「あ~、疲れた疲れたっと」
収録は滞りなく終了し、放送局を出た俺は、うーんとばかりに伸びをした。
慣れない事をしたせいか、緊張で物凄く肩が凝った。
あの後も、男尊女卑を前提とした噴飯ものの馬鹿話が続いたのだが、俺に話を振ると確実に場が荒れる事が分かったためか、あれ以降俺に話が振られることが無くなってしまった。おかげで、残りの時間は番組が終了するまで、ずっと座ったままで過ごすことになった。
塚田さんの指令どおりに番組をぶち壊すとまではいかなかったが、適当に掻き回すぐらいは出来たと思うけど、ちょっと中途半端な終わり方だった。
ちなみに、帝都近傍の星系には、ほぼリアルタイムで配信されているが、他の銀河系には亜空間通信ネットワークを経由しての配信となるため、佐世保で視聴できるようになるのは、何日か先の事になる。
「秋月さん!」
血相を変えて、政務官秘書が俺のほうに早足で近寄ってきた。
「ああ、政務官秘書殿。お待ちしておりました。軍令部まで送ってもらえますか」
「な、な、何を言ってるんです!? あなた、一体何をしたか分かってるんですか!?」
「はい。完全に完璧に理解していますが、何か。それより、早く車を回してください」
「ふ、ふざけないで! こ、こんな、こんな大問題を引き起こして……!!」
そんなサルみたいにキーキー喚かれても困惑してしまう。俺は、上官の命令に従っただけだし、何か問題が起きたとも認識していない。
ここはとりあえず、塚田さんに全責任を押し付けることにする。
「何か意見があれば、軍令部総長にどうぞ。取り合ってもらえるかどうかは保証致しかねますが」
しれっと余計なことを付け加えてやったのは、もちろん嫌味だ。
顔を真っ赤にして怒りに震えている様子が面白かったが、挑発するのはこれくらいにしておこう。
癇癪を起こして暴力でも振るわれたりしたら、無力な幼女の俺に為す術はない。
秘書のオバハンも俺に文句を垂れるより、
「ただで済むと思わないことね……!」
おお、怖い怖い。たかが
いちおう車は回してくれたので、俺はそれに乗り込んで軍令部に向かうことにした。
ちなみに、秘書殿は直帰するらしく、俺とは別にタクシーを呼んで、さっさと行ってしまった。
さっきの台詞は、去り際の捨て台詞だ。
「面白かった! 良かったぞ、摩耶ちゃん!」
軍令部に戻り、執務室を訪れた俺は、喜色満面の塚田さんに出迎えられた。
「あんなもんで良かったの?」
「おう。十分だ! ところで、あの小うるさいBBAはどうした?」
癇癪を起して一人で帰ってしまったことを伝えたところ、小馬鹿にしたように鼻で笑っていた。
「オンエア中から、反響が凄まじかったぞ。各惑星の地本にも、入隊に関する問い合わせが殺到していたしな!」
地本というのは、帝國宇宙軍地方協力本部の略称で、軍の広報やリクルートなどを行っている部門だ。
一般の国民にとっては、最も身近な軍への窓口ということにもなる。
広報活動としてみれば、そこそこ上手くいったということらしい。まったく、ロリコン共め。
「ところでさ。俺はどうやって佐世保に帰れば良いんだろ。横須賀から定期便になるのかな」
来るときは、運よく近傍星系まで帰還する艦があったから便乗させてもらったけど、帰るときはそうも行かない。
民間船を乗り継いで帰るのは、面倒だし時間がかかる。
となると、横須賀に向かった後、定期便の輸送艦に便乗して佐世保に向かう方法になる。
「それなら心配無用だ。東郷の奴が気を利かせて、迎えを寄越したからな」
「東郷さんが?」
「うむ。訓練航海の名目で、お前さんの乗艦『あまつかぜ』が橿原に来ている。それに乗って佐世保に直帰すればいい」
気を回してくれたのか。それはありがたい。
いや、でも待てよ。
そうなると、俺の戦隊は艦艇が一隻不足していることになるぞ。穴埋めはどうしてるんだ。他の戦隊から艦を回してもらってるんだろうか。他の戦隊にそんな余裕は無かったはずだが。
……まあ、何にせよ、乗り慣れた自分の艦で家に帰れるのだから重畳だ。
「それじゃ、早速だけど、自分の艦で佐世保に帰るとするよ」
「おう。東郷によろしくな。ところで摩耶ちゃん」
塚田さんは、いやらしく口の端を吊り上げると、俺に顔を寄せてきた。
「この機会に、俺の愛人にならんか?」
「おいこら。このハゲ。逆さに吊るすぞ」
「ガハハハ! やっぱり、女子にはセクハラしとくのが礼儀ってもんだろ!」
豪快に笑うと、おどけたように自分の禿頭をペシリと叩いて見せた。とんでもねえ助平親父だな。他の
……まあ、こういうアホなオッサンは、個人的には嫌いじゃないけどさ。
「とりあえず、これで失礼するよ。秋月摩耶一等宙佐。これより原隊に復帰します」
「あいよ。ご苦労さん」
任務完了の申告と敬礼を残し、俺は塚田さんの執務室から退室した。
こんなのがトップやってて、この軍隊は大丈夫なんだろうか。
頭を抱えたくなったが、気を取り直して軍令部を後にするのだった。
軌道往復シャトルで静止軌道上に浮かぶ宇宙港まで上がった俺は、無闇に広い港湾区画の一角に係留されている『あまつかぜ』に向かう。
艦の全型を確認できる送迎デッキには、熱心にカメラを構えている人の姿がいくつもあった。おそらく、ミリタリーマニアなのだろう。
彼らからしてみれば、『あまつかぜ』は就役したばかりの新造艦で、いまだに一般公開が行われていない。
しかも、慣例どおりなら新型艦はまず横須賀に配備されるはずなのに、辺境の佐世保に真っ先に配備されてしまったので、首都圏に来航する事自体、これが始めてだ。
新造艦が真っ先に横須賀の第一機動艦隊群に配備されるのには、いちおうきちんとした理由がある。
広報という側面もあるが、作戦能力獲得後の運用データの収集やトラブルシューティングなどを行い、フィードバックの上、他の艦隊に配備を行うためだ。
もっとも、それが他の艦隊のやっかみを買っていて、装備だけは最新の張子の一群などと陰口を叩かれる一因にもなっているのだけど。
「おかえりなさい、提督!」
乗艦用タラップでは、アデルを始め、航海長や船務長らが待ち構えていた。
「おう。出迎えご苦労」
アデルらの敬礼に答礼を返し、艦内へと入った。
やっぱり、勝って知ったる自分の艦は居心地が良い。落ち着く。
「提督! 面白かったっすよ!」
「宙軍省の面目丸潰れですね。さすが提督、えげつない」
航海長と船務長が口々に言った。二人共、番組を見ていたらしい。
俺的には中途半端で少し不満が残る結果だったんだけど、塚田さんを始め、みんなには中々好評みたいだ。
「言いましたよね、提督。お行儀良くしてくださいって」
概ね好評ではあったのだけれど、ただ一人、アデルだけはおかんむりだった。
「何言ってんだ。十分お行儀良くしてただろう」
「あれのどこが、お行儀良くですか! ああいうのは慇懃無礼って言うんですっ!」
「しょうがねえだろ。馬鹿な質問してくるほうが悪いんだよ。俺は相手に合わせて差し上げただけだ」
それに俺だって、何も好き好んであんな真似をしたわけじゃない。
何度も繰り返すが、軍令部総長閣下直々のご命令だったからだ。
一介の一等宙佐風情に抗命なんぞ出来るわけがないじゃないか。
「ところで、そんなことよりもだ」
俺は気になっていたことをアデル尋ねた。
「俺の戦隊、艦が一隻足りない状態で、ちゃんと宙域監視のローテーション回せてんのか?」
俺の
常にギリギリの状態で任務を遂行しているため、一隻でも欠けが出ると、他の艦への負担が増大してしまう。
『あまつかぜ』がここにいるということは、俺の戦隊は、艦艇が一隻足りない状態で運用していることになる。
するとアデルは、ちょっと複雑そうに口を開いた。
「それなんですが、他から艦を回してもらっています」
「どの戦隊だ? どこもそんな余裕は無いはずだぞ」
「ええと、正確には戦隊では無いのですが……」
なんだか、妙にアデルの歯切れが悪い。
「東郷司令長官閣下の座乗艦『おおよど』です」
「はぁ? じゃあ、戦隊の指揮は……」
「東郷閣下が臨時に執られています」
おいおい、何してんだよあの人。
そういや、ここ暫くの間、デスクワークばかりで
もしかして、宇宙に出る口実を作るために、これ幸いと自分の艦を補充に割り当てやがったのか。
「ガンさんが、良く了承したな」
俺は佐世保を離れる際、戦隊司令官として、代理指揮官に副司令であるガンさんを指名した。
本来ならば、俺が不在の間はガンさんが指揮を執ることになっていたはずだ。
そこへ、上官とはいえ、本来なら指揮権の無い東郷さんが割り込んできたのだ。
ガンさんの性格からして、自分の権限を侵害されたと憤慨すると思ったんだが。
「名目上は、艦隊に配備予定の新装備の実践テストということになっていますから」
「ああ、なるほど。そういうこと」
つまり、二宙戦は試験を行う『おおよど』の護衛という扱いになっているんだな。
試験の実施要綱や行程など、全体的な指図は東郷さんが行うが、実戦部隊としての戦闘指揮はガンさんが行うという体系なんだろう。
「そうでなきゃ、ガンさんが承服するわけ無いもんな」
「はい」
そもそも、装備の運用テストなんて、司令長官が自ら行うような任務じゃない。
何のかんのと理由をつけて、どんな形でも良いから、宇宙に出たかったに違いない。それだけ、フラストレーションが溜まっていたんだろう。ちょっと気の毒だ。
「まあ、良いさ。俺が帰還するまでの間、ゆっくり羽を伸ばせば良い」
話している間に、俺とアデルは提督居室の前まで来ていた。
まずは、この窮屈な正装から、船内作業服に着替えちまおう。
「提督。今日放送された番組の事なんですけど」
「ええー、まだ何かあるの?」
「違います。私、安心したんです」
意図が分からず、俺は首を捻った。
「提督の結婚観、私はとても感動しました」
「ああ、あれな。本気にするなよ? 番組用のポーズだからな」
そもそもあれは、俺が未来の幼妻についての願望を語ってみせただけであって、当然のことながら、俺がそうしたいってわけじゃない。
しかし、俺を見つめるアデルの視線が、妙に暖かい。というか微笑ましい。
おい、待て。なんなんだ、その「わかってますから」的な眼差しは。
「東郷司令長官閣下は幸せ者です。岩野二佐も安心するでしょう」
「いや、だからな、アデル」
「これで私も踏ん切りが着きました」
「うん? 何がだ?」
俺が聞き返すと、アデルは僅かに頬を染めて俯いてしまった。
彼女の幼女美の象徴とも言える猫耳が、ぱたりと伏せられている。
「て、提督を差し置いて、私が……というわけにも行かないと思っていたので、その……」
必死に言葉を選ぶアデルの様子に、俺の中で急速に嫌な予感が広がっていく。
アデルは深呼吸すると、意を決したように俺を真っ直ぐに見据えた。
「実はっ! 私も苗字を変えようと思ってるんですっ!」
「なっ……!!」
あまりの衝撃に、俺はリアルでよろめいた。
その言葉の意味するところは、一つしか考えられない。
もちろん、養子に入るとかそういう意味じゃない。
いったい、いつの間に。
そんな相手がいる兆候なんて、俺の知る限りではどこにも無かったのに。
「ど、どこの馬の骨だ!? おのれ、ロリコンめ!!」
「て、提督!?」
「アデル! お父さんは許しませんよ!!」
アデルの両肩を掴み、俺はガクガクと揺さぶった。
「だ、誰がお父さんですかっ!」
「おのれ、よくも俺のアデルを……! アデルを嫁になんかやらせん! やらせはせんぞおおおお!!」
「お、落ち着いてください、てーとくっ!!」
その後、騒ぎを聞きつけて集まってきた他の乗組員から、衝撃の真実を聞かされた。
アデルのお相手との交際は、半年以上前から続いていたらしく、婚約もしていたのだが、俺より先に結婚するわけにはいかないと、相手に結婚を待ってもらっていたらしい。
ちなみにアデルは、幼女ではあるが俺よりも一歳年長で、既に十六歳。法的に結婚可能な年齢だ。
……別に、俺に気を使う必要なんて無いだろうに。
そして、更に衝撃だったのは、それを知らなかったのが俺だけだったということ。
ガンさんをはじめ、戦隊の主だった連中には周知の事実だったらしい。
もちろん、この艦の乗組員もだ。
「そんなんだから、副司令が心配するんすよ」
「そういうのはとことんポンコツだからな、うちの提督は」
「だがそれがいい」
言いたい放題の部下達に、俺のガラスの心臓はいたく傷つけられるのだった。