ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「おはよう」

 

 そして次の日の朝。

 まだ眠そうな顔でダイニングに顔を出した三笠さんがリビングに顔を出した。

 頭には寝癖がついているし、完全に寝起きの状態だった。

 

「おはよう! 朝ごはん出来てるから、顔洗って着替えて来なよ」

「……ああ」

 

 三笠さんは短く答え洗面所に向かった。

 その間に、俺は食卓に朝食を並べていった。

 昨夜のカレーの残りだと手抜きみたいに見えるし、朝からカレーのような胃に溜まるような重いものも出すのもどうかと思い、オーソドックスにトーストとハムエッグ、生野菜が苦手のようなので、サラダの代わりの野菜スープという献立にしてみた。

 三笠さんの口に合えば良いんだけど。

 やがて、軍服に着替えた三笠さんが戻ってきた。

 顔を洗って寝癖も直してきたためか、若干しゃっきりとしている。

 思えば、寝起きの状態を見るのも始めてだ。

 夫婦だったって言っても、本当に形だけだったんだなと、今更ながらに思う。

 二人揃って「いただきます」と唱和し、朝食を摂ることにする。

 

「摩耶、醤油取ってくれ」

「はい」

 

 ふーん。三笠さんは、目玉焼きには醤油派なのか。

 

「黄身の焼き加減はどう?」

 

 箸で黄身を崩す様子を見つめながら、俺は尋ねた。

 俺自身は半熟が好みなので、同じように作ったんだけど、もしかして固焼きのほうが好みだったかな。

 

「うん。これくらいで構わない」

「よかった。要望があったら、遠慮なく言ってね」

「別にそんなことぐらいで気負わなくてもいいぞ。目玉焼きの焼き方ぐらいで文句を言ったりはしないよ」

 

 三笠さんは苦笑気味に笑った。

 別に気負っているわけじゃないんだけど、そんな風に見えてしまうんだろうか。

 俺はただ、夫婦なんだし、このぐらいの気遣いは、出来て当たり前だと思っているだけなんだけどな。

 小さな不満の積み重ねで夫婦生活が破綻してしまうことだってあるわけだし。

 

「お弁当も作ったから、忘れずに持って行ってよ」

「わざわざ、弁当まで作ってくれたのか」

 

 いつも外食ばかりじゃ食費が嵩むし、何より健康に良くない。

 三笠さんは、あんまり健康面に気を配って無さそうだし、栄養面はしっかり管理してあげたい。

 今はまだ若いから平気かもしれないけど、年を取ってくるとそうもいかなくなるからね。

 

「なんだか、急に所帯じみてきたな」

「いや、夫婦だし」

「そういえば、そうだったな」

 

 そんな少し間抜けな会話をしつつ、和やかな雰囲気で朝食を摂った。

 

「ご馳走様」

「お粗末様。量は丁度良かった?」

「ああ、十分だよ」

「そっか。コーヒー淹れるよ」

 

 朝食後、三笠さんは端末を立ち上げて何か調べ物をしていた。

 何をやっているのか気になりはしたけど、肩越しに覗き込むのも行儀が悪い。

 思案気な横顔をしばらく眺めていると、俺の視線に気づいたのか、三笠さんは顔を上げた。

 

「少し情報収集をな。毎朝やってることで大したことじゃない」

 

 現時点での国内外の最新情勢を確認しているらしかった。

 各国政府の広報やマスコミの記事はもちろん、アングラな情報サイトなんかからも、隈なく情報を集めているみたいだ。

 手動で巡回しているわけではなく、自動ボットがネット上の情報を集めてくるのだが、もちろんその全てが有用な情報というわけではない。むしろ、無関係なゴミ情報が殆どだ。

 そんな有象無象の膨大な情報の山の中から、有用な情報を拾い上げるのは簡単なことじゃない。

 傍から眺めているだけだったけど、かなり手馴れている感じに見えた。

 

「傭人から上がってくる報告も確認している。特に、最新の航路情報は重要だ」

 

 公式の航路情報は、帝國航路局からリアルタイムで配信されるが、それはあくまで、民間貨客船が安定して通行出来る表向きの航路だ。実際には安全性の担保されていない非公開の航路が無数に存在している。中には、ブラックホールの事象の地平面ギリギリを掠め飛ぶなんて常軌を逸した航路も存在する。

 まあ、そんなヤバい航路を使うような連中は、宙賊のような犯罪者か、傭人になる前の俺みたいな、採掘で一山当てようと目論んでいる山師ぐらいだけだが。

 三笠さんが重要視しているのは、有事の際、艦隊を効率よく展開するための経路や、敵艦隊を邀撃するための伏撃ポイントを把握するためだ。宙賊の潜んでいそうな宙域を明らかにして、平時の領宙監視任務を効率的に行おうという側面もある。

 ふと、頭に浮かんだのだが、その頃の俺が提供した情報は、ちゃんと役に立っていたのなら良いんだけど。

 考えていることがモロに顔に出ていたらしく、顔を上げた三笠さんは口の端に笑みを浮かべた。

 

「もちろん、お前の情報も十分役に立ってくれたよ」

「う、うん。ありがとう」

 

 なんか、気を使われたような気がして、俺はぎこちない笑みを返した。

 

「……そろそろ時間か」

 

 三笠さんは端末を終了させると立ち上がった。そろそろ、出勤時間のようだ。

 鎮守府で普段の生活を送っていたせいもあって、出勤と聞いてもいまいちピンとこない。

 玄関に向かう三笠さんを見送るため、俺は後に続いた。

 

「はい、お弁当。夕飯は何か食べたいものはある?」

「特に希望はないが、米が食いたいな」

「わかった」

 

 こういう時は、「いってらっしゃい」のキスでもするべきなのかな、なんて頭の悪い考えがちらっと頭に浮かんだ。

欧米のドラマじゃあるまいし、ちょっとあざとい気がするので止めておくことにした。

 

「それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「そうだ、摩耶」

 

 いったん、俺に背を向けた三笠さんは、何かを思い出したように振り返った。

 

「いいか。病み上がりなんだから、外出は控えろ。あと、誰かが訪ねてきても、無理に出る必要は無いからな」

「えっ。う、うん……」

 

 真剣な口調に戸惑いつつも素直に頷いた。

 

「戸締りには気を付けてな。それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 俺は三笠さんの乗った車が門を出ていくまで見送ると、家の中に引き返した。

 朝食後の洗い物をしながら、さっきの三笠さんの台詞の意味を考えた。

 俺の体調を気遣ってということもあるだろうけど、変な勧誘に引っかからないようにということなんだろう。

 俺はいちおう、救国の英雄ということになっている。不本意ではあるけど、そういうことになっている。

 「退役後、我が党から出馬しませんか」とか「自伝を書いてみませんか」とか「討論番組に出演してみませんか」とか、そんなオファーが来ることが目に見えている。

 もちろん、そんな誘いに乗るわけは無いが、煩わしいことに違いはない。

 まあ、引っ越して早々に、そんなのが来るとは思えないから、あまり深く考えなくても良いかもしれない。

 洗い物を済ませ、今日一日、どう過ごせば良いかと思案する。

 一人になってみて、ずいぶんと部屋が広いことに気づいた。

 掃除でもしようかと思ったけど、引っ越したばかりで大して汚れている場所はない。

 同じような理由で、洗濯物も大して溜まってはいない。

 

「うーん、やることが無いな」

 

 そう呟いて、居間のソファにゴロンと寝っ転がった。こんなだらしない恰好は、ちょっと三笠さんには見せられない。

 なんとなくテレビをつけてはみたものの、どのチャンネルも似たり寄ったりの愚にもつかないワイドショーばかりで、おもしろくもなんともない。このあたりは、日本時代と大して変わらないようだ。

 しばらくの間、見るともなしに流れる映像を眺めていると、玄関のインターホンが鳴った。

 ここには引っ越したばかりで、俺と三笠さん共通の知人で新居の住所を知っているのは義両親だけだ。

 遊びに来るという連絡は受けていなかったんだけど、心配になって様子を見に来てくれたんだろうか。

 ただの勧誘って可能性もあるけど。

 手元のホームネットワーク端末を操作して、訪問者を確認してみたところ、そのどちらでもなかった。

 玄関先に立っているのは、背広姿の見知らぬ中年男性だった。

 どうしよう。居留守を使おうかな。

 でも、近所の人が挨拶に来ただけだったら、出ないのは失礼だし。

 昨日は引っ越したばかりでバタバタしていたせいで、こっちから挨拶には伺ってないしなぁ。

 少し迷った挙句、俺は居留守を使うことにした。

 背広姿でご近所に挨拶なんて、少し違和感があったことと、そのおっさんの佇まいが、なんとなく一般人と違うような気がしたからだ。

 おっさんは、何度か呼び鈴を鳴らした後、諦めて帰っていった。その後ろ姿が、若干肩を落としているように見えて、少し申し訳ない気持ちになった。

 暫くリビングでボーっとしていると、また玄関の呼び鈴が鳴った。

 モニターから様子をうかがってみると、今度は中年の女性だった。

 割と地味目だったさっきのおっさんと違い、原色のスーツが目に痛いし、化粧も随分と濃い。

 正直、あんまり関わり合いになりたくないタイプだ。さっきのおっさん同様、このおばさんも居留守で無視することにした。

 だけど、おっさんと違って、おばさんは中々諦めてくれなかった。

 何度も何度も呼び鈴を鳴らされ、いい加減イライラしてきた。

 しかも、こんな時に限ってトイレに行きたくなってきた。

 居留守を使っている手前、迂闊に音を立てることができない俺は、肉体と精神の苦痛に苛まれながら、おばさんが立ち去るのをじっと待った。

 ようやく諦めてくれたのか、おばさんの姿がは玄関前から消えた。

 ようやく一息つくことができた俺は、すぐさまトイレへと向かった。

 

 

 

 身も心もすっきりした状態で居間に戻ってきた俺は、凍り付いた。

 リビングからは、中庭に通じているが、背の低い垣根を隔てた向こう側は公道になっている。

 その垣根の向こうから、さっきのおばはんがこっちを覗き込んでいた。してやったりみたいな気色悪い笑みを浮かべて。

 凍り付く俺を他所に、女は一瞬視界から消えたと思ったら、なんと勝手に中庭に入って来やがった。不法侵入だろおい。

 

「まあ、いらっしゃったんですね、秋月さん! てっきり、お留守だと思ったんですが!」

 

 縁側までやってきた女は、鶏のようなけたたましさで、ガラス戸越しに怒鳴った。何故か俺の旧姓で。

 居留守がバレてしまった以上、無視すると面倒なことになりそうだ。

 俺は、しぶしぶガラス戸を開けた。

 

「どちら様ですか。あと、私は東郷です」

「私は社会国民党の選挙対策委員長の……」

 

 女は、前政権で与党を担っていた社会国民党の選挙対策委員長の議員秘書だと名乗った。

 社会国民党は、俺達軍人に散々煮え湯を飲ませてくれた、リベラルを自称するお花畑政党だ。元から失策続きだったが、宇宙震と対馬事件での対応の不味さが致命傷となり、内閣総辞職と解散総選挙の末、今は野党に転げ落ちている。

  

「先程、自由臣民党の方が来ていたようですが、何かお話をしましたか?」

「いいえ」

 

 女は探るような上目づかいで俺を見上げた。どうやら、さっきのおっさんは、現与党でいちおう保守政党ということになっている自由臣民党の関係者だったらしい。

 不在と知っておとなしく帰ってくれた向こうと違い、この女は、不審者のように庭先から屋内を覗き込んで在宅確認してきやがった。この有り得ない非常識さで、元から低かった社会国民党に対する印象値は最底辺となった。

 しかし、なんだろう。引っ越したばかりの住所が割れているとか、かなり問題じゃないだろうか。

 

「実は、秋月さんに、次の参院選で、我が党の選挙区から出馬していただきたいと思いまして……」

「……東郷です」

 

 俺が予想した通り、退役した後、自分の党から出馬してみないかというオファーだった。

 こいつら、安全保障関連で散々俺達軍人の邪魔をしまくったことを忘れたんだろうか。

 対馬事件で、災害対応中の三笠さんを証人喚問で国会に呼びつけて、難癖をつけまくったのを忘れたんだろうか。

 よくも、俺のところにそんな話を持ちけられるもんだ。

 口汚く罵倒してやろうと文句が喉元まで出掛かったが、いちおう、俺はまだ軍籍にある。軍人が政治家のやることに表立ってケチをつけるのはまずい。旦那である三笠さんにも迷惑をかけてしまう。

 

「興味ありません。お引き取り下さい」

 

 極力感情を抑えて一方的に言い捨て、答えを待たずにサッシを閉めようとした。が、女は半身を割り込ませるようにして妨害してきた。予想外の強引さに驚いた俺は、思わず手を放してしまい、その隙にガラス戸を大きく開け放たれてしまった。

 

「私達はですね、先進国の中でも女性の権利が著しく制限されているこの帝國でですね、真の男女平等をですね、党是としているんです」

「そうですか。ご立派ですね」

「そこでですね、虐げられる我が国の女性のため、秋月さんにもご協力いただきたいのです!」

 

 また旧姓で呼ばれたが、訂正するのも面倒になってきた。この不毛なやり取りを打ち切るにはどうすればいいんだろうか。

 俺が沈黙しているのを都合よく解釈したのか、女はペラペラと喧しくさえずった。

 やれ公共交通機関の女性専用スペースが少ないとか、シングルマザーへの国からの支援が不十分だとか、女性というだけで会社で昇進ができなかったりとか、そんな差別がまかり通る社会を改革しなければならないだとかなんとか。

 他にも、夫婦別姓がどうとか、同性婚がどうとか色々言っていたが聞き流した。

 以前、軍令部の意向で討論番組に出たことがあったけど、その時の議題もこんな感じの内容だった事を思い出した。

 

「秋月さんには、軍隊という男中心の環境で、女だてらに司令官職を務められたその指導力を、是非とも政治の世界で生かして頂きたいと思いまして……」

「何度も言いますが、お断りします! 退役後は専業主婦になるつもりなので!」

 

 少し強めに拒絶したら、女は鼻白むように眉をひそめた。

 「女だてらに」なんて言っている時点で、自分達が女性を下に見ていることになるんだが、気付いていないんだろうか。

 

「それから、勝手に庭に入って来ましたけど、これって不法侵入じゃないんですか。ご立派な理念を掲げていらっしゃるようですが、法を犯して良い理由にはならないのでは?」

 

 詰問口調で畳みかけるように言った。こういう手合いには、粛々と理屈を語っても無駄なので、勢いで押し切ってやることにする。

 

「それに私、何度も興味ないので帰ってくださいって言いましたよね。不退去罪にもなりますよ」

 

 女はそれまでの作り笑いから一転して、憎らしそうに俺を睨みつけてきた。特優者とはいえ、未成年の小娘に正論で言い負かされて、さぞかし腹立たしい事だろう。最高に良い気分だ。

 

「家事が残っているのでお引き取り下さい。専業主婦って意外とやることが多いんですよ」

 

 今日に限って言えば、あんまりやる事はないんだけどね。食料の買い出しは昨日済ませたし、夕飯の支度と風呂の準備ぐらいか。

 

「な、何が、専業主婦よ! 男に媚を売ってるだけじゃない! 失望したわ! あなたは、私達と同じ新しい女だと思っていたのに!」

「旦那に媚を売って何がいけないんですか? いい加減にしないと通報しますよ。御党の看板に傷がつきますがよろしいのですか?」

 

 突然キレたように喚く女に内心ビビりながらも、俺は出来るだけ冷静に言い返した。

 女は物凄い眼つきで睨んでいたけど、通報するとまで言われて居座る度胸は無かったらしく、肩を怒らせながら帰っていった。

 

「はああぁ……」

 

 女の姿が完全に見えなくなった後、緊張の糸が切れた俺は、その場にへたり込んだ。まさか、わざわざ居間のほうに回ってきてまで、在宅確認してくるとは思わなかった。俺が不注意なだけだったといえばそれまでだけど。

 

「三笠さん、早く帰ってこねえかなぁ……」

 

 俺は空に見える佐世保鎮守府の軍事ステーションを見上げながらぼやいた。

 家中のカーテンを締め切って、今日一日引き籠ったほうが良いだろうか。

 

「いやいや、これじゃ駄目だ」

 

 今日一日、それで乗り切ったとしても、この先だって同じような事があるに違いない。そのたびに、居留守を使ってお茶を濁すわけにもいかない。

 三笠さんには無理をするなと言われたけど、俺は軍人の嫁だ。旦那が留守の間は、俺が家を守らなければならない。

 そう思いなおし、カーテンはそのままにしておくことにした。

 もし、同じような輩がやって来たら、きちんと対応してお引き取り願うことにしよう。

 


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