東方不明録 ー「超越者」の幻想入りー / THE TRANSCENDEND MEN(現在更新休止中)   作:タツマゲドン

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予告無しでしたが、今回から新章入ります

短いうえに原作にあんまり関係無いと思いますが、今後に重要です


2.75 破壊神録
85 捜索


 鈴仙・優曇華院・イナバの朝は早い。

 

 彼女は永遠亭の住人の中で一番早く起きる。

 

 師匠の永琳は医者兼薬師の仕事によって毎日忙しいので疲れているし、主である輝夜と地上の兎妖怪のてゐは眠気に身を任せ全然起きようとしない。

 

 鈴仙は眠気に打ち勝ち布団から体を起こし、身支度を始める。

 

 永遠亭メンバー全員分の朝食の用意も彼女がする。

 

 そして、1週間以上前に永遠亭に運び込まれた患者、と言えるのかも疑わしい者を診なければならない。

 

 運び込まれた時、鈴仙はそれが死体だと思った。

 

 医学に詳しい永琳も、瞳孔散大、呼吸停止、心停止、どれも死の証拠であった為、死んでいるかと疑った。

 

 だが、運び込んだ者達の内カイルという青年によれば脳波が微弱にあり脳組織が再生しているのが確認された為じき目を覚ますだろう、との事らしい。

 

 医者としての知識もある薬剤師の師匠もメスで彼の体を突き刺そうとするという過激なやり方で、生存を確かめた

 

 でも本当に彼は生きているのだろうか。

 

 彼は身長195cm近くある大男で額に大穴が空いている。

 

 鍛え上げられた身体と目を瞑ってもなお凄味を帯びた顔は鈴仙を怖がらせるのに十分だった。

 

 年齢は多めに見積もっても20代前半の容貌だが、まるで多くの人間を殺して来た軍人や殺し屋の様な雰囲気を感じる。

 

 もしあの重そうな目が今にも開いたら......

 

 患者が居る”筈”の部屋の襖戸を開けた、途端、

 

「ええっ?!」

 

 鈴仙がそう驚き声を上げたのも当然の反応だ。

 

 患者の姿が無かった。

 

 布団は無造作にめくられ、外へ出る障子戸は全開だった。

 

 部屋から暁の太陽に映る竹林、その中には何の気配も無い。

 

「そんな、嘘でしょ?!師匠!大変です!」

 

 鈴仙は大急ぎで永琳の寝室へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕達で最後か。遅れてすまない。」

 

「遅くなったわね。」

 

 アダムと霊夢が入って来、全員が揃っているのを確認した。

 

「俺も今来た所だぜ。まあ時間通りだから大丈夫だけどよ。」

 

「これで皆揃った様ね。話を始めるわね。」

 

 リョウがアダムの謝罪を軽く流し、永琳が真面目に話し始める。

 

 この永遠亭の一室に居るのはアダム、霊夢、魔理沙、リョウ、慧音、カイル、早苗、鈴仙、永琳。

 

「まず今来たアダム達は知らないだろうから簡単に説明するわ、聞いて。1週間ほど前に貴方達が診て欲しいと言った患者が、逃げたのよ。」

 

 その場に居た9人中、4人が驚いた表情をした。

 

 驚かなかった5人は、具体的には、カイルと早苗は先に来て少しだけ内容を聞き、永琳と鈴仙は当事者だし、そもそもアダムは感情や表情が常人より遥かに乏しいので内心で少しだが驚いていても表情に表れる事は無い。

 

 永琳は驚きが落ち着くのを見計らって続きを喋った。

 

「まずは探し出すのを手伝って欲しいのだけど、良いかしら?」

 

 7人はそれぞれ首を縦に振ったり、分かった、と言うなりして同意を示した。

 

「それで、カイル、貴方から聞いた話よりも随分と完治が早かったのだけど、これについて何か思い当たる様な事は無いかしら?」

 

 永琳に問われたカイルは腕を組んで考えた挙句、口を開いた。

 

「......僕はそれ程詳しく彼を”視た”訳では無いので何も言えませんが、彼の頭髪か何かは残ってませんか?今からでも彼の遺伝情報を知れば何か分かるかも知れません。」

 

「分かったわ。鈴仙、枕か布団に彼の頭髪が付いてないか調べて来て、あったら持って来て頂戴。」

 

「は、はい。」

 

 突然名前を呼ばれた鈴仙はやや条件反射気味に返事し、退室した。

 

「カイル、分かるのか?」

 

「やってみなければね。生物には予め本能を司る遺伝子が存在している。僕達トランセンデンド・マンの能力もその一種の本能による物という可能性まであるんだ。遺伝子次第で生物の本能が決まる訳だからその本能によって生物の能力までも変化する。きっかけ自体は分からないだろうけど彼がどんな人物なのか大まかには分かる筈だ。」

 

「ほえ~、流石天才。」

 

「天才は止めてくれよ。」

 

 説明を聞いたリョウの賞賛にカイルが嫌そうに苦笑いを浮かべて否定した。

 

「ありました。これで良いですか?」

 

「ありがとう、十分だよ。」

 

 丁度鈴仙が部屋に戻って来、カイルに患者の頭髪を1本渡した。

 

「どれ程掛かる?」

 

「30分って所かな。それまでは集中してやる必要があるから、皆に捜索を任せたいけど良いかな?」

 

 アダムは質問から返って来た答えを聞いて頷き、早速行動を取るつもりらしい。

 

「2人組、出来るだけ気付かれない様に、見つけたら連絡して皆を呼んでから対処に入るんだ。行こう。」

 

 アダムの意見に他の皆が了解の意を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何か心当たりがあるって事?」

 

「というかほんの思い付きだ。これを使う。」

 

 アダムが取り出したのは何時もコートの下に隠し持っている銃を片方だけ。

 

「僕達トランセンデンド・マンはエネリオンを感知する。それも直感的にも五感としてもだ。知覚処理に優れた者ならばこの拳銃から出せる程度のエネリオンでも数km離れていても感じ取れるだろう。視覚的には限りあるかも知れないが、聴覚的には相手が優れているならば数kmからのエネリオンも”聞こえる”筈だ。」

 

「って事はこちらからおびき出すって訳?」

 

「そうだ。」

 

「それで、近づいて来たとして、こちらを襲ってきたらどうするの?」

 

「別に連続的にやる訳じゃない。断続的にすれば隠れる余裕もある。」

 

「言うのは良いけど、もしやって駄目だったらって事は無いでしょうね......。」

 

 「患者」の恐ろしさを知ってるからこそ心配して言ったのだが、

 

「少なくとも向こうが数百m先に居れば僕でも視認出来る。視認したらこちらから接近すれば良いだけだ。」

 

 アダムに「言うは易し、行うは難し」の文字は無いらしい。

 

 心配する霊夢を余所にアダムは銃を上空へ向け、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは片っ端から調べなければな。俺は奴の事あんまし分からんし。」

 

「全く、大ざっぱで無計画なのはお前らしいな。」

 

「じゃあお前は何か名案でもあるとでも言うのか?」

 

「そう言ってるんじゃない、行動する前に考えておくべきだ、と言ってるんだ。」

 

「これだから年配は、こういうのは何も分からない以上適当にやってれば良いんだよ。」

 

「これだから若者は、何も考えてなくて目標なんか達成出来ないぞ。」

 

「何おぅ!」

 

「むむ?!」

 

 睨み合うリョウと慧音は、本人達からすれば不本意だろうが、第三者から見れば明らかに「仲が良い」としか言えない。

 

 しばらくこのまま2人は張り合うだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイルさんが居ないとなると捜索とか不便ですね。」

 

「だな。あいつは1里も離れた所から狙撃するんだってさ。それだけじゃなくこの前の地底の異変も地底の僅かなエネリオンを感じ取って異変に気付いたとか。全く、どんな頭してるんだ?感覚は優れてるし、頭は良いし、優しいし、イケメンだし。」

 

 早苗の不安気味な呟きに対し、魔理沙はこの場に居ないカイルに賞賛を送っていた。

 

「私達に出来る範囲でも良いですから少しでも多くやりましょうよ。」

 

「そうだな。ところで早苗、」

 

「はい?」

 

「お前とカイルってさ、何かさ、何時も一緒じゃないか?」

 

 魔理沙が何気なさを”装った”風に言うと、早苗の方は何故か顔を赤らめた。

 

「そ、そうですか?でもカイルさんが仕事中の時は別々ですよ?」

 

 魔理沙の意図が分からず疑問形で返した早苗。

 

「それって仕事中だけの事で他の時間は......」

 

 それを聞き早苗は更に顔を赤くした。

 

「何でそんな事を聞くんですかっ?!」

 

「......何となく。ま、何でもいいや。」

 

 魔理沙は無関心な見た目で内心では楽しんでいた。

 

(リョウが言った通りカイルが鈍感な以上は無理っぽそうだな。)「それにしても探すったって何処探せば良いのか分かんないぜ。」

 

「そうですね......。」

 

 話題を変えた所、早苗の赤くなった顔は戻っていた。

 

「そいうや早苗、お前、自分から積極的になったらどうだ?」

 

「へっ?」

 

「いや、聞かなくても良いぜ。まあ、がんばれ。」

 

「えっ、いや......。」

 

 魔理沙は、最初は聞いて訳が分からなかったが理解(?)したのか次第に慌て顔を赤らめる早苗を見て満足した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠は何か見当が付いたりしませんか?」

 

 捜索から少し経って鈴仙は永琳に考えを求めた。

 

「そうね......彼は1週間の治療によって身体的な疲労を感じているとすれば、きっと彼は第一に食糧を求める筈よ。それも動物性タンパク質をね。」

 

「じゃあ、動物の食べられた死体があれば、って事ですか?うえ~......。」

 

 鈴仙が気分悪そうにそう言うのは、死体を見て気分を悪くしたくないという思いだろう。

 

「そうよ。そんな顔をしたって駄目よ。医療知識があるなら死体位慣れなさい。」

 

「そうじゃなくって、齧られて血が付いた死体だったら流石に......。」

 

「ハア......まあ我慢しなさい。悪いけど私にはこれしか言えないわ。」

 

「は、はい......。」

 

 元気なさげに鈴仙が返事をし、暫く会話は無かった。

 

 患者を発見する十数分後までは。

 

 最初に鈴仙が遠目にそれらしき姿を発見し、確認する為に気付かれぬ様近づく。

 

 2人はその姿のある地点から100m後方にある木の後ろに身を潜めた。

 

 トランセンデンド・マン程では無いが人間よりも高い能力を持つ2人は遠くでもその姿を確認出来た。

 

 隣の木から判断しても高身長と思われる体格、それを包む病人着、何よりそれらを覆う直感的なオーラ。

 

 まるで怒っている様だが、何故なのか。

 

 すると、その奥にあった木の影から何かしらの動く物を確認した。

 

 それも1つだけでなく、その数や10を超す。

 

 四足歩行で体表が毛に覆われた獣。

 

 全長3mの身体と時々二足歩行で歩く所を見るとただの動物では無くある程度知能を持った妖怪の一種だろうと推測出来る。

 

「大変、助けなきゃ。」

 

「待ちなさい。」

 

 木の後ろから飛び出そうとする鈴仙を制止する永琳。

 

「まずは、様子を見ましょう。動くのはそれからよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だコイツらは。)

 

 彼の目の前に突然現れ、全方向を塞いだ10体の獣はこちらに向かって吠えた。

 

「俺は逃げられないとでも言うのか?」

 

「グガアアアアア!!!!!」

 

 彼の呟きを肯定する様に正面の1頭が吠える。

 

 見た目や2本足で立つ所は大型霊長類を思わせるが、こうして彼を囲み狩りをする様な動作を見れば肉食か。

 

 真後ろの1頭が2本足で跳び上がり、爪を剥き出して襲い掛かろうとする。

 

 彼は後ろも見ずに後方へ2歩動き、肘を後ろへ突き出した。

 

 跳び掛かっている最中だった獣の腹に肘にぶつかり、それだけで獣はその場にぐったりと倒れた。

 

 それをきっかけに他の9頭がそれぞれの方向から走って掛かる。

 

「止めろ。」

 

 彼の命令を無視し、獣たちが牙をむき出し襲い掛かる。

 

 彼が手を向ける。

 

 獣達はその行為が理解出来ずそのまま向かって行くが、すぐに行動の理由を理解した。

 

 正面の3頭の足が消えたのだ。

 

 走れなくなった獣達はその場に倒れる。

 

 右3頭はその不思議な光景を気にせず手に力を込め襲い掛かる。

 

 彼は獣達から繰り出されるラッシュをいとも容易く躱し、パンチを3発放った。

 

 それだけで3頭は昏倒し、今度は左3頭が彼を囲い襲い掛かる。

 

 右前方をフックでなぎ倒し、左前方を水平蹴りで吹き飛ばし、

 

 残った後方は彼が右手を向け、途端に左胸に大穴が空いて地面に倒れ込んだ。

 

 こうして10頭の妖怪は追い詰めたと思っていながら逆にその命を全て奪われた。

 

 彼は辺りを見回し、10体の死体に目を付けた。

 

(......哺乳類なら食えるよな。)

 

 そう心の中で呟き、死体の1つを持ち抱えた。

 

 爪で皮を剥ぎ、手を手刀の形にして肉をなぞると、なぞった所が切断され、食べるのに丁度良い大きさになった。

 

 そして何の躊躇いも無く生のまま齧り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......人が妖怪を食べてるなんて......。」

 

「ウドンゲ。」

 

「あっ、はい。」

 

 鈴仙は彼が妖怪を殺し、それを食べるのを見てショッキングになり、永琳から声を掛けられて我を取り返した。

 

「で、どうするんですか?」

 

「皆にはさっき連絡したわ。後は皆が来るのを待ってそれからよ。」

 

 だが、永琳の考えはことごとくぶち壊される事となった。

 

「師匠、あの人、こっちを見てませんか?もしかして......」

 

 気付かれたと思い慌てる鈴仙。

 

 確かに彼はこちらを向いているのが永琳にも確認できた。

 

「待ちなさい、気まぐれかもしれないし、下手にこちらが動けばそれこそ気付かれるわ。」

 

 逃げ出そうとする鈴仙を抑えようとする永琳だが、それとは別に彼はこちらへ確実に歩いていた。

 

「こっちに向かって来てる!やっぱり......」

 

「だから落ち着きなさい!」

 

 鈴仙が遂に声を上げ、永琳も釣られて大声を上げてしまった。

 

「で、でも......ってあれ?」

 

 ふと前方を見ると、彼の姿は消えていた。

 

「やっぱり気の所為だったか~......。」

 

 鈴仙が安堵の一息をつく。

 

「でも変ね、見えない所へ移動するにしても一瞬過ぎないかしら。」

 

 一方、永琳は疑問を抱えていた。

 

 通常、空気中を移動する物体は空気抵抗により音速を超えるとソニックブームが発生する。

 

 だがトランセンデンド・マンの自分を包む「防御殻」の作用には、自分に掛かるエネルギーをある程度遮断する、という効果がある。

 

 それは移動中の空気抵抗にも当てはまる。

 

 つまり、空位抵抗が軽減されればソニックブームも発生しないという事だ。

 

 彼が一瞬にして鈴仙達の視界から音も立てずに消えたのもそれが理由であろう。

 

 だとすれば、彼は何処へ向かったのか。

 

 それはすぐ2人の知る所となった。

 

「おい。」

 

 背後から低く冷たい声。

 

 トーンからは若々しさが感じられず、しかも怒っている様な感じまでする。

 

「お前達、」

 

 2人が後ろを振り向く。

 

 1m先に彼が居た。

 

「ヒエッ......」

 

 鈴仙の叫びは途中でかき消された。

 

 何故なら、彼は鈴仙の襟首を掴み、引き寄せたからだ。

 

「......お前は何故俺を助けた!」

 

「何故って......。」

 

 言う前に鈴仙は投げ落とされ、言い切る事が出来なかった。

 

 彼は2人を睨むとその姿を消した。

 


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