ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 口を間抜けに半開きにして室内灯の明かりをぼけっと眺めていると、ノックの音と、それに続いて扉の開く音が聞こえてきた。病室に入ってきたのは看護婦を伴った女医だった。

 

「気分はどうですか?」

「……悪くはないです」

 

 目が覚めた直後は、声帯の機能が弱まっていたためまともに声が出せなかった。それどころか、長い間寝たきりだったせいもあって、身体を起こしているだけでもかなり苦痛だった。

 リハビリの結果、何とか起き上がって普通にしゃべるぐらいの事は出来るようになった。それでも、たまに咳き込みそうになるし、未だに介助無しでは歩くことも出来ない。

 しかし、とりあえずの危機は脱したということで、集中治療室(ICU)から士官用個室へと移っていた。

 

「それはよかったです。まだ実感が沸かないかもしれませんが、気をしっかり持ってくださいね」

 

 子供に優しく言い聞かせるように話す女医の傍らで、付き従っていた看護婦が慣れた手つきで点滴の交換や検温をはじめていた。

 階級章の類は見当たらないが、軍病院の医師なわけだし、この女医も軍医なのだろう。

 帝國軍の軍病院では、医師は患者の階級に関わらず、公平に接することになっている。患者が階級を嵩に来て無理強いすることを避けるためだ。そのため、医師も看護婦や看護師も、階級を表すものは一切身に着けていない。

 そのため、たぶん一等宙佐の俺よりも低い階級だと思うが、この女医も俺に対する態度は一患者のそれと何も変わらない。

 

「ご家族も意識が戻ったことで安心していましたよ」

「はぁ……」

 

 曖昧な笑みとともに、そんな生返事を返すことしか出来なかった。

 女医の笑顔から顔を逸らすようにして横を向く。

 部屋のガラス窓には、多少やつれてはいるが、良く見慣れた顔が映っていた。

 生気の無い目で俺を見つめ返してくるその顔は、俺があのゲームで丹精こめて作り上げた美幼女のものだった。

 ……まったく、何がなんだか分からない。

 HMDを付けたまま寝落ちしてしまい、実はゲームをプレイしている最中なのではないかと何度も考えたが、そんな儚い希望はすぐに否定された。

 HMDで実現できる仮想現実はあくまで視覚と聴覚だけだったし、視覚に関しても注意深く見ればそれがコンピュータグラフィックスであることは容易に判別できた。

 

「はぁ……」

 

 俺は自分の掌に目を落とし、再度溜息を吐いた。

 白魚のような……というのは少し言いすぎだが、きめの細かいシミ一つ無い幼女の掌がある。

 目を覚ました直後、医師から状況を説明された俺は、パニックになって、かなり、みっともなく取り乱してしまった。

 そりゃそうだ。何せ、自分がゲームで操作していたキャラの姿になっていたんだ。平然としていられるほうが無理だろう。

 

「違う! これは俺じゃない! これは夢なんだ!!」

 

 はっきりと覚えてはいないが、たしか、そんなことを口走って軽く暴れたような気がする。

 そのせいで、意識は回復したものの、精神状態が安定するまでの間、面会謝絶ということになっていた。

 俺は、医師から現状を説明された時のことを思い返してみた。

 目を覚ました時、俺のキャラ、摩耶が『インペリアルセンチュリー』で生死不明となった時から、既に二年が経過していた。

 奇跡的に救助され一命は取り留めたものの、昏睡状態のまま意識が戻らず、ずっと軍病院の集中治療室(ICU)の医療ポッドの中に居たらしい。

 

「ねえ、先生。俺の家族って、誰?」

 

 俺が摩耶だとしたら、ここがあのゲームと同じ世界であるのなら、俺に家族なんて居ないはずだ。

 設定では、両親共に事故で死んだ事になっているんだから。

 女医は、ちょっと驚いたような顔をしたけど、すぐに笑顔になった。

 

「それはもちろん、旦那さんのことですよ」

「旦那……」

 

 そう言われて思い当たる人は一人しかいない。

 気遣ってのことだなんだろうが、看護婦さんは無言になった俺に、色々と話しかけてくれた。

 看護婦さん曰く、旦那だけではなく、舅姑やアデルやガンさんといった当時の部下だった連中も、頻繁に見舞いに来てくれていたと言っていた。

 ガンさんとアデルが無事だったことに安堵した俺は、思わず声を上げて泣いてしまったっけ。

 

「皆さんの事は、覚えていますか?」

「……覚えてる」

 

 医師の診断の結果、俺は記憶喪失らしい。

 その理由というのが、宇宙船の船長や軍に入ったあとのことは覚えているにもかかわらず、自分の幼い頃の事や、両親の名前など、そこに至るまでの記憶が一切無いため、ということらしい。

 そんな診断結果が下されているため、回診に来る医師や看護婦は、記憶を取り戻すきっかけになればと、俺が知っているであろう出来事や人名を頻繁に挙げてくるが多かった。

 俺は医師の問いかけに生返事をしながら、そんな事をしても無駄なのにと内心でひとりごちた。

 

「そろそろ、旦那さんに会ってみますか。何か思い出せるかもしれませんよ」

 

 俺が上の空でいることを気遣ってか、看護婦さんは優しく微笑みかけてきた。

 会ってみたい、会って色々話してみたいと思う気持ちと、それを酷く恐れている気持ちが綯い交ぜになっていた。

 東郷さんは、俺の知っている東郷さんなのか、あるいはそうでないのか。

 そうだったとしてもそうでなかったとしても、いったい何を話せばいいのか。どう接すればいいのか。

そもそも、俺自身会ってどうしたいのか。

 散々迷ったが、俺は女医の提案を受け入れることにした。

 いずれにしろ、このままでは何も解決しない。

 ずっと入院しているわけにも行かないし、今後の身の振り方を考える必要もある。

 そのためには、俺のことを知っているであろう人々から、情報を集めなくちゃならない。

 

「分かりました。旦那さんも安心されると思いますよ」

「そうですね」

 

 俺は女医にぎこちなく微笑み返した。

 朝の回診が終わった後、俺は傍らの収納ケースから端末を取り出した。

 端末の形状は、『インペリアルセンチュリー』の中で官民問わず一般的に普及していた機種とほぼ同じものだった。見た目や使用感は、俺の知っているノートPCそのものだ。

 意識を取り戻し、ある程度動けるようになってからは、診察やリハビリ以外の暇な時間に、今おかれている状況を可能な限り調べていた。

 始めに調べたのは、俺が一時戦闘中行方不明(MIA)になった二年前の事件についてだ。

 当時の事件は、『対馬事件』と呼ばれ、帝國とリャンバンの関係が決定的なものになった契機となった事件と記録されていた。

 帝國とリャンバン双方で主張が真っ向から異なるが、国際司法裁判所の判決文、様々な角度から当時の状況を分析した結果、当然の事だが、大規模災害につけ込んで帝國領に侵攻したリャンバンの一部隊が、同じく帝國の一部隊に撃退されたという認識で一致していた。

 リャンバン側は、大規模災害に困窮している帝國に救援の手を差し伸べたが、恩知らずで卑劣な帝國軍の奇襲を受け、艦隊が壊滅したと主張し、未だに謝罪と賠償を求めている。

 かの国の大統領がお得意の告げ口外交で、他国を訪問したときに喧伝して回っているようだが、どこの国からも相手にされていないようだ。

 第三国にとっては、真相がどうであれ、自国にとって有益でなければ関係の無い話なのだから、それも当然だ。

 何より俺が安堵したのは、対馬事件に対する政府の対応の不味さに批判が集中し、内閣総辞職が行われたことだ。

 それによって解散総選挙が行われ、下野していた保守政党が政権を奪還し、それまで与党を担っていたお花畑政党は大幅に議席を減らし野党に転落していた。

 だが、俺が暮らしていた時の日本同様、野党(全てがそうだというわけではないが)があまりにも無能すぎるせいで、与党一強状態となっており、暴走したときに歯止めが利かなくなるという別の懸念もあった。

 まあ、俺が気にしてもしょうがないんだけど。

 ちなみに、俺が意識を失った直後の経緯もある程度知る事が出来た。

 当時の俺の乗艦であり、戦隊旗艦であった『あまつかぜ』は、機関部の致命箇所(バイタルパート)に直撃を受けて艦後部を喪失し、戦闘はおろか航行能力すら失い漂流状態にあった。アデル達生存者が脱出した直後、艦の全長よりも大きい小惑星の直撃を受け、艦は爆散。この時点で、俺の生存は絶望視されていた。

 ガンさんの率いる別働隊は、一隻が被弾により中破したが死者は無く、全艦無事に回廊からの脱出を果たしていた。

 敵艦隊は回廊に閉塞された後に発生した余震で、残存していた九隻のうち七隻を回廊内で喪失、残る戦艦二隻が対馬方面へ脱出を果たしたが、先に離脱したガンさんの別働隊から攻撃を受けて撃沈。全艦を喪失した。

 二隻は白旗を揚げ、降伏する旨を伝達していたようだが、当然、受け入れるはずが無く、ガンさんは問答無用で撃沈している。

 この行動について、リャンバンや国内外の有識者とやらから、非人道的だなんだと非難を浴びたようだが、国際法上なんの問題も無い行為であり、ガンさんが何らかの罪に問われることはなかった。

 降伏を受け入れるかどうかは先方次第であるし、そもそも、そちらから手を出してきて旗色が悪くなった途端に降伏などという虫のいい話なんぞ、到底受け入れられるはずがない。

 その後は、おっとり刀で到着した東郷さんの救援艦隊が、対馬星系への救援と平行して行方不明者の捜索救難にあたった。

 俺が収まったポッドは艦の爆沈に巻き込まれず、ほぼ無傷の状態で宇宙空間に放り出されていた。失血死直前の状態で救助されたらしいのだが、奇跡的に運がよかったとしか言い様がない。

 宙軍省の記録を確認する限りでは、両軍の損害は、帝國側が劈頭で撃沈された護衛駆逐艦六隻と俺の艦の一隻を合わせた計七隻。戦死者数は百八十余名。リャンバン側が、戦艦六隻と重巡航艦四隻の計十隻。戦死者数七百五十名以上となっていた。リャンバン側は、全艦艇を喪失していることもあって、生存者は僅か六名だけだった。

 リャンバン側の生存者が少ない理由は、東郷さんの艦隊が帝國軍の生存者の救出を最優先としたからなのだが、そのことについて、的外れな非難に晒されたらしいが、ガンさん同様、罪に問われるようなことはなかった。

 友軍の救助を最優先とするのは当然の事であるし、敵兵の救助はあくまで余裕があるときのついででしかないので、何の問題も無い。

 リャンバンは捕虜となった敵兵六名を直ちに送還し、謝罪と賠償を要求してきた。

 捕虜の返還はともかく、それ以外のふざけた要求を呑めるわけが無いが、当時与党だったお花畑政権は、当時の官房長官の談話で「我が国の対応にも問題があったのだろう。前向きに検討しなければならない」などと口走ってしまったのだ。

 談話と言っても、何の効力も無い個人的な感想でしかないが、もちろん、当のリャンバンはそうは考え無い。帝國が過ちを認めたと勝手に解釈し、国際司法裁判の判決で一度は下火になった謝罪賠償攻撃に、再び火が点いてしまったのだ。

 この一連の失態に元より風前の灯だった内閣支持率は更に急落し、当時の総理大臣は半ばやけくそ気味に解散総選挙を行い、保守政党が与党に返り咲くことになり、現在に至るらしい。

 細かいところを無視してざっと確認した限りだと、だいたいこんな感じだった。

 

「ふう……」

 

 俺は息を吐くと、鼻の付け根の辺りを揉み解した。目が疲れてきた。

 病み上がりのせいなのか、自分の身体の変化に精神がついていかないからなのか、ちょっとしたことで電池が切れたみたいに疲れが押し寄せてくる。

 俺は端末を終了させると、ベッドに横になった目を閉じた。

 

 それから数日後。

 その日俺は、朝から緊張しまくっていた。

 東郷さんが会いに来てくれることになっているからだ。

 病室の時計に目をやると、時刻は朝の九時五十分頃だった。

 事前に聞かされていた予定では、朝十時頃に到着するといわれていた。

 さっきから心臓の鼓動が収まらない。掌に変な汗をかきまくり、必死にパジャマの裾で拭っていた。

 なぜ、これほどまでに緊張しているのか自分でもよく分からない。

 俺は、刑の執行を待つ死刑囚のような心境で、室内のアナログ時計をじっと凝視していた。

 時計の針が十時五十五分を指したその時、室内にやけに大きくノックの音が響いた。

 


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