「後進停止。前進全速」
宙賊に押される形で後退していた俺の艦は、後退を停止すると、一転して宙賊艦隊に向かって急速前進を開始する。
「敵先頭艦、間もなく主砲射程圏内に入ります」
「目標、敵先頭艦。艦首主砲、一番二番。一斉打方用意」
観測員の報告に、俺は主砲の発射準備を下令する。
「艦首主砲、一番二番。一斉打方用意よし」
「敵艦、射程圏内です!」
「打方、始め」
「
「
駆逐艦の主砲は、戦艦に装備されている長射程高出力のものとは違い、近距離から中距離の目標を攻撃するためのものだ。
敵艦そのものを攻撃するというよりも、飛来する艦載機や対艦ミサイルなどを迎撃する防御用の兵器という意味合いが強い。
相手が小型艦とはいえ、一撃で破壊するほどの威力は無いが、牽制や目晦ましには十分だ。
「命中、効果あり! 小破と認む!」
今まで逃げ腰だった相手が、急接近して攻撃してきたことに、宙賊艦隊は動揺し、艦列が乱れていた。
攻めるなら絶好のチャンスだ。
俺が新たな命令を下すまでも無く、小惑星帯の陰から、ガンさんの率いる7隻の駆逐艦が躍り出た。
宙賊艦隊の後方から半包囲するように接近していく。
一転して多数の相手に包囲される状況に陥った宙賊艦隊は、慌てて思い思いの方向に逃走しようと試みるが、安全な航路が限定されている暗礁宙域では、下手に身動きが取れない。
そうこうしているうちに、接近を果たした7隻の駆逐艦は、カラスと呼ばれるパイプ状の強行接舷装置を宙賊艦に打ち込んでいく。
この内部を通って、装甲服に身を包んだ白兵戦要員が相手艦に乗り込み、内部から制圧するのだ。
「野郎共! 吶喊!」
俺の号令一下、白兵戦要員が切り込みを開始する。
このゲームの宇宙船は、省力化が今以上に進んでいるという設定のため、操船に必要な人員は非常に少ない。
俺の乗るミサイル駆逐艦『みちしお』は、全長一八〇メートルにも及ぶ大きさで、海上自衛隊のイージス艦・あたご型ミサイル護衛艦を上回る大きさだが、戦闘行動可能な人員はたったの五〇人と、あたご型の三〇〇人に比べ、六分の一の人数で運用が可能だ。
これは、イージス艦ではない一般的な駆逐艦クラスの水上艦艇と比べても、3分の1以下程度の人数だ。
船の規模や用途にもよるが、操船するだけなら、船長一人でも可能なものもある。
俺自身もそうだったが、ゲーム序盤で金の無いプレーヤーや、とにかく経費を削減したいケチなプレーヤーなんかは、必要最低限の船員ですら乗せていないことがある。
そして、それは宙賊も同じだ。船員が多ければ、それだけ分け前が減ることになるからだ。
そのため、大航海時代さながらの、多数の船員による接舷白兵切込みが非常に有効だ。
しかし、無抵抗な民間船を襲う宙賊プレイをしているPKプレーヤー以外では、そういった戦術を取る者は多くない。
最大の理由は、相手に接近するのが容易ではないからだ。
宇宙空間での戦闘は、当然ながら目視圏外からレーダーで相手を補足し、射程の長いミサイルやビームなどの兵器で行われるのが主流なので、接近するまでにこちらが撃沈されてしまう。
もう一つの理由として、操船に必要な船員以外の白兵戦専門の船員を雇い入れる必要があるので、人件費が馬鹿にならないからだ。
結果的に、接舷切り込みは効率の悪い戦術として、殆どのプレーヤーからはそっぽを向かれている。
しかし、軍人である俺の場合、上層部に要請を行って申請が通れば、乗員として白兵戦要員を配置しておくことが出来る。
さらに、小なりとはいえ艦隊司令でもあるので、帝國領内の最新の航路情報を常に参照できるのだ。
それはつまり、暗礁宙域内の小惑星やデブリの情報をリアルタイムに把握しているということになる。
そういった障害物を盾に敵に忍び寄り、一気に接近して拿捕するというのが、俺の基本戦闘スタイルだ。
もっとも、それにしたって、人員の管理が面倒なことにかわりは無いし、いくら障害物の多い暗礁宙域だからといって、射程の長いビームやミサイルのほうが有効であることに変わりは無い。
ぶっちゃけ、白兵切り込みは、男のロマンみたいなもんだ。
ロマンではあるが、全くメリットが無いわけでもない。
『提督。宙賊艦隊の制圧を完了しましたぜ。こっちに死者はいません。宙賊共は皆殺しにしやした』
率先して突入隊の指揮を取っていたガンさんから、早速報告が入った。
「ご苦労さん。奪るもの奪ったら、撤収して」
『合点』
接舷切り込みのメリット。それは、敵船の物資を戦利品として収奪できることだ。
大したお宝を積んでいなかったとしても、航法装置やレーダーなど、船の精密部品というのが良い金になる。
闇市にでも部品を流せば、結構な儲けになるのだ。
もちろん、軍人である俺達がそんな事をして良いわけが無いが、要はバレなければ良いのだ。
あとは、宙賊共の艦艇を撃沈して、宇宙の藻屑にしてしまえばよい。
砲撃で撃沈したことにすれば、証拠は残らないし、相手は犯罪者なのだから、心も痛まない。というか、そもそもゲームだし。
「アデル。いつもの通り、航海日誌の改竄よろしく」
傍らに控えるアデルに証拠隠滅の指示を出すと、アデルは溜息混じりに、了解しました、と応えた。
「常々思うのですが。これでは、どちらが宙賊なのか分りませんね」
「えー、何言ってんの。俺達は、民間船を襲う宙賊を討伐した正義の味方じゃないか」
俺とアデルの見守る中、事後処理は滞りなく行われ、敵艦に切り込んだ白兵要員がそれぞれの艦に帰還すると、もぬけの殻となっている宙賊共の艦に光子魚雷を撃ち込み、跡形も無く消滅させた。
これで、隠蔽工作は完了だ。
艦や装備の損傷は皆無、人的被害も、切り込み時に数名が軽傷を負ったのみで、死者はゼロ。まあ、完勝と言って良いだろう。
「よし、戦闘終了。対艦戦闘、用具収め。『ぶらじる丸』を保護しつつ、暗礁宙域を離脱する」