副官が下がると、俺の指導役とかいう防衛大臣政務官秘書とやらが姿を現した。
キャリアウーマンっぽい感じのどこか白菊を髣髴させるような雰囲気を漂わせていた。
(……うわ。苦手なタイプだ)
思わず腰が引けてしまった。
政務官秘書は、髪をアップにした三十台後半ぐらいと思われる女性だ。
一昔前の教育ママみたいなフォックスタイプの眼鏡越しに、値踏みするような目で俺を見つめている。
「紹介しよう。こちらが、番組に出演する秋月摩耶一等宙佐だ」
塚田さんの紹介に、俺は立ち上がって敬礼した。
秘書は俺の挨拶に応えるでもなく、不審そうな目で俺を眺めている。
「……もっと相応しい人材は居なかったのですか、塚田宙将」
開口一番の台詞がそれだった。
いくら、軍人ではないからその必要は無いとは言え、たかが政務官秘書風情が、帝國軍のトップに対して、ぞんざいな口の利き方だ。
「そうだ。経歴実績共に、これ以上は無いくらい相応しいぞ」
そんな無礼な態度を気に留める風でもなく、塚田さんは言った。
政務官秘書は眉を顰めつつ、胡散臭そうに俺を頭のてっぺんから爪先まで見下ろす。
「私には、とてもそうは見えませんが」
「そりゃあ、アンタに見る目が無いだけだ」
俺が口に出して何か言う前に、塚田さんは笑い飛ばした。
一笑に付された政務官秘書殿は、いらついたように顔を歪め、塚田さんを睨みつける。
一見すると白菊のような冷血鉄仮面女に見えるが、結構顔に感情が出やすいタイプらしい。
「それに、どうせ出演者の女共は、三十代四十代の年増ばっかりなんだろ? ぴちぴちギャルが一人ぐらい混じっているほうが華になっていいだろ。視聴率も上がるぞ」
塚田さんの問題発言に、政務官秘書は途端に眦を吊り上げた。
「塚田宙将! その発言は、女性に対する性差別と取れます!」
金切り声を上げながら、顔を真っ赤に染めた政務官秘書は、塚田さんをビシッと指さした。
見かけに反して、社会人としての常識がなっていないな。
晴山艦長の場合は、お子様ということで情状酌量の余地はあったが、この歳でこれはない。
一方の塚田さんは、一向に悪びれる素振りを見せず、欧米人のように肩を竦めてみせた。
「歳食った人間を年増呼ばわりして何が悪いんだ? っつうかよ、性差別関係ないじゃんよ」
それどころか、煽っていくスタイルを崩さなかった。
なんだか、俺をダシにして遊んでるようにしか見えない。
「こ、このことは、政務官を通して、宙軍大臣に報告いたします!」
怒りに声を震わせながら、政務官秘書は呻くように言った。
「どーぞ、ご自由に。取り合ってもらえるとは思えんけどなー」
塚田さんは、小指を鼻に突っ込んで穿り回していた。
いくら、ゲームの中だからって、フリーダム過ぎる。
俺の視線に気付いたのか、片目を閉じて見せた。
鼻に小指を突っ込んでさえいなければ、茶目っ気のある仕草に見えたかもしれない。
そういや、色々と閣僚の弱みを握ってるとか言ってたっけな。
政務官秘書如きに言質を取られたところで、屁でもないってことなんだろうか。
そんな不毛なやり取りを幾度か繰り返した後、俺は政務官秘書と共に、車で収録現場に向かうことになった。
「しっかりやれよ、秋月一佐。期待しているからな」
別れ際に、塚田さんは気楽な口調で言った。なんだかなぁ。
「これが番組のスケジュールです。良く目を通しておくように。質問の内容は決まっています。このとおりに答えてください。決して、自分で勝手な判断はしないように」
「はあ……」
「くれぐれも、逸脱した回答はしないように。良いですね」
軍令部を後にした俺は、政務官秘書と共に、収録現場に向かう車の中にいた。
塚田さんに散々おちょくられて煽られた直後だからか、言葉の節々に棘を感じる。
渡された資料に目を落とすと、こう聞かれたらこう答えるみたいな模範解答が書かれていた。
どうやら、番組で聞かれる質問は、ある程度決まっているらしい。
質問も回答も、面白みの無い至って普通の内容だったけど、波風立てずに穏便に済ませるには丁度いい内容ではあった。
「聞いているのですか、秋月さん」
「聞いています」
政務官秘書風情に偉そうな口を利かれるのは癪だったが、せいぜいしおらしく返事をしてやった。
「聞いているのなら、その都度返事をなさい」
「失礼致しました」
小うるさいオバハンだが、いちいち相手にしていても面倒くさいだけだ。
このイライラは、本番の番組で存分にぶつけさせてもらうことにする。
なにしろ、軍令部総長閣下直々の「派手にぶち壊せ」とのご下命なのだ。
それに加えて、コイツの指示には従わなくてよいとも拝命している。
軍人なのだから、上官の命令は絶対だ。
そうこうしているうちに、車はテレビ局に到着した。
番組のスタッフとやらの案内で、秘書のオバハンと共に、出演者控え室で待つことしばし。
撮影開始の時間となり、他の出演者と撮影スタジオのところに案内された。
そこで、出演者同士の面通しが行われた。
出演者は俺を含めて七人。
俺以外の六人は、普通の一般人のようだ。
見た目の年齢は20代~40代ぐらいと幅がある。
塚田さんは年増ばかりと言っていたが、二人ばかり若い女性もいた。
そんな中で、軍服姿でしかも幼女である俺の存在はかなり浮いていた。
俺自身、かなり居心地が悪かった。
番組スタッフから色々と撮影に関する説明やら何やらを受けた後、ようやくスタジオで収録が開始された。
「みなさん、こんばんは。ワイドショーの時間です!」
濶舌の良い声で、司会の若い女性が切り出した。
「今回お送りするのは、列強国の中でも、もっとも女性の権利が低いと言われている八紘帝國ですが、その男尊女卑社会の中で、果敢に挑戦する女性達にスポットを当てた『女達の宣戦布告。男尊女卑への挑戦』です!」
この番組って、そんなタイトルだったのか。全く把握していなかった。
それにしても、あまりにも恣意的すぎるタイトルで失笑しそうになる。
そんな俺を余所に、司会進行役の女性司会者が、慣れた様子で出演者の女性一人一人に自己紹介を振っていく。
どこぞのベンチャー企業の社長だとか、女性の人権問題とやらにお詳しい女性弁護士とか、女手一つで三人の子供を育てているシングルマザーだとか、そんな経歴の方々が次々と紹介されていった。
順番からして、どうやら、俺はトリに使われるようだ。
「そして最後はなんと。男尊女卑の権化ともいえる帝國宇宙軍で、毅然と男達に立ち向かい、指揮官の地位にまで登りつめている可憐な乙女、秋月摩耶さんです!」
俺はカメラに向かって無言で頭を下げた。
「さて、秋月さんは、宙雷戦隊の司令官ということなのですが、宙雷戦隊とはどのようなものなのしょう?」
「大雑把に言うと、何でも屋です」
「な、何でも屋……ですか」
司会の女性は、俺の回答に虚をつかれたようだった。
他の出演者達も、不審そうに俺のほうを見ている。
もちろん、いくらなんでもその一言で片付けるのは乱暴なので、きちんと説明する。
宙雷戦隊は、かつての水雷戦隊がそうであったように、戦艦や機動母艦のような大型艦に肉薄し、光子魚雷を以って敵艦を轟沈せしめることを任務とする部隊だ。
しかし、戦艦や空母自身の防御システム、そういった高価値目標を十重二十重に取り囲む護衛艦や艦載機などの防御陣を突破するのは非常に困難だ。というか、ほぼ不可能に近い。
名称こそ、かつての帝國海軍で勇名を馳せた水雷戦隊に肖っているが、艦隊戦において雷激戦が生起する状況はほぼ皆無で、宙雷戦隊の任務は、現代水上戦におけるイージス艦などのような防空システム艦に近く、戦艦や空母といった高価値目標に向けて飛来する対艦ミサイルや艦載機といった機動兵器から防護するのが本来任務だ。
他にも、軽快な運動性能と稼働率の高さを生かし、船団護衛や平時の領宙監視任務も受け持っている。
ちなみに、普段俺が通常任務として自分の艦隊でやっているのが、平時の領宙監視任務だ。
「そういった汎用性の高さをして、何でも屋と称した次第であります」
「なるほど。そういう意味だったのですね」
女性司会者は、納得がいったというふうに頷いた。
「もっとも、私の所属する第二機動艦隊群の警備担当区域は、暗礁宙域が多く、レーダーなどの電子機器の性能が著しく低下するため、近距離での不羈の遭遇戦が発生することはあります。そう言う意味では、本来の雷撃戦に発展する可能性はゼロではありません」
俺はそう付け加えて話を締めくくった。
他の出演者たちからは「ほー」とか「へー」とか、分かっているんだか分かっていないんだか判断に難しい声が上がっていた。
まあ、どっちかというと、雷撃戦で沈めるというよりも、拿捕して収奪することの方が多いんだけどな。
もちろん、バレたら軍法会議ものなので、そんな余計なことは言わないが。
「そういった危険な任務に就いていて、怖いと思ったことはありませんか?」
「ありません」
司会者の質問に、俺はきっぱりと答えた。
「我々帝國軍人は、陛下より賜った御艦に乗り、
「え、あ……そ、そうですか! 有難うございました!」
司会者は慌てて話を打ち切り、最初に紹介された女性のほうに話が振った。
どこかのベンチャー企業の社長とかいう三十代ぐらいの女性だ。
大して面白い話でもなかったので、半分以上聞き流していたが、他の出演者は熱心に話を聞いていたり、頻りに頷いたりしていた。
「秋月さんは、どう思われますか?」
「んえっ!?」
突然、司会に話を振られ、俺は頓狂な声を上げてしまった。
慌てて居住まいを正して、必死に場を取り繕う。
「軍隊でも、男性と対等に仕事が出来るように、女性専用のポストが必要だとは思いませんか」
ああ、何となく話の流れが見えてきたぞ。
政務官秘書からは、質問の意図が分からなくても、何か尋ねられたら、とりあえず同意をしておけと指示されていた。
だが、生憎と、上官である塚田さんからは、「派手にぶち壊せ」との命令を拝命している。
ここらへんで、軽くジャブでも放ってみることにした。
「はい。いいえ。全く持って不要であると考えます」
視線が集中する中、俺は必要以上に背筋を伸ばして言い放った。
「それは、何故でしょうか」
想定していた回答と異なっていたからなのか、司会者の声は少し戸惑い気味だった。
視界の端で、番組スタッフに混じって様子を伺っていた政務官秘書の顔色が変わるのが見えたが、もちろんシカトした。
「女性専用のポストなど、女性蔑視に他ならないからです」
「ええっ!?」
「だって、そうでしょう。女性専用のポストを作ってまで、殊更に女性を優遇するなど、女性の能力を疑い侮っているとしか思えません」
無茶苦茶なことを言いながら、司会者や他の出演者の表情を伺ってみた。
皆、呆気に取られていた。
「そ、それは違うでしょう!」
出演者の一人が声を上げた。
「今の世の中は、元々男が有利なように作られているのよ。それを男女平等にしようっていうだけじゃない!」
色めきたって反論してきたのは、三人の子供を女手一つで育てているとか言うシングルマザーの人だ。
ちなみに、二十代前半で、俺以外では一番若い。
「具体的に、どんなところがですか?」
「えっ……そ、それは……」
強弁するのだから、それだけ明確な根拠があっての事だろうと思ったが、途端に目を泳がせてキョドり始めた。
せめて、生理休暇ガー、育児休暇ガーぐらい言えばいいのに。
「世の中は男が有利なようにというより、男のほうが働きやすい環境にある。それは私も感じています」
「それなら、女性も働きやすい環境にする必要はあるのではなくて?」
諭すように言ったのは、ベンチャー企業の社長さんだった。
「私はそうは思いません」
「それは、何故?」
社長さんは興味深そうに身を乗り出してきた。
「理由は簡単です。女性のほうが男性より優秀だからです」
わざとらしくもったいぶるようにして、さほど独創的でも無いことを言った。