恋を知らない狐は恋をした。

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連載しようと思って時間がないから諦めた話です。初短篇。ちょっとした息抜きに一時間半程で仕上げたので、文章は軽めにしています。ギャグにしたかったが一話では無理であったorz。


キツネノハツコイ

『恋』とは何なのか?これは私が生まれる遥か昔から議論されてきた話題だ。ある人は、自身の欲情その物の固まりと言うし、またある人は人生そのものだと言う人もいる。そんな世界が答えを求め続けている話題も、私にとっては既にどうでも良かった。

それは私も昔、『恋』に憧れる事もあった。

しかし、そんなものはとっくの昔。

いつしか『恋』と言うものに落胆し、その反動かは分からないが国を幾つも滅ぼした。己の頭脳と美貌を使って。国の王に媚を売り、体を売り全てを壊してきた。『スキマの大妖怪 八雲紫』その方の式神になった今ではもうそんな事はしていないが『恋』と呼ばれる存在に対する思いは変わらないままだった。

そうあの日、あの男に出会うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『幻想郷』そう呼ばれるこの土地は、『外』と言う科学や機械が発展した世界とは隔離されるように存在している世界だ。

『外』では既におとぎ話となっている妖怪や妖精、忘れ去られようとしている神など、幻想の存在その者が何者顔で存在し、生活している土地。それ故か、『外』とはまるで別世界。暦として言うならば、江戸のそれに近い文明で止まっている。ただ、『外』からの影響も多少なりとも受けているので、その技術力は捨てたものではない。

そんな幻想郷の創設者の一妖怪である『八雲紫』その式神である私『八雲藍』は、今現在、人間がが暮らす大里で買い物をしていた。いや、正確に言うと買い物はついでだ。本題は、刃こぼれした包丁を鍛冶屋に見て貰うために来たのだ。その包丁を見せると、一時間で元に戻してくれると言われた。本来ならばもう少し早いのだが、この包丁、かなりガタが来ていたらしい。だがそうなると、一時間もその場で待つのは非常に退屈だ。

ならばと私は鍛冶屋の主人に一声かけ、久しぶりに人里をゆっくり散策することにした。いつもは目的地に向かうための、何気無い通路として歩いていたこの道も、意識して目を向けていれば、いつもと違った気分が味わえた。そうして多くの人とすれ違いながら歩いていると、ふと物珍しい物に目が止まった。

 

「ほぉ、駄菓子屋とは珍しい」

 

いつの間に出来たのだろうか?小さいながらも、そこには《駄菓子屋》と汚く下手な字で書いた大きな看板がぶら下がっていた。幻想郷にありそうでなかったなと、そんな事を思いながら、興味本意でその店に入る事にした。入ると、そこには見慣れない菓子の袋や、いかにも子供受けしそうな玩具の類いがずらりと並べてあった。

それらを一つ一つ見ながら、奥へと進んで行く。すると、そこには椅子に座りながら本を読む一人の男がいた。その姿は妙に様になっており、何故か動けずに、しばらく様子をみてしまっていた。

そんな事をしていると、ふと男は顔を上げて私の方を見た。

 

「おや、お客さんですか。珍しい」

 

若干、驚きを含んで彼は言った。その言葉で私の意識は自分の中へと戻った。

 

「お邪魔してるよ、店主。駄菓子屋とはまた珍しい店をしているな」

 

「そうでしょう。実は私、外来人なんです。だから幻想郷に住みついている内に気がついたんですよ。人里はこんなにも多くの店があるのに、何故か駄菓子屋だけないなと」

 

確かに。そもそも、幻想郷に生まれ住む人間は駄菓子の存在すら知らないだろう。

 

「なるほどな。いやなに、少し人里で時間を潰さなければならなくてな。しばらく歩き回っていたら、珍しい店を見つけたものだから入らせてもらったのだ」

 

「そうだったんですか……。そうだ!もしよければここで時間を潰していかれては?私もちょうど暇をしていたものでして」

 

店主からすれば、ちょっとした気まぐれのようなものだったかもしれないが、私からしたらいい提案だった。何より、もう少しこの店を見ていたかった。

 

「それは助かるな。ぜひお願いする」

 

私がそう言うと、店主は嬉しそうに笑みを返した。その笑みに何故か私は釘付けになり、固まってしまった。

 

「ありがとうございます。では私はお茶を持って来ますので、それまで店の中でも見て回って下さい」

 

「あ、ああ。そうさせて貰うよ」

 

自分に違和感を感じるも、あまり深く考えず、店主の言われた通りに店を回ることにした。決して広いとは言い切れない、通路には様々な物が置いてあった。一口、二口で食べてしまいそうなスナック菓子に似た駄菓子。簡素な作りで、すぐ壊れてしまいそうだが、思ったより頑丈にできている玩具。一体、何処からこんなものを仕入れているのやら。本来、幻想郷の外にしか無い物をここに持って来るときは、私か紫様のどちらかを経由しなければこの土地に持ってくる事はできない。私が知らないものとなると、紫様を経由しているか、幻想郷で作られているかのどちらかだ。

しかし大きな案件以外は基本、私に任せきりな紫様がこんな小さな事に動くとは思えない。

なら、この駄菓子屋にあるものは幻想郷で作られている事になる。確かによく見てみれば、外にこんな駄菓子は存在しない。よく似てはいるが、全くの別物だ。恐らく記憶を頼りに、模造したものだろう。

まぁ、そこは店主に詳しく話を聞こう。

それからしばらく、回りながら一つ一つの商品をを良く見ていると、二つのお茶が乗っている盆を持った店主が現れた。

 

「どうぞ、気になるお菓子があれば持ってきて下さい。お茶だけと言うのも、少し寂しいでしょうし」

 

「いや、商品なのだからしっかり金額分は払うぞ」

 

「私の我が儘に付き合って貰ってるのですから結構ですよ。それに、お菓子自体は大した値段では無いのですから」

 

「…………しかし」

 

「だから結構ですって。………………あっ、それなんてどうです?私のお気に入りなんですよ」

 

そうして、店主は小さなチョコレート菓子を指差した。

 

「…………そうだな。美味しそうだ」

 

あまり、人の好意を無下にするわけにはいかないだろう。私は店主が指差したチョコレート菓子を片手に収まるだけ持っていき、店主の前にあるお盆に乗せた。

それから、私は店主とカウンター越しに対面するよう椅子に座った。

それから、店主の顔をチラッと見た。お茶の湯気で少し白みがかったその顔は美形と言うには少し足らないが、優しい何かを感じさせた。そんな事をしていたら、ふと店主が顔を上げ、私は急いで視線を反らした。

 

「せっかくこうして会えたんです。自己紹介してもいいですか?」

 

「……………………ああ、そうだな」

 

珍しい店だ。これからも気まぐれで寄るかもしれない。自己紹介しておいて損は無いだろう。

 

「私は、柿又芥生(かきまたあざみ)と言います。以後、よろしくお願いします」

 

「ああ、私は…………」

 

そこでふと気付いた。このまま、この男に自身の身元を明かしていいのかと。私が持つ『八雲』と言う姓には、この幻想卿において大きな意味と力を持つ。外来人と言うことと、本来ならある九本の尻尾を隠していることもあり、この男は私があの八雲紫の式である八雲藍とは夢にも思っていないだろう。そこまで深い仲となることはないのだから、ここで『八雲』を名乗り相手を畏怖させてしまうのは良くない。昔はよく『八雲』を名乗ったせいで、人里での買い物がやりにくくなったのを思い出した。今では無くなったが、苦労したものだ。また、同じことをするのは得策ではない。そう判断した私は、姓だけを変えて自己紹介することにした。

 

「……貝谷藍だ。よろしく頼む」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

すると、店主が手を差し出してきた。意図を察し、私は彼の手を握る。 どうやら、名前だけでは私が紫様の式とは気づかなかったようだ。

それから私はこの駄菓子屋の店主、『柿又芥生』としばらく話をした。 内容と言えば、この駄菓子屋についてや柿又殿自身についてだ。どうも彼は話したがりと言う訳でも無ければ、聞き上手と言う訳でもない。私が話せば黙って聞くだけだし、自身が話せば大した脚色も無い。悪く言えば普通の話をするだけだ。

だが、何故か不思議とそれが心地よく感じる私がいた。そのせいで、本来潰す予定だった時間が過ぎてもずっと二人で喋っていた。

そんな中、気付けば夕方、そこで今は何故か達磨(だるま)落としを真剣にやっていた。

なぜそう転んだのかはあまり覚えてはいないが、ただふと話題に出て、それがたまたまここにあったのでやってみよう、と言った具合だ。子供でも無いのに、達磨落としを本気でやると言うのもどうかと思ったが、案外やってみれば面白いものだった。

 

 

「…………藍さん。残り三つですよ」

 

今、カウンターの上では達磨の顔が描かれてある二つの木のオブジェが重なって置かれていた。

 

「ああ、だが最後は他の段以上に勢いをつけないと、失敗するぞ」

 

「…………大丈夫です。やってみせます」

 

そうして、私と柿又殿は達磨を真横から見て段のずれや位置を確認した。そんな時、ふと達磨越しに柿又殿の顔が見えた。真剣に達磨と向き合う顔は、よく笑っている彼にしてはしっかりと引き締まった表情をしていた。

 

そのせいか、私の鼓動はバクバクと激しく脈を打っていて、顔も心なしか熱を持ってるように感じた。

そう言えば最近、気まぐれで読んだ恋愛小説でこんな表現を使っていたなと、どうでもいいことをふと思った。

 

確か、主人公が好きな男の顔を見たときにそう言う反応をしていたな……………………ん?

あることに気づいた。だがそれはあり得ないものだ。そう思っても私の心臓は激しく自己主張していた。

 

「………………………いや、そんな筈はない」

 

私は頭を振ってもう一度、彼の顔を見る。しかし自分の中で響く心臓の音は変わらず、むしろ先程より早くなっていた。

 

「…………………………いやいや、あり得ん。そんな馬鹿なことがあるか」

 

言いながら、顔に手を当てる。少し汗ばんでおり、当てた手のひらからは熱を感じた。

 

「いやいやいや、ない。絶対ない。そんなことがあるわけがない」

 

自分で言っていておかしくなる。そんな事があるはずもないのに。そう思っても自然と呼吸が浅くなる。

 

「いやいやいやいやいや!ない!どうあってもあり得ない!あるわけがないだろう!」

 

「ら、藍さん!どうかしたんですか!?」

 

思わず大きい声をあげてしまい、柿又殿も驚いたようだ。

 

「す、すまないな。何でもない」

 

……………………一旦落ち着こう。これは何かの間違いだ。

 

気持ちを落ち着かせるために、私は大きく息を吸って深呼吸をした。そして、ふとそれを確かめる一つのアイデアが頭に浮かんだ。

 

「…………柿又殿」

 

私が名前を呼ぶと柿又殿は顔を上へと上げた。

 

「はい、どうしました?」

 

「えっと、少し目を瞑っていてくれないか?」

 

「いいですけど………どうしたんですか?」

 

「いやなに、少し確かめたい事があってな」

 

そう言うと柿又殿は納得したのか、静かに目を閉じた。私は完全に彼が視界を切ったのを確認すると、そのまま机に乗り出して自身の顔を彼の顔へと近づけた。少しずつ近づけていき、鼻息が聞こえる程まで近づいた所で限界だった。

 

「そんな馬鹿なあぁぁぁぁぁぁー!!!」

 

彼から勢いよく離れ叫びなから、そのまま両膝を地面について倒れ伏した。

 

「ど、どうしたんですか、藍さん?!何があったんですか?!」

 

柿又殿の慌てふためる声が聞こえたが、それどころでは無い!この私が!千年以上、生きた大妖怪、妖獣の頂点とも言えるこの私が!『九尾の狐』が!

ついさっき出会ったばかりの人間に!何の力もないただの人間に!恋を、一目惚れをしたと言うのか!

 

『傾国の美女』と言わしめ、この美貌をもってして国を幾つも落としたこの私がだ!なぜだ!あり得ない!この男より美形の男はいくらでもいたし、実際その男たちと体まで求め合った。今更、どんな男の顔が目の前に来ても照れて顔を背けるなんて事はあり得ない!あり得ないはずだった!

なのに何だ先程の体たらくは。少し顔が近づいただけで、羞恥のあまり飛び退く有り様。まるで、男を知らない生娘の様な反応だ。

 

「あの、藍さん。大丈夫ですか?お茶を飲んで一旦落ち着いて下さい」

 

ふと柿又殿が声をかけてくれたことで、私は意識をこの場に戻した。いけない、取り乱した。ゆっくりと息を吸い込み、深呼吸をする。ひとまず落ち着いた所で、振り向いた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「すまない、柿又ど………………の…………」

 

目の前には視界一杯に彼の顔があった。みるみると体温が熱くなる。鏡を見ていないのにも関わらず自分の顔が赤くなるのが分かる。頭の中が沸騰し、沸々と泡を立てる。

 

「ら、藍さん?」

 

「……………………うっ」

 

「う?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

気づいた時には走り去っていた。賢明な頭脳などもう使い物にならない。ただ羞恥から逃れるために、この場から離れる事しか考えられなかった。

 

「ら、藍さん!どうしたんですか!」

 

後ろからそんな声が聞こえるが、脇目振らずにただ私は走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからか、幻想郷に『駄菓子屋』と言う安く小さなお菓子や、簡素でシンプルな玩具などが売られている店がひっそりと建っていると言う。そして、そこに入り浸るようにして訪ねる、狐の妖怪がいるそうだ。

 

「か、柿又殿。め、珍しいお茶菓子が手に入ってな。良ければ、一緒にどうか…………な、なんて」

 

「いらっしゃい藍さん。助かるよ、一緒に食べようか」

 

「しょ、しょれはよかった」

 

 

 

狐の初恋はまだ続いている。

 

 

 

 




死ぬまでに一回でいいから、狐の尻尾でモフモフしたいです。誤字脱字などがあればご連絡下さい。


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