ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 俺が合戦準備の号令を発すると、CICが俄かに慌しくなる。

 砲雷長や船務長の指示が飛び交い、速やかに兵装のチェックやエアロックの閉鎖確認、僚艦への情報共有が行われる。

 

「合戦準備、用意よし!」

 

 アデルの報告に頷き、通信士に指示を飛ばす。

 

「通信士、平文で良い。該当船舶に直ちに救援に向かう旨を返信しろ」

「はっ。平文で宜しいので?」

「かまわん。宙賊の反応が見たい」

 

 平文とは、暗号化されていない通常の通信文のことだ。

 暗号化されていないので、当然宙賊に傍受される危険性があるが、今回はそれが狙いだ。

 現実世界の海賊がそうであるように、このゲームの宙賊は、非武装の民間船にしか手が出せないゴミクズ以下の犯罪者集団だ。

 軍艦相手に、正面切って戦えるような装備を備えていることはまず無い。

 稀にフリゲート艦クラスの戦闘艦艇を所持していることもあるが、せいぜいがその程度だ。

 相手がNPC宙賊であれば、軍艦が救援に来たとなれば、尻尾を巻いて逃げ出すだろうが、中身が俺と同じプレーヤーによるPK宙賊だった場合、そうとは限らない。

 何か勝算があって、こちらに戦いを挑んでくる可能性もある。

 

「救難信号の発信ポイントに急行する。全艦、第3戦速。面舵30、上げ舵20。宜候」

「全艦第3戦速。面舵(おもーかーじぃー)30(さんじゅーう)上げ舵(あげーかーじぃー)20(ふたーじゅーう)宜候(よーそろー)

 

 宇宙空間を航行する船なので、通常の左右への転舵を表す取舵・面舵のほかに、潜水艦のような上下への転進を示す上げ舵・下げ舵という操作があるのが特徴だ。

 

「戻せ」

「もどーせー」

 

 俺の指示に、戦隊は目標宙域に向けて進路を変更する。

 陣形は、戦隊旗艦でもある俺の座乗艦『みちしお』を先頭に、2番艦以降がそれに続く単縦陣だ。

 やがて、艦の索敵レーダーに捉えられる距離まで到達した。

 こちらからは敵を捉えているが、向こうの貧弱なレーダーでは、まだこちらの接近には気付いていないはずだ。

 軍艦が近づいていることには気付いているだろうから、尻尾を巻いて逃げ出すか、戦うかで判断に迷っているところだろう。

 

「敵艦隊捕捉! 数は4隻。民間船ぶらじる丸を取り囲むように展開しています」

 

 艦のレーダーで捉えた情報は、CICのコンピュータによって解析され、擬似的な映像情報としてコンソールに投影される仕組みになっている。

 この機能のお陰で、レーダーの表示だけではいまいち分りにくい互いの位置情報や対象物の形状などを、ある程度把握することができるようになっている。

 どういう原理でそうなっているのかは知らないけど、未来世界という設定なので、そこは深く考えないことにする。

 実在の兵器技術の中にも、レーダー反射波から形状を特定し、自前のデータベースと照合して種別や名称まで特定する技術があったが、それの発展型みたいなものだなんだろう。たぶん。

 そこから確認できる情報によると、いかにも動きの鈍そうなずんぐりとした長方形の船が、襲われている民間採掘船『ぶらじる丸』で、それに群がるようにして、接舷しようとしている4隻の小型船が宙賊なのだろう。

 宙賊の船は、スループと呼ばれる小型の近距離輸送船に、武装を施したもののようだ。このクラスの船は、戦闘力は大した事はないが、小型で軽快な運動性を有しており、中小国の宇宙軍では軍艦として就役しているところもある。

 対艦ミサイルでも搭載して、ミサイル艇のような運用を行えば、十分戦力となりうるからだ。

 神出鬼没が旨の宙賊が使うには、うってつけの艦艇とも言える。

 非武装もしくは、自衛用の小火器程度しか備えていない民間船にとっては脅威だ。

 

「民間船との距離が近すぎるな……」

 

 遠距離から対艦ミサイルでも叩き込んで、殲滅するのが一番手間が掛からないのだが、民間船に被害が及ぶ危険性がある距離だった。

 連中が逃走のため、民間船を盾にする可能性も考えられる。

 

「いつもの手で行くか。ガンさんを呼び出してくれ」

「はい」

 

 アデルが手元のコンパネを操作すると、俺の席にあるコンソール画面いっぱいに、ガタイの良いむさ苦しい髭面の顔が現れた。

 軍服の下からでもわかるほどに、はち切れんばかりの筋肉が盛り上がっており、外見は非常に暑苦しい。

 

「お呼びですかい、提督」

 

 ザ・海賊という表現がぴったりな強面の中年男は、口の端を吊り上げて笑った。

 

「今日は白無垢ですかい。いよいよどこぞに嫁入りするんで?」

「まぁ、おいおいね」

 

 戦隊の2番艦『おおしお』に座乗しているこの男は、戦隊副司令の岩野(いわの)八太郎(はったろう)二等宙佐。通称ガンさん。

 陸戦隊上がりのバリバリの肉体派だ。

 便宜上、戦隊副司令という立場だが、陸戦隊を率いる切込み隊長でもある。

 

「ガンさん。状況は旗艦のCICからの情報共有どおり。こっちが囮になって連中を民間船から引き離すから、他の艦を率いて小惑星帯の陰から強襲。接舷切り込みを敢行してくれ」

「いつものやつですな。了解しやした」

 

 女子供が見たら間違いなく卒倒するであろう凄惨な笑みを浮かべ、ガンさんはくだけた敬礼をして見せた。

 帝国領内には多数の暗礁宙域が散在している。

 当然、障害物も多く、おまけにレーダーなどの電子機器の性能も低下するため、小惑星の陰に隠れて一気に接近して奇襲を掛けるという戦法が非常に有効だ。

 今回の作戦は、俺が乗る旗艦『みちしお』1隻で宙賊の前にのこのこと出向き、連中の目を引き付けている間に、ガンさんこと岩野二佐率いる駆逐艦が敵のレーダーの捕捉を避けるようにして暗礁宙域内移動し、宙賊に接舷切り込みを敢行、乗組員を皆殺しにして拿捕しようという魂胆だ。

 本来なら、宙雷戦隊らしく、光子魚雷を叩き込んで宇宙の藻屑にしたいところなんだが、民間船に被害が及ぶ可能性を考慮して、拿捕という選択肢を選ぶ事にした。

 まあ、拿捕を選択する理由は他にもあるんだが。

 

「よし、敵の警戒レーダー範囲内まで艦を前進させろ」

 

 俺の指令に従い、『みちしお』は敵艦隊の前面に向けて、無防備を装って接近していく。

 その間、ガンさんの乗る『おおしお』以下7隻の駆逐艦は、小惑星帯に紛れる為、陣形を解いて離脱していった。

 

「敵艦からのレーダー照射を検知。捕捉された模様です」

 

 宙賊艦隊の動きを凝視していると、各々がこちらに艦首を向けているのが分った。やる気だ。

 おおかた、接近しているのが軍艦とはいえ駆逐艦で、しかも1隻だけならと高を括ってのことだろう。

 あまり頭の宜しくない単純すぎる判断だが、これなら、楽が出来そうだ。

 彼我の距離が徐々に縮まる中、突如アデルが目を大きく見開き、耳と尻尾をピンと逆立てた。

 

「対艦ミサイルが来ます。11時の方向。俯角15度。数は16」

「対空警戒を厳となせ」

 

 アデルの警告に、俺は即座に艦の防空警戒を厳命する。

 強化人間であるアデルは、自身の特性として、普通の人間はもちろん、艦の電子機器ですら探知できないような脅威を事前に感知することが度々あり、今までそれに何度も助けられたことがある。

 この手のアデルの警告は外れたためしがない。

 俺の命令を受けた武器担当官も、迷うことなく迎撃システムの準備を行う。

 

「11時方向、俯角15度、散布角3度。対艦ミサイルと思われる反応を探知。数は16。目標群アルファと設定。本艦に向けて急速に近づく!」

 

 程なくして、艦の警戒レーダーが接近する脅威を探知した。

 こちらが1隻だけと踏んで、対艦ミサイルの飽和攻撃で沈めようという腹積もりなのだろう。

 

「迎撃します!」

「よろしく」

 

 基本的に、戦闘になったら、戦隊司令兼艦長の俺は、各部署を統括する指揮官に指示を出すだけだ。

 今までのゲームなら、こういう場合は視点が切り替わり、宇宙空間を航行する自分の艦をプレーヤー自らが操作して、敵艦隊と直接戦闘を行うんだろうけど、残念ながらそういうシステムにはなっていない。

 リアルといえばリアルなんだけど、戦隊や艦の行動を、自分自身で事細かに設定したり、自分の意思でぶっ放すことが出来ないのがちょっともどかしい。

 

「CIC指示の目標。対機動迎撃戦用意」

「武器システム正常作動中。目標諸元データ入力完了。迎撃戦闘用意よし!」

垂直発射装置(VLS)、迎撃ミサイル攻撃始め。発射用意。撃て(てーっ)!」

 

 砲雷長と武器担当官の間でそんなやり取りが交わされ、俺の艦から敵の放った対艦ミサイルに向けて、迎撃ミサイルが発射された。

 発射されたといっても、カットインが入って画面が発射シーンに切り替わったり、派手なSEが発生したりはしない。とても静かだ。

 部下の報告とコンソール上の武器システムの作動状況表示が無ければ、全く分らない。

 

「対機動迎撃ミサイル、目標群アルファに向けて順調に飛翔中。接触まで10……9……8……」

 

 武器担当官のカウントダウンが開始される。

 コンソールには、敵の放った対艦ミサイルと、こちらの放った迎撃ミサイルを表すブリッフが、刻一刻と距離を縮めていく様子がリアルタイムに映し出されている。この独特の緊張感が堪らない。

 もし、迎撃に失敗すれば、中距離用の速射ビーム砲での迎撃、更に失敗すれば、近接防御用のレーザーCIWSでの迎撃というシーケンスを辿ることになる。

 

「3……2……スタンバイ、マーク、インターセプト! 目標群アルファ、消失!」

 

 迎撃ミサイルと、敵の放った対艦ミサイルを現すブリッフ同士が重なり、消失した。

 CIC内に安堵と歓声が巻き起こる。

 

「まだです。第2波が来ます。数、方位共に前回と同じです」

「さらに新たな反応を探知。目標群ブラヴォーを設定します」

 

 アデルが警告を発した数秒後には、艦の警戒レーダーに、第2波と思われる対艦ミサイル群が探知された。

 

「砲雷長。迎撃指揮を任せる。航海長。艦を徐々に後退させて、こちらが怯んでるように見せかけろ」

 

 迎撃戦闘を砲雷長に一任し、俺は航海艦橋に詰めている航海長に指示を出す。

 ガンさん率いる別働隊強襲までの時間稼ぎもあるが、民間船から少しでも敵艦隊を引き離すためだ。

 

「ちょwwwwww駆逐艦1隻とかwwwwwNPC使えねえwwwwwオワタ……オワタ……」

 

 通信士が民間船からの通信をカットしていなかったのか、民間船からそんな音声信号が飛び込んできた。

 ようやく援軍が現れたと思ったら、たった1隻だけ。

 ぶらじる丸のプレーヤーの目には、俺の艦が、一般的なゲームによくある、NPC操作のものにでも映ったのだろう。

 

「通信士。民間船からの通信を切れ」

「はっ。失礼致しました!」

 

 若干イラついた声で命令すると、通信士は慌てて『ぶらじる丸』からの通信を遮断した。

 

「また、奇妙なことを口走っていましたね。大丈夫でしょうか、むこうの船長は」

「放置で良い。今はそれどころじゃない」

 

 ゲームなのだから、プレーヤーがメタな発言をするのは仕方がない。

 だが、他のゲームならいざ知らず、このゲームの場合は、あまり褒められたものじゃない。

 なぜならば、NPCにも普通の人間と同じように感情や理性があり、独自の判断で行動するようなルーチンが組まれているからだ。

 相手がNPCだと高をくくって横暴な態度を取れば、当然相手の印象は悪くなり、犯罪に類する行為を行えば、官憲に逮捕されることさえあるのだ。

 NPCだとかキャラデリだとか抜かす輩が、どういう目で見られるかは想像に難くない。

 実はこのゲーム、当初はプレーヤーとNPCの区別がつくようになっていたらしい。

 らしい、というのは、俺がゲームを始めた頃は、既に見分けがつかなくなっていたからだ。

 見分けがつかないようになった一番の理由は、その手の馬鹿なプレーヤーが多かったかららしい。

 救難信号を受信した時のキャラデリ発言で、何となく嫌な予感はしていたが、あとでそれとなく注意しておこう。

 メタ発言が黙認されるのは、相手が自分と同じプレーヤーだとはっきりと分っている時のみだ。

 戦闘自体はこちらの思惑通りに推移していた。

 敵の対艦ミサイル群第3波を迎撃したところで、宙賊艦隊をぶらじる丸から引き離すことにはほぼ成功していた。

 むこうの対艦ミサイルも打ち止めらしく、こちらが弱気(だと思っている)なうちに、数の利を生かして接近戦で片をつけようと、艦首をこちらに向けて突撃の姿勢を見せている。

 民間船との距離が十分に開いたと判断した俺は、一転して攻勢に出ることにした。


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