ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 俺は、東郷さんが持ってきてくれた個人端末を立ち上げ、記憶を失う前はどんな人間だったのかを調べていた。

 めぼしい情報が無いか端末内のファイルをくまなく検索してみたところ、俺自身の経歴書のようなファイルが見つかった。

 どうやら、何かの折に軍令部か宇宙艦隊司令部に提出した書類の下書きらしかった。

 名前や出身地、年齢といった項目は、俺の知っている情報と同じだった。そして、両親が宇宙で事故死していることも。

 両親がどんな人だったのかは、当然記憶には無い。記憶をなくしているのだから仕方が無いが、考えてみれば親不孝な話だ。

 俺の中では、あくまでゲーム上の設定に過ぎず、これまで気に留めたことすらなかった。

 お目当ての日記を見つけることも出来た。

 驚くことに、宇宙に出る前の両親と死別する前からの様子が綴られ、日記は、俺が対馬星系に向かう直前辺りまで続いていた。

 当時の俺は、相当筆まめな性格だったらしく、忙しくて書けなかった日があっても、数日後にまとめて記録するなんて感じで、日々の出来事を事細かに記録していた。

 相当な文量で、読了するまでかなりの時間が掛かったが、過去を知る貴重な資料ということもあり、時間を忘れて食い入るようにして目を通した。

 宇宙に出るまでの間は、親戚に面倒を見てもらっていたみたいだが、はっきり言って、折り合いは良くなかったらしい。

 そのことについて、当時の俺は、自分が特優者であるためだと客観的に分析していたことに驚いた。

 特優者ではあるが、何かしら天才的に秀でている技能があるわけでもない俺は、その代わりに、年齢に似合わず思考が達観しており、同年代の少年少女があまりにも子供染みているように思えて、友人は殆ど居なかったようだ。

 それに加え、思考がかなり大人びているためか、大人が子供を言いくるめる時に使う手法がまるで通じず、いちいち論理的に反論するせいで、可愛げの無い子供だったようだ。

 親戚もかなり扱いに手間取っていたらしく、そんな経緯もあって、僅か12歳で一人宇宙に飛び出したようだ。

 宇宙に出た後のおおまかな内容は、若干の差異はあるが、ゲームでの体験として記憶していたこととほぼ同じだった。

 宇宙に出たばかりの頃は、航海日誌のように淡々とした当たり障りのない内容で、良くも悪くも日々の記録以外の何物でも無かった。

 しかし、ある時期を境に内容や文体が急変していた。

 それは、俺が東郷さんと知り合うきっかけにもなった、『きよかわ丸』で採掘中に宙賊に襲撃された時からだ。

 どうやら当時の俺は、助けてくれた東郷さんに一目惚れしたらしく、その日以降、日記の紙面に東郷さんの名前が出てこないページが無かった。

始めの頃は、「いつかまた会って話がしたい」といったほのかな憧れ程度だったのだが、日を重ねていくごとに、「傍にいたい。それがかなわないなら、お役に立ちたい」みたいな、東郷さんへの想いを切々と語る感じになっていった。

 東郷さんの役に立つためには、軍人にならなければならないが、軍隊に入ったところで、東郷さんの部下になれるわけではないし……などと思い悩んでいるような描写が見て取れるページもあり、なんか色々とこじらせていっている感じだった。

 やがて、そんな俺の元に東郷さんから傭人のオファーが来るんだが、その日の日記の狂喜乱舞ぶりといったらなかった。

 なにせ、密かに憧れていた東郷さんから直々に声を掛けてもらったのだ。これはもう、運命に違いない! ってなかんじで、完全に舞い上がっていた。

 そして、軍属として活動するに当たり、ガンさんを始めとした陸戦隊の将士が船員として配置されることになるが、密閉空間である宇宙船の中で、自分の周りがむくつけき野郎共ばかりとなれば、警戒するのが普通なんだが、日記からはそんな素振りは微塵も感じられなかった。

 それどころか、東郷さんが危険な暗礁宙域で宙賊に襲われても撃退できるようにと、態々腕っ節の強そうな人達を割り当ててくれた。俺は東郷さんに大事にされているんだ! 期待に応えるためにも頑張らなければ! ……みたいな感じで、ヤバいくらい前向きに捉えていた。

 フンダクルスでアデルを強引にクルーにしたときのことも、もちろん記録されていた。

 自分と同じ境遇で放っておけないという理由で、ガンさんを始めとした当時の『きよかわ丸』クルーの反対を押し切って、強引にクルーにしたことが書いてあった。

 宇宙船の中ではペットが飼えないから丁度良かったなんて、本気とも冗談ともつかない一文も付け加えられていた。

 アデルについては東郷さんの次ぐらいに割いている紙面の割合が多く、始めの頃は警戒していたアデルが、徐々に心を開いていく様子が、一喜一憂と共に事細かに記録されていた。このときの文章は、なんだか飼育日誌ぽい。

 ストーカーの件(ガンさんとアデルの芝居だったが)で、なし崩し的に東郷さんと婚約するハメになった時の喜びようは、正気を疑いたくなるくらい喜悦に溢れたものだった。あまりにもアレ過ぎる内容だったので、詳しい描写は控えたい。

 ガンさんから退役を勧められた時は、大きなお世話だと憤慨しながらも、あまり料理は得意ではないので、今のうちに勉強しておこうとか、エプロンと割烹着はどちらが東郷さんの好みだろうとか、主婦になったら毎日三つ指突いてお出迎えしようとか、かなりぶっ飛んだ事が書かれていたりもした。

 万事がこんな感じで、日記という名の、東郷さんに対する想いを綴った、現実と妄想入り混じった文章のオンパレードに、読了するまで何度も心が折れそうになった。

 

「……俺、心底東郷さんが好きだったんだな」

 

 天井を仰ぎつつ、溜息混じりにぽつりと呟いた。

 清々しいほどのチョロインぶりだが、今の俺にはその気持ちがよく分かる。

 何しろ、今の俺がまさにそうだからだ。

 見舞いに来てくれる東郷さんの見せるちょっとした気配りや何気ない仕草のひとつひとつに、どうしようもなく気持ちが高揚してしまうのだ。

 おかげで最近は、あの人に何を話しかけられても上の空で、どんな会話をしたのかもあまり覚えていなかった。

 一人悶々としていると、病室のドアをノックする音が響いた。

 そういえば、今日は東郷さんが面会に来てくれる日だった。

 ちょうど東郷さんの事を考えていたところだったこともあり、俺はいつに無く動揺していた。

 

「ど、ど、どうぞ!」

 

 俺は、上ずった声で東郷さんを招きいれた。

 

 

 

「……軍医と話したんだがな。このままの経過なら、一ヶ月もしないうちに退院できるそうだ」

「そ、そっか。そりゃ良かった」

 

 俺の態度に不審を覚えたのか、東郷さんは首を傾げた。

 

「……あまり嬉しそうじゃないな?」

「そ、そんなこと、無い、よ……」

 

 東郷さんの視線から逃れるように、自分の手元に視線を下ろした。無意味に手を組み替えたりしてみる。

 まさか、馬鹿正直に本当のことを言えるわけも無く、かといって上手く誤魔化すこともできず、かなり挙動不審になっていた。

 

「もしかして、具合でも悪いのか」

「そ、そういうわけじゃないけど……。た、退院できるって聞いたせいで、気持ちが昂ぶってるのかも!」

 

 言い訳にしてもあんまりだ。自分で言っておいてなんだけど無理矢理すぎる。

 

「……そうか」

 

 東郷さんは少し考え込むような素振りを見せたが、それ以上は何も言わなかった。

 

「少し早いが、今日は帰ることにするよ。安静にしてるんだぞ」

「う、うん。また来てね」

 

 病室のドアが閉まり、東郷さんの足音が遠のいていく。

 結局、まともな見送りも出来なかった。

 もし、これが原因で嫌われてしまったらどうしよう。

 そんな不安が頭を擡げ、俺の背筋を今まで感じたことの無い恐怖が駆け上っていった。

 

「い、い、いやだ。そんなの、いやだ……!」

 

 ぎゅっとシーツを握り締めた両拳の上に、ぼろぼろと雫が零れ落ちる。

 そこで始めて、自分が恐怖で泣いている事に気づいた。

 堪えきれず嗚咽が漏れそうになり、枕に突っ伏して声を押し殺した。

 

 

 

 八紘帝國宇宙軍では、正面戦力として機動艦隊群と呼ばれる四個の常設艦隊と二個の即応予備役艦隊、そして辺境星域の防備を担当する地方艦隊が編成されている。

 そのひとつ、佐世保鎮守府を根拠地とする第二機動艦隊群は、国境宙域最前線の防人として勇名を馳せる帝國軍最精鋭の艦隊である。

 その長である第二機動艦隊群司令長官を務める東郷三笠宙将は、若干二十代でその地位にまで登りつめた帝國宇宙軍始まって以来の俊英だ。

 その東郷は今、誰にも打ち明けることの出来ない悩みを抱え、鎮守府の高級士官食堂に一人佇んでいた。

 給仕の運んできたコーヒーには全く口をつけず、深刻な顔つきで微動だにせず、カップの中に映る自分の顔を睨みつけている。

 時刻は既に正午を過ぎており、食堂内の人影はまばらだったが、東郷の異様な雰囲気に、給仕の下士官や士官大学校生を始め、たまたまその場に居合わせた士官達は戸惑いを隠せなかった。

 休憩がてらに食堂に立ち寄った岩野八太郎一等宙佐は、そのただならぬ雰囲気に苦笑し、東郷の席に足を運んだ。

 

「おや、閣下。どうしたんです?」

 

 わざとらしく偶然を装い、岩野は東郷に声を掛けた。

 

「岩野一佐か。何か」

 

 視線だけで岩野を一瞥した東郷は、愛想の欠片もなく言った。

 全身から発せられる近寄るなと言いたげな空気を無視し、岩野は東郷の対面の席に、どっかりとその巨体を下ろした。

 

「摩耶さんと何かあったんですかい?」

「…………何のことだ」

 

無表情を装う東郷だったが、ほんの僅かな表情の変化を、岩野は見逃さなかった。

 東郷の妻である摩耶は、対馬宙域事件での戦闘で意識不明の重体に陥り、実に二年間の間、意識を失ったままだった。

 つい一月程前、奇跡的に意識を回復したのだが、記憶の大半を失ってしまっていた。

 東郷と夫婦であったことや、主だった部下達の事は覚えていたため、孤独感に苛まれることはなかったのが、せめてもの救いだった。

 記憶は相変わらず失われたままだったが、精力的なリハビリのお陰で身体機能もほぼ健常者と同程度に回復し、間もなく退院できるところまで漕ぎ付けていたところだ。

 

「これでも、既婚者としては閣下より先達ですからな。どれ、ひとつ小官が相談に乗って差し上げましょう」

 

 その恩着せがましい言い方に、東郷は不愉快そうに年長の部下を睨みつけた。

 岩野は涼しい顔で、給仕に着いた士官大学生にブラックコーヒーを注文している。

 

「それで、閣下。摩耶さんがどうなさったんですかい?」

「様子がおかしい。ここ最近、妙によそよそしくなったんだ」

 

 観念した東郷は、溜息混じりに言った。

 

「ふうむ……」

 

 顎鬚を扱きながら、岩野は最近の摩耶の様子を思い返してみた。

 何度か見舞いに彼女の元を訪れてはいるが、特段変わった様子は見られなかった。少なくとも、表面上は。

 

「閣下が何か、摩耶さんの機嫌を損ねるようなことを仕出かしたんじゃないんですかい」

「それが思い当たらんから、困っているんだ」

「まあ、そうでしょうね」

 

 憮然として吐き捨てる東郷に、岩野は苦笑しつつ肩を竦めた。

 

「アデルに頼んでみましょう。あいつになら、摩耶さんも何か話してくれるかもしれません」

「白石……いや、田中夫人にか?」

 

 在軍していた頃の癖で、東郷は思わず旧姓と階級で呼びそうになっていた。

 アデルこと、田中アーデルハイトは、軍に入隊する以前は摩耶の傭人として、入隊以後は副官を務めていた強化人間の女性だ。摩耶に心酔しており、摩耶自身も岩野と並んで彼女を信頼していた。

 アデルになら、摩耶も事情を打ち明けてくれるのではないかと岩野は考えたようだ。

 

「こういうときは、男が雁首揃えてあれこれ無い知恵を回しても時間の無駄でしかない。同じ女性に骨を折ってもらうのが、一番確実ですぜ」

 

 東郷と摩耶の間には、他人では決して分かり得ない共通した記憶がある。

 その記憶の中で東郷は、二十代の女性だった。

 少ないながらも、女性として男性との恋愛経験もあった。

 女性の気持ちや考え方は、ある程度理解しているつもりだったからだ。

 それに、今の摩耶はどちらかと言えば、男性だった頃の意識が強いはずで、額面どおりに女性と同等に扱うのには抵抗がある。

 いくら摩耶の股肱の部下だったとはいえ、そのあたりの事情を知らないアデルに任せなければならないのは、納得が行かなかった。

 

「閣下には閣下の思いがあることでしょう。ですが、身近にいるからこそ気付き難い事というのもあります」

「身近、ね……」

 

 果たして、摩耶と自分は身近な関係なのだろうか。

 少なくとも、これまでは軍務の関係でまともな夫婦生活を営めていたとは言い難い。

 片や一軍の長である艦隊司令長官、片や前線に赴く戦隊司令では仕方が無いことではあるが。

 

「……不本意だが、致し方ない。貴官に任せよう。他に良い考えが思いつかんしな」

 

 彼女の事は、自分が一番よく分かっているという自負があった。

 

「任されましょう。アデルには小官のほうから伝えておきやしょう」

 

 気取った仕草で、岩野は敬礼して見せた。

 茶目っ気を出したつもりだったのだろうが、恐ろしいほど似合っていなかった。

 

「実際のところ、閣下の杞憂に過ぎないと思うんですがね。そう深刻な話では無いんですよ、きっと」

 

 気楽そうに言うと岩野は、給仕の士官大学生が持って来たホットコーヒーを一息に飲み干した。

 釈然としないまま、東郷は完全に冷め切ってしまった自分のコーヒーに口をつけた。

 今の自分の心境を表しているかのように、酷く渋く感じられた。


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