戦隊が佐世保に接近するにつれ、続々と新しい情報が入ってきた。
錯綜する情報を統合すると、今回の宇宙震によって、被害が出ている領域は、実に中国銀河の4割に及ぶとのことだった。
惑星や星系自体が崩壊するような被害こそ無かったものの、崩壊した小惑星の破片が隕石となって惑星に降り注いだり、俺の戦隊が遭遇したように、進路が変わった流星群に巻き込まれ、航行中の宇宙船が消息を絶ったりという事案が発生しているようだ。
官邸では、あまりの被害の大きさに驚愕し、宙軍省経由で軍令部に災害派遣についての指揮を全て委任したらしい。ようするに、責任を押し付けてバックレたわけなんだが、あれこれと口を出されるよりはずっと良い。
問題が起きれば起きたで、現内閣に反抗的な塚田さんを更迭出来ればという卑しい腹積もりもあるのかもしれないが。
「間もなく、佐世保鎮守府へ入港します」
「了。入港準備に掛かれ。補給完了後にすぐにとんぼ返りになる。長丁場になるぞ」
佐世保周辺の宙域も、避難してきた民間船によって混雑を極めていた。軍用航路も例外ではなく、おそらく救援物資を搭載しているだろう輸送艦や他の艦隊から増派された艦艇でごった返していた。
そんな中を、縫うようにして、なんとか佐世保軍港に入港した。
補給と整備が完了するまでの短い時間ではあるが、乗員に下船許可を出し、俺もアデルを伴って艦を降りた。
途中、副司令のガンさんと合流し、例の宙軍大臣政務官殿を迎えるため、作戦司令室へと向かった。
「アデル。疲れているかもしれんが、もうひと頑張り頼むぞ」
「はい。大丈夫です。十分休ませていただきましたので」
コイツの大丈夫は信用できないんだよな。いつも俺に気を使って無理をするからな。
もっとも今回は、多少疲れていても働いてもらうしかないんだが。
「ガンさんも頼むぞ」
「ご心配には及びませんぜ。身体の頑丈さだけが取り得でさ」
さすがは陸戦隊上がり。頼もしい限りだ。
「提督こそ、無理は禁物ですぜ」
「分かってるよ」
心配そうなガンさんにおざなりに手を振った。
俺達三人は、その足で司令長官執務室に向かった。
執務室に入ると、東郷さんと副官の白菊以外に、二人の人物がいた。
一人は神経質そうな細身の男で、イライラしたように腕組みしながら俺達を待ち構えていた。おそらく、この男が宙軍大臣政務官殿なのだろう。もう一人は、秘書らしき中年の女性だ。
「やっと来たか! まったく、待ちくたびれたぞ!」
俺が東郷さんに挨拶する暇もなく、男がこちらに駆け寄ってきた。
「政務官。彼女が……」
「君が司令官だな!?」
東郷さんが俺を紹介しようとしたが、政務官はそれを遮るような声を張り上げ、俺の斜め後ろに立つガンさんに声を掛けた。ガンさんの事を司令官だと思ったのだろう。
「さあ、急いで出発するんだ! 被災地では『市民』が苦境に喘いでいるのだからな!」
無言で佇むガンさんに向かって、早口で捲し立てた。
それにしても、市民ねえ。それだけでも、この男が政治家としてどういう人間なのかが分かってしまうな。
「……失礼ですが、私は司令官ではありませんぜ」
憮然とした表情でガンさんは短く言うと、政務官殿の顔が呆けたように変わった。
「宙軍大臣政務官でいらっしゃいますか。本職が第二宙雷戦隊司令、東郷摩耶一等宙佐であります」
「は? はぁ?」
政務官殿は信じられないといった表情で、俺とガンさんの顔を交互に見渡した。
「彼は戦隊副司令の岩野八太郎二等宙佐。こちらは副官の白石アーデルハイト三等宙佐であります」
相手の反応に構わず、ガンさんとアデルがそれぞれ副司令と副官であることも伝えた。
「こ、こんな子供が? 嘘だろう。いつから帝國軍は女子校になったんだね!?」
俺とアデルを交互に指さしながら、詰問するように声を張り上げた。政務官の表情を見ると、別に嫌がらせでやっているわけではなく、純粋に驚いているように見えた。
この手の反応には慣れているので何とも思わないが、思っていることを顔や態度に出しすぎだろう。政治家として如何なものなのか。
「先生。信じがたいことかもしれませんが、この可愛らしいお嬢ちゃんが司令官ですのよ」
見下すような笑みを浮かべるのは、秘書らしい中年女だ。どこかで見たツラだと思っていたら、いつだったかテレビ出演した時、塚田さんに遊ばれていたヒス女だった。
「何だと! いったい、どういうことなんだ! しかもこっちの娘の耳と尻尾は何だね!? ふざけているのか!」
難癖をつけられたアデルの顔から見る見るうちに表情が消えていく。俺の前では猫を被って大人しくしているが、元DQN浮浪児ということもあり、アデルは結構気が短い。やばいな、と思ったときに、意外な人物から救いの声が掛かった。
「政務官。東郷摩耶提督は特優者であり、副官の白石アーデルハイト三等宙佐は強化人間であります。従って、肉体的な年齢は能力に影響いたしません」
感情の全く篭らない、事実をありのままに述べているだけの機械的な声だったが、それだけに有無を言わせない迫力があった。
「む、むう。しかしだな……」
「政務官。たしか、御党はジェンダーフリーだとかダイバーシティだとかを党是としていましたね。それにもかかわらず、特優者や強化人間だけ差別するおつもりですか?」
そこへ、東郷さんが追い討ちをかけた。この人にしては珍しく、ちょっと嫌味たらしい言い方だった。
「い、いや。決してそう言うわけではないが……」
謳い文句にしている差別やら人権やらを引き合いに出されてバツが悪くなったのか、政務官は言葉を濁した。
「ンンッ! と、とにかく。早く出発してくれたまえ。事は急を要するのだろう!」
誤魔化すように咳払いをした後、居丈高に胸を張って見せた。
「……白石三佐。政務官と秘書を艦内に案内して差し上げろ」
「はい、提督」
「岩野二佐は、戦隊の出動準備を整えておけ」
「分かりやした」
舌打ちしたい気分を押し殺して二人に指示を出す。
アデルは不機嫌さを隠そうともせず、ガンさんは普段と変わらない泰然自若とした顔で答礼した。
ガンさんとアデルが、政務官とやたらと偉そうな秘書を伴って退出し、執務室には俺、東郷さん、そして白菊の三人だけが残った。
「本当に任せてよかったのか、摩耶一佐」
「ご心配には及びません」
白菊の手前そう言ったが、実はちょっと後悔していた。
だが、今更やっぱり止めますなんて言えるわけもない。
「白菊二佐を調整役として同行させる。政務官の相手は、彼女に一任して良いぞ」
「はぁっ!?」
思わずその場に相応しくない、間抜けな声を上げてしまった。
「白菊二佐を……で、ありますか」
「そうだ」
組んだ手の甲に顎を乗せるどこぞの司令のようなポーズで、東郷さんは首肯した。
たしかに、司令長官秘書だけあって、こいつの事務処理能力や調整能力が優れて居ることは知っているが、俺がこいつを嫌っているのは知っているだろう。
どういうつもりなんだ、東郷さんは。
「待ってください。本職としては非常に有り難いのですが、司令長官副官である彼女が、閣下のお傍を離れては、任務遂行に支障が出るのではありませんか」
もしかして東郷さん、普段から小うるさい白菊を、これ幸いと俺に押し付けようとしていないか。
いや、まさかな。さすがにそれは邪推がすぎるか。俺の負担を少しでも減らしてくれようと腐心した結果だと思いたい。たぶん。
だけど、うん。はっきり言って、超絶に有り難迷惑だ。
「摩耶提督が私をお嫌いなのは分かります。しかし、任務ですのでどうかご理解ください」
「言い掛かりはよせ。いつ私が、貴官に対してそのような態度を取った?」
むしろ、俺を嫌っているのはお前だろうがと声を大にして言ってやりたかった。
「それでしたら、何ら問題はありませんね。それに提督。戦隊の指揮を執りつつ、アレの面倒も見るとなると、かなりの労力を強いられることになりますが?」
揶揄するような言い方が気に入らなかったものの、発言自体は至極真っ当だ。癪だが、何も言い返せない。
「……よろしく頼む、白菊二佐」
結局、不本意ではあるが受け入れるしかなかった。上官からの命令だし、能力的にも問題が無いのだから、拒否する理由が無い。まさか、昨今の日本の特定野党のように、気に入らないからという理由で拒絶するわけにも行かない。
「はっ。お任せください」
真面目くさって答礼する白菊の顔が、どこと無く得意げに見える。なんだか、やり込められたみたいで、気に入らない。
その後は東郷さんと作戦行動中の方針や補給の段取り等を確認した。
「では、閣下」
「うん。気をつけてたな」
最後に事務的な挨拶を交わし、俺と白菊は東郷さんの執務室を後にする。
俺と白菊が不仲であることは、艦隊の中では割と有名なので、通路ですれ違う将士の好奇の視線が痛かった。
ちなみに、戻るまでの間、俺達の間に一切会話は無い。軍港区画に到着するまでの数分間が何十倍にも感じられる。
「ああ、そうだ。大事なことを忘れていた」
俺は立ち止まり、背後の白菊を振り返った。
「白菊二佐。政務官殿は誓約書にサインはしているんだろうな?」
「その点については問題ありません」
「そうか。それならば良い」
軍艦は機密の塊だ。それゆえに、乗艦に際しては様々な制約が伴い、それに同意の上でなければ乗艦を許されない。政治家も同様で、国務大臣だろうが総理大臣だろうが例外は一切無い。
乗艦に際しては軍人の指示に従うこととか、立ち入り禁止の場所に勝手に立ち入らないとか、そんな感じのもので、体験航海で民間人を乗せるときにも乗艦希望者に書いてもらうものと基本的に同じだ。
基本的には、常識を持って普通に行動していれば抵触するようなものは皆無だ。
とはいえ、司法警察権は憲兵にあることも明記されており、オイタが過ぎるようであれば、やむを得ずふん縛ってブチ込みますというような主旨のことも、幾分オブラートに包んだかたちで記載されている。
「尤も、きちんと目を通しているかどうかまでは保証いたしかねますが」
それは知ったことではないな。署名をした時点で、提示されている内容に同意をしたということになる。目を通していなかったなんて、子供の言い訳は通用しない。保険の約款みたいに分かり難いわけでも無いのだし。
何にせよ、これでもしもの時は、それを盾にとっ捕まえて営倉に放り込んでおくことも出来るわけだ。
「ですが、摩耶提督。誓約書がある以上、態々あなたが彼らを引き取らなくても、良かったのではありませんか?」
「確かに貴官の言うとおりだ。いざとなったら、東郷閣下が誓約書を盾に拘束すれば良いだけだからな」
「では、なぜ?」
「決まっている。色々と外聞が悪いからだ」
東郷さんの役職である機動艦隊群司令長官とは、自身の管理下にある百隻以上の艦艇をある程度自由に動かすことが出来る一個軍団のトップであり、軍人として非常に強い権限が付与されている。
そんな高級軍人である東郷さんが、指示に従わないからといえ、政治家を拘束したとなれば、後々面倒くさいことになるのは目に見えている。
何しろ、いま与党を担っている連中は、自分達に対する批判を決して許容しない、民主国家の公権力者としてあるまじき連中だ。どんな難癖をつけてくるか想像も付かない。
いくら軍法に則った対処だと主張した所で、「一軍司令官が不当に政治家を、それも宙軍大臣政務官を拘束した!」とか「
それが原因で東郷さんが罷免され、職を解かれるなんて憂き目にあったら堪ったもんじゃない。
その点、一部下である俺が俺自身の判断で行ったというのであれば、最悪の場合でも俺が解任される程度で済むはずだ。
(……ん? ちょっと、待てよ)
それ、駄目じゃん!
左遷や降格だけならまだしも、まかり間違って退役にでも追い込まれたりしたら、それこそ、あとは専業主婦の道一直線になっちまうぞ。
「……相変わらず、健気なことですわ」
「抜かせ。東郷閣下が解任されたら、貴官ら幕僚もただでは済まんのだぞ」
自分の間抜けさ加減に嫌気を覚えながら、白菊に吐き捨てた。
こうなったら、白菊がきちんと政務官と秘書の手綱を握ってくれることを期待するしかない。
こいつに頼らなければならないのが非常に癪に障るが。