二人が帰った後、かなえさんが押し付けていったブラとパンツを身に着けてみた。
「……うわ、サイズぴったりだ」
サイズだけではなく、着心地・肌ざわり共にばっちりだ。うまい具合にフィットして、窮屈さが全くないどころか、下着をつけているという感覚がほとんどない。
いったい、どうやって俺のサイズなんか知ったんだろう。ちょっと怖い。
良い人なんだけど、時々得体のしれないところがあるよな、あの人。若干ヤンデレ気味だし。
今更ながら、そんなかなえさんを嫁にしているガンさんに尊崇の念を抱いてしまう。
「あー、だめだだめだ。こんなの恥ずかしくて着けれない」
俺はいそいそと普段の下着を着けなおして服を着た。
上のほうはビーチクが透けて見えるし、下に至っては、股下の丁度いい箇所に切れ目が入っているしで、あからさまに、「そういう用途」に使うための下着だった。
嫁がこんな下着で寝室に現れたりしたら、俺が旦那だったら全力で引く。
というわけで、かなえさんには悪いけど、こいつは永久にお蔵入りということにしよう。
「ふう。あ……」
居間に戻った俺は、見慣れない紙袋が残されていることに気付いた。
かなえさんかアデルの忘れものだろうか。
確認のため中を覗いてみると、綺麗に折り畳まれた紙が入っていた。
『だいぶ遅くなってしまいましたが、結婚祝いです。遠慮なく受け取ってください』
それは、かなえさんのものと思われるやけに達筆なメモ書きだった。
ちなみに中身は、おしゃぶり、ガラガラ、哺乳瓶に始まり、知育玩具といった育児用品のオンパレードだった。
「いくらなんでも、気が早すぎるよ……」
複雑な気分でそれらをテーブルの上に並べていく。
地元の護國神社の安産祈願の御守りまで入っていた。護國神社というところが、軍人の嫁さんらしい。
袋の一番奥に、小箱のようなものが入っていた。持ち上げてみると、大きさの割に結構重量がある。ふたを開けてみると、何かが詰め込まれた瓶が入っていた。貼り付けられているラベルを見ると、どうやらアロマキャンドルのようだ。
一通り効能のようなものも書かれていた。疲労回復とか安眠促進とかそんな感じのものらしい。
就寝の二時間ぐらい前に点けておけば、いい感じに効果が出るらしい。
せっかくだし、今夜寝室で使ってみようかな。
さて、と。
もう結構いい時間だし、まだ途中だった掃除をさっさと終わらせて、晩飯の支度をすることにしよう。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
時計の針が20時を回った頃、三笠さんが帰ってきた。
着替えを手伝いながら、かなえさんやアデルが遊びに来たことを話す。
「三笠さんが気を使ってくれたんだよな。ありがとう」
「いや、礼には及ばんさ。提案してきたのは岩野一佐だしな」
俺に鞄を手渡しながら三笠さんは「あいつの提案に乗るのは癪だったが」と笑った。
「艦隊のほうはどう?」
仕事に口を出すのは差し出がましいかなと思いつつも、俺は尋ねた。
「ああ。ようやく事務処理が一通り済んだよ」
ネクタイを解きながら三笠さんは、安堵と疲れの入り混じった声を吐き出した。
そういや、観艦式と聯合艦隊集合訓練が近いんだったな。
供出する艦艇の選定やら訓練計画書の承認やらで、いつにも増して事務処理が多かったのだろう。
「ってことは、あとは本番に向けての訓練ってわけだね」
「うむ!」
三笠さんは、力強く、そして嬉しそうに頷いた。
訓練の統括や視察という名目で、
「粋がったどこかの阿呆がちょっかいでも掛けてくれば、なお面白いんだが」
司令長官という立場上、そんな素振りは全く見せないし本人もかなり自重しているが、三笠さんはガンさんや昔の俺に引けを取らない中々のヤカラ気質だ。
以前はやたらと挑発行為を行ってきたリャンバンは、対馬事件以降、口先では偉そうなことを言っているが、ちょっかいを掛けてくることは無くなった。
周辺国への恫喝としても一定の効果があったようで、リャンバンだけでなく、ツァーリや朝華の挑発行為も鳴りを潜めていた。
「いや、待てよ。そうか、暗礁宙域で演習をやれば、いいのか」
そんな物騒なことを言い始めたのには、少し呆れてしまった。
まあ、さすがに冗談だろうけど。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと座って。晩飯の用意するから」
三笠さんをリビングに追いやり、俺は手早く晩飯の準備を整えた。
配膳をしていると、三笠さんがソファの上に置きっぱなしになっていた紙袋の中身を見て不思議そうな顔をしていた。
「ああ、それね。かなえさんが、結婚祝いとか言って置いて行ったんだよ。気が早いよなー」
苦笑を装いながら俺は言った。
三笠さんは、複雑な表情で袋の中身を取り出して、ひとつひとつ確認していた。
そりゃあそうだろう。何しろ、ほとんどが育児グッズなのだ。
「それでさー、かなえさんが自分の子供を連れてきたんだけどさー、それが可愛くてさー」
「そうか」
「アデルも妊娠してるって聞いてさ、愕然としちゃったよ。あいつがおかんになるなんて、想像できないんだけど」
「そうか」
食後のコーヒーを啜りつつ、三笠さんは首肯した。
「なあ、摩耶」
「んー?」
三笠さんがいつになく真剣な表情で俺を見つめた。
「子供が欲しいか?」
「ん……」
俺は言葉に窮した。
かなえさんの連れてきた紘子ちゃんは確かに可愛かった。
こんな可愛らしい子供が欲しいと思う反面、俺のようなガキに母親が務まるのかという不安がある。むしろ、その不安のほうが大きい。
それに最近、少しきな臭い情勢が続いているみたいだし、事案が発生して三笠さんの艦隊に出動がかかるかもしれない。
こんな状況で、余計な負担を掛けたくはない。
さっきから、自分の事ばかり考えているけど、三笠さんはどう考えているんだろうか。
「私は欲しいぞ」
「そ、そうなの……?」
三笠さんは頷く。
「結婚したばかりの頃は、お互い軍人だったこともあって、深く考えたことは無かったが今は違う。軍人である以上、最悪の事態を想定する必要はある。幸いお前は退役を決意してくれた」
最悪の事態。
俺は言葉を失った。
そうだ。軍人なんだから、そういう可能性は大いにある。
いくら前線に出る機会が少ないからとはいえ、戦場や戦闘の規模によってはその限りじゃない。
もしも。もしも、万が一そんな事態になってしまったら。
この世界でたった一人、俺と同じものを共有している三笠さんがいなくなったら。
「私が死ねば、お前は一人ぼっちになってしまう」
三笠さんも俺と同じことを考えていたみたいだ。
「子供が居れば、お前は一人きりじゃないし、私が生きていた証を残すこともできる」
「三笠さんの、俺達の証……」
うわごとのように呟き、俺は三笠さんを見つめ返した。
互いにとっての、拠り所となる存在。
そんな理由で、子供を作るのが正しいのかどうかわからない。
だけど、一人取り残される恐怖を自覚してしまった。
「じ、じゃあ、今夜」
俺は意を決して言うと、三笠さんは「わかった」と頷いた。
「あー、摩耶……。風呂、いいぞ」
「うん。わかった」
風呂から上がった三笠さんの様子が妙だった。困惑してるというか、なんだか気まずそうな顔をしていた。
「あー、その。なんだ」
視線を泳がせ、妙に歯切れが悪い。もしかして、この後の事に緊張しているのかな。
「洗面所の洗濯籠の中にだな……」
ん、洗濯……籠?
や、やべえ―――――!?
かなえさんに貰った黒のスケスケエロ下着。試着した後、洗濯籠に放置したままだった……!
俺は自分の頭から血の気の引く音を聞いた。
「ちちちちち、違う! 違うんだ! あ、あ、あ、あれは、かなえさんが勝手に置いてったやつで! 試着した後、片づけるの忘れてて……!!」
「試着、したのか?」
焦って余計なことを口走ってしまった。
「でででで、でもっ、お、俺には全然似合わなかったから……!」
「別にそうは思わないが」
「ふぇっ!?」
「先に寝室に行ってる」
固まる俺にそう言い残し、三笠さんは行ってしまった。
ええと。今の言葉は、どう解釈すればいいんだ。
そういうのが似合う程度に色気はあるんだと喜べばいいのかな。それとも、ただのお世辞なのか。
あれこれ考えても仕方がない。
三笠さんを待たせるわけにはいかないし、さっさと風呂に入ることにした。
いつにもまして、念入りにあらったせいか、思ったよりずいぶんと時間がかかってしまった。
そこからさらに、どういう格好で寝室に向かえば良いのかと思案して、さらに時間を無駄にする。
あーでもないこーでもないと悩んだ末、どうせ脱ぐんだしと、いつもの寝間着に落ち着いた。
下着はもちろん、普段つけているシンプルな普通のやつだ。
「お、お待たせ~……」
寝室の扉を開けると、不思議な香りが漂ってきた。今までに嗅いだことが無い香りだったけど、不思議と心が落ち着いた。
「あ、点けたんだね、それ」
「ああ。これも、かなえさんからか?」
「うん」
寝るときにでも点けようと思って寝室に置いていた、香苗さんからもらったアロマキャンドルに青白い火が灯っていた。
香りもそうだけど、なんだか気持ちが落ち着いてくるような気がする。
さっきまで、いよいよ今夜だということで、かなり気持ちが昂っていたんだけど、それも随分収まっていた。それは三笠さんも同じらしい。
「さっきのあの下着、着けてきたのか?」
冗談めかして尋ねる三笠さんに、俺はまさかと笑い、隣に腰を下ろした。
改めて、傍で見てみると、三笠さんって、結構がっしりした身体つきしているな。
まあ、男なんだから当たり前か。
暫く見つめ合ってると、三笠さんの手が俺の肩にかかった。
「んっ……」
あっと思う間もなく、流れるような自然な動きでキスされた。妙に手慣れている感じだったので少し驚いた。
考えてみれば、三笠さんは、俺と結婚した時点で二十五歳だった。それまでの間に、多少の女性経験があってもおかしくはない。
俺と一緒になる前の話だし、それならそれであまり無茶なことはしないだろうという安心感も芽生えてきた。
「けっこう、手慣れてるね」
若干もやっとしたのも事実なので、唇が離れた瞬間を見計らい、少し意地の悪い事を聞いてみた。
「うむ。まあ、すまん」
「謝る必要は無いよ。別に浮気してたわけじゃないんだから」
戯言だと聞き流せばいいのに、真面目というか、馬鹿正直な人だ。
「気にすんなって。俺だって、前世で男だった頃は、多少の経験はあったし」
女としての経験は今回が初めてだけど、と続けようとしたところで、両肩をがっしりと掴まれた。
「私の前で、ほかの女の話をするな」
妙に据わった目付きに俺は息を呑んだ。
いや前世の事だしと茶化そうとしたけど、そんなことが言えるような雰囲気じゃなかった。
「は、はい……」
俺が素直に返事すると、三笠さんは満足そうに頷き、まるで幼児かペットにでもするかのように、優しく頭を撫でてくれた。
「それじゃ、続けるぞ」
「う、うん……」
そこから先は、まあ、なんというか。
三笠さんにされるがままだった。早い話がいわゆるマグロ状態ってやつだ。
前世で女だったから、女の感じるポイントを熟知しているのか、未だに男を引きずっている俺が、女の性的な快感に不慣れだからなのか、単純に俺の身体が敏感なだけなのか、理由は分からないが、手だけで色々されて何度も達してしまった。
女の性的な快楽は、男の脳では耐えられないとどこかで聞いたことがあったけど、それが事実であることを嫌というほど味あわされた。
俺も元男として、男が女にしてほしいことをやってあげたかったりしたかったんだが、三笠さんの愛撫で結構やばいことになっていて、正直、そんな余裕が全くなかった。
これなら、危惧していた本番も、結構あっさり終わるのかなー、なんて軽く考えていたけど、さすがにそれは認識が甘かった。
いよいよとなった時に、姿を現した三笠さんの股座にぶら下がっているソレ。
どこをどう見ても、帝國軍の駆逐艦や巡航艦に搭載されている九七式光子魚雷そのものだった。
そんなものをぶち込まれたら死んでしまう。そもそも、魚雷は敵艦にぶち込むものであって、人間相手に使うもんじゃないだろうに。
「ちょ、ちょい待った! ちょっとタイム!」
「いや、無理だ。すまん」
慌てて制止するが、三笠さんは聞いてくれなかった。
そこから先は、あまりよく覚えていない。
痛みはそれほどでもなかったが、とにかく圧迫感と衝撃が凄かった。
一回目は何とか耐えられたけど、間髪入れずの次発装填で二回目に突入し、三回目で完全に意識が飛んだ。
結局、最終的に何回ヤったのかは覚えていないけど、気が付いたら朝になっていた。
めちゃくちゃだるい身体を起こすと、隣では三笠さんが安らかな寝息を立てていた。やるだけやって、満足して眠りこけている三笠さんにちょっとイラっとした。こっちは、あんな太くて長い魚雷を何発もぶち込まれて、ひいひい言って気絶までさせられたっていうのに。
ほっぺたを思いっきりつねってやろうかと手を伸ばしかけたが、やめた。
普段の三笠さんからは想像もつかない荒々しさに、本気で恐怖を覚えた。怖かった。死ぬかと思った。
しかし、そこまで我を忘れて夢中にさせて、喜ばせたんだという奇妙な満足感があったからだ。
下腹部には、いまだに重苦しい違和感が残っている。何かが挟まっているというか、突き刺さっているというか、そんな感じの。
まあ、あれだけ子宮をガンガン突き上げられたんだから、当然と言えば当然だ。
うーん、でも、なんだろう。俺は今、妙に嬉しかった。
やっと、三笠さんの女になることが出来たという実感が湧いたからだと思う。
そう考えると、身体のだるさも、下腹部の重苦しい感触も、その証のように思えてしまうのだ。
「……とりあえず、シャワー浴びて朝飯の準備するか」
終わった後の後始末は、三笠さんがやってくれたみたいで、致した後の汚れは殆ど無かったけど、汗はきちんと洗い流しておきたかった。
若干内股気味になりながら立ち上がった俺は、覚束ない足取りで風呂場へと向かった。
前の生理は何日前だったかな、とか考えながら。