ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 俺は白無垢姿のまま、姿見越しに猫耳ロリ娘としばしの間見つめあった。

 八紘帝國宇宙軍の士官服を隙無く着込んだ彼女の顔には、呆れとも諦めともつかないような、微妙な表情が浮かんでいた。

 

「アデル。ノックぐらいしようぜ?」

 

 短い沈黙の後、先に口を開いたのは俺だった。

 

「……インターフォンなら、しつこいぐらいに何度も鳴らしましたが、何か?」

 

 わざとらしく居住まいを正す俺に対し、猫耳美少女は、溜息混じりにそう言った。

 まじか。着せ替えごっこに夢中で、全然気が付かなかった。

 

「提督のご趣味にとやかく口を出すつもりはありませんが、出来ればある程度の節度は守っていただきたく」

「あー、はいはい。俺が悪うございました」

 

 おざなりに謝ってみせたところ、猫耳美少女は頭痛でも堪えるように眉間の辺りを揉み解していた。

 そうだ、思い出した。

 てっきり、最後にログアウトした場所は自宅だと思っていたんだけど、実際は自分の艦の提督居室だった。

 一週間ぶりのINなので、すっかり失念していた。

 俺の所属する八紘帝國は、思想的に問題のあるプレーヤーからの執拗な粘着PK行為に晒されているため、身内の結束が非常に固く、自分や同国籍の仲間を守るため、キャラのライフスタイルとして、軍人系の職業を選択しているプレーヤーが多い。

 かくいう俺も、とある経緯で軍人としてのライフスタイルを送っている。

 軍人系の職業はいくつかあるが、俺の場合は帝國の正規の軍隊である帝國宇宙軍に所属している。

 合計8隻のミサイル駆逐艦で構成される宙雷戦隊の司令官で、階級は一等宙佐だ。

 八紘帝國軍の階級は自衛隊のものを踏襲しているという設定らしく、通常は一佐と呼称される。

 他国の軍隊で言えば、大佐に相当する。

 なので、まあ、そこそこの地位ということにはなる。

 宙雷戦隊とは、いわゆる水雷戦隊の宇宙版のようなもので、旧帝國海軍の水雷戦隊と同様、砲撃の雨霰を掻い潜って敵艦に肉薄し、光子魚雷による雷撃で敵艦を轟沈せしめる部隊のことだ。

 正規軍に所属している以上、上層部から様々な任務を言い渡され、それを確実に遂行しなければならないわけで、前回ログアウトする前は、国境宙域の領宙監視任務を言い渡され、国境宙域の監視と、更に偶発的に遭遇した宙賊を討伐し、根拠地である佐世保に帰還する途中だった。

その帰還途中に、艦の自室でログアウトしていたのだ。

 てっきり、自宅だと思って安心して行為に耽っていたところを、部下に目撃されてしまったというわけだ。

 次からは、何処でログアウトしたかきっちりと把握しておこう。

 

「あー。ところで、アデル」

 

 さっきからジト目で俺を見ているこの猫耳娘は、白石 アーデルハイト。俺の副官で通称はアデル。階級は三佐(少佐)だ。

 名前からも分るとおり、純粋な八紘帝國人ではなく、他国からの帰化人だ。

 とある国を訪れたときに、獣耳ロリという俺の超ドストライクな彼女の外見に惹かれ、半ば強引にクルーとして雇い入れたのだ。それ以来、俺の副官を務めてもらっている。

 猫耳と尻尾を標準装備しているのは、彼女が強化人間の末裔という設定のためだ。

 強化人間とは、人類が宇宙に進出し始めた頃、過酷極まりない宇宙での環境に順応するため、動物の遺伝子を自らの身体に組み込むことによって、身体能力を向上させた人々のことだ。

 今では混血が進み、遺伝形質が外部に現れる事は殆ど無いものの、稀に隔世遺伝により、猫耳や犬耳を持った人間が生まれることがある。アデルも、そういう設定を持ったキャラだ。

 強化人間は、外見に現れる動物の特徴ごとに、特殊な能力を持っている。

 猫の遺伝形質が現れているアデルの場合、危険感知能力がずば抜けて高い。

 目視はもちろん、レーダー覆域圏外の脅威を感知することもしばしばで、小惑星が密集している暗礁宙域を航行する際、障害物の接近や敵の奇襲を防ぐのに大いに役立っている。

 ちなみに、強化人間の設定は、プレーヤーキャラとしては選択できない。したがって、アデルはAI操作のれっきとしたNPCということになる。

 PCとNPCの区別が殆ど無いこのゲームで、唯一NPCと確定しているのがこの強化人間だが、その言動は恐ろしく人間染みていて、中に運営スタッフがいて、ロールプレイしているんじゃないかと勘繰ってしまうほどだ。

 まあ、それは強化人間に限った話ではなく、全てのNPCに言えることではある。

 

「何か問題でも起きたのか?」

「はい。いいえ、提督。我が第2宙雷戦隊、旗艦『みちしお』以下8隻は、既定の航路を順調に航行中。到達予定時刻(ETA)通りに、根拠地である佐世保鎮守府に帰還予定です」

「結構なことじゃないか。じゃあ、何の用なんだ?」

 

 まだまだ、自分のキャラで着せ替えごっこを楽しみたかった俺の台詞は、若干責めるような口調になっていた。

 というか、むしろこいつを着せ替え人形にして楽しみたい衝動を抑えきれない。

 

「東郷司令長官より、通信がございました。提督に直接お話ししたい事があるそうです」

「へ? 東郷さんから?」

 

 東郷さん――東郷(とうごう) 三笠(みかさ)司令長官は、俺の率いる第2宙雷戦隊の上部組織である、第2機動艦隊群のトップで、見た目は、20代半ばぐらいの婦女子が喜びそうな細面のイケメンだ。

 このゲームの古参廃プレーヤーの一人で、ゲームを始めたばかりで右も左も分らなかった頃の俺を拾ってくれた人でもある。

 自称・高等遊民(ガチニートクズ)

 ゲームの合間にリアルの生活を送っていると自ら嘯いているほど、このゲームに入れ込んでいる奇特な人だ。

 ゲームの機能ではないボイスチャットで何度か会話をしたことがあるが、中の人はなんと俺と同年代ぐらいの女性だ。

 中の人が女性と知った時、ただの偏見かもしれないが、女性がこの手のネットゲームに熱中して、しかも規律や規則が何よりも優先されるであろう軍人キャラを職業にしていることに驚いたものだった。

 

「いったい、何の用かな」

「詳しいお話はお伺いしていませんが……」

 

 アデルは少し困ったように眉根を寄せた。

 

「良い話と悪い話と、面倒くさい話がそれぞれ一つずつある、と仰っていました」

「何それ」

「私には何とも……」

 

 まあ、よくわかんないけど、直接俺に何か伝えたいことがあるということなんだろう。

 とりあえず、詳しく聞いてみるかしかないな。

 

「今って、どのあたりだ? まだ暗礁宙域だよな?」

「はい。宙域を離脱するまでは、日数にしてあと3日は必要かと」

 

 暗礁宙域は、その名のとおり、星系内の重力バランスの影響などによって出来た、小惑星やデブリが密集している宙域のことだ。

 ゲームの設定では、浮遊する様々な障害物の影響で電波の状態は非常に悪く、通信に悪影響を及ぼし、レーダーも近距離のものしか役に立たない。

 操艦や見張りにも気を配らなくてはならならず、気を抜くと船腹に穴を開けて、遭難する羽目になる。

 おまけに、隠れる場所が多いので、宙賊による被害も多い。

 こう聞くと悪いことばかりのように思えるが、操船に気を使う難所であり、大規模な兵力を展開することも不可能なので、国防上の要衝ともなっている。

 また、小惑星が密集するこの地帯には、希少金属の鉱床が数多く存在しており、発見すれば一攫千金を狙えるし、所有権を所属国に譲渡すれば、それなりの地位と名声を得ることも出来る。

 もっとも、そういう山師を狙う宙賊が多いわけで、俺達のような正規軍の小艦隊が、定期的に巡察しているわけだ。

 

「ま、連絡を取るのは暗礁宙域を抜けてからだな」

 

 ノイズやタイムラグを気にしなければ、暗礁宙域からでも長距離通信は可能だが、どうも大事な話っぽいし、安全な宙域に出てからでも良いだろう。

 まあ、それはいいとして。

 俺は、アデルの横をすり抜け、居室の出口へと向かう。

 

「提督。どちらへ?」

「ん。仕事しているフリ(巡視)でもしようかと思って」

 

 そう告げると、アデルは目を見開いた。

 

「その格好で……ですか?」

「うん。何か問題ある?」

「大有りです! 何を考えてるんですか! きちんと制服に着替えてください!」

「えー、やだ。面倒」

「そう言う問題ではありません! 何考えてるんですか!」

 

 部下の前で示しがつかないとか何とか言って頭を抱えるアデルをスルーして、俺は自室の外に出た。


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