「理由は簡単です。女性のほうが男性より優秀だからです」
案の定、司会者を始め出演者達は呆気に取られているようだった。
俺は構わず言葉を続けた。
「そんな事をしたら、男性に対する性差別になります。差別はよくないと思います」
いい感じに場の空気が凍っている。
なにしろ、番組の主旨が男尊女卑が前提なのだ。
そんな中で、まさか女尊男卑じみた意見が飛び出て来るとは思わなかったのだろう。
「え、えーと。それはつまり、どういうことなのでしょうか」
「どういうことも何も、言葉通りの意味なんですけどね」
戸惑いながら問いかけてくる司会者に俺は言った。
「野生動物を例にとって見れば明白ですが、雌のほうが雄よりも優れています」
これは別に俺の独断でも偏見でもなく、生物学的に立証されていることだ。
なにしろ、女は男と違って、子供を産み育てる必要がある。その時の痛みやストレスは並大抵のモノではなく、女のほうが外的な負荷には強く出来ているのだ。寿命だってオスよりメスのほうが長生きだし気性が激しいし、生物として男よりも優れているのは明白だ。
それに、女は男に比べて、脳の機能が完成されていると言われている。それがゆえに、論理的に物事を考えるのが苦手だとも。何しろ、いちいちあれこれ考えたり思い悩んだりしなくても、直感で結論に辿り着いてしまうのだ。女性がよく、感情で物事を判断するといわれるゆえんだ。
男はちょっとそうは行かない。直感で結論に達するほどに脳が完成されていないがゆえに、最悪の事態を想定して事前策を講じたり、あれこれやこれやと幾つも逃げ道を作ったり、別れた女の事をグダグダといつまでも引き摺ったりする。
しかし、組織の一員、特にある程度の地位にある人間に必要なのは、男のような未完成故の臆病さや周到さだったりする。
なにしろ、自分の決断で自分一人だけではなく、下の人間まで道連れにしてしまう。自分の直感だけで物事を判断するわけには行かないからだ。
脳が完成されていて、すぐに結論に辿り着けるといっても、あくまで自分の中で結論を出すのが早いというだけで、それが現状に沿うのかどうか、公益に結びつくのかどうかは全くの別問題だ。
まあ、そのことには触れず、女は男より優れてるんだから、ちょっとぐらい不便だからってギャーギャー喚くな。優秀なんだから手前でどうにかしろ。出来なきゃすっこんでろ、という主旨の暴言をぶちかましてやることにした。
「人間の社会システムは、『生物として優秀な』女が、男を馬車馬のように働かせて、楽をして糧を得るように出来ています。そして、それが今まで上手くいっていました。女は本来、働く必要など無いはずなのです」
この前のガンさんの言い草をちょっとパクってみた。
「苦労を全て男に押し付けて安楽な生活を送っていればよいものを、物好きにも労働以外にとりえの無い男を押しのけて、彼らから仕事を奪い取ろうというのです。それだけでも男性に対する迫害であるのに、女性用ポストの設置など、正気の沙汰とは思えませんね。女性自身の無能を証明しているようなものです」
まあ、この理屈で言うと、俺も賢くない物好きな女ということになるんだろうけどな。わかってやってることだけど、我ながら無茶苦茶な理屈だ。
実際問題、ジョセイノジンケンガー、ダンジョキョードーサンカクガーみたいなのはテレビや新聞で騒いでいるところしか見たことが無い。
あとはせいぜい、一部のちょっとアレな
まともな女性にとっては、声が大きいだけの少数意見なんて迷惑千万なことだろう。
大半の女性は男と同じ条件で仕事をしているのが殆どだ。
俺の職場にも女性は何人もいるが、結婚や育児となると、すっぱりと退職するのが普通だ。
その人がどうしても会社に必要な稀有な技能を持っていれば、非常勤という形で勤務を継続する場合もあるのだろうが。
「男より優秀にもかかわらず、同じ条件で仕事の出来ない無能な女など、社会に出てくるべきではありません。我々働く女性の品位を貶めるだけです。そんな能力の足りない女性は、さっさと結婚して子供でも産むべきです。国家の生産力を上げるという意味では、そのほうが、よほど国のためになるでしょう」
「え、ええと……ず、随分と斬新なご意見ですね! ありがとうございます、秋月さん!」
俺の暴論と場の雰囲気に耐えかねたのか、女性司会者がやや強引に話を打ち切った。
弁護士先生とシングルマザーの人が、剣呑な目付きでこっちを睨んでいる。さっさと結婚して~のくだりにムカついたのかな。
まだまだ、ちょっと言い足りなかったんだけど、まあいいや。
「あなたのその論法で行くと、あなた自身は有能ってことでよいのかしら?」
興味深そうに尋ねてきたのは、ベンチャー企業の社長さんだった。
程ほどのところで切り上げたかった司会者の表情が、僅かに引き攣っているのが見て取れた。
「はい。無能に艦隊司令官は務まりません」
俺はきっぱりと言い切った。
「あなたの意見、とても面白いわ。でもね、女性のほうが男性より優秀だというのなら、もう少し女性の社会進出が進んでいても良いのではないかしら?」
「十分以上に進んでいると考えます。既に多くの男性を失業に追いやっています。男性からは相当恨みを買っていることでしょう」
「あなたもその一人ということになるのではなくて?」
「そうなりますね。しかし私は、男性と同じ環境、待遇、立場で今の地位に就きました。それは、私にそれだけの能力があったからです。そして、時には男性的な判断を下すことが出来るからであります」
女社長の顔を真っ向から見つめ、傲然と胸を張った。
なんという傲岸不遜な物言いだろうか。だが、幼女だから無問題だ。幼女は何をしても許されるのだ。
「軍隊は平等……いえ、公平です。男女の区別無く、能無しに居場所はありません」
傲然と言い放った後、俺はカメラのほうに向き直った。
「番組をご覧になっている女性の方々。もちろん、男性の方々もですが、真の意味での能力至上主義、公平な職場を求めている方は、帝國宇宙軍への入隊をお勧めします。宇宙軍志願兵、絶賛募集中であります」
そういって、あどけなさの中にも凛とした芯の強さを内包する幼女の微笑みを浮かべて見せ、さりげなく軍の広報活動を行ってみた。
「秋月さん、有難うございました! そ、それでは、次は……」
ここぞとばかりのタイミングで、司会者が話題を終了させた。
司会者の背後のモニターに、ゲバ文字を思わせる気色の悪いフォントで次のお題目が表示された。
『結婚や夫婦生活について』
次も色々と荒れそうなお題目だった。
嫌な予感しかしなかったが、始まってみると、懸念したとおりのアレな内容だった。
「列強国の中で、帝國だけが夫婦別姓を法的に認めていませんが、皆さんの意見はどうでしょうか」
そんな質問を、出演者達に振っていった。まあ、こんな番組にお呼ばれするぐらいの方々なので、一人を除いて全員が、夫婦別姓に賛同していた。
彼女らの言い分を総合すると、夫婦同姓は男女差別なんだそうだ。なんでそうなるのか、全く理解できない。
せめて、何処が差別になるのかも説明してくれると有り難いんだけどな。
ちなみに、例外の一人は社長さんだった。収入の多いほう、生活能力の高いほうの姓にすべき、という意見だった。
まあ、これはこれで、理解できないことも無い。
「秋月さんはどのように思われますか?」
最後になって、俺に話が回ってきた。
鬼のような形相で、何か身振り手振りをしている政務官秘書を無視し、俺は忌憚の無い意見を述べさせていただいた。
「反対です」
「それは、何故でしょうか?」
司会者が、おそるおそるといった感じで、先を促す。
「面倒くさい。紛らわしい。今までそれでよかったんだから、変える必要は無い。子供が出来た場合、親子で姓が違うなんて事にもなる。夫婦や親子で苗字が異なる家族なんて、滑稽なだけでしょう」
一息に言い切った後、軽く息を吐いた。
「すると、夫婦別姓を認めている諸外国は滑稽だと、そうおっしゃるのですか! それは差別的発言ですよ!」
色めきたって突っかかってきたのは、女性の人権問題に詳しいとか言う弁護士センセだった。
心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいかな。差別や人権は飯の種だからかな。
「他国には他国の事情があるのでしょうが、我が帝國においては滑稽極まりないことです」
「き、聞き捨てなりません! 撤回しなさい!」
「撤回の要を認めません。それから、教示的な発言は慎んでください。番組出演者の立場は平等なはずです。あなた達の大好きな、ね」
揶揄するように言ってやったところ、弁護士センセは、歯軋りでもしそうな形相で、俺を睨みつけて来た。
「例えば、フンダクルスのような多民族国家であれば、多種多様な価値観が存在するので、そういった考え方も必要かもしれません」
フンダクルスは、ゲーム世界における軍事超大国で、どこぞの合衆国を髣髴させる自由と平等と正義を信仰する連邦共和国だ。
多民族国家で、大量の移民を受け入れているということもあってか、そのあたりに法律的な縛りは無く、個人の自由ということになっており、夫婦別姓はもとより同性婚についても、まったく規制が無い。
「しかしながら、我が帝國は、かつて地球上に存在していた当初から今に至るまで、単一民族による単一国家を形成して来ました。その当時から培われた価値観からすれば、結婚とは相手の家庭に入り、家族の一員になることを意味します。家族の一員であるにもかかわらず、姓――まあ、正確には苗字ですが――が違うのは、異様なことなんです」
「その考えが古いと言ってるんです!」
「古いから何だと言うのですか? 何か不都合があるのですか? 不便なだけでしょう? 第一、誰が得をするんですか?」
「うっ……」
「古いことが悪だというのであれば、我々は何故歴史を学ぶ必要があるのでしょうか?」
矢継ぎ早に聞き返したところ、弁護士センセは言葉に詰まってしまった。
結局のところ、何のかんのともったいぶった理屈をつけても、この一言で片付けられてしまう程度の事なのだ。
ほんっと、くだらねえ。
くだらないついでに、俺は、自分が将来の幼妻に求める願望を摩耶の口から言わせてみた。
「それに、これは私の個人的な意見ですが、結婚して好きな人の苗字になるなんて、むしろ憧れてしまいます」
カメラに向かって、ちょっとはにかんだ笑みも浮かべて見せた。摩耶の幼女美もあいまって、効果は抜群だ。自分でやっておいてなんだけど、あざとすぎる。
それが分かるのか、他の出演者達は、ずいぶんと渋い顔をしていた。構いやしないが。
「あなた、ちょっと世間知らずね。結婚に希望を持ちすぎてるんじゃないの?」
沈黙してしまった弁護士センセに変わって、せせら笑うように言ったのは、三人の子供がいるシングルマザーの人だった。
「希望を持ってはいけませんか?」
小首をかしげながら問い返すと、シングルマザーの人は、我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「ええ、そうよ。夫なんて仕事仕事で家庭を顧みないし、家事や育児に追われて、自分のやりたいことも満足に出来ないのよ。姑は煩いし!
「そうですか。お気の毒様です」
適当に上辺だけ同情してやった。
その割には、子供を三人もこさえているのな。少なくとも、夜の生活はそれほど淡白ではなかっということか。
「ええ、まったくよ。結婚なんてしたばっかりに、私の人生は台無しよ!」
そこからは、その人の愚痴の独壇場だった。
夫の悪口やら姑の悪口やらのオンパレードが、レーザーCIWSの弾幕の如く、途切れることなく撃ち続けられた。
夫や姑は悪し様に罵るが、三人の子供達については、とても可愛いので苦労はさせたくないと常々思っている。
生活保護の支給額だけでは、大好きな寿司(笑)を食べることが出来ないので、必死に職探しをしているが、男女差別のせいで中々就職が出来ない……なんてことも言っていた。
俺以外の出演者達には共感を得たようで、痛ましそうな表情で何度も頷いたりしていた。
俺が全く共感できないのは、中身が男だからだろうか。
「……お子さんに苦労をかけたくないというのであれば、旦那さんやお姑さんの事を、少しは我慢してあげればよかったんじゃないですか。そうすれば、少なくとも、経済面の負担は軽減できたと思いますが?」
至極真っ当なことを言ってやったら、物凄い形相で睨まれてしまった。
まあ、この意見自体、俺の男目線での意見だからな。女性からすれば、たぶん違うのだろう。
「は、はい! ええと、何とも生々しいお話を有難うございました! 秋月さんには、衝撃的な話だったでしょうか?」
「貴重なご意見ではありました」
なんだか、シングルマザーさんの表情がおっかなかったので、煽るような真似はやめて、当たり障りのない回答をした。
所詮他人事だし、どうでも良いというのが本音ではあったが。
「ですが、結婚への憧れを失ったわけではありません。私の婚約者は仕事しか能の無い人ではありますが、良い人ですから」
「ええっ!? こ、婚約者!?」
司会者が素っ頓狂な声を上げ、他の出演者達も目を丸くした。
まあ、普通のリアクションだよなぁ。十五歳の小娘が婚約者だなんて。
「え、ええと……婚約者さんが、いらっしゃるのですか」
「はい。私が十六歳になったら、入籍します」
尋ねてくる司会者に俺は頷いた。
「黙々と仕事をこなす夫を支える献身的な妻って、素敵だと思いませんか。そんな旦那様のパンツを洗って味噌汁を作るという生活も、悪くないと考えています」
せっかくなので、もう一度妄想をぶちまけてみた。
まあ、そうなるのは軍を退役した後だし、退役するのは子供が出来てからと東郷さんのご両親とは約束している。
このゲームに、子供が出来るというシステムは無いので、どうせそんな羽目にはならないから無問題だ。