「納得できません!」
「落ち着け、アデル。提督が抑えてるのに、お前がキレてどうすんだ」
「しかしっ……!」
アデルとガンさんのそんなやり取りを背中に聞きながら、俺は鎮守府内の通路を歩いていた。
今回の揉み消しは、明らかに悪手だ。
あれだけ大勢の目撃者がいる中で起きた事件を、無かった事にするなど不可能だ。
これで、また現政権の内閣支持率が下がることになるだろう。
今の内閣にさっさと退陣して欲しい俺としては、願ったり適ったりではあるのだが、そのたびに国益が損なわれるのは、やはり我慢がならない。
リャンバンの未開人共のメンタリティは幼児と同じだ。
おイタをしたら罰を受けるということを、身を持って理解させなければ、何度でも同じことを繰り返す。
これで、いっそう奴らは調子に乗ることだろう。
なにしろ、悪いことをしても叱られないのだから。
また同じような粗相を繰り返すに違いない。
「白菊二佐の提督に対する態度は、とうてい見過ごせるものではありません!」
「ああ、納得できねえっていうのは、そっちのことか。まあ、そうだわな」
背後では、アデルとガンさんの会話が続いていた。
「確かに白菊の態度は妙だな。特優者は他にも居るだろうに、なんでうちの提督にばかり突っかかって来やがるんだ?」
ガンさんの疑問に、俺はふと思いついた事があった。
もしかして白菊の奴、東郷さんに懸想でもしてるんじゃないだろうか。
だとしたら、俺に対してやたらと反抗的というか、挑発的なのも理解できる。
なにしろ、俺と東郷さんは付き合っているという噂があるのだし、そう考えれば色々と辻褄が合う。
もし、白菊の中の人がプレーヤーだったとしたら痛々しい限りだが、NPCなんだとしたら十分にありうる。
何しろ、いつも一緒に仕事をしている自分の上司は、イケメンのヤングエリートなのだ。
常日頃から、そんな上司の傍で仕事をしていれば、そういう憧れを抱いても不思議じゃない。
単なる思い付きだったんだけど、意外と的を射ているんじゃないだろうか。
だからといって、いちいちこっちを目の敵にされるのは堪らないが。
もしかしたら、あいつがストーキングの犯人なんじゃないかって考えがちらっと頭を過ぎったが、すぐにそれは無いと思いなおす。
もしそうだったら、さすがに東郷さんが気づかないわけがないし、気に入らない奴ではあるが、そこまで陰湿だとは思いたくない。
「きっとあの女、提督が優しいからといって付け上がっているんです! リャンバンの連中と同じです!」
いや、別に優しくないよ俺。
さっきみたいに、言うべき事はきちんと言ってるし。
東郷さんが来るのが遅かったら、泣かしてやるつもりでいたし。
「……いちおう、上官だからな、アデル」
「ええ、ええ! わかっておりますとも!」
ガンさんが窘めるが、アデルの怒りは収まりそうも無い。
なんかアデルは、俺を過大評価しすぎている気がする。
彼女を副官として迎え入れた経緯を考えれば、それも仕方が無いんだけど、時々くすぐったくなる。
このゲームは、NPCが人間と同じように考え行動するのが目玉の一つだが、そのNPCに詳細な
その中でも、アデルに存在する設定は、かなりえげつない。
本人の口から自身の生い立ちを聞いた時には結構来るものがあった。
運営は、いったい何を考えて、彼女のこんな過酷な設定を作ったのかと。
アデルの母国は、この世界最大の軍事大国にして、自由と平和と人権と平等の旗手を自認するフンダクルス連邦共和国だ。
フンダクルスは、元になった国の移民政策をより悪い方向に推し進めてしまったという設定があり、そのせいで、治安があまり宜しくない。
アデルの母親は、移民の生活を支援するNGOに所属していたらしく、献身的に移民達の支援をしていた。
しかし、居候の分際で優遇されるのが当然と思っていた移民達は、感謝するどころか、恩を仇で返す行動に出た。
アデルの母親は、複数の移民の男達に輪姦されたのだ。
そのショックで廃人となってしまったアデルの母は、アデルを出産すると同時に産褥の悪化で死亡。
しかも、生まれてきたアデルは猫耳と尻尾を持つ強化人間だった。
そんな経緯で生まれてきた子供が、母親の家族から愛されるわけがない。
何しろ、娘を陵辱して死に追いやった連中の子供なのだ。
アデルは、物心付くか付かないかといった時期から、かなり過酷な扱いを受けてきたらしい。
教育どころか、食べ物もまともに与えられない環境の中で、アデルはストリートチャイルドの真似事をやって糊口を凌いでいた。
そんな生活を続けている中で、俺はアデルと出会った。
俺がアデルと出会ったのは、本当に単なる偶然だった。
俺は帝國軍に入隊するまでの間、東郷さんの指示で、交易商人を装って他国の動向や領内の地理情報の調査(まあ、違法な測量行為だ)なんかをやっていたんだけど、その時たまたま訪れていたフンダクルス領のとある惑星のスラム街で、ストリートチャイルドをやっていた彼女に襲撃された。
物陰から飛び出してきて、殺す気満々の血走った目で睨みつけるアデルに、高速振動ナイフを突きつけられたのだ。
だいぶ後になってから本人から聞いたところによると、チョロそうな旅行者だと思って、カツアゲしようとしたらしい。
その時は冗談抜きでびびったが、それ以上に俺は、アデルの幼女美に強く惹かれた。
怒りと憎しみの表情に凝り固まっていても、いやむしろそれだからこその、生の感情むき出しの、飾り物の一切無い純粋きわまる幼女美が、そこにはあった。
しかも、獣耳と尻尾を標準装備するという徹底振りに心が震えた。
そんなアルティメットロリを前に、俺の身体は考えるよりも先に動いていた。
「ナイスロリ!」
満面の笑みで俺は、ナイフをもつ彼女の手を両手で握り締めていた。
今になって考えると、無謀にもほどがある行動だった。
下手をうって刺殺でもされたら、そこでゲームオーバーになっていたわけだし。
「君、名前は?」
「……アーデルハイト・ホワイトストーン」
「アーデルハイトか。じゃあ、アデルちゃんでいいな!」
「……はぁ?」
そんな感じで勢いのままに、愛称まで決定した。
そして、呆気にとられる彼女を宥めすかして俺の船に乗せ、強引に副官として雇い入れたわけだ。
が、そこで一つ問題が発生した。
八紘帝國が、移民を原則として一切受け入れていないということだ。
外国人が永続的に帝國で生活するためには、厳しい審査の末に皇民籍を取得して帰化しなければならない。
帝國は、日本の後裔という位置づけの国であり、かつて一部の特定外国人に特別永住許可を与えて国内を滅茶苦茶にされたという苦い教訓があるため、その審査は非常に厳しく時間がかかる。
たとえ、幼女であっても例外は無い。
外国人が皇民籍を取得する方法は唯一つ。
帝國の文化や伝統を尊重し、自分自身が帝國にとって有益な人間であることを証明する事だ。
いくつか方法はあるが、一番手っ取り早いのが軍人になることだ。
俺が正式に軍に入隊した後、彼女も俺の副官として入隊させた(俺の独断で出来るわけでもないので、東郷さんに骨を折ってもらった)
そして、駆逐艦乗りとして、常に最前線で他国との小競り合いや宙賊の討伐に従事し、命を張って帝國に尽くすという証明をしてみせた。
東郷さんが後ろ盾になってくれたということもあり、アデルの働きが認められ、晴れて帝國の臣民となることが出来たのだ。
こんな面倒な手順を踏まずとも、幼女だけは無条件で帰化出来るように法改正してほしいものだ。
帰化した後、アデルは自分の姓をホワイトストーンから帝國語読みの白石に変更した。
帝國風の姓に変えなければならないという規則は無いが、彼女曰く、自分なりのけじめなのだそうだ。
そんなてんやわんや色々なことがあった関係で、アデルにとっての俺は、地獄のような生活から救い出してくれた恩人ということになるらしい。
俺はただ、幼女を身近に侍らせて鑑賞したいという探究心のために、アデルを勧誘しただけだったので、彼女の寄せる信頼に、少し後ろめたさを感じてしまう。
そんな事を考えているうちに、通路の分かれ道に来た。
「それじゃ、二人共。今回もご苦労だった。次の任務まで、ゆっくり休んでくれ」
「はっ!」
「提督こそ、ゆっくり休むんですぜ?」
アデルとガンさんの対照的な敬礼に見送られ、俺は自室のほうへと向かった。
「くひひひひ……」
自室に戻った俺は、気色の悪い笑い声を上げながら、スクリーンショットの閲覧に勤しんでいた。
リャンバン艦隊とのゴタゴタからさっきの白菊や東郷さんとの一連のやりとりまでのシーンを撮影しまくったものだ。
無法なリャンバン艦隊に攻撃を下そうとする摩耶の決然とした凛々しいロリ勇姿から始まり、俺の指令を部下に通達するアデルの横顔、白菊と激しくやりあう怒り心頭の摩耶、東郷さんに説き伏せられ、感情を押し殺しながら従うしかない無念の摩耶、去り際に放たれた白菊の無礼な一言を、無理矢理作った無表情で無視する摩耶。
ああ、素晴らしい。やはり、幼女は良い。
『ロリ。耽っているところ悪いが、いいか?』
そうやって耽っていると、東郷さんから通信が入った。
「どうしたの?」
『例の件、話がしたい。士官食堂に来てくれないか』
例の件とは、ストーカー対策のことだろう。
「ん。わかった。今から?」
『ああ』
もうちょっと愉しんでいたかったけど、仕方が無い。
「わかった。士官食堂だね」
『悪いな。頼む』
それを最後に、東郷さんからの通信は切れた。
「さてと。気が進まないけど……」
俺はSSの画像を専用フォルダに保存すると、摩耶を士官食堂に向かわせた。