィーレアと話をしている頃、ナザリックでは先日起きた出来事について調査する為、三人の知恵者達が一堂に会していた。

 場所は使用許可の出ているアインズの執務室である。

 

 

「お二人共、忙しい中すみませんね」

 

 

 先に部屋で待っていた真紅のスーツ着た悪魔、デミウルゴスが丸眼鏡の位置を直すと同時に謝罪を述べる。

 

 

「構わないわ、丁度一段落ついた所だったから」

 

「私も、父上より頂いた命を終えた所でしたので」

 

 

 その謝罪を不用と返すのは純白のドレスに身を包むアルベドと、コートを翻しながら入室したパンドラだった。

 三者はすぐさまソファーに着席し会話を始める。

 

 

「それにしても……昨日はいきなりのことだったから驚いたわ」

 

「そのことは失礼致しました。それを含め、今回の出来事についても詳細を御話ししましょう」

 

 

 二人に目配せをして了承を確認したデミウルゴスは、先日起こった出来事を話し始めた。

 

 

「……昨日のことですが、私の所に妙な話が舞い込んで来たのです。メイドの一人が行方不明というね」

 

 

 それからデミウルゴスは静かに語り出した。

 

 昨晩、メイド間でとある問題が発生した。

 帰還確認や掃除などを行う為、至高の四十一人の部屋を見て回っていた筈の者から、必須とされているその後の終了報告が来ていないというものだ。

 

 只、この問題の本質はそこではない。

 本当に問題なのは、そのメイドが第九階層に向かった後行方が分からなくなったということだ。

 途中まではもう一人メイドがいたのだが、別の仕事の補助をする必要が出来たこと、そして部屋回りが終盤にさしかかっていたこともあり、そのメイドはそこから離れたのだという。

 

 行方知らずとなっていたメイドの名はシクスス。彼女には当時、三つの厳罰容疑がかけられていた。

 

 一つ目は、定められた終了報告を行っていないこと。

 これはメイド達の中で決められていることであり、更には至高の存在への報告と同義なので重罪である。

 

 二つ目は、部屋の見回りを終えていない状態でその仕事を放棄したこと。

 どういうことかというと、見回りを終えた部屋には日替わりで色の違う札を下げる決まりとなっていており、それが途中で。正確にはるし☆ふぁーの部屋で止まっていたのだ。

 つまり、シクススは何らかの理由で、至高の存在から命じられた仕事を自分の意思で放棄したことになる。

 これは言うまでもなく重罪だ。

 

 そして三つ目だが、以上を踏まえた上で行方を眩ましたことである。

 

 他のメイド達はアインズやドモンに同僚への温情を願う一方、彼女のあまりの行動に厳罰されるのは当然という気持ち。その両方を併せ持つ複雑な心境になってしまった。

 そして、その話をたまたま付近に来ていたデミウルゴスが報告され、そのまま問題対処の長となったのだ。

 

 彼が最初に行ったこと命令は、厳罰を与える為の捜索ではなく警戒網の強化。

 その命令に、メイド達は初めこそ首を傾げたが話を聞いてすぐに納得し従った。デミウルゴスは彼女達に問うたのだ。侵入者の仕業ではないのか? と。

 思い込みでシクススの愚行だと思っていたが、彼女が侵入者によって何かをされたという考えを他のメイド達は放棄していた。

 ナザリックに感知されることなく侵入することなど不可能だと。

 

 それをデミウルゴスは否定はしなかったが、同時に強く肯定もしなかった。

 自分達階層守護者全員から自身の存在を悟らせぬ、そんな規格外の隠蔽能力保持者であるシュバルツを知っているが故の言葉。 

 それに、とその時デミウルゴスはこう付け加えた。

 

 

――我等シモベのことを、恐れ多くも家族と仰って下さる御方々の御考えこそ最優先。厳罰はその後です。と

 

 

 策略を練る悪魔ではなく。

 策謀を張り巡らせる知将ではなく。

 偉大なる存在から大事な家族と言われ、その恩に報いる行動をするべしと心に誓った男の、柔らかで優しい笑顔がそこにはあったのだ。

 

 かくして、デミウルゴス主導の下での警戒強化、それと同時にシクスス捜索の任務が始まった。

 ……のだったが。それは行動開始から一時間と経たずに終わりを迎えることとなる。

 シクススが発見されたのだ。

 

 ある程度の時間が経っても発見に至らなかった場合、警戒強化の件のみを伝えていたアルベドらを含め、ことの詳細を話そうと考えていた矢先のことだった。

 シクススが発見されたのはナザリックの表層部。第一階層の入口から少し離れた場所で佇んでいたという。

 逆に何故そんな見付けやすい場所に居たにもかかわらず、シクススを発見するまで時間がかかったのかとデミウルゴスが問い掛けると。

 アインズより貸し与えられ、デミウルゴスが捜索隊として送り出していた八肢刀の暗殺者(エイトエッジ・アサシン)はこう答えた。

 最初自分の感知にかからなかったと。

 それを聞き、一つの可能性を浮かべつつデミウルゴスは更に訊ねた。

 

 

――シクススの意識はあったのか、と。

 

 

 答えは否。

 今こそ意識を取り戻したものの、発見当初は声をかけても反応せず、目に光さえなかった状況だったのだと。

 それを聞いた瞬間、デミウルゴスは自身の手にはめられたアイテムを使用しながら声を張り上げた。

 

 

《全シモベに緊急通達! 何者かが侵入した怖れあり! 繰り返す! 何者かが侵入した怖れあり! 数と強さは不明だ! 総員、戦闘態勢! 急げ!》

 

 

 デミウルゴスの使用したアイテムは伝言(メッセージ)を封じ込めた指輪で、その能力の一つである拠点内一斉送信を行ったのだ。

 これは伝言(メッセージ)の受信は出来ても送信が出来ない、そんなシモベの現状を重く見たドモンとアインズがアイテムボックスより発掘したものである。

 それにより一部の守護者達――アルベドやデミウルゴス、パンドラなどの指揮能力などに長けた者――は業務の指定は勿論のこと、有事の際各方面に即座に伝言(メッセージ)を送ることが可能になっていた。

 今回デミウルゴスが使用した能力の拠点内一斉送信とは、ある一定の空間内に存在する同組織所属のものに同時に伝言(メッセージ)を送れるというもの。

 本来このような効果はないと思われていたのだが、デミウルゴスがこれを受け取った後新たに発見されたものである。

 

 ここで話を戻す。

 この騒動、結論として侵入者は発見されなかった。

 その根拠についてだが、これには二つの理由が挙げられた。

 一つ目は、人海戦術を用いても何一つ発見出来なかったこと。……人という文字を用いてもよいものなのかどうか疑問は残るが。

 

 二つ目は、パンドラが緊急時にのみ使用を許されたアイテムでナザリック内を確認したところ、シモベ以外の魔法的存在を察知出来なかったことだ。

 完璧であるという考えは少々危険なものの、ドモン達がこれで影も形も探知出来ない者は恐らくいないだろう。そう太鼓判を押していたので一時的に問題なしと判断した。

 

 以上の二点を踏まえ、デミウルゴスは一旦非常事態宣言を解除した。

 無論、謎の存在が精神操作を使用出来ると思われるので複数での行動を常にするようとの達しも忘れてはいない。

 

 細かい処置なども残ってはいるが、概ねこの通りである。

 デミウルゴスの報告を聞き終えたアルベドは多少相手の行動に疑問は残るものの、その対処を流石と褒めた。

 しかし、相手の目的や居場所、どのような存在か分かるまでは現状を維持すべきと話した。

 

 

「……となると後の問題は」

 

 

 パンドラが口を濁しながら言った。

 

 

「父上とドモン様にいつ、どのように報告するかですね」

 

 

 パンドラは形のよい眉を顰めながらアルベドとデミウルゴスを交互に見た。

 二人の表情は暗い。当然である。

 栄光あるナザリックに侵入者を許したばかりか、メイドの一人を拉致されかね、あろうことか目的も足取りも掴めていないときている。

 まごうことなき大失態。いくら慈悲深き主人達といえど厳罰は免れないだろう。

 三人は最悪の未来を創造してしまう。死すら生温い、ナザリック除名処分という最上級の罰を。

 どんな拷問よりも、どんな任務よりも辛く目を背けたくなる罰。

 アインズの執務室は丁度よい室温に調節されているにもかかわらず、皆が汗を頬に伝わせ、迫りくる悪寒に耐えられず身体を震わせた。

 

 特にアルベドとパンドラに至っては見ていられない程であった。

 先日の出来事でアルベドは、自分を捨てたと思っていた創造主に深く愛され、更には愛する御方(アインズ)への嫁入りまで考慮して貰っていた。

 それを愚かな我が身に説いてくれた方に申し訳が立たず、更には愛するアインズに除名を言い渡されるなど恐ろしい。

 想像しただけで自害したい衝動に駆られた。

 

 パンドラも同じだ。

 自分のことを気遣いシュバルツという友まで紹介して貰った大恩ある存在にどう報告しろと、そんな考えばかり浮かんでいた。

 各々の苦しみを抱えた中、いち早く顔を上げたのはアルベドだった。

 

 

「……一先ずこの件は現状維持にて保留、アインズ様達への報告はもう少し調査してから、というのはどうかしら?」

 

「保留……そして即座に報告をしないとはまた大胆な采配ですね、アルベド。理由をお聞かせ頂いても?」

 

 

 若干の不満を含んだ表情でデミウルゴスは問い掛けた。

 若干、そしてあまり強く言わないのは自身の失態でもあるとの自覚があるからだ。

 パンドラも同じ気持ちであり、アルベドの報告義務の怠慢ともとれる言には少々不快感を抱いた。

 アルベドは真剣な表情で頷き語る。

 

 

「色々な理由はあるけども、大きいのはアインズ様達の作戦行動の邪魔になる可能性があること」

 

「ナザリック内に未知の存在が潜伏している可能性があるのですよ? 早々に報告すべきでしょう」

 

 

 語気を強め、尤もな発言をするデミウルゴスだったが肝心なことを見落としていた。軽いパニック状態に陥っているせいなのだが、普段の彼ならば決して見落とす筈のないことをだ。

 

 

「デミウルゴス、落ち着きなさい」

 

「いいえ、私は至って冷静です」

 

「嘘ね。なら聞くけど、現状報告を今あの御二方にした場合のその後を想像出来る?」

 

「それはも……!」

 

 

 デミウルゴスはそこで固まった。そして一拍の間を置き頭を振る。

 自身の愚かさを認識したのだ。

 

 

「……お優しい方々です。私達の身を案じてきっと、いや必ず戻って来られるでしょう」

 

「敵がいないと断言出来ないナザリックへね」

 

 

 アルベドが諭すようにデミウルゴスに囁いた。

 溜め息を吐きながらデミウルゴスは顔を上げる。

 

 

「醜態を晒してしまい申し訳ありません、守護者統括殿」

 

「気にしないで、誰もが同じようになっていたわ」

 

「……それで、結局どうするのですか?」

 

「先程と同じよ。御二人への報告は帰還されるギリギリまで待ちましょう。その間に相手を探し出す、出来なくとも最大級の安全性を確保するの」

 

 

 アルベドはそう言って二人に様々な命令を出した。

 あらゆる可能性を考慮しての命令、それを受けた他の二名は迅速に移る。

 執務室に一人残ったアルベドは呟いた。

 

 

「アインズ様は勿論、愚かな私を御許し下さったドモン様にも御迷惑をおかけする訳には行かない……」

 

 

 そして、これ以上問題が起きないよう祈った。

 だが、その願いは一日と経たずに砕かれることを、この時のアルベドは知らない。

 

 




 どうもTackです。今回の話は如何だったでしょうか?
 この話を境に謎の敵の影をちらほらさせていく予定なのでお楽しみに!
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。