東方不明録 ー「超越者」の幻想入りー / THE TRANSCENDEND MEN(現在更新休止中)   作:タツマゲドン

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これからただでさえ遅かった投稿ペースが受験勉強でさらに遅れそうです...


3 星蓮船
89 予兆


 幻想郷外。

 

「リョウ達が管理側の極秘人物を仲間にしたと言ってますが、大丈夫でしょうかね?」

 

「判断にはカイルも居るし、幻想郷の住人も知っている筈だ。」

 

 デスクに座る短髪の東洋人の質問に答えたのは、傍に立っている銀髪で褐色肌の男。

 

「何でも能力が「破壊」、しかもあのニューヨークテロを引き起こした人物だそうで、俺は心配ですよ。」

 

「他に詳しい事は聞いていないのか?」

 

「カイルから聞けば、名前がブライアン・スミス、管理軍が捕獲し50年以上も極秘研究の対象にされ、他人に対して信用を見せず警戒心と自己防衛本能が強い。」

 

「ロウ、お前からも他に何か調べてくれぬか?」

 

「ドニーさんも酷ですねえ。管理組織の極秘情報を扱うコンピューターはそれはもうバチカンを攻め落とせと言ってるような物ですよ。前にリョウから頼まれてアダムという少年の事を調べましたが、全く戦果は得られませんでしたし。」

 

「そうか......。」

 

 ドニーと呼ばれた男は腕を組んで暫く黙り込んだ。

 

 それを見てロウと呼ばれた青年が声を掛けた。

 

「何か考え事ですか?」

 

「そうだ......お前に訊くが、ここ最近で管理組織が大きな動きを見せた事があったか?」

 

 ロウは思い出す様な仕草を見せ、やがて答えた。

 

「精々5年前の北アフリカであったカイロ戦位でしょうか。我々からは2年前のロサンゼルス戦が最後だったと思います。」

 

 地球歴0018年現在、人類共和軍の主な活動範囲としているのはヨーロッパ北部、アフリカ大陸、アメリカ中南部、東・東南アジア、オーストラリア。

 

 勢力に関しては散在的で中心都市以外の場所ではゲリラ的に小規模な勢力すらある。

 

 そもそも人類の全人口が10億人に対して共和軍は1億人。

 

 ならば残り9億人は必然的に管理組織側だ、とは一概には言えない。

 

 というのも、「地球管理組織」自体の勢力(政策を起こす側)は僅か2000万人、それに服属する(政策を強制的に受けている)のが8億8000万人というだけで、1億人が従わず反抗しているというだけだ。

 

 ちなみに管理組織が使う「反乱軍」と言う名称も1億人全体を指しただけで「人類共和軍」を必ず含む訳では無く、ただ管理組織の圧政を受けず逆らうだけなのが8000万人、「人類共和軍」自体は2000万人。

 

 実は地球管理組織は出来るだけ争いを好まなく、その為、服属者達は戦争に参加させず自分らの軍備だけで戦闘を行う。

 

 その為、実質的には軍事力だけに関しては同等という訳だ。

 

 ちなみに「反乱軍」には各地で局所的に行うゲリラ的な存在もあるが、それは2つの勢力にとっては微々たる物だ。

 

「私が恐れているのは、奴らにはいざとなれば強制的に服属させている8億8000万人を兵員にする可能性だってある事だ。だが、奴らからは何も意図が見えて来ない。」

 

「確かに、その気になれば我々を制圧する事も可能な筈なのに、向こうはまるで戦力を温存しているかの様に見えますね。」

 

「......この前、ノアが”見た”と言った。」

 

「......本当ですかそれ?」

 

 更に深刻な表情をする2人。

 

「我々が力を得るか、滅びるかの瀬戸際だそうだ。」

 

「大変な事じゃないですか!......で、詳しい事は?」

 

「最悪、ノアが死ぬらしい。」

 

 ドニーは何の躊躇いも無く残酷な”可能性”を述べた。

 

「......最良のケースは?」

 

「自分が生き延びる以外に分からないそうだ......生き残るのは分かっていてもそこから先に何があるのかは......」

 

「......で、肝心のノアはどこに......」

 

「今居ますよ。」

 

 ロウが質問を言い終える前に、少年の声が返って来た。

 

 年齢は見た感じ大人の体格だが顔に幼さが残っているのは18歳前後だろうか、身長は此処に居るロウとドニーよりも少し小柄、170cm後半か。

 

「少なくともまだぼんやりとした”見え方”ですから事件が起こるまで数か月は掛かるでしょうし、はっきり”見えて”くれば対処だって出来ますでしょう。」

 

「そうだな、視覚記憶再現ソフトってあれ予知夢に使えるっけ。」

 

「ノア。」

 

「何でしょう?」

 

 ドニーが指揮者然とした風格を漂わせながらノアと呼ばれる少年に声を掛けた。

 

「その意気だ、物事を前向きに考えられる様になっているぞ。」

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

「礼は要らんぞ。何時も言っているが、まずは己を知れ、次に理を学べ、最後は無に戻れ。」

 

「水こそが究極、ですね。」

 

「この世は錯覚。錯覚を破れ。」

 

 ノアは頷き、ドニーの話をしっかり聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷内。

 

 季節は既に雪が降り始める頃となっていた。

 

 森林のど真ん中、1人が堂々と立っていた。

 

 それを背後から忍び寄る影。

 

 影はその人間を獲物に定め、注意深く観察する。

 

 向こうは振り向いていない。

 

 筈なのに、まるでこちらに気付いているかの様な佇まいを見せている。

 

 気付かれない様身を木に隠しながら近づく。

 

 それでも相手は立ったまま動かない。

 

 決断すれば後は早かった。

 

 20mも無い距離を一気に詰め、爪を立て牙を剥き出し、標的に襲い掛かる。

 

 突然、獲物の姿が目の前から消えた、様に見えた。

 

 胸に走った鋭い感覚。

 

 人間が自分のナイフを胸に突き刺しているのが見え、そのままがっくりと倒れ、視界が暗闇に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アダム・アンダーソンは里を歩く途中、里の住人から注目されていた。

 

 アダムは幻想入りから1年以上幻想郷で生活し、住人達にも馴染まれた。

 

 だが、普段と違って住人達は馴染みの無い、賞賛と恐ろしさを含む視線を送っていた。

 

 というか視線はどちらかというとアダムの方よりもその背中に背負っている物に向けられている。

 

 何故なら、アダムが背負っているのは、体長3mの熊なのだ。

 

 自分から獲物を誘い込み、それをナイフ1本で仕留めた、と聞けば更に驚くだろう。

 

 しかもアダムは1tもあるであろう熊を1人で難無く持ち上げ、運んでいる。

 

「これを売りたい。」

 

 取引先の商売人がこの少年から途轍もない威圧感を受けたが、すぐに我に返ると計量器と金を持って来た。

 

 アダムが肉をナイフで豪快に部位ごとに切り分け、計量がなされる。

 

 本当は肉を自分と霊夢で食べても良いのだが、霊夢の好みか幻想郷の風習か知らないが肉は好かないらしく、食べるのは少しだけで良く後は売れと霊夢に指示されている。

 

 骨や内臓等売れない部位を除いて約600kgが、西暦2000年代の価値で表すと360000ドルに相当する。

 

「凄え金だなアダム。ところでアダム、お前紐に束ねた札束見てないか?まさかそれじゃああるまい。」

 

「さあ、落としたのか?」

 

「紐だけが見つかったものでね。」

 

 リョウは笑っていたが、アダムはその意味が理解出来ず黙り込んだ。

 

「お前冗談通じねえな。もっと気楽に生きろよ。」

 

「気楽に、か......僕にはそうするべき理由が分からない。」

 

「お前にとってはそういう物なのか?まあ良いさ。楽しめよ。」

 

 リョウはそう言うと店に戻ったのか去り、アダムは暫くその場にとり残されていた。

 

「楽しい......どういう物なんだ?」

 

 アダムにはリョウの言葉の意味が分からなかった。

 

 その様子をリョウは気付かれない物陰から窺っていた。

 

(あいつ、本当に楽しそうな顔をした事無いよな......アダムは今、余程辛いんだろうか......)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......で使用量はこれだけで......だから値段は......。」

 

 一通り説明し終わり、相手が料金を持って来た。

 

「どうもありがとう。貴方って永遠亭の新入りさんですか?」

 

「そうだ。」

 

「成程、”4人目”なのが貴方な訳ですね。」

 

「そうらしいな。」

 

「こちらは本を書いている身として、貴方を知りたいのだけれど、良いでしょうか?私は稗田阿求。」

 

 俺はやはり躊躇ったが、答える事にした。

 

「......ブライアン・ウィリス。」

 

 相変わらず必要最低限の無愛想な返事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの阿求という見た目はガキだが中身はやけに大人な奴に取材され、結構時間を食ったが今日も予定通り終わらせる事が出来た。

 

 取材と言っても、カイルという奴に話した程深くは話してはいないが。

 

「あっ、ブライアン君。終わったの?」

 

 俺の右側から聞き覚えのある声が掛かり、振り向く。

 

「そうだ。」

 

 振り向きながら声の主が鈴仙・優曇華院・イナバという人物である事を確認した。

 

 俺はこの幻想郷という世界に来てから今まで2、3ヶ月、永遠亭を住居として借りる代わりに永遠亭の主である八意永琳から依頼された仕事をしている。

 

 それがさっきまでやっていたこの里の配置薬の供給と代金のやり取りだ。

 

 どうでも良いが、正確には永遠亭の主は実際は永琳では無く、何時も部屋に籠っている蓬莱山輝夜という何もしないガキだった。

 

「なら丁度良かった。師匠に帰りに買い物行くように言われてて、手伝ってくれない?」

 

 普段の俺ならば断わっていただろう。

 

「......分かった。」

 

 ......俺は何をしているんだ。

 

「ありがと。それじゃあブライアン君はこれと......。」

 

 鈴仙がメモ紙を取り出し、書いてある事を指し示しながら話す。

 

「分かった、行こう。」

 

「それじゃあお願いね。てゐはこういうの全然手伝ってくれないから助かるわ。」

 

 目的を果たす為一度別れ、目的地へ向かおうとする。

 

 気に入らんな。

 

 命令ではないと分かっているが、他人の指示に従っているというだけで嫌気がする。

 

「どうした、考え事か?」

 

「......。」

 

 突然俺に声を掛けたのは相変わらず馴れ馴れしい柏リョウという男だ。

 

「待てったら無視せんでも......全くドイツ人は怒りっぽいんだから。」

 

「出身はボストンだ。」

 

「お堅いねえ。そう言わず俺んとこでコーヒーでもどうだ?」

 

「要らん。」

 

「まあ落ち着け、そんな怒鳴られてはビビッて話もできやしねぇ。」

 

「お前と話すつもりは無い。」

 

「どうしてイライラしたまま何もしないんだ?コーヒーを飲めばスッキリするのに。」

 

「知るか。」

 

 俺は振り向きもせず立ち去った。

 

 これではまるで何も変わらんな......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アダムといい、ブライアンといい、俺の周りは何でこんな暗い奴ばかりなんだ?」

 

「お前は何時も人の事考えず気ままに生きているからだろう。お前だって辛い過去があっただろうに。」

 

「......お前良くその話持ち込んで来るなあ。何だ、お前人の傷口弄って楽しいか?お前あれか?好きな奴に意地悪するって奴か?」

 

「そんな冗談が言えるなら何時も通りだな。傷口から目を逸らしたって傷が治るとは限らないだろう。向き合う事が大事だ。」

 

「はいはい、ありがてえお説教は後にしてくれクソ真面目教師さんよ。」

 

 カフェ「ザイオン」のカウンターで向かい合うリョウと慧音の2人は傍から見れば毒づき合っている様にも見える。

 

 と、そこへ入って来た1人の客。

 

「何時ものエメラルドマウンテンのイタリアンにしてくれ。ブラックで頼む。」

 

「OK、一番濃いうえに何も入れないとか珍しいな。」

 

 リョウが注文を用意しに行き、カイルが慧音に挨拶してから隣に座った。

 

「ところでリョウ、その豆を入れてるのは何だ?浅い鍋か?」

 

 新しく話題を切り出したのは慧音だった。

 

「おう、フライパンだ。これで豆の表面を焦がしてるのさ。」

 

「へえー、何でそんな事をするんだ?」

 

「豆が酸素に触れない様にですよ。焙煎前にしておけば余計に酸素と反応しないで済むから劣化しにくくなるんですよ。」

 

 次の慧音の疑問に答えたのはカイルだった。

 

 それを慧音は素直に賞賛した。

 

「まだ18歳なんだろう?以前からお前の知恵や頭の良さは改めて凄いな。」

 

「本当は、豆を完全に酸素に触れない環境下で焙煎すれば完璧なんですけどね。」

 

「だからカイル、そんな装置作ってくれや。」

 

「人使いが荒いなあ。」

 

「カイル、もっと愚痴を言ってやって良いぞ。」

 

 カイルの苦笑を込めた呟きに慧音が便乗する。

 

「ところでカイル、お前何か言いたそうだが、何かあったのか?」

 

 リョウが話題を変えたのは自分が不利状況だったのもあるが、リョウは友人としてカイルの僅かな変化に気付いていた。

 

「ああそうだった。少々気に掛かる事があってね。」

 

「お前とはもう7年もの付き合いだからな。そりゃあ気付くぜ。」

 

 カイルは促されて本題を持ち出す事にした。

 

「異変と思われる幻想郷空間内のエネリオンの変化を察知した。」

 

「本当か?」

 

 リョウは無意識に声を潜めカウンターに乗り出し気味だった。

 

「それで、詳しく分かるか?」

 

「まだそれ程激しい変化は見られないけど。ここ数週間でエネルギー変化のパターンが「スペースマシン」で空間に位相学的な影響を与えた時のパターンと同じ。」

 

「つまり何だ?また別な奴が幻想郷にでも来るってのか?」

 

「簡単に言えばそういう事だ。知っての通り幻想郷の結界は異変が起こる度に結界の幻想郷を外界から切り離す為の力が薄れる。だが、今回はそのエネルギー変化が比べて少ない。僕の仮説では外界とは違う幻想郷の繋がりを持つ別な空間がある、という考えなんだが......」

 

「それだったら、魔界かも知れないな。」

 

 ここで話に割って入ったのは慧音だった。

 

「魔界だって?唾を敵に付けて石化させる魔王とか、黄金の鎧を着た騎士にでも出会えるのか?」

 

「少し黙ってなさい。」

 

 リョウが冗談入りの突っ込みを入れ、慧音が子供をなだめる様に言うと話を再開した。

 

「かつて昔、妖怪達が今までより栄えていた頃、人間達がその妖魔を一か所に集め、封印した事があった。その後もあらゆる魔がそこへ封印されている。」

 

「じゃあ黄金騎士も居るじゃねえか。」

 

「全く、人の話を邪魔するな......それで、魔界は内側からその結界を突き破る事は殆ど無いと言って良い。昔一度結界の力が薄れ、妖魔達が逃げ出した事があったが、それは例外として、今の所霊夢からも紫からも異常は無いと聞いている。だが、それでもカイルの言う通り変化があるのだとすればそれは外側から誰かが破ろうとしているのかも知れない。」

 

「成程、分かりました。」

 

「それでカイル、具体的な見当は付いているのか?」

 

「結界の揺らぎに合わせてそれらしき動きは確認しているよ。まだ何も積極的に起こそうとはしていないらしいけど、まだ大きく広がらない内にこの件は終わらせたい。だからせめてリョウと慧音さんにだけでも話す事にした。2人が一番動きやすいと思うからね。一応これは同じ理由でアダム、霊夢、魔理沙にも伝えている。」

 

「了解。」

 

「それとカイル、私よりも紫や霊夢の方が魔界について詳しいと思うんだが、霊夢から何か聞かなかったのか?紫にも聞いてみたらどうだ?」

 

「霊夢は特に何も言ってませんでしたけど......」

 

「霊夢の奴、ここ最近は何も異変が起きていなくて退屈だろうから知らないんだろうなあ......。」

 

「はあ......それと、実は紫さんに関しては連絡が付かなかったんですよ。」

 

「どういう事だ?」

 

「代わりに通信機を取ってくれた式神の話では紫さんは外界へ調査へ行ったそうです。」

 

「成程な。」

 

「で、カイル、一番の要件は俺達は騒ぎを起こさない様に解決に当たってくれ、という事か?」

 

「その通りだよ。慧音さんの知識も大いに役に立ちますからお願いします。」

 

「勿論だ。それにしても、何処かのバイクだかステレオだか変な機械ばかり使って騒いでいる喫茶店の店長とは違ってカイルは礼儀正しいなあ。」

 

 慧音の憎まれ口にリョウはお手上げだった。

 


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