ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 膠着状態を維持して、敵艦隊を拘束すると続けようとしたところで、宇宙空間が激しく動揺を始めた。

 

「よ、余震のようです!」

 

 悲鳴のような観測員の声に、俺は大きく舌打ちした。よりにもよって、最悪のタイミングだ。震源が近いからなのか、揺れ幅が前回よりも大きいような気がする。余震の可能性を失念していたのは、明らかに俺の失策だ。今更言っても仕方ないが、見通しが甘かった。

 

「別働隊へ通達! 直ちに回廊から離脱せよ!」

 

 ガンさんの率いる別働隊は、回廊の対馬方面出口付近に展開している。俺の艦に比べれば脱出は容易のはずだ。

 問題なのは俺のほうだ。俺の位置は、敵重巡部隊と戦艦部隊の間だ。対馬方面に離脱するためには、敵の真っ只中を突っ切る必要がある。

 

「空間の動揺により、付近の小惑星が浮動状態にあり危険です!」

「ああ、そりゃ不味いな」

 

 浮動状態にあるということは、どんな動きをするか全く予測が出来ないという意味になる。付近の小惑星の配置をスキャンしたところ、そのうちのいくつかが衝突コースに乗っていた。更に厄介なことに、浮動状態にある小惑星同士が衝突しあい、更に細かい無数の岩石群になって、数を増やしながらこちらに飛来してくる。

 迫り来る小惑星群に押し出されるようにして、せっかく身を隠した場所から飛び出さなければならない羽目に陥ってしまった。

 

「下げ舵90。前進全速!」

 

 その結果、やっとの苦労で突っ切ってきた敵艦隊のど真ん中に向けて、再度艦を突撃させざるを得なかった。

 当たり前だが、敵艦隊は狂ったように砲撃を浴びせてきた。

 狙いは俺の艦というよりも、その背後から飛来する大小様々な小惑星群のようだが、あまり大差がない。

 航海長の神懸った操艦で敵艦隊の砲撃を回避し続け、あと一息で敵艦隊の中央を突破できるというところで、凄まじい轟音と衝撃が襲い掛かってきた。

 

「うわああっ!?」

 

 物凄い勢いで視界が高速回転し、くぐもった鈍い音を立てて止まった。どうやら、被弾の衝撃で司令官席から投げ出されてしまったらしい。

 さすがに痛みや衝撃は感じないものの、気分がいいものじゃない。はっきり言って酔いそうになる。更に悪いことに、摩耶が気絶してしまったらしく、俺の目の前が真っ暗になってしまった。

 

「や、やばい! 早く起きてくれ!!」

 

 『インペリアルセンチュリー』では、数値的なデータは全てマスクされていて、プレーヤーからは見えない仕様になっている。プレーヤーキャラの身体的なダメージも同じで、見た目でどの程度の怪我を負っているのか、行動にどの程度の支障が出るのかでしか判断が出来ない。

 気絶状態に陥った場合、頭に衝撃を受けたことを意味しているため、かなりヤバい状況といえる。

 幸い、十秒もしないうちに意識が回復し、視覚と聴覚も徐々に回復してきた。が。

 床に転がった状態の視界の中に、CICの惨状が映し出された。艦に深刻な損傷を受けたことを示す凶悪なアラームが鳴り響き、生き残っているコンソールは全て真っ赤に染まり、あちこちから火花が飛び散っている。

 なんとか上半身を起こしたところで、今更ながら、自分の視界の右半分が真っ赤に染まっていることに気付いた。

 手で拭ってみたところ、掌が真っ赤に染まった。

 

「うわ……」

 

 もちろん、CGなので痛みこそ無いが、顔中血塗れになっているだろう自分の姿を想像して血の気が退いた。

 

「ああ、ちくしょう。やっちまったなぁ……」

 

 周囲を見回して気付いたが、俺は司令官席からかなりの距離を吹っ飛ばされてしまったらしい。俺の席があったところには、落下してきた建材で原型を留めていないくらいに破壊されていた。

 アデルや他の連中は無事なんだろうか。

 

「提督! 提督っ!!」

 

 アデルの泣き叫ぶような声がかすかに聞こえる。

 上手く動かない身体に苛立ちながら、なんとか声が聞こえるほうに顔を向けるが、崩れ落ちた建材が堆く降り積もっているせいで、アデルの姿は確認できなかった。

 

「……アデル……。無事、か……!?」

 

 大声で叫んだつもりだったが、ゲーム内での摩耶の声は、途切れそうな程に掠れた声だった。

 

「私は大丈夫です! 提督、今助けます!」

 

 アデルは、崩落した建材のむこうに居るようだ。他にも、船務長をはじめ、CICに詰めていた何人かの乗組員の無事が確認できた。

 周囲を見渡して気付いたが、俺は崩落に巻き込まれて孤立している状態だった。悠長に障害物を排除して救助している余裕は無い。ただでさえ、何時艦が沈んでもおかしくない状況なのだ。

 

「駄目だ……! すぐに、脱出しろ……。俺は……もう助からん……」

「そんな、提督!!」

 

 せめて、アデルや生き残った奴らを道連れにするわけには行かない。

 

「船務長っ……! 直ちに退艦せよ……。命令、だ!」

「……っ。了解しました、提督。白石三佐! 行きますよ!」

「いやああっ! 提督、提督!」

 

 悲痛なアデルの叫びと、彼女を宥めて連れて行こうとする船務長達の声が徐々に遠ざかっていく。

 船務長もアデルに同調したらどうしようかと思ったが、何とか冷静な判断をしてくれたようで助かった。

 俺は最後の力を振り絞り、まだ辛うじて生きていた通信システムで、総員退艦の指示を出した。

 

「これは、死んだかもな。キャラロストか……」

 

 思わず呟いた後、俺は頭を振った。

 いやいや。まだ諦めたら駄目だ。

 俺はふらつく足取りで、最も近くにあるシートの一つに近づいていった。

 軍艦のシートは、乗員が身動きできず脱出がかなわなかった時に備え、個人用生命維持装置の機能を備えている。

 俺はシートをリクライニングして深く腰をかけると、生命維持装置を起動した。

 シートを覆うようにドーム状の透明な壁がせり出し、各種生命維持機能を備えたカプセルに様変わりした。

 まるで棺桶のようなそれに横たわった俺は、冷凍睡眠モードを起動した後、深く溜息をついた。

 生命維持装置自体に脱出ポットとしての機能は無く、耐久性もそれほど高いものではない。

 艦自体が爆散する可能性が高い今回の状況では、気休め程度にしかならないが、ほんの僅かでも生き延びる可能性を上げる努力をしなくてはならない。

 もっとも、摩耶の怪我の具合からすると、どのみち出血多量で死んでしまいそうではある。

 そうしているうちに、視界が狭まり、完全に真っ暗になった。生命維持装置の冷凍睡眠モードが起動し、摩耶が眠りについたためだ。もっとも、このまま永眠になってしまう可能性が高いが。

 

『プレーヤーキャラクターが意識を喪失したため、タイトル画面に戻ります』

 

 HMDにそんなシステムメッセージが表示された後、「インペリアルセンチュリー」のタイトル画面に戻った。

 試しにログインしようとするが、『死亡判定中のため、ログインできません。暫く時間を置いてお試しください』というシステムメッセージが表示された。

 死亡判定の結果が出るまでは、その時の状況にもよるが、即時のものから二十四時間までかなりの差がある。

 タイトル画面に戻された後、十数分の間、ログインゲームを繰り返してみたが、HMDに表示されるのは『死亡判定中のため~』というメッセージのみだった。

 どうやら、摩耶はまだ生きているようだが、全く安心できない。

 次にログインしたときに、俺が手塩にかけて育てた摩耶が跡形も無く消えていたら、立ち直れない自身がある。

 

「もし、そうなったら、引退だなー。一からやり直す気にはなれないし……」

 

 HMDを外しながら溜息混じりに一人ごちた。

 軽く身体を解しつつ、時計に目をやると、既に深夜の二時を回っているところだった。

 六時起きなので、そろそろ寝ないと不味い。

 

「すまん。やっちまった」

 

 寝る前に東郷さんに携帯メールを送り、返信を待たずに布団に潜り込んだ。

 ショックで眠れないかなと思ったが、目を閉じた瞬間、自分でも意外に思うほどすんなりと眠りに落ちていった。

 

 

 

(……ん)

 

 いつもなら、安物の目覚まし時計の騒音で叩き起こされるはずなんだが、すんなりと目を覚ました。

 もしかして、うっかり目覚ましをセットし忘れて、爆睡してしまったのか。

 

(やっべ! 遅刻だ!!)

 

 慌てて飛び起きようとするも、身体が動かない。

 何よりも、そこは俺の部屋ではなかった。

 俺は、半透明のドーム状のものに覆われたベッドというか、カプセルというかそんな容器の中に横たわっていた。そのドーム越しに、室内灯の明かりが俺を照らしている。

 自分が横たわっているこれは、『インペリアルセンチュリー』の世界で、医療施設などで使用されているタンクベッドだった。

 俺は夢でも見ているのだろうか。身体が思うように動かせないというのも、夢の中でのことなら納得が行く。

 俺は暫くの間、タンクベッドのドーム越しに見える照明をぼんやりと眺めていた。

 いい加減、早く目が覚めないものかと思い始めた頃、俺の横たわるベッドの上に影がさした。

 清潔そうな白い衣服と頭に被るナース帽から、その人物が看護婦であることが分かった。

 彼女は大きく目を見開いた後、ガラス越しに俺の顔をまじまじと覗きこんだ。

 それから、慌てたように白衣のポケットから携帯を取り出し、どこかへ電話をしているようだった。

 取り出した携帯を取り落としそうになったりして、かなりテンパっているのがちょっとおかしかった。

暫くすると、医師らしき年配の男が現れ、看護婦と同じように俺の顔を覗きこんできた。

 なんか、見世物にでもなっているようで気分が悪い。

 

『私の声が聞こえますか?』

 

 突然、耳元から男性の声が聞こえてきた。

 ガラス越しに俺を覗き込んでいる医師らしき男が、マイクのようなものを手に持っている。

 感度の良いマイクのようで、「ご家族の方に連絡を……」という看護婦達の会話も聞こえてきた。

 

「……ぁ」

 

 何とか声を出そうとするが、喉の奥から蚊の鳴くようなか細い声が漏れるだけで、うまく声を出すことも出来ない。

 

『無理に声を出さなくても大丈夫です。もし私の声が聞こえるのなら、一度だけ頷いてください』

 

 昔、なんかのドラマかドキュメンタリーでそんな場面を見たことがあるな、と思いながら、俺は言われたとおりに一度だけ頷いた。

 

『ご自分の名前は分かりますか?』

 

 そりゃまあ、分かるさ。自分の名前くらい。もう一度、医師に向かって頷いてみせる。

 医師はほっとしたように口元を緩め、背後で固唾を呑んで見守っている看護婦達も安堵するような表情を見せた。

 

『ご自分の今の状況は理解できますか?』

 

 いいえ。理解できません。首を振って否定の意を伝えようかと思ったが、そうしろとは言われていなかったので、俺はじっと男の顔を見上げた。

 

『分かりました。今の状況をご説明します。落ち着いて聞いてください。東郷摩耶さん』

 


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