横須賀は首都圏ということもあり、帝都への民間定期船の便数は多い。
足となる定期便はすぐに見つかった。
俺が乗り込んだのは、三人掛けのシートが真ん中の通路を挟んで並んでいる一般的な乗り合い定期船だ。
民間船に軍服姿の軍人が乗り込んでいるのはやはり目立つのか、乗客がちらちらとこちらを伺っているのが分かる。
軍港があるから軍人なんて見慣れているだろうと思ったが、一般の乗客と同じように民間船に乗り込んでいるのは珍しいのだろうか。
「あの子、ちっちゃくて可愛い。本物の軍人さんなのかな?」
「ただのファッションじゃない? どう見ても子供だし」
後ろの座席から、女性二人のひそひそ話が聞こえてきた。
ちょっとばかり、居心地が悪い思いをしながら、出発の時間を待った。
八紘帝國を含むこの世界の列強国は、複数の銀河系を領有している。
帝國の場合、領内の銀河系や星系に日本の地名や旧国名などが用いられているのが殆どだ。
銀河系には旧律令国名が充てられており、例えば、佐世保は中国銀河、今俺がいる横須賀やこれから向かう帝都・橿原は遠国銀河に存在する。
本来、この名称は都からの距離に応じて付けられていたものなので、帝都が遠国というのもおかしな話ではあるのだが、俺を含めて気にしているプレーヤーはあまりいないみたいだ。
帝都の名称が橿原となっているのは、神武天皇が東征後に遷都した橿原の宮から取られているからだ。
日本人の末裔である帝國の先祖がこの地に根付いた際、それを神武東征に準えて付けられた……という設定によるものだ。
ちなみに、旧国名は、主に銀河系内の居住可能な惑星を含む星系に充てられている。
佐世保の所属する星系は肥前星系、横須賀は相模星系、帝都・橿原は武蔵星系といった感じだ。
佐世保から横須賀への航路は、銀河系自体が異なるため、ゲーム内時間で十日というかなりの時間を要したが、横須賀から帝都へは、星系は異なるが、同じ銀河系内なので、それほど時間はかからない。
このゲームでの星から星への移動手段は、当然宇宙船を使うことになるのだが、比較的近距離を移動するための通常航行と、他の銀河系など遠方に移動するための亜空間航行――いわゆるワープの二種類がある。
通常航行は、現実世界の水上船舶と同じく、国際法によって定められた規定の航路上を移動するが、亜空間航行は要所に設置された亜空間ゲートを通過し、目的地の最短距離に存在するゲートへ亜空間を移動して距離と時間を大幅に短縮する移動方法だ。
ゲートに入ってゲートから出る、という移動方法になるので、任意の場所から任意の場所へ移動するということは出来ないため、ゲートが存在する宙域までは通常航行で移動することになる。
宙域内の天体や星間粒子などの影響の少ない安定した空間に設置する必要があるため、何処の国でも設置されている場所はほぼ決まっている。
実のところ、亜空間航行がどういう原理なのか、いまいち理解できていない。
公式の運営サイトやゲームのwikiなんかには、詳しい説明が載っていたが、半分も読まないうちに頭痛がしてきたので、理解することを早々に断念して、とりあえずワープみたいなものだという程度の理解に留めていた。
今回の場合、横須賀のある相模星系と帝都のある武蔵星系は、隣接していて比較的近距離であるため、亜空間航行は行わず、通常航行のみで目的地に向かうことになっている。
暫くすると、出発を告げる船内アナウンスの後、俺を乗せた定期船は横須賀港を出航した。
到着まで、ゲーム内時間で一日といったところか。
今回はデフォルト設定にあわせているので、現実の時間で一時間程度となる。
首都圏ということもあり、通航の難所となるようなところは少なく、治安も安定しているため宙賊のようなダニもいない。
あとは、相模星系の太陽が突然ご機嫌を損ねて、強烈な太陽風を振りまいたりでもしなければ、時間通りに出航できるはずだ。
「さて……」
俺はヘッドセットを外すと、画面から目を離した。
椅子の背凭れを倒してうーんとばかりに背伸びをする。
目的地に着くまでの一時間、ぼーっと画面を眺めていても仕方が無いので、一服入れてコーヒーでも飲むとにした。
席を立とうとしたとき、傍らに放り投げていたスマートフォンにメールが着信していることに気付いた。
送信元は東郷さんだった。
メールの件名は、『ロリ、これ凄いぞ!』というものだった。
メールには画像が添付されており、そこに映っていたのは、戦闘機のパイロットが被るヘルメットのようなものだった。
東郷さんによると、これは『インペリアルセンチュリー』専用のヘルメットマウンテッドディスプレイらしい。
最近流行り始めているVRゴーグルの一種のようだ。
既存のVRゴーグルと違うのは、ヘルメットタイプにすることによって、視覚のみだけでなく聴覚も完全に再現するらしい。
使用目的をこのゲーム専用に特化したことによって、従来の製品に比べて、低価格を実現したとも書いている。
金額にして一万円前後のようだが、この手の小道具に全く興味の無い俺としては、この価格設定が安いのかどうかも判断がつかない。
東郷さんは安いと考えたのか、早速購入して使ってみたようだ。
彼女曰く、自分のキャラになりきって、ゲームの世界に入り込んだようだと、ずいぶんと興奮した文面で綴られていた。
まあ、要するに、超リアルなFPS視点でゲームが出来るって事なんだろう。
東郷さんはこのVRヘルメットマウンテッドディスプレイがいたく気に入ったらしく、ずっとそれを使ってゲームをプレイしているらしい。
生憎と俺は、主観視点でのプレイには全く興味が無いので、それを使用することは無いだろう。
なんか、3D酔いしそうだし、自分のキャラを愛でることも出来ないんじゃ、このゲームの魅力は半減だからだ。
メールに当たり障りのない返信をした後、コーヒーを飲みながら目的地に着くのを待った。
一時間後、特に厄介なバットイベントが発生することも無く、定期船は帝都橿原に到着した。
八紘帝國の首都星であり、外来船も多いことから、港湾設備は軍港以上に充実している。
橿原は佐世保や横須賀のような鎮守府ではないので、艦隊は常駐していないが、一般の乗降口とは別に、政府要人専用の乗降口があり、そこに二隻の戦艦が係留されている。
皇室や政府要人専用艦である戦艦 『しきしま』と予備艦の『あきつしま』だ。
どの艦隊にも所属していない軍令部直轄艦で、名目上は戦艦となっているが、武装は自衛用の最低限のものしかそなえていない。
皇室や政府首脳の外遊などに使用される艦で、航空自衛隊の政府専用機に近いものだ。
それ以外にも、観艦式の際はお召し艦となり、今のところ実例は無いが、有事の際には今上帝や内閣総理大臣を始めとした閣僚が乗り込み、大本営として運営されることになる。
「さてと。まずは軍令部に顔を出す必要があるな」
係留されている二隻の戦艦を横目に、俺は地上との軌道シャトル発着所へと向かった。
まずは、軍令部総長の塚田さんに挨拶しないといけない。
それに加えて、俺の好きなようにやって良いとは言われているけど、ある程度方針を決める必要がある。
塚田さんの中の人は、東郷さん以上の廃プレーヤーらしいが、どんな感じの人だろうか。
見た目はガタイの良い強面のおっさんだったが、東郷さんみたいに中の人が女性だったりしたら、それはそれで面白い。
早速軍令部を訪れた俺は、受付で塚田さんとの面会を申請した。
手続きはすんなりと終わり、俺は軍令部総長の執務室へと通された。
「おお! 良く来てくれたな、摩耶ちゃん!!」
こちらが挨拶の言葉を口にする前に、親戚の気さくなおっちゃんみたいな口調で、筋肉質の禿頭が満面の笑みを浮かべ俺を出迎えてくれた。
「お初にお目にかかります。軍令部総長閣下。佐世保鎮守府第二機動艦隊群第二宙雷戦隊司令、秋月 摩耶一等宙佐であります」
いきなり、摩耶ちゃん呼ばわりされて一瞬呆けそうになったが、型通りの挨拶を口にした。
「噂どおりにめんこいな! 東郷の
どうやら、俺と東郷さんが婚約していることは知っているらしい。
(こっちの世界の)ネットでも噂になっているし、他にも知っている人は多そうだ。
「堅苦しいのは抜きにしよう。プレーヤー同士なんだしな」
「はあ。ですが」
「とりあえず、掛けてくれ」
俺は促されるままに、執務室のソファに腰を降ろした。
お互いにプレーヤーということもあり、本題とは関係の無い世間話から入った。
ゲームの中とはいえ、相手は宇宙軍のトップであるため、上官に対する口調で話をしていたんだが、塚田さんは気に入らなかったらしい。
仕方が無かったので、東郷さんや部下と話をするような素の口調に変えたところ、大いに喜んでくれた。
「おお! 俺っ娘か! 僕っ娘はあざとくて苦手だが、凛々しくてサバサバして良いものだな!」
そんな事を言われ、随分と気に入られてしまった。
「東郷さんからは、俺の好きにして良いって聞いたんだけど?」
適当に雑談を続けた後、俺は本題のテレビ出演の件について質問した。
「おう。文字通りの意味だ。好き勝手にやっていいぞ。出来るだけ派手にぶち壊してくれ」
塚田さんは豪快に大口を開けてガハハと笑った。
そんな事をして、塚田さんの立場が悪くなったりはしないんだろうか。
「俺の心配をしているなら無用だ。こっちもこっちで、内閣が吹っ飛ぶようなスキャンダルを幾つも持ってるからな! 俺の人選ミスを追及してきたら、ネットやマスコミに垂れ流してやるさ!」
そう言って、にんまりと口の端を吊り上げて見せた。
なんか、セクハラ親父みたいな表情だった。
「例えば、今の左翼与党の閣僚に二重国籍を隠している奴が何人もいるとか、な」
「うわあ、それ笑えないわ……」
豪快で脳筋気味のおっさんにしか見えないんだけど、やはり組織のトップに立つだけあって、身を守るために色々な切り札を持ち合わせているらしい。
本人が心配ないって言うなら、自由にやらせてもらおうかな。
「ああ、そうだ。摩耶ちゃん、出世はしたいか?」
「出世? いや、あんまり興味ないかな。降格されるのは勘弁だけど」
「そうか。それなら良い。摩耶ちゃんが目を付けられて、今後の出世に響く可能性はあるからな」
俺がこれ以上出世するとしたら、宙将補となる。
そうなると、将官ということになり、気軽に前線に出るような立場ではなくなってしまう。
空母機動部隊である航空戦隊や、戦艦を基幹とする打撃戦隊の司令官も宙将補だが、宙雷屋であり生粋の駆逐艦乗りである俺に勤まるとは思えない。
慣れない戦隊の指揮を任されて、南雲提督みたいな目に遭うのは御免だ。
程々に権限があり、程々に自分の裁量で好き勝手出来る今の宙雷戦隊という立場が、脳筋の俺には性にあっていた。
「この後、防衛大臣政務官秘書とかいう奴が、お前さんの番組内での受け答えの指導に来るが、適当に聞き流していいからな」
「ん、分かった」
それからは、その秘書官とやらが、おっとり刀で到着するまでの間、プレーヤー同士ということもあり、ゲームやリアルの雑談に花を咲かせていた。
「閣下。宙軍大臣政務官秘書が見えられました」
「通してくれ」
暫く駄弁っていると、塚田さんの副官が現れ、政務官秘書の到着を告げた。