一通りの仕事を終えてやることがなくなった俺は、仕事をしているフリ……もとい、CICや機関室を適当に巡察した後、提督居室に引き篭もって、いつものやつに耽っていた。
『提督。定時報告です。現時刻13:10をもって、本艦は最後の亜空間移動を完了。佐世保鎮守府および、中国銀河内で行動中の作戦用艦艇との直接通信が可能な状態になりました』
室内のモニターにアデルの顔が映し出された。俺のゴスロリ姿に僅かに眉を顰めるが、口に出しては何も言わなかった。
「あいよ。ご苦労さん。ところでアデル」
『はい、提督』
「重要なことを確認するのを忘れていた」
『な、なんでしょうか……?』
俺はぐっとモニターに顔を近づけ、真剣な表情でアデルの目を見据えた。モニター越しでも、アデルが何事かと身体を強張らせるのが分かった。
「アデル。お前の相手ってのは、どんな奴なんだ!?」
『えっ。えーっと……』
モニターの向こうで、アデルは視線を彷徨わせた。
「い、良い人ですよ?」
『そんな曖昧な答えが許されるとでも思ってんのか!?』
俺は某アスキーアートみたいに、バンバンと机を叩いてみせた。
いつ知り合ったのか。歳はいくつなのか。年収はどのぐらいなのか。どこまで行っているのか。
俺には全てを知る権利がある。いや、知らなければならない義務があるのだ。
「さあ、洗いざらい吐け! 吐くのだ!」
『い、いくら提督でも、そんな事までお話しする必要はありません!』
「えい! 黙らっしゃい! 俺はお前の保護者だぞ!」
俺は一喝して黙らせた。
まったくけしからん。俺はアデルをそんなふしだらな娘に育てた覚えは無いというのに。それにしても、腹立たしいのは、こいつの相手の男だ。どんな奴かは知らないが、ロリコンな上にケモナーに違いない。どこまで業が深いんだ。
「だいたい、俺のプライベートは大暴露されているのに、不公平にも程があるだろう!」
『そ、それはっ! 提督と東郷閣下が迂闊なだけですっ!』
俺は言葉に詰まった。
付き合っているという噂から始まり、周囲の勘違いと暴走で婚約までする羽目になったのは、人目につくところで周囲を気にせず頻繁に会って駄弁っていたからだ。
俺達にそんなつもりは無くても、周囲からそういうふうに見えてしまった事が、そもそもの原因であることは否定できない。
『でも、まあ、皆が知っている程度の事はお話しします……』
そう言うとアデルは、渋々ながら話し始めた。
どうやら相手は軍人ではなく、一民間人で、ごくごく普通のサラリーマン。歳は二十台半ばぐらいだという。
なんだろうか。この世界の成人男性はロリコンしかいないのかな。
「で? そのロリコン野郎とはどうやって知り合ったんだ!?」
『ロリコンとか言わないでくださいっ! ん……でもぉ……』
気色ばんで叫んだ後、アデルはもじもじし始めた。モニター越しにでも分かるくらいに、頬が紅潮している。
『提督になら、詳しくお話しても良いかなぁ……』
と、どこか嬉しそうに言った。
もしかしてこいつ、実は俺に惚気たくて仕方が無いんじゃないのか。手塩にかけて育てた俺のアデルが、知らないうちに大人の階段を登っていたことに、少なからず衝撃を受けた。内心で頭を抱える俺を余所に、アデルは嬉しそうに馴れ初めを語ってくれた。
それによると、人気の無い路地裏を歩いていた時、ガラの悪い連中に絡まれた所を助けてもらったのだそうだ。
少し前に、どこかで似たような話を聞いた気がする。
「待て! そんな小さな女の子をどうするつもりだ!」
颯爽とアデルとチンピラ共の間に割って入ったロリコンは、そんな台詞を吐いてイキったそうな。
割って入ったはいいものの、顔は真っ青で身体はガクガク震えていて、明らかに無理をしているのが見て取れた。
案の定、チンピラに速攻でボコられてしまったらしい。
『袋叩きに遭いながらも、私に向かって必死に逃げるように叫ぶその姿にときめいちゃったんです』
「そ、そうなのか」
なんか色々とおかしい。近頃の女子は、そういうのにやられちゃうもんなのか。
「んで、そのチンピラはどうしたんだ?」
『私が制圧しました』
まあ、そうなるよな。
なにしろアデルは、物心付いた頃からあの治安の悪いオムニで、身一つでストリートチルドレンをやってたくらいだ。
徒党を組まなきゃ夜道も歩けない知恵遅れのバラガキなんぞ、鼻歌交じりにでも屠殺できる。
『倒れている彼を介抱して、そこから、まあ、色々と……』
自分の顔を両手の平で挟むようにして、アデルは身体をくねらせた。
なんということだ。俺の知らないところで、アデルがリア充になっていたとは。しかも、微妙にチョロイン風味だし。
もしかして、あれかな。
若くして優秀な宙軍士官であり、いわゆる才媛であるアデルからしてみれば、ちょっと頼りないぐらいの男のほうが、保護欲がそそられるのだろうか。
意外とアデルは、最近流行りのロリおかんタイプなのかもしれないな。
そんな事を考えている俺を余所に、馴れ初めから始まったアデルの惚気話は続いていた。
一人暮らしで食生活に乏しいそいつの安アパートを頻繁に訪れては、料理を作ってやっているそうだ。
軍務の合間にそんなに足しげく通っている時点で、相当入れ込んでいる。もう完全に通い妻状態だ。
「あー、はいはい。もういいよ。わかった、わかった」
いい加減、胸焼けがしてきた俺は、手を振りながら言った。父親が、娘の惚気話を延々聞かされて楽しいわけが無い。
『もう。提督が話せって言ったんじゃないですか』
途中で遮られたのが不満なのか、アデルがぷっと頬を膨らませた。
普段歳に似合わず大人びているが、ところどころで垣間見えるこういう子供っぽさが、猫耳と相俟って彼女の魅力となっているところがある。
しかし、それがもうすぐ俺の物ではなくなってしまうのかと思うと、暗澹たる気分になってしまう。
アデルのお相手とかいう男を、合法的に物故させる手立ては無いものかと、ほんの一瞬ではあるが本気で考えてしまったくらいだ。
とりあえず、これ以上聞けるのは惚気話しかないと判断した俺は、アデルとの通信を終えた。
帰還の報告も兼ねて、東郷さんに通信を入れることにした。
もちろん、その前にコスプレ衣装から軍服に着替えることも忘れない。どうせ、最初に通信に出るのはあの白菊なんだし。
数コールの後、出たのは、司令長官秘書である白菊二佐殿だった。
「帰還をお待ちしておりました、秋月提督。東郷司令長官閣下にお繋ぎします」
俺の顔を見るや否や、こちらが用件を告げる前にそう言った。いつもなら、アポはないのかとか何のかんの言って邪魔をするはずなのに、今回に限っていったいどうしたんだ。それどころか、いつもの仏頂面とは違い、僅かに安堵したような笑みすら浮かべていた。
もしかして、東郷さんが俺の戦隊の欠員補充にかこつけて、仕事が疎かになっている事に辟易しているのかもしれない。程なくして、東郷さんに繋がった。
『なんだ。もう帰ってきたのか』
「第一声がそれかよ」
どうやら、俺の想像は正しかったみたいだ。
「いつまでも遊んでると、仕事が溜まる一方だよ?」
『何を言うか。お前の戦隊の面倒を見てやったんだぞ』
「お心遣い感謝いたします、閣下。本職が復帰したからには、これ以上閣下の手を煩わせる事は致しません。どうか、安心してご自身の職務にご精励ください」
『ちっ……』
舌打ちしやがった。
『ところで、ロリ。私の送ったメールは見たか?』
言われて「ああ、あれか」と思い至った。
「このゲーム専用のヘルメットマウンテッドディスプレイの事?」
『そうだ。今も使っているが、凄すぎるぞ、これ』
若干興奮気味に、東郷さんは捲し立てた。
まるで、自分がこのゲームの世界に入り込んだような感覚だと、随分とご満悦のようだった。ただ、視点がゲームのキャラクターのものになるため、リアルの自分との体格の違いに戸惑い、物を掴もうとしてスカったり、段差で転んだり、頭をぶつけたりして、慣れるまでは苦労したとも言っていた。もちろん、痛みや触覚は無いものの、視覚や聴覚はばっちり再現されているようだ。
「俺は使う気にはならないなぁ。そんなことしたら、俺の幼女美が堪能できなくなってしまう」
『自分が幼女になったみたいで興奮するかもしれないぞ?』
「そういう趣味はねーから」
『もしかしたら、新しい自分に目覚めるかも知れんぞ?』
「いらんわ」
そんな馬鹿話を交わした後、俺は東郷さんに何か変わった事は無かったか尋ねた。
『特に面白いことは無かったな。新装備の運用試験も問題なく終わった』
そう答える東郷さんの声は、少し不満そうだった。
どうやら、宙賊やイキった隣国の軍艦がちょっかいを出してくるということは無かったらしい。
優男な見た目に反して東郷さんはけっこうな武断派だ。
調子に乗って領宙侵犯をしてきた隣国の軍艦を、無警告で撃沈したことも一度や二度ではない。領宙侵犯自体、侵略行為ではあるので、撃沈されても文句は言えないが、礼儀正しく警告してお引取り頂くのが普通のやり方だ。
それを、暗礁宙域で人目につかないのを良いことに、割とフリーダムに好き勝手にやっていたわけだ。
ちなみに、運用試験を行った新装備とは、新型艦対艦ミサイルと、現在『おおよど』を始めとした『とね』型機動巡航艦の艦載機である局地戦闘攻撃機『瑞雲』の後継機、試製『晴嵐』の性能評価試験だと聞いた。
ちょっかいをかけてきたら、実戦テストが出来たのにと、ぶつくさと文句を言っていた。
「まあ、なんにしろ、少しは息抜きになっただろ?」
『まあな』
不承不承と言った感じで、東郷さんは頷いた。ゲームの中とはいえ、偉くなりすぎるもんじゃないなとしみじみと思った。
楽しむはずのゲームの中で、ひたすら書類整理に明け暮れるなんて、本末転倒だよな。
『ああ、そうだ。お前が出演した番組がこっちでも放映されたぞ。物凄い反響だ』
東郷さんも、塚田さんと同じ事を言った。
ゲーム世界のネットでも大騒ぎになっているらしいが、不特定多数からの評価というものに、俺はあまり興味は無いので、そこは適当にスルーした。
『そのお陰で、私は四六時中、部下に冷やかされる羽目になったがな。やれやれだ』
「まあ、放置していれば、そのうち何も言われなくなるんじゃね?」
『何を他人事みたいに……』
別に実害があるわけでも無いし、気にしても仕方がないだろうさ。
『……それもそうだな。それに、結婚したからといって何が変わるわけでもない』
「そうそう。せいぜい、俺の苗字が秋月から東郷に変わる程度さ」
そう。それだけだと思っていたんだよな、この時は。