東郷さんとの通信を終えた俺は、提督居室を出て航海艦橋に上がった。
間もなく、俺の所属する第2機動艦隊群の根拠地で、鎮守府が置かれている惑星佐世保に到着する。
入港手続きの際に、戦隊の責任者である提督が旗艦の艦橋にいなければ話にならない。
暗礁宙域を抜けて定期航路に出たため、艦のレーダー上には、航路を行きかう民間船や友軍艦が表示されている。
その中には、帝國の船だけではなく、外国籍の船も多い。
定期航路上は、オートパイロットで航行することが可能なため、基本的に乗組員が何かをする必要は無い。
しかし、実際の船舶がそうであるように、不測の事態に備えて見張りを立て、付近の船舶との位置関係、船籍や船名の照合などを絶えず行わなければならない。
互いの航路が近接している船同士などは、時に目視で確認できる距離に接近する場合もあるのだ。
トラフィックが混雑してきたり、事故が発生した場合は、速やかにマニュアルに切り替えて手動で操艦するためだ。
まあ、もっとも、俺は偉そうに命令するだけで、実際にやるのは、航海長以下航海科の兵士達なわけだが。
「提督。3日前の宙賊との戦闘および、民間船の安全航路までの誘導事案が発生したため、
「まあ、しゃーないね」
航海長の報告に、俺は「よきにはからえ」的な感じで頷いた。
いやあ、それにしても、自分の要望書どおりの艦を造ってもらえるなんて思いもしなかった。
それも、1隻や2隻ではなく、戦隊ぶん8隻を新造してもらえるなんて。
せいぜい、新型艦が1,2隻受領できれば御の字だと思っていただけに、嬉しさもひとしおだ。
ストーカーの件やら、与党に居座っている左翼政権の件やらは、とりあえず今は、考えないことにする。
「何だか嬉しそうですね、提督」
傍らに控えているアデルの言葉に、ふと、違和感を感じた。
俺は、新型艦が配備されるという僥倖に、気分が良かった。
確かに、モニターの前で、ニヤニヤしていたかもしれない。
しかし、俺は自分のキャラである摩耶にそういうリアクションは取らせていなかった。
それにもかかわらず、なぜアデルには、俺が嬉しそうにしているように見えたのだろう。
「アデル、俺は……」
ちょっと気になって、問い掛けようとした矢先の事だった。
「我が戦隊の進路上に割り込みを行う船団を確認!」
航海レーダーを凝視していた航法士が声を張り上げた。
俺は慌てて、手元にあるコンソールに目を落とした。
問題の船団は、かなり遠距離から、まるでこちらの進路を邪魔をするかのように、航路に割り込みを行おうとしていた。
その過程で、他の船舶の航路を横断しているため、衝突回避のため、慌てて回避行動をとる船がレーダー上に表示されていた。
明らかに常軌を逸した操船だ。
「どこの阿呆だ!?」
「船籍照合結果が出ました。国籍は――――」
航法士が一瞬息を呑んだのがわかった。
「国籍、大リャンバン共和国! 民間船ではありません! 戦闘艦です!」
「艦型は!?」
悲鳴のように叫ぶ通信担当官に、アデルが鋭く問いかけた。
「ガレオン級戦艦1、ガレアス級重巡航艦7!」
報告と同時に、手元のコンソールにガレオン級とガレアス級のシルエットが表示された。
ガレオン級戦艦とガレアス級重巡航艦は、共にこのゲームの世界における最大の軍事力を持つフンダクルス連邦共和国のデフォルト艦の一種だ。
フンダクルスのモデルとなっているのは、みんな大好き自由と正義と平等を標榜する世界の警察様だ。
世界最強の軍事大国ということもあり、デフォルト艦そのものが他国のそれと比べて、かなり高性能なのが特徴だが、最近ではこの国も八紘帝國同様、プレーヤー造船技師によるカスタム艦が主流となってきている。
現実世界のかの国がそうであるように、この国も中小国を同盟国と称して囲い込んでいるが、その囲い込みの一環として、二線級となったデフォルト艦を中小国に輸出して手懐けようとしているのだ。
リャンバンの使用しているガレオン級とガレアス級は、フンダクルスが輸出しているデフォルト艦のモンキーモデルの一つだ。
しかし、なぜ他国の軍艦が領内にいるんだ。
親善訪問や共同訓練の情報があれば、部隊指揮官クラスまで情報が伝達されるはずだが、そんな話は一切聞いていない。
「アデル。宙軍省のデータベースに照会しろ」
「はっ!」
「通信士。リャンバン艦隊に繋げ!」
「直ちに!」
「ああ、待った。オープン回線で繋げ。付近の民間船にも状況を伝える必要がある」
「了解しました」
回線が繋がったことを確認すると、俺は航路に割り込み中のリャンバン艦隊に警告を発した。
「リャンバン艦隊へ通告する! こちらは、八紘帝國宇宙軍第2機動艦隊群第2宙雷戦隊、旗艦『みちしお』! 航路優先権はこちらにある! 直ちに航路への割り込みを停止し、割り当てられた航路へ復帰せよ! 繰り返す……」
定型文の警告を行うが、リャンバン艦隊の航路に変化は無い。
「リャンバン艦隊、転進する気配なし。進路変わらず! このままですと、5分後に衝突コースに入ります!」
くそ、いったい何の真似だ。
弱小国のぶんざいで、示威行動のつもりなのか。
他国の領内でそんな無法が通ると思っているのか、こいつらは。
「提督。宙軍省のデータベースに照会を行いましたが、リャンバン艦隊の訪問予定はありません」
「だとすると、民間船扱いで入国申請していることになるのか」
民間船扱いでの入国であれば、軍の記録には残らない。
艦艇自体が戦闘艦だったとしても、運用している乗員が民間人であれば、国際法上の軍艦の定義には当たらないからだ。
これは、現実世界でも同様だ。
もちろん、民間船と偽り、実は軍人が指揮命令していると判明した場合、明らかな国際法違反になる。
やがて、リャンバン艦隊が目視でも確認できる距離まで接近してきた。
俺達の乗る駆逐艦と比べて、優に2倍ほどの巨体を誇る威容に、航海艦橋は静まり返った。
ガレオン級は、その名のとおり大航海時代に活躍したガレオン船を思わせる、後部にかけてそりあがっていく船尾楼が特徴的な戦艦だ。
一方のガレアス級は、これまた大航海時代初期に地中海で猛威を振るった大型ガレー、ガレアス船を思わせるシルエットをしている。
艦の両舷から後方に向けて、幾つも突き出す放熱板が、ガレーの櫂のように見えるのが特徴だ。
スペックダウンされているモンキーモデルとはいえ、戦艦と巡航艦は、強力な砲打撃能力を備えた艦隊戦の花形艦種だ。
もちろん、駆逐艦が正面から遣り合って勝てるような相手ではない。
「なっ――!」
接近する巨艦に圧倒されていた乗組員達だったが、リャンバン艦隊各艦の上部、水上艦で言えばメインマストに当たる部分に高々と掲げられた、通常よりサイズの大きい軍艦旗に、誰もが我が目を疑い絶句した。
軍艦に限らず、船舶は自船の所属国を示す標記を外部に提示しなければならない。
一般的には国旗を掲げるわけだが、このゲームの場合は、宇宙船ということもあって、ホログラムで国旗などを目立つ位置に表示することになっている。
軍艦の場合は更に、艦尾に軍艦旗を掲げる。
しかし、メインマスト――このゲームの場合は艦の上部――に軍艦旗を高々と掲げるとなると意味合いが違ってくる。
軍艦旗をメインマストに掲げるという行為は、戦闘旗という扱いになり、現在戦闘行動中にあるという意味だからだ。
他国の領内でそれを行うなど、暴挙以外のなにものでもない。
「リャンバン艦隊に告ぐ。貴艦隊は、戦闘旗を掲げているが、どのような意図によるものか。返答なき場合、侵略行為とみなし対処する。
アデルをはじめとした航海艦橋の将士全てが、固唾を呑んでリャンバン艦隊の反応を待つ。
1分が経過するが、リャンバンからの応答は無い。進路も変わらずだ。
それどころか、こちらをあざ笑うように、衝突防止灯を消しやがった。
ここまで虚仮にされては、こちらとしても黙って引き下がるわけにはいかない。
「戦隊司令より達する。第2次領宙侵犯措置行動発令! 敵リャンバン艦隊を排除する。右、砲雷同時戦用意。合戦準備!」
合戦準備の号令は、オープン回線での発信のため、件のリャンバン艦隊はもとより、周囲の民間船にも同時に通達されている。
民間船に退避を促すための措置だったんだけど、それが思わぬ効果を生み出した。
『いいぞ、帝國軍!』
『やっちまえ! 沈めろ!』
『ロリ提督ハァハァ……』
付近を航行中の民間船舶から、そんな威勢の良いエールが飛び込んできた。
おそらく、プレーヤー船長だろう。
何気に俺と同じ紳士《ロリコン》も混ざっている。
「合戦準備、用意よし!」
「目標、
挑発のつもりで異常接近してきたのだろうが、駆逐艦にとっては絶好の雷撃ポジションだ。
戦艦は強大な火力と長射程を誇るが、懐に飛び込まれると脆いのだ。
俺はビビらせるように、矢継ぎ早に指令を下した。
「戦隊全艦。主砲および光子魚雷、
「主砲、斉発用意よし」
「光子魚雷、斉発用意よし!」
間髪入れず、旗艦をはじめ、戦隊の各艦から「用意良し」の応答が返ってきた。
部下の迅速な行動に満足しつつ、俺は最後の命令を下す。
「全艦、打方――――」
始め、と続けようとしたところで、リャンバン艦隊に動きがあった。
艦上部から軍艦旗のホログラフを消すと、衝突防止灯を点灯させて、こちらの進路から物凄いスピードで離れていったのだ。
余程慌てていたのか、後続艦と衝突しそうになったりしている艦もあった。
しかも、自動衝突回避装置がONになっていたのだろう。
互いに衝突を回避しようとして、その場でコマのようにクルクル回転してしまう艦もいる有様だった。
「ぷっ……」
誰かが噴出した途端、押し殺した笑いが航海艦橋に広がっていった。
隣のアデルをチラ見すると、震えるようにして、必死に笑いを押し殺していた。
「……打方、待て」
俺も声を出して笑いたいところではあるが、いちおう指揮官としての威厳がある。
忍耐を総動員して込み上げてくる笑いを堪えると、攻撃中止の命令を下した。
『だっせー、イモ引きやがった!』
『かっこわりー』
『珍走団かよwwwwww』
民間船からも、容赦の無い嘲弄を浴びせかけられていた。
ほうほうの体で離脱していったリャンバン艦隊は、それまでの航路に戻るのも一苦労だった。
何しろ、こちらに接近するまでの間に、いくつもの船舶の航路を無断で横断しているのだ。
その航路を割り当てられていた船からも容赦の無い罵声を浴びせられていた。
「リャンバン艦隊。この件については、外務省を通じて正式に貴国に抗議をさせていただく。よろしいな!」
リャンバン艦隊からの応答は相変わらず無かったが、人の家の庭で暴れるとどうなるのか、理解できたことだろう。
まあ、理解できていれば、こんな挑発行為はそもそもやらかさないわけだが。
「ったく。良い気分が台無しだ」
吐き捨てるように呟き、俺は司令官席にどっかりと腰を降ろした。