ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 東郷さんが帰った後も、暫くの間、俺の動悸は中々収まらなくて大変だった。

 必死こいて何度も深呼吸を繰り返して、なんとか気を落ち着けることが出来た。

 その日、唯一と言っても良い繋がりを持っていた東郷さんと話をして分かったことは、ゲームだとばかり思っていたこちらの世界こそが現実だったという驚愕の事実。

 つまり、俺は元々女だったということになるわけで、東郷さんにそういう感情を抱くのは、別におかしいことじゃない。何も不自然なことでは無かったというわけだ。この際、そう割り切ることにした。

しかし、こちらの世界で暮らしていた過去の記憶は、ゲームとして体験していた記憶以外持ち合わせていない。

 その一方で、前世の記憶……らしい、日本で極々一般的な成人男性として暮らしていた記憶のほうは、はっきりと残っている。

 状況から考えると、失ってしまった本来の記憶の代わりに思い出したということになるんだろうか。何にせよ、自分がどこの何者なのか全く分からないというのは、気分のいいもんじゃない。

 もし、俺に日記でもつける習慣でもあったなら、そこからどんな奴だったのか、ある程度想像できるんだけどな。

 今度東郷さんが来たとき、鎮守府の俺の自室にそんなものが無いか探してもらおうかな。でも、忙しい東郷さんに、そんなわりとどうでも良さそうな事をお願いするのも気が引けてしまう。

 何はともあれその日以降、東郷さんは、多忙だろうに、時間を見つけてはこまめに俺に会いに来てくれた。

 態々俺のリハビリに付き合ってくれたこともあった。

 お陰で、ゲームの中でそうだったように、ある程度昔のような減らず口を叩きあうぐらいにはなった。それでも、まだ少しぎこちない感じではあるけど、そこはまあ、仕方が無い。

 しかし、初めて面会したときに色々あって熱を出してしまったこともあり、主治医からは面会は一日一回、時間は三十分と限定されてしまったのがつらいところだった。

 東郷さんを交え、主治医と相談の上、東郷さん以外の俺と親しい人達との面会のスケジュールが組まれた。

 その結果、身内ということもあって、最初に面会することになったのは、東郷さんのご両親――つまり、俺にとっての舅姑ということになった。アデルやガンさんに比べれば、時間の都合がつきやすいということもあった。

 

「なんか、緊張する」

「何も心配はいらない。お前は両親に気に入られていただろう」

 

 不安がる俺を、東郷さんはそう言って笑った。

 俺の記憶では、東郷さんのご両親とは一度しか会ったことがない。

 その時の感触は悪くなかったけど、俺は二人が軍を辞めろという要望を聞かずに軍人を続け、その挙句戦闘で負傷し、二年間も人事不省に陥っていたのだ。はっきり言って、合わせる顔が無い。

 

「とにかく、何も難しく考える必要は無い。お前の元気な姿を見れば喜ぶさ」

「はは……元気な姿、とは言いがたいんだけどなぁ……」

 

 俺は疲れた笑い声を上げた。

 そんな会話をしていたのは、東郷さんにリハビリに付き合ってもらい、病院の中庭に出ていた時の事だ。

 さすがに、二年間も寝たきりだったツケは大きく、起きている時間の殆どをリハビリに費やしていた。

 その日も、自分の病室から手摺に縋りつきながら、東郷さんが見守る中で、健常者なら3分も掛からないような短距離を、必死こいて歩き、中庭のベンチに並んで腰を降ろして一休みしていた。

 

「喉乾かないか?」

「うん、少し」

「わかった。待ってろ」

 

 東郷さんは頷いて席を立つと、少し離れた自動販売機のほうへ向かって行った。

 この病院の中庭はちょっとした植物園のようになっており、その景観を維持するためなのか、自販機コーナーのような施設は、建物の中に設置されている。

 東郷さんの背中を見送った後、俺はぐだーっとベンチに寄りかかったまま、日光浴を楽しんでいた。

 暫くの間そうしていると、足早に近づいてくる足音が聞こえてきた。東郷さんじゃない。足音の主は、三人の中年女性だった。険しい表情で俺のほうに駆け寄ってくると、取り囲むようにして俺の前に立った。

 

「あなたが、東郷摩耶さんね」

 

 正面に立った一人が、まるで詰問するような口調で言った。

 

 状況が飲み込めず呆気に取られていた俺は、勢いに押されるようにして頷いた。

 女性はどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべ、左右のほかの二人は、俺の前に遺影のような白黒写真を突きつけてきた。

 どちらも軍服を着た若い男の写真だった。

 

「この二人に見覚えはありますか!?」

 

 正面に立つ女が耳障りな金切り声を上げた。

 俺は気圧されるように、二人の女が示す写真を交互に見つめた。

 どちらも、俺の記憶にはない顔だった。

 

「どっちなんですか!? 覚えてるんですか!?」

「い、いや……」

 

 頭に響く怒鳴り声に、耳を塞ぎたくなりながら答えた。

 俺の返事を聞いた正面の女は、信じられないとでも言いたげな表情で目と口を大きく見開いた。

 

「この二人は! あなたの! 部下だった方々です! あなたが殺した人達なんですよ!」

 

 俺の、部下……?

 その一言に、俺は殴られたような衝撃を受けた。

 

「あなたが! 無謀な攻撃を仕掛けなければ! この二人は若い命を暗い宇宙に散らすことは無かったんです! いいえ! 彼らだけではありません! 大勢の人が! あなたのせいで! 命を落としているんですよ! それを覚えてもいないなんて!」

「息子を返して! 返してよぉ!」

「なんで、アンタだけのうのうと生きてるのよ! 謝罪して! 賠償してよ!」

 

 糾弾する中央の女に合わせて、両脇の女二人が一斉に泣き叫びだした。俺は、そんな三人の女達の狂態を呆然と見つめることしか出来ないでいた。

 突然現れた彼女らの発狂振りに恐れをなしたというのもある。だけど、それ以上に俺の耳に突き刺さったのは、「あなたが殺した」という一言だった。

 俺は目を覚ましてから、意図的に考えないようにしていた。俺がこうなるきっかけとなったあの対馬事件で、俺の艦の乗員に少なからず犠牲者が出ているということを。

 俺がゲーム中の戦闘だと思って出した命令で、命を落とした人間が何人もいるということを。

 東郷さんは俺を、対馬失陥を阻止した英雄だと言った。

 俺が本当の軍人だったのなら、自分や仲間の死を覚悟した上でのことなら、そういう評価も妥当なんだろう。

 だけど俺には、実際にはどうだったのかは分からないが、大前提として、「所詮ゲームなんだし」という感覚があった。周囲にイキった態度を取っていたのも、自分のキャラでロールプレイしていたような感覚だっただけだ。

 そして、そんな俺の出した命令で、生身の人間が死んだ。その事実を、改めて突きつけられた形になった。

 耐え切れなくなった俺は、無様に逃げ出そうとしてベンチから転げ落ちた。今の不自由な身体では、まともに歩く事も出来ず、地面にへたり込むように尻餅をついてしまうだけだった。

 

「逃がさないわよ!」

 

 女の一人が俺の髪を鷲掴みにした。引き攣るような痛みに顔を顰める。

 

「そこで何をしている!?」

 

 鋭い誰何の声に女達が一斉に背後を振り返った。

女に髪を引っ張られたまま、東郷さんと目が合う。安堵のあまり、涙が出そうになった。

 東郷さんが、俺の髪を掴んでいる女のほうに怒気を含んだ視線を向けると、女はひっと呻いて手を離した。

 

「あ、あなた! 軍人ね! 市民に対して、そんな威圧的な言動が許されると思っているんですか!?」

 

 東郷さんの剣幕に気圧されながらも、一番騒いでいた中央の女が、東郷さんの目前に指を突きつけた。

 東郷さんは、郵便受けから新聞でも取るかのような何気ない手付きで女の腕を掴むとすぐさま背中に捻り上げた。

 

「いっ! いだだだだだだ! いだい! いだいいいっ!!」

 

 女は耳をつんざくような絶叫を上げ、振り解こうともがくが、がっちりとホールドされている東郷さんの腕は微動だにしない。

 他の女二人はどうすればよいのか分からないのか、呆然とその様子を見守っている。

 「人権侵害だ」「官憲の横暴だ」とぎゃあぎゃあと喚く女を無視して、東郷さんはもう片方の手で携帯を取り出した。

 

「東郷だ。患者に暴行を働く不審者を捕らえた。直ちに対処しろ」

 

 通報されたとなるや、連中の顔色が一斉に青ざめた。

 

「な、何よ! 私達は、この人殺しに謝罪と賠償を要求しただけよ! それの何がいけないのよ!」

「戦死した将士の遺族というわけか」

「そ、そうよ! 対馬で殺された私の息子を返してよ!」

 

 勢いを取り戻したように口々に喚きだす女達をゴミを見るような目で見やり、東郷さんは口を開いた。

 

「では、その将士の官姓名を聞こう。軍のデータベースに照合すれば、すぐに身元の確認が取れる」

 

 東郷さんが至極最もな事を言ったとたん、強気だった連中の態度が明らかにおかしくなった。

 

「そ、そんなことはどうでも良いのよ! 誠意を見せる気があるのかと聞いているのよ!」

 

 キョドキョドと視線を彷徨わせながら、俺の髪を引っ張っていた女が言い訳じみたことを叫んだ。

 必死に論点をずらそうとしているが、東郷さんには通用しなかった。

 

「証明出来ないようであれば、暴行に加えて詐欺も追加になる。だが、そんなことよりも……」

 

 いったん言葉を切った東郷さんは凄みのある声で言った。

 

「この軍病院は民間人の立ち入りは制限されている。当然、許可証はあるのだろうな?」

 

 軍病院にもいくつかの種類があるが、俺が今入院している病院は、佐官以上の階級の高級士官だけが入院する病院だ。そのため、保安措置も通常の軍病院以上の対策が取られていて、患者への面会はかなり面倒な手続きが必要になり、病院の敷地内にいる間は、受付で貸与される許可証のストラップを常に見える位置に提示していなければならない。

 今更ながら気付いたが、俺に詰め寄っていた連中は、そんなものはどこにも携帯していなかった。

 

「不法侵入も追加だな。ようやく来たか」

 

 東郷さんが視線を巡らせたほうに目を向けると、「警務」の腕章をつけた数人の憲兵隊員が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「あとは、あの優しいお兄さん方に存分にもてなしてもらえ」

 

 言い捨てるや、放り投げるようにして掴んでいる女を憲兵のほうへ押しやった。

 女達はまだ何か喚いていたが、憲兵達は時代劇の下手人を引っ立てる与力のように、彼女らを引き摺って行った。

 

「摩耶。大丈夫か?」

 

 女達が連行されていった後、東郷さんは呆然とへたり込む俺の顔を心配そうに覗き込んだ。

 

「う、うん。大丈夫。ありがと」

 

 髪を引っ張られたときの引き攣るような痛みが若干残っていたが、心配を掛けたくなかったので黙っていることにした。

 

「あの連中、どうやって入って来やがったんだ。警備体制を見直す必要がありそうだな」

 

 忌々しそうに呟いた後、東郷さんは俺の身体に手を回した。

 

「え、あ、ちょっと……!!」

 

 東郷さんは猫でも持ち上げるように軽々と、俺を抱き上げた。端から見れば、どう見てもお姫様抱っこである。

 あわあわする俺を余所に、東郷さんは俺の病室のほうにさっさと歩き始めてしまう。幸いなことに、病室に戻るまでの間、誰とも遭遇することはなかった。

 

「すまない、摩耶。目を離すべきでは無かった」

「……いや。大丈夫だよ」

「連中に何を言われたかは大体想像できるが、気にするな」

「うん……」

 

 これは後になって知ったことだが、俺を人殺し呼ばわりした三人組は、マスコミと遺族を装った騙りだった。

 首謀者の女の親戚がこの軍病院の事務員の軍属だったらしく、事務員を通して俺の事を知ったその女が、茶飲み友達の二人を遺族に仕立て上げ、俺から謝罪と賠償の言葉でも引き出して集るつもりだったらしい。

 憲兵隊によると、証拠品として押収した女の所持品の中には小型のビデオカメラがあり、その様子を撮影した動画ファイルもあった。供述によると、何とか謝罪や賠償の言葉を引き出し、それをそれをネタに強請ろうと考えていたそうだ。

 どこまで本気だったかは分からないが、軍施設への無断立入、恐喝・暴行の現行犯で、それなりに実刑を食らうことになるらしい。もちろん、うっかり第三者に患者の個人情報を漏らした事務員も、懲戒解雇となった。

 しかしその時は、連中の素性はは関係無しに、「人殺し」という言葉が胸に突き刺さっていた。

あの時、もっと上手くやっていれば、被害を少なくすることが出来たんじゃないか。

 変な欲を出さずに、東郷さんが到着するまで、監視に留めておけば、もしかしたら。

 

「東郷さん。俺……」

「違うぞ、摩耶」

 

 力の篭った口調で、東郷さんは俺の言葉を遮った。

 

「あの時お前が行動を起こしていなければ、対馬は間違いなく陥落していた。そして、当時の政権では、奪還を命令するような度胸はなかっただろう。そして、占領しているのは宙賊同然のリャンバン軍。対馬の民間人にどれほどの被害が出たかは想像に難くない。お前はそれを阻止したんだ」

 

 分かっている。だけど、それはきっと、軍人の考え方だ。

 そのために犠牲になった将士の遺族にとって、必ずしも納得できるものじゃない。

 そういう遺族が少なからず存在するからこそ、さっきみたいな連中がいるんだろう。

 今回の事で、俺には、自分や仲間が戦闘で命を落とすかもしれないという覚悟や、その結果に対する責任を背負うなんてことはとてもできないという事を痛感した。

 

「東郷さん。俺、退役するよ」

 

 東郷さんは、このまま俺が軍人を続けても、前線に出ることは無いと言っていた。

 もし俺が望めば、適当な役職に就いて、宙将補の給料を貰うことだって出来るのだろう。

 だけどそんなのは、官僚の天下りと大して変わらない。

 

「本当に、それで良いのか?」

「うん。よくよく考えての事だよ」

 

 たとえ今回の事がなかったとしても、退役するつもりでいた。むしろ、お陰で踏ん切りがついた形になった。

 

「……分かった。色々と手続きがあるから、退院後すぐにというわけには行かんがな」

 

 心なしか、東郷さんは安堵しているように見えた。

 もしかしたら、俺の退役を誰よりも望んでいたのかもしれない。

 

「後の事は何も心配要らない。お前とあと一人養えるぐらいの蓄えはある」

「うん。ありがと……」

 

 何の気なしに頷いてから、東郷さんの「俺とあと一人」という言葉の意味に気付く。

 

「おい、どうした。また熱が出てきたか? 顔が赤いぞ」

 

 まったく、この人は。意外と天然なのか、俺の反応を楽しむためにわざとやってるのか。

 俺は頬を熱くしたまま、俯くことしかできなかった。

 


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