「栄誉礼とか無いの?」
防衛大臣政務官殿が佐世保を訪れた時の第一声がそれだったらしい。
出迎えたのは、東郷さんの副官でもある白菊だったのだが、さすがの彼女も、そのあまりにも斜め上過ぎる発言に閉口したそうだ。
俺自身はその場に居合わせていたわけではないので、後になって人伝に聞いた話なのだが、あの鉄仮面の白菊が唖然としているところを、ちょっと見てみたかった気もする。
さらに、その馬鹿な発言をした政務官は、東郷さんが直々に出迎えなかったことが不満だったらしく、それについてもネチネチと嫌味を垂れていたらしい。大臣や副大臣ならともかく、政務官を出迎えるためだけに、多忙な司令長官が自ら出向くわけが無いだろうに。何を勘違いしているんだか。元軍人なら、そのぐらいのことは理解出来て当然のはずだ。
「で、アデル。その政務官殿はまだ佐世保に居るのか?」
「はい、提督。予定では、本日佐世保を発つようです」
「俺達と入れ違いか。そりゃあ、良かった」
俺の戦隊は奴さんの佐世保到着と入れ違う形で、領宙監視任務に出ていた。どうやら、東郷さんが気を使ってくれたらしく、そういうローテーションに組みなおしてくれたらしい。まあ、俺がうっかりボロを出したりしないようにっていうのが、本当の理由だとは思うが。
なんにせよ、そのおかげで、何の気兼ねもすることなく、普段どおりに好き勝手にふるまうことができた。まったく、頼りになる旦那様だ。
「ん……?」
戦隊が佐世保のある肥前星系まであと数日という距離に差し掛かった時だ。ぼんやりと航海艦橋のガラス越しに宇宙空間を眺めていた俺は、ふとその光景に違和感を覚えた。
ガラス越しに見える宇宙空間が小刻みに揺れているように見えたからだ。
思わず声を上げそうになった時、艦が大きく動揺した。まるで、水上艦が横波を食らったかのような感じだ。
航海艦橋内の各所でどよめきが起き、丁度コーヒーを口に運ぼうとしていた兵士の一人が、自分の軍服に盛大にぶちまけてしまい、悲鳴を上げていた。
「おわっと!」
俺も司令官席から投げ出されそうになったが、肘掛にしがみ付いて何とか堪えた。
「な、何事か!」
俺と同じようにバランスを崩しながらも、いち早く立ち直っていたアデルが鋭く叫んだ。
「く、空間が、激しく動揺していますっ!」
通信士がコンソールにしがみ付くような姿勢で叫んだ。
「ま、まさか、宇宙震……」
「艦隊統制システムを一時解除する! 全艦、各個に自艦の保全行動に専念せよ!」
呻くようなアデルの呟きを聞いた俺は、即座に指示を出した。
宇宙震は、この世界における大規模自然災害の一つで、簡単に言えば、宇宙空間で発生する地震だ。
詳しい原理は全く不明だが、宇宙空間の各所にさながら活断層のように位相のずれている空間があり、そこが震源となって発生するらしい。その断層のようになっている空間が裂けたり捩れたりする際、その箇所を起点にした膨大な引力や斥力が発生し、周辺の空間に様々な悪影響を及ぼす。
恒星や惑星がその付近にあればまともに影響を受けることもあり、その結果、過去には星系ごと崩壊したなんてとんでもない事例もある。
帝國の領内はこの空間断層が多く、俺自身これまでにも大小さまざまな宇宙震を経験しているが、艦が嵐に遭った水上船のように翻弄されるほど激しいのは初めての経験だ。震源となる宙域は近いのかもしれない。はっきり言って、酔いそうになる。
「長いな……」
兵士の一人が不安そうに漏らした。
確かに、今までのものと比較して揺れが長すぎる。既に発生から数分が経過しているが、一向に収まる気配が無いのだ。
早めに艦隊統制システムを解除しておいて正解だった。艦隊統制システムは、艦隊運動を迅速かつ正確に行うための旗艦発令上位コードだ。
巡航時や陣形変更時に旗艦に追従する設定にすることで、艦の速度や位置を自動的に補正することが出来る。艦長や航海長の負担を大幅に減らすことが出来るが、反面人の手を介さない分融通が利かないため、偶発的な事象には対応できないからだ。
「提督。流星群の一部が我が戦隊に接近中です。崩壊を繰り返しつつ、五月雨式に数が増加しています」
揺れは徐々に収まりつつあったが、大規模な空間振動が付近の天体にも影響を及ぼしたらしい。艦のレーダーには未だ反応がないが、強化人間の能力でいち早く危険を察知したアデルが、耳と尻尾を立てながら警告を発した。
「見張りを厳と為せ。全兵装緊急起動」
「接近する目標を補足。総数三十五。内十二目標が本艦への衝突コースに乗っています」
「航海艦橋よりCIC。衝突コースに乗った至近の目標から優先的に迎撃指示を割り当てろ。味方に当てるなよ」
CICの火器管制システムによって瞬時に飛来する流星の脅威度が算出され、コンソールに情報が投影された。脅威度の高い隕石から順に識別コードが割り振られていく。もっとも大きなものの中には、艦の全長180メートルに匹敵するものすらあった。それだけの大きさともなると、一度の攻撃で無力化することは出来ない。艦対艦ミサイルや対機動迎撃ミサイルを何発か叩き込んで細かく打ち砕いた上で、中口径レーザービーム砲やレーザーCIWSで破片を迎撃することになりそうだ。
「CIC指示の目標。艦対艦ミサイル攻撃始め」
「トラックナンバー、アルファ1-1。目標諸元データ入力完了」
「艦対艦ミサイル攻撃始め。
VLSから発射された艦対艦ミサイルの直撃を受け、最も大きな隕石は幾つもの破片に崩壊し始めた。そのうちの幾つかの破片は、僚艦に向かうことも無く、戦隊の進路を外れていったが、その殆どは、依然として俺の乗艦『あまつかぜ』に向かってきている。
それによって脅威度はかなり低くなったが、ゼロと判定されるまで油断は出来ない。俺は艦に三基装備されている二連装中口径レーザービーム砲による破片の処理を下令する。
「主砲、一番から三番。交互打方用意」
「主砲、一番から三番。交互打方用意よし」
「交互打方。打方始め」
「交互打方。
「
各砲座の連装砲から交互に発射されたビームの砲撃によって、もっとも脅威度の大きかったトラックナンバーアルファ1-1は無事無力化に成功した。念には念を入れて、近接兵装であるレーザーCIWSによって更に粉砕することを命じる。
細かい石ころとなった隕石の破片が艦の装甲に激突して、まるでトタン屋根に雹が降り注いでいるような轟音を立てている。危険が無いとはいえ、気分のいいものじゃない。
「続いてトラックナンバー1-2、1-3、2-1が接近中」
一番デカイ奴は始末したが、まだまだ脅威対象は残っている。俺は淡々と迎撃の命令を下していった。
そうやって、CICから示される脅威度順に迎撃指示を出し続けることしばし。
VLS内の弾頭と主砲のエネルギーを半分程度使い切った頃、ようやく全ての脅威を排除することに成功した。
「引き続き、監視を厳とせよ。各艦の被害状況知らせ。通信士は、佐世保鎮守府と航路局に状況確認を急げ」
副官のアデルが、各部署に指示を出していくのを横目に、俺は内心で溜息を吐いた。何とか迎撃には成功したものの、外装はぼろぼろになっているだろう。せっかくの美しい艦体が台無しだ。
「全艦健在を確認。外装に多少の損傷を認むるも、行動に支障のある損傷を受けた艦はありません」
「了」
僚艦から上がってくる被害詳細に目を通し、俺はひとまず安心した。軍艦なのだから、戦闘で損害を受けるのは仕方がないが、それ以外での被害は極力避けたい。
「佐世保鎮守府、航路局共に応答がありません!」
通信士から、深刻な報告が上がってきた。こちらを振り返るその表情に、明らかな動揺が見て取れる。
「応答がない? どういうことか」
「は、はい。帝國内の星間ネットワークが寸断されているようでして、健在な回線にアクセスが集中し、帯域が輻輳状態にあるようです」
軍用回線の帯域が輻輳するなんて。これは、思っていたよりも深刻な事態かもしれない。軍用回線は、当然公衆回線とは異なる専用線だ。障害耐性も民間のそれとは比較にならないぐらい高い。
「先程の宇宙震の影響か」
「おそらくは」
「航路局からの航路情報も、宇宙震直前の帝國標準時刻2/27 15:24を最後にリアルタイム更新が停止しています」
今度の報告は航法士からだ。
何にせよ、星間ネットワークが寸断されるほどの損害だ。通常空間にもかなりの影響が出ていると見ていいだろう。
俺は全艦の再集結を命じると、佐世保への帰還を急ぐことにした。
普段ならいつもの帰り道なのだが、航路局からの宇宙図データのリアルタイム配信が停止していたため、肥前星系に到達するまで普段の倍以上の時間を要してしまった。
航路局からのデータには、単純な距離の情報以外に、宇宙の天気予報とも言える帝國領内の天体の活動状況も含まれる。宇宙船にとって無くてはならない情報だ。それらが一切入手できない以上、航行には細心の注意を払わねばならず、艦艇のレーダーは元より、昔ながらの目視による見張りや天測を駆使しながらの航行は、乗組員にかなりの疲労を強いていた。
中でも、危険予知能力に長けたアデルは、その能力をフルに使って帰路の安全確認を行ってくれた。彼女の力が無ければ、肥前星系への帰還はまだまだ先のことになっていただろう。
もっとも、そのせいもあって、アデルの疲労はかなりのものだった。
「アデル。少し休め。ここまでくれば後は何とかなる」
「はい。いいえ、提督。ご心配には及びません」
そうは言うが、声にいつもの元気が無く、肌の色で判りにくいが顔色も若干よろしくないように見える。
「いいから、休め。命令だ」
アデルが何か返事をする前に、俺は艦内放送で手の空いている者から順に休憩に入るよう指示を出す。アデルに限ったことではないが、無理が祟っていざというときに倒れられたら敵わない。渋るアデルを半ば強引に航海艦橋から追い出した。
幸い、肥前星系内の航路情報はほぼ復旧しており、航路図にはところどころ虫食いのようになっている宙域もあったが、定期航路を大きく逸脱しなければ何とかなる範囲だ。
「提督。佐世保鎮守府との通信帯域を確保しました。東郷閣下が出られます」
「分かった。繋いでくれ」
航海艦橋のメインスクリーンに東郷さんが映し出された。俺を始め、手の空いている者が起立して敬礼する。
「摩耶一佐。戦隊の状況はどうか」
「はっ。作戦行動に支障はありません」
「そうか。無事で何よりだ。現在状況を確認中だが、中国銀河で大規模な宇宙震が発生した」
予想はしていたが、状況は最悪だ。何しろ、銀河系内の通信網や航路がズタズタに遮断されているのだ。
民間の被害も相当なものになるだろうし、何より、これに乗じてツァーリや朝華、リャンバンといった国々が好からぬちょっかいをかけてくることは目に見えているし、宙賊共も便乗して活性化する可能性が高い。
「艦隊の被害はどの程度だったのでしょうか」
災害派遣を行うにしろ外夷に備えるにしろ、艦隊戦力が無ければ話にならない。
「幸いなことに、全ての戦隊は健在だ。作戦行動に支障は無い。安否確認が取れたのは、貴官の戦隊が最後だ」
「左様でしたか」
他の戦隊は無事だったらしい。不幸中の幸いだった。
「我が第二機動艦隊群は、中国銀河行政府の要請を受け、災害派遣対処に当たることを決定した」
「領宙警備行動はどうするのですか」
「平行して行う。だが、当然手が足りない。舞鶴の第三機動艦隊群、および呉の第四機動艦隊群より増援が送られることになる」
惑星舞鶴を根拠地とする第三機動艦隊群と惑星呉の第四機動艦隊群は、どちらも広大な宙域を警備担当区域とする艦隊だ。他の宙域に増派を行えば、それだけ自身の警備担当区域が手薄になってしまうのではないのか。
「その懸念はある。だが、まずは目先の事態に対処するのが先決だ。こうしている間にも、被災地では多くの国民が危機に晒されているのだからな」
「わかりました」
「早速で悪いが、帰還し補給が完了次第、第二宙雷戦隊には本隊に先行して、対馬方面の航路啓開に就いてもらう」
今回の宇宙震の規模は分からないが、航路が寸断されるほどの被害だ。まずは、航行の安全を確認するところからはじめなくてはならない。特に暗礁宙域は、小惑星の位置が大きく変わっている可能性が大きく、既存の情報が一切当てに出来ない状況だ。
そんな中を手探り状態で測量しながら進行しなければならない。そういった仕事は、何かと小回りの利く駆逐艦がのほうが有利だ。
「全力を尽くします。お任せください」
俺は背筋を伸ばし、明朗快活に返事をした。
部下達に疲労を強いる事になるが、人手が足りない以上やむをえない。
「ところで、閣下。宙軍大臣政務官殿はどうなさっていますか」
ふと頭に思い浮かんだのは、視察に訪れているとかいう防衛大臣政務官の事だ。
この一大事の中で、東郷さんの邪魔になっていなければ良いんだが。
「ああ、そのことか。まだ佐世保にいる」
東郷さんは制帽の庇で表情を隠した。その反応だけで分かってしまった。
「被災地への派遣艦隊に同行させろと言ってきて対応に苦慮しているところだ」
大方、災害が発生するや否や、すぐさま軍に指示を行い災害派遣を要請し、自らも被災地に視察に向かった、なんていう、レームダックに陥ってる政権の点数稼ぎにでも使うつもりだろう。ついでに、自分の評価にも繋げたいという
わざとらしく被災者と抱きあっているところを、これ見よがしに撮影してネットやマスコミに公開するぐらいのこともやりかねない。
そんなくだらない政治ショーを演出するためだけに、東郷さんの邪魔をされては、艦隊の士気にも影響が出てしまう。
「閣下。政務官殿は、私の戦隊が預かりましょう」
「なんだって?」
「閣下は救援艦隊の編成や指令でお忙しいでしょう?」
「だが、政務官殿がすんなり納得はしないぞ」
東郷さんも俺の意図を察したようだが、俺の戦隊の任務は救援物資の輸送ではなく、それを担当する本隊に先行して安全確認を行うお先払いだ。安全が確認できた後は、安全確保に従事することになり、被災地に留まることはない。被災地を訪れて点数稼ぎをしたい政務官がやすやすと説得に応じるとは思えなかったのだろう。
「これは閣下らしくもありませんな」
俺はわざとらしく口の端を吊り上げ、いやらしい笑みを浮かべてみせた。
脂ぎった禿デブ親父がやったらそれだけで犯罪だが、幼女の場合は何の問題も無い。むしろ、どんな表情でも似合っているので問題ない。
「閣下は政務官殿に、私の戦隊が被災地に向けて先発するとだけ告げれば良いのですよ」
嘘は言っていない。被災地に救援物資を届けるとは言っていないからな。
それをどう捉えるかは、政務官殿次第だ。
本音を言えば、そんな面倒くさい奴の相手は御免被りたいが、背に腹は変えられない。
「わかった。貴官に任せよう。あまりやりすぎるなよ」
「それは先方次第でありますな」
クギを刺す東郷さんにしれっと答え、二三事務的な確認を行った後、通信を終了した。
気が付くと、乗組員達が俺のほうを見ていた。
どいつもこいつも、何か可愛らしい小動物でも眺めるような、そんな微笑ましそうな目をしている。
「いやあ、健気ですなぁ……」
「ある意味、内助の功ってやつですな」
若干うろたえていると、そんな声が聞こえてきた。何か盛大に勘違いされている。
「……そうするのが最良って考えただけだ。下種の勘繰りはやめろ」
「はいはい。そういうことにしておきます」
「東郷閣下は愛されていますなぁ。羨ましい限りです」
まったく、こいつらは。この非常時によくもそんな冗談口が叩けるもんだ。
「いいから、さっさと配置にもどれ! これから忙しくなるぞ! 手の空いている者は、今のうちにしっかり休んでおけ!」
面倒くさくなった俺は、殊更に大声で指示を出して話を打ち切ることにした。