ロリ提督から幼妻に転職する羽目になった   作:ハンヴィー

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 リャンバン艦隊とのひと悶着の後は、特にトラブルらしいトラブルも無く、戦隊は惑星佐世保の管制圏に進入した。

 惑星に接近するにつれ、トラフィックも徐々に増加していく。

 船同士の航路がこれまで以上に接近するものが多くなり、行き違う船を頻繁に目視で確認できるようになってくる。

 軍艦の航行権は常に最優先に設定されており、民間の航路とは距離が置かれてはいるが、見張りを厳となす必要があることに変わりは無い。

 リャンバン艦隊とのニアミスについては、即座に第2機動艦隊群司令部と、航路局に通報している。

 今頃は、司令長官である東郷さんから、軍令部経由で、宙軍省と外務省に報告されているだろう。

 付近を航行中だった民間船の目撃証言もあるし、こちらの対応も国際法上なんら問題のあるものではない。

 リャンバン艦隊の違法行為は明白で、言い逃れは出来ないはずだ。

 

左舷(ひだりげん)、11時方向より接近する船団あり。識別信号確認。第六宙雷戦隊と認む」

 

 こちらと反航するかたちで接近してきたのは、俺の戦隊と同じ第2機動艦隊群隷下の第六宙雷戦隊だった。

 俺の戦隊と入れ替わりに、宙域監視任務に向かう途中なのだろう。

 第6宙雷戦隊(六宙戦)は、旗艦『くろしお』を先頭に、単縦陣でこちらと隣接する航路を進行して来た。

 

『よう、秋月の嬢ちゃん! 何か面白いことをやらかしたらしいな!』

 

 六宙戦の司令官から、そんな通信が飛び込んできた。

司令官席のコンソール画面に現れたのは、ガンさんと同い年ぐらい見える、いかにも叩き上げといった風情の漂う厳つい中年のオッサンだ。

 「面白いこと」とは、リャンバン艦隊との一件の事を言っているのだろうけど、ちょっとばかり、心外な言い草だと思った。

 

「別に、面白いことなんかしていない。未開の野蛮人共に国際常識を教えて差し上げただけだ」

 

 俺は憮然とした表情で言い返した。

 口元をへの字に引き結んで、拗ねたように反論する幼女。ナイスロリ。

 

『くくく……いやあ、実にいい気分だぜ。鎮守府では、その話で持ちきりだったぞ?』

「ふうん、そう」

『だがなぁ、嬢ちゃん』

 

 豪快に笑っていた六宙戦司令が、ふと真顔になった。

 

『そのことで、東郷さんが上から色々言われたらしくてな……』

「何だって?」

 

 俺が目を見張ると、六宙戦司令は、若干気の毒そうな顔になった。

 

『俺の隊が出港する直前のことだったから、詳しくは分らねえ。悪いが自分で確かめてくれ。じゃあな』

「了解した。ご安航を」

 

 崩れた敬礼を最後に、コンソールがブラックアウトした。

 

「六宙戦、離れまーす」

 

 航海士の報告に、航海艦橋のガラス越しに見ると、旗艦『くろしお』を先頭にした6宙戦が、発光信号を明滅させながら遠ざかっていった。

 

「今のは、どういう意味なんでしょう?」

「わからん。とりあえず帰投して、任務報告がてら、東郷さんに直に確認してみるさ」

 

 困惑気味のアデルに軽く手を振って応えた。

 通信を入れて今すぐ確認しても良かったが、どのみち到着までさほど時間は掛からない。

 惑星佐世保の宇宙港は目と鼻の先だ。

 気になるところではあったが、今は帰投を最優先とすることにした。

 

「戦隊司令より達する。間もなく佐世保宇宙港に入港する。皆、任務ご苦労だった。ゆっくり身体を休めてくれ。収奪品の売却と売上金の分配については、ガンさんの指示に従うように。では、入港用意にかかれ」

 

 

 

「……いったい、どういうことですか、秋月提督」

 

 入港後、任務完了の報告のため、俺は副官であるアデルと副司令のガンさんを伴って、東郷さんの司令長官執務室を訪れていた。

 そんな俺達を、惚れ惚れする素敵な仏頂面で出迎えたのは、東郷さんの副官の白菊嬢だった。

 ちなみに、室内に東郷さんの姿は無い。

 

「出し抜けにそのような事を仰られても返答致しかねます。いったい、何のことでしょうか」

 

 白菊の非難めいた言い草にカチンと来たのだろう。

 俺が何か言う前にアデルが答えた。

 

「私は秋月提督に質問しているのです。上官同士の会話に差出口を挟まないで頂きたいものですね。白石アーデルハイト三等宙佐」

「っ!」

 

 わざとらしくフルネームでアデルの名を呼んだ後、絶句する彼女を無視して俺に向き直った。

 

「お答えください。提督」

 

 相変わらずの不遜な態度。

 上官に対する口の利き方じゃない。

 

「出し抜けにそのような事を問われても返答しかねる。いったい何のことを言っているのかな? 白菊椿二等宙佐殿」

 

 なので、白菊と同じぐらいの仏頂面で、更にわざとらしくふんぞり返りながら、上から目線で言ってやった。

 上から目線と言っても、摩耶は幼女で背も低いので、白菊を見上げるような形になってしまうのだが。

 端から見ると、大人相手に子供がめいいっぱい背伸びしているように見えて、微笑ましい。幼女バンザイ。

 

「……リャンバン艦隊との一件についてです」

 

 僅かに眉を顰めながら、白菊は平坦な声で言った。

 

「軍令部に外務省経由で我が艦隊に対する苦情が入りました。現在、東郷閣下が対応されています」

「苦情だと?」

 

 リャンバン艦隊の常軌を逸した危険行為について通報したのはこちらのはずだが。

 なぜ、こちらが苦情を言われなくてはならないんだ。

 

「そいつぁ、解せねぇな。むしろ、リャンバンに苦情を言いたいのはこっちのほうなんだぜ?」

 

 俺の気持ちを代弁するように、ガンさんが口を開いた。

 アデルと違い、ガンさんは白菊と同格の二佐だ。差出口を挟むなと突っぱねることは出来ない。

ガンさんの強面には、さすがにびびったのか、白菊は頬を引きつらせた。

 

「白菊二佐。岩野二佐の言うとおりだ。むしろ、リャンバン艦隊の暴挙について、外務省がリャンバン本国に抗議すべきではないのか。なぜ、国際法上に則った対処をした我々が責められなければならない?」

「高度な政治的判断によるものなのでしょう。提督も小なりとはいえ部隊指揮官なら、その程度のご認識はあっても良いはずです」

「政治的判断だと、ふん!」

 

 おそらく、外務省のボンクラ共が、リャンバンにギャーギャー騒ぎ立てられるのが面倒で、文句をつけて来たのだろう。

 外務省のヘタれ具合には腹が立つが、まるで俺達の対応に問題があったかのように決め付ける白菊の言い草にも腹が立った。

 

「ならば、国際法を遵守せず、無茶苦茶な操艦で多数の民間船舶を危険に晒し、あまつさえ、帝國領内で堂々と戦闘旗を掲げ、我が戦隊に異常接近するような挑発行為を、指を咥えて見過ごせと言うのか?」

「それは……」

「そんな暴挙を許容してみろ。我が帝國宇宙軍は他国の笑いものだ!」

「し、しかし。一歩間違えば戦争になる可能性があります! 軽挙は慎むべきです!」

「戦争になどなるか。国力差を考えろ。あんな吹けば飛ぶような弱小国に何が出来る。こちらが弱腰の態度を見せるから際限なく付け上がるんだ」

 

 白菊を真っ向から睨みつけ、俺は断言した。

 国力差も軍事力も帝國と比べるのもバカらしいぐらい、大リャンバン共和国という国は劣っている。

 それはもう、自国に「大」などという号をつけるのがおこがましいぐらいに。

 ぶっちゃけ、例え戦争になったとしても、この第2機動艦隊群単独で、リャンバン艦隊を殲滅することだって出来る。

 なにしろ、かの国の全艦艇を糾合しても、東郷さんが率いるこの艦隊の半数にも満たないのだ。

 にもかかわらず、躾のなっていない犬の如く、吠え掛かってくるのは何故か。

 ひとえに、今の政府が弱腰だからだ。

 

「て、提督のお考えは理解しました。ですが、東郷閣下にご迷惑が掛かるとはお考えにならなかったのですか」

 

 俺が一向に怯まないとなるや、今度は東郷さんを引き合いに出して、論点をすり替えてきやがった。

 

「奇妙な理屈だな、白菊二佐」

 

 白菊のことだから、艦隊内での俺と東郷さんの噂も知っているだろう。

 それを知った上で、東郷さんの名前を出せば、俺が引き下がるとでも思ったのだろうか。

 だとしたら、考え違いも甚だしい。

 

「私は帝國軍人としての責務を果たしただけだ。それがなぜ、閣下に迷惑をかけることになるのだ? むしろ、逆に問いたいものだな」

「……」

「そういえば貴官、先程私に対して、『軽挙は慎むべき』などと抜かしたが、私は国際法に則った対処をしただけだ。それのどこが軽挙なのか。あわせて答えてもらおうか」

「それは……」

「どうなのか。白菊二佐」

「そのぐらいにしてやれ、秋月一佐」

 

 背後で扉の開く音がして、東郷さんが入ってきた。

 俺達は一斉にそちらを振り返り敬礼する。

 東郷さんは答礼しつつ、自分の執務席に腰を降ろした。

 

「報告を、秋月一佐」

「はっ……?」

「任務完了の報告に来たのではなかったのか?」

「失礼致しました!」

 

 俺は威儀を正し、気を付けの姿勢を取った。

 部下の手前であり公的な場でもあるので、俺も東郷さんも、通信で交わしたような気心の知れたプレーヤー同士のやり取りではなく、あくまで上官と部下としての堅苦しいやり取りに終始した。

 

「報告! 秋月摩耶一等宙佐以下第2宙雷戦隊全艦、壱岐宙域における巡視任務を終了し帰還いたしました」

「ご苦労だった、秋月一佐。次の任務まで、ゆっくり休んでくれ」

「はっ! ところで、閣下」

 

 早速とばかりに詰め寄ろうとすると、東郷さんは手を上げて俺を制した。

 

「言いたいことは、わかっている。リャンバン艦隊の件については、解決済みだ」

 

 解決済み?

 あいつらが、自分達の非を認めて謝罪したということなのか。

 いや、それはありえない。

 

「解決済みとは、いったいどういう意味なのでしょうか」

「そのような事実は無かった、ということだ」

 

 事を荒立てたくないから揉み消したということなのだろう。

 外務省をはじめとした事なかれ主義者共は、厄介事はなるべく避けたい。

 リャンバンとしては、自国の軍隊が他国でやらかした不始末を表沙汰にしたくない。

 そんな両者のふざけた思惑が一致したのだろう。

 

「納得できません」

「だが、政治家の決めたことだ。それに従うのが軍人だ」

 

 喉元まで文句が出掛かったが、東郷さんに何か言っても始まらないし、下手をすれば上官反抗罪に問われる可能性もある。

 東郷さんにそのつもりが無くても、白菊が告発するだろうし。

 俺の沈黙を、納得はしないまでもこれ以上の意見は無いと判断したのか、東郷さんはよろしいとばかりに頷いた。

 

「では、下がれ。次の任務まで英気を養っておけ」

「……は。失礼致します」

 

 俺は敬礼すると踵を返した。

 

「……閣下のお言葉には、素直に従うのですね」

 

 去り際に、白菊が俺にしか聞こえないような小声で、嘲弄交じりに囁いたが無視した。


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