東方不明録 ー「超越者」の幻想入りー / THE TRANSCENDEND MEN(現在更新休止中) 作:タツマゲドン
リョウのズボンのポケットから振動を感じた。
ポケットにある通信端末を取り、耳に当てる。
そこから聞いた音声により、リョウは声を上げずにはいられなかった。
「何?逃げられた?」
『ええ、隠れていても完全に気付かれたわ。身体能力だけでなく感知能力も異常な程よ。これはもう皆で囲むしかないかしら。それと彼は北上して逃走し続けている。』
「了解、じゃあ俺達は左側から行くぜ。」
『分かったわ。他の皆には私から伝えておくわね。じゃあ。』
通信が切れ、端末をポケットにしまったリョウは慧音からの、何があったのか、という視線に答える事にした。
「鈴仙ちゃん達が奴と接触して逃げられてしまったそうだ。それで、皆で囲もうって作戦だ。北へ逃げたんだってよ。俺達は左側へ行く事になっている。」
「分かった。それで囲むは良いんだが、それからの勝算はあるのか?」
「さあな。せめてもっと人数居たら良いんだが、今から呼ぶにしても遅くなるだろうな。」
「うーむ、リョウ、お前もあの男の「力」を見ただろう。下手をすればこちらの命すら危うい。暴れ出したりでもすれば幻想郷自体が危ない。」
「分かってるよ。でも今の奴が俺達を攻撃する理由も無いんじゃないか?カイルが奴は操られていたとか言ってただろ。命令が無ければ危険な行動はしないだろうし、何より鈴仙ちゃん達が奴と接触していて生きているって事なら敵意がある訳じゃなくただ警戒しているだけかもよ。」
慧音は感心してリョウの話を聞いていた。
「成程......お前にしてはちゃんとした考えじゃないか。」
「それどういう意味だよ。」
先程まで喧嘩していたのが嘘の様に、2人共笑い合った。
「そんじゃあ、行くとしますかね。」
「......リョウ、訊いておきたい事がある。」
慧音に呼ばれて歩こうとしていた足を止めた。
「ん?何だ?こんな時に愛の告白か?それ俺ら死ぬって事か?」
「違う!質問だ。全く、何時も冗談ばかりなんだから。」
「オーケーオーケー、それで何だ?」
慧音は少しの間躊躇う様な仕草を見せ、口を開いた。
「......お前があの男を受け入れたのは、それはお前が”自分”を抑えられない事と何か関係しているのか?」
リョウはそれを聞いて少し呆れ気味の様子だったが、質問に答える事にした。
「......まあな。俺と奴は”自分”を制御しなきゃならない部分とか似通っている。俺なら奴を助ける事が出来ると思う......勿論理由はそれだけじゃないが。味方に出来れば頼もしい戦力だし、カイルは奴について興味があるそうだ。アダムも俺と同じく奴に自分と同じ所を見つけたんだってさ......まあ、何と言うか、俺の事は心配しなくて良い。」
「そうか、良かった......。」
慧音は本当に安心した様な表情を見せていた。
「にしても慧音、お節介焼きやがって。お前は人のどんな部分でも向き合う、俺からすればウザいぜ。だが、俺みたいな足を踏み外すクソッタレな奴にも関わってくれる、それはお前の長所だ。」
「ふふっ、お前も言う様になったじゃないか。お前はその私の長所とやらにでも惚れたとでも言うのか。」
「俺が言った冗談を使い回しやがって。許可料取るぞ。」
2人は再び笑い合った。
右手を真っ直ぐ上空に向かって上げる。
その手に握る拳銃の引き金を引き、エネリオンの銃弾が1発発射された。
まず、アダムは銃弾状のエネリオンが秒速1700mで上空へ発射された事を感覚的に知った。
細い針状の銃弾が銃口から音速の5倍で飛び出す”様に”見えた。
甲高い発射音が”聞こえるのを感じ”、銃を持つ手にもエネリオンを発射した”反動を錯覚した”。
この場合、嗅覚と味覚について話す事は無いだろう。
“見えない筈”のマズルフラッシュと”聞こえない筈”の発射音が周囲に広がり、拡散する。
アダムは更に周囲数百mの範囲にわたってエネリオン情報を読み取る。
カイル程精巧で正確な感知は無理だが、大まかな、例えばトランセンデンド・マンのよるエネリオンの活性化程度なら分かる。
だが、
「......感じない。僕達は今北側へ偶々居る訳だが、まだこちらまでは迫って来ていないらしい。」
「そう。で、これからは?」
「もう一度やろう。」
霊夢に問われ、アダムは再び拳銃を上げた。
宇宙空間目掛けて銃弾が発射され、”発射光”と”発射音”が広がる。
心を静かにし、”感じ取る”アダム。
「......居た。銃弾に気付きこちらに興味が向いたのか近づいている。」
「本当?じゃあ隠れなきゃ。」
2人は少し離れた所の木の後ろへ隠れた。
アダムは2丁拳銃を構え、霊夢もお祓い棒と呪符を用意する。
少し時間が経ち、森の奥から1つの人影を発見した。
その大柄な体躯と威圧感のある風貌は紛れも無かった。
足を止めた彼は何かを探す様に周囲を見回した。
(やはり銃弾に気付いたらしい。)
彼はゆっくりとした足取りで歩きながら何かを探す様に見回り始めた。
(不味いな、こちらに向かって来ている。)
アダムは彼から死角になる所を慎重に移動する。
一方の向こう側も偶然なのか勘付いているのか、アダムを追う様なルートを進んでいた。
逃げると同時にアダムは通信端末を操作していた。
音声通信では無くテキスト送信、指を素早くスライドし「現在目標を引き留めている」と書き、送信を完了した。
因みに位置情報に関しては幻想郷なのでGPSやLPSは使えないが、相対位置を利用して端末から別の端末に表示も可能だ。
だが安心は出来ない。
アダムは気配を察知され無い為に僅かな物音にも注意する為遅く移動するが、相手はこちらの存在を探す為にキビキビと動いている。
(あの調子じゃあ追い付かれちゃう......。)
懸念した霊夢は偶々近くに落ちていた石ころを拾い、アダムとは反対側へ投げた。
コツン
石が何らかの物体(霊夢視点では見えない)に当たった音が聞こえ、彼は振り向いた。
彼はさっきよりも速く、音源へと近づいた。
霊夢は今の内に、と隠れる場所を変えた。
「......。」
木々の影から男が何かを呟くのが見えたが、聞き取れない。
何時の間にか男の姿が消えていた。
(見失った?)
ガサッ
後ろから落ち葉を踏む音が聞こえ、次の瞬間霊夢は背筋をゾクッとさせた。
振り向くと、
男が霊夢の襟首にかけて腕を伸ばす。
その男の表情からは怒りと同時に疑問らしき物を感じた。
掴まれる、と思い目を瞑る。
だがその瞬間は訪れなかった。
目を開けると、アダムが男の伸びる途中の腕を受け止めていた。
「止めろ!」
アダムが珍しく声を上げた。
目付きも普段より幾分強みを感じた。
だが、次の男の行動は予想だにしない物だった。
男は諦める様に腕を引っ込め、1歩後ろに下がった。
男はアダムと霊夢に向かって何か意味ありげな視線を送った。
「......俺みたいになるな。大事にしろ。」
男は怒りと悲しみと懐かしみと命令をミックスさせた様な口調で言い残し、この場を去った。
2人は暫く呆然とし、その間は追い掛ける気にもならなかった。
最初に我に戻ったアダムは失敗の報告をした。
カイルは冥想から急に驚く様に立ち上がった。
(......何という事だ。これならあんな通常よりも並外れた力を持っているのも頷ける。)
カイルは男の髪の毛1本からある重大な事を発見した。
(皆、彼の遺伝情報が分かったから重要な事を伝える。それと今から僕も捜索に加わるよ。それじゃあ......)
『結論から言うと、彼は地球人じゃない。』
カイルからの通信に早苗は思わず声を上げて驚いた。
「ええー?!一体どういう事なんですか?!」
『僕にも分からない。でも明らかに地球上の生物には存在しないアミノ酸があったんだ。地球上の全ての生物のDNAがアデニン、チミン、シトシン、グアニン、この4つで構成されているんだけど、彼のはそれに2種類加えられたアミノ酸で構成されている部分があったんだ。それも現在発見されていない構成だ。それでもDNAの99.998%以上は普通の人間と同じと不思議なんだ。この2種類によって人格の一部は殆ど分からない。』
『対処出来ないのか?』
これはリョウの思考だった。
『いや、少し話が逸れていたね。まあ大部分は同じだからある程度は分かる。彼は自己防衛、敵処理、他の拒絶に関して強い本能を持つ。あの攻撃的な性格も説明が付くよ。』
『他に分かった事は?』
と、これはアダム。
『すまないけど、それ以上は分からなかった。やはり不明な点の遺伝情報を知らない限りは無理だろうね。少なくとも彼に敵意を示さなければ交渉は出来るかもしれない。』
「うーん......。」
『では僕も......。』
テレパシーが切れ、魔理沙が早苗に話し掛けた。
「さっさと済ませたい所だったが、そうも行かないみたいだな。」
「ですね......。」
此処は何処なんだ。
俺は森林を抜け、この開けた場所へ来た。
平屋の民家が多いな。
文明も発達していない事が道端の様子を見るだけで分かった。
何せ道が舗装されていない時点でどれ程の未開拓地だろうか。
住人から必要な事を色々聞き出す事も出来るだろうが、
(問題は奴らも俺の事について知っているかどうか......)
人が多い所は目立ってリスクが大きい、ので人気の無い郊外でそれとなく様子を見るか。
数分程歩き、辿り着いたのは墓地らしき所。
(......逆に人が居ないとなると......待ってみるか。)
俺は墓地の石畳の上で胡坐をかいた。
一人の唐傘妖怪が男を観察していた。
彼女の名は多々良小傘。
水色のショートボブに同色のワンピース、水色の右眼と赤い左眼、そしてその少女らしい体格よりも大きい茄子色の傘、しかも傘には大きい目玉と舌付きだ。
小傘は人間を驚かし、それを糧に生きる妖怪だ。
だが最近の里の人間と来れば、小傘の驚かしにすっかり慣れて人が驚くのを見て喜ぶ小傘にとっては当然不満足だ。
(でもこの人、里で見た事もないなあ......驚くかな?)
好奇心を持てば後は子供も同然、小傘は早速行動に移すつもりだ。
目標の男はずっと前を向いて座ったままこちらを向かないが、それでも後ろから見える大柄な体躯は怖さを感じる。
だがそれに物怖じないのは無邪気な小傘の利点か欠点か。
気付かれない様に後ろから近づき、
「......おどろけー!!!!!」
大声と共に男の視界内に飛び込んだ。
「おどろけー!!!!!」
......は?
何だこいつは。
俺の目の前にいきなり現れたと思ったら、大声で俺に、驚け、だと?
「ふざけるな!」
俺は何時の間にか怒っていた。
俺に驚いたのか向こうのガキが呆然とした表情をした。
だがすぐに拗ねる様な表情に変わったかと思うと、
「何でみんな驚かないのよ!」
驚く?何の事だが分からんが、実に下らない。
これだから子供というのは、自分勝手で理不尽で合理性が無さ過ぎる。
「何で驚かないの!何か言ってよ!」
あ?
『おい、何か言えってんだ!』
幻聴だ。
そうは分かっていても自分が止められない。
俺の目の前には少年が数人。
「もう詰まんない......」
『こいつ詰まんねえや、殴ってやろうぜ。』
少年達は俺に殴り掛かろうとする。
死ね。
呟いた瞬間、幻覚は消えた。
同時に少女の横にあった誰かの墓石が消えた。
砕かれるのではなく、溶けるのではなく、爆発するのではなく、ただ静かに消えた。
墓石があった場所には大量の塵が積もっていた。
「お前もあの墓石の様に消えたいか。」
少女は震えていた。
まあそうなるな。
俺の能力は「破壊する」事。
これを見て恐れ慄かない奴など居るまい。
「消えろ。俺の前に現れるな。」
俺は少女など気にせず前に歩いた。
後ろは見えないが、足音も何も聞こえないならば立ちすくんでいるんだろう。
俺は探している。
俺は求めている。
だが見つからない。
“2人目”に該当する奴はまだ居ない。
リョウと慧音は追跡していて里の郊外へ入った。
「奴の行った方向からしてこの辺通ったかも知れんな。」
「里の皆は大丈夫か?」
「別にそれらしき騒ぎは起きていないみたいだぜ。」
すると慧音はある人物を発見した。
その人物は墓地の真ん中で立ったまま涙をこぼしていた。
「......うぐっ、うぐっ......。」
「小傘じゃないか。どうしたんだ?」
慧音が心配して少女に駆け寄った。
小傘は里の皆を驚かそうとする悪戯者であり里の子供達の人気者である、本来は明るい性格の筈だ。
だが、今の小傘は何かに怯えきった様に、心の中は悲しみよりも恐怖が占めているみたいだった。
「小傘、これで拭きなさい。」
「う、うん......ひぐっ......。」
小傘は慧音から渡されたハンカチで涙を拭った。
だがそれでも新しい滴が湧き、震えも収まらない。
「おい慧音、これを見てくれ。こいつを見てどう思う?」
リョウが言った物は少し離れた所にあった。
等間隔で墓石が並んでいる中、その場所だけ墓石がすっぽりと消えており、代わりに砂らしき物体の山が出来ていた。
「これは......あの男なのか?」
「だろうな。奴には「破壊」という能力があるからな。恐らくここにあった墓石を砂粒レベルにまで「破壊」したんだろう。」
「ふむ......それで小傘、何があったのか教えてくれないか?」
こうして子供の小傘に尋ねる慧音はやはり寺子屋の教師だな、とリョウが思い付く。
「......ここに立ってた人を驚かそうとしたの......でも......でもそしたらその人があそこにあったお墓を消したの......消えろ、現れるな、って言われた......グズン......。」
泣きながら言った小傘はハンカチで鼻をかんだ。
「で小傘、そいつは何処に行ったか分かるか?俺達そいつを探してるんだ。」
「......あっちに歩いてった......。」
リョウの質問に小傘がその方向へ指を指した。
「分かった、小傘、今日はもう大人しくしていなさい。取り敢えず落ち着いて。」
「何なら後で俺の店に来るか?新メニューもあるんだ。」
「ちゃっかり宣伝するな。そしてあのおかしな材料ばかりの新メニューとやらはもううんざりだ。」
「何だとっ?よし分かった、お前にはハギスを食わせてやろう。」
慧音の突っ込みにリョウが刃向かう。
「あははっ。」
そのやり取りを見ていた小傘はそれが面白くてつい笑っていた。