ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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「素晴らしい! 素晴らしいですわ!」

 

 顔を上げた佐藤さんの表情は、満面の笑みだった。

 さっきまでの取り繕ったような笑みでは無く、裏表の一切無い、心の底からの屈託の無い笑顔がそこにはあった。

 

「お二人のお気持ちとお覚悟、このかなえ、しかと聞き届けましたわ!」

 

 俺と東郷さんは顔を見合わせた。

 いったい、どういうことなんだ。全く意味が分らない。

 この人、東郷さんのストーカー……だよな。

 それなのに、何で喜んでるんだ?

 

「東郷さん、秋月さん。誠に申し訳御座いませんでした」

 

 頭の中が疑問符だらけの俺達に向かって、佐藤さんは深々と頭を下げた。

 俺と東郷さんは、再度顔を見合わせる。

 

(おい、どういうことだ)

(俺にわかるわけないじゃん!)

 

 小声でそんなやり取りをしていると、来店を告げるドアベルが鳴った。

 入ってきたのは、俺も東郷さんも良く知っている二人だった。

 

「いや、どうも」

「こんにちは……」

 

 ガンさんとアデルだった。

 普段と全く変わらない泰然自若としたガンさんとは対照的に、アデルは猫耳を伏せ、緊張した面持ちでこちらを見ている。

 

「かなえ、ご苦労だったな」

「ええ、全くですわ。こんな事はこれっきりにしていただきたいものです」

 

 佐藤さんは少し拗ねたように唇を尖らせながら、肩に手を置くガンさんを非難するように見上げた。

 

「愛し合う二人の間に入り込むなんて、まるで悪役ではないですか」

「まあ、だがそれで、二人の本心を聞くことが出来たんだ」

「……岩野二佐。それに白石三佐。いったい、これはどういうことなのかな」

 

 東郷さんが、今までに聞いたことの無い、ちょっと怖い声で尋ねた。

 アデルは若干顔を青くしていたが、ガンさんは表面上は平然としているように見えた。

 上官からガン睨みされてびびっているアデルがちょっと気の毒だったけど、俺も二人を小一時間問い詰めたい心境だった。

 

「閣下を試させて頂いたんでさ」

「私を試す、だと?」

 

 東郷さんの声がますます不機嫌になった。

 

「……私に理解できるように説明してもらえると助かるんだが、岩野二佐。何なら、白石三佐でも構わんぞ」

「ガンさん、アデル。俺からも頼む。理由を教えてくれないか」

「もちろん、そのつもりでさ」

 

 そう言ってガンさんは、佐藤さんの隣に腰を降ろした。

 この二人の関係が、いまいち読めない。佐藤さんは何者なんだろうか。

 

「アデルも座ったらどうだ?」

「は、はい。失礼します」

 

 アデルがガンさんの隣に腰を降ろし、俺達と向かいあう形で、佐藤さん、ガンさん、アデルの3人が席に着いた。

 

「私を試したと言ったが、どういうことなのか」

「言葉通りの意味なんですがね……」

 

 不機嫌さ全開で詰問する東郷さんに、ガンさんはしれっと答えた。

 

「わ、私達は、提督に幸せになって欲しいんです! だから……」

「いい、アデル。俺が説明する」

 

 勢い込んで口を開くアデルを、ガンさんはやんわりと押しとどめた。

 ガンさんの話を要約するとこうだった。

 東郷さんは俺と付き合っているにもかかわらず、いつまで経っても態度をはっきりさせない。

 ひょっとしたら、俺のことは単なる遊びで、弄んでいるだけなんじゃないのか、と。

 

「提督というお相手がいるにも関わらず、閣下は女性将兵(ウェーブ)に大層人気ですからね」

 

 アデルはそう零しながら、どこと無く非難がましい視線を東郷さんに向けた。

 痛くも無い腹を探られ、東郷さんは不快そうに眉をしかめている。

 身に覚えの無いことで責められているのだから、たまったものじゃないのだろう。

 俺達が付き合っているという噂自体、周囲の壮大な勘違いなんだけど、噂だけがどんどん一人歩きして大袈裟になっていたみたいだ。

 

「そこで、俺が女房に頼んで、閣下の本心を確かめようとしたんでさ」

「へ? 女房……」

 

 思わず、間抜けな声を上げてしまった。

 

「改めて自己紹介させていただきます。岩野八太郎の妻、かなえと申します。先程名乗った佐藤というのは、私の旧姓になります」

 

 佐藤さん改め、岩野かなえさんは、そう言って、本日何度目かになる奥ゆかしく気品のある会釈をしてみせた。

 

「ガ、ガンさん……結婚してたんだ。知らなかった」

「ええ、まあ。特にお話するようなことでもなかったんでね……」

 

 そう言ってガンさんは、若干照れくさそうに頬を掻いた。

 僅かに顔が赤くなっているが、むさい中年オヤジの照れ顔なんて、可愛くもなんともない。

 それにしても、随分と歳が離れている夫婦だ。

 ガンさんはたしか、40代前半ぐらいの歳だったと思う。

 それにひきかえ、かなえさんは、どう見ても20代前半ぐらいにしか見えない。

 

「私は乗り気では無かったのですが、主人がどうしてもと言うので……」

 

 心底申し訳なさそうな表情で、かなえさんは言った。

 ガンさんの指示でかなえさんは、東郷さんに思いを寄せる一途な乙女を装い、様々なアプローチを行った。

 それで俺への気持ち(そんなものは元から無いんだけど)が揺らぐようなら、東郷さんを見限るつもりでいたらしい。

 んで、その様々なアプローチというのが、東郷さんの後を付回したり、自宅のポストにイタイ愛の手紙やら手作り弁当やらを入れるという、ストーカー行為だったらしいんだけど……やり方をかなり間違えている。

 

「乗り気ではありませんでしたが、やるからには徹底するのが私の主義です。失礼ながら、秋月さんから東郷さんを奪い取るつもりで、やらせていただきました」

 

 かなえさんは、ちょっと得意げに胸を張った。

 

「そのために、東郷さんの情報を、色々と色々と調べさせていただきました。軍令部のコンピュータにハッキ……コホン。と、とにかく、あらゆる手段を通して、情報を収集いたしましたわ」

 

 物凄く不穏な言葉か聞こえかけたが、無視することにした。

 東郷さんがブリーフ派ということを、どこで調べたのかが少し気になる。

 

「もし、それで閣下がかなえに靡くようであれば、その時は俺達にも考えがありやした」

 

 そんな方法を取ったら、逆にドン引きされるもんだが……

 

「ですが、東郷さんは私には全く見向きもしなかった。それだけで、秋月さん一筋ということが、よく理解できましたわ」

「は、はぁ……それは、恐縮です」

 

 しきりに感心するかなえさんだったが、東郷さんはかなり微妙な表情だった。気持ちはわかる。

 

「いや、実際大したものですぜ、閣下。かなえの『あなたが大好き攻撃』に全く心を動かされることが無かったのですからな」

 

 なんだ、その、センスの欠片もない恥ずかしい名前は。

 どうしよう。ここは突っ込むべきなんだろうか、スルーするほうが良いんだろうか。

 

「夫と出会ったあの日の事は、今でも昨日の事のように覚えておりますわ……」

 

 流れで、ガンさんとかなえさんの馴れ初め話が始まってしまった。

 なんでも、かなえさんが繁華街でチンピラに絡まれていたところを、偶然通りがかったガンさんに助けてもらったらしい。

 なんというか、昭和の時代のラブコメマンガとか、ラノベみたいなシチュエーションだ。

 その勇姿に一目惚れしたかなえさんは、ガンさんに様々なアプローチを行った。

 そして、二人の話を聞く限り、そのアプローチというのが、東郷さんが受けていたのと同じようなストーカー行為だったらしい。

 ガンさんは、一度しか会ったことの無い、名前すら知らなかった自分に対して行われたそれらの行為を、恋する乙女の健気で一途ないじらしさと受け取ったらしいが、その時点で色々とおかしい。

 

「いつ死んでもおかしくない軍人だからと拒み続けてたんですが、こいつの純真無垢な熱意に絆(ほだ)されてしまいましてな。所帯を持つことになったんでさ」

「もう、あなたったら……」

 

 かなえさんは、恥らうように僅かの頬を染め、僅かにガンさんに身体を寄せた。

 かなえさんが、真性のヤンデレさんであることだけは、はっきりとわかった。

 そしてガンさんは、そんなヤンデレをものともしない剛の者であることも。

 

「岩野二佐。貴官の惚気話など、どうでもよろしい」

「そ、そうでしたな。失礼しやした」

 

 にべもない東郷さんの一言に、ガンさんは慌てて居住まいを正した。

 

「全く馬鹿な事を画策してくれたものだな」

 

 舌打ちしそうな表情で、東郷さんは頭髪を乱暴に掻き回した。

 イライラしている時のこの人の仕草だ。

 

「それについては、誠に申し訳ありやせんでした」

 

 ガンさんはテーブルに両手を着くと、深々と低頭してみせた。

 それにあわせて、両脇の二人も頭を下げた。

 にしても、まさかアデルまでグルだとは思わなかった。

 

「お前からは、何か言うことはないのか?」

 

 東郷さんが俺に話を振ってきた。

 暗に、俺からも何か文句を言ってやれ、ってことなんだろう。

 

「俺は別に。落着したんなら、それで良いんじゃね?」

 

 東郷さんにとっては、実質ストーカー被害にあったようなものだし、堪ったものじゃないんだろうけど、俺としては、この話をあんまり引っ張りたくなかった。

 下手にこじらせて、また余計な勘違いを生み出したりでもしたら、そっちのほうが堪らない。

 それに、勘違いとはいえ、俺の事を思ってこんな芝居を打ってくれたという事が、少しだけ嬉しかったというのもあった。

 

「まあ、アデルまでグルだったってのは、正直驚いたけどな」

 

 冗談めかしてアデルに笑いかけると、彼女は物凄く恐縮したように身体を小さくした。

 彼女の心情を表すように、猫耳がペタリと伏せられていくのが凄くいい。滾る。幼女マンセー。

 

(まあ、だけど、これでいよいよ引き返せないところまで来ちまったな)

 

 少なくとも、この場にいる三人は、俺と東郷さんが結婚するものと信じているだろう。

 一連のやり取りを面白そうに眺めている一般客からも、噂が広がるのは目に見えていた。

 ああ、スマホで撮ってる奴までいやがるよ。

 

「秋月さん」

「あ、はい」

 

 かなえさんに声を掛けられ、俺は彼女のほうに視線を戻した。

 微笑みながらかなえさんは、両手で俺の手を包み込むように握ってきた。

 

「同じ軍人の妻同士、仲良く致しましょう。困ったことがあれば、なんでも相談してくださいね?」

「え、あー、はい。こちらこそ……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべ答える俺を、ガンさんとアデルは微笑ましそうに、東郷さんは疲れたような表情で見つめていた。


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