細氷の華~遥か彼方のスヴェート~ 765PRO.Presents   作:dsyjn

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お待たせしました……


第七話 ツキモグラの慟哭

旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都西部 四乃冬 五日

 

「……所さん、さすがに自分の荷物くらい、自分で持つわ」

 

「あぁ、いいって、いいって! これくらいやらせてよ! まだめぼしい仕事もできてないし、荷物持ちくらいやるよ」

 

 荷物をいっぱいに抱えた恵美は荷物越しに千早に言う。

 

「アタシも千早の助手としてバリバリ働いてみせるよ!」

 

「もう、所さんってば!」

 

 恵美の言葉におもわず笑みがこぼれる千早。

 二人は恵美の生活必需品を買うため、店を渡り歩いていた。必然、かなりの大荷物となる。恵美はフラフラと両手に抱えた荷物とともに千早の後ろをついて歩いていた。

 

──本当に大丈夫なのかしら……?

 

 千早はそんな彼女の姿に内心ヒヤヒヤしながら後ろを振り返り振り返り、歩みを進めていたが。

 

「うわわっ!」

 

 恵美は足元が見えていないのか小さな段差につまずいた。

 

「所さん!?」

 

 恵美は軽い身のこなしでその場に踏みとどまり、なんとか倒れることだけは免れた。だが両手いっぱいの荷物は当然。

 

「……あちゃあ」

 

 目の前にぶちまけられた荷物に彼女は肩を落とす。

 

「ごめん、千早」

 

「いいのよ、所さん。それより怪我は? 大丈夫なの?」

 

「……うん! えへへ、ありがとう」

 

 千早はほっと息をつくと、じゃあ拾いましょうか、と腰を落とした。

 

そして赤髪の少女と目が合った。

 

「……きゃっ!」

 

 つい悲鳴を上げる千早。

 

「あっ! 悪い悪い、驚かせたみたいだな。ほら、これ、落とし物」

 

 少女は快活に笑みを浮かべると立ち上がり、恵美の落とした荷物を拾ってみせた。

 

「あ、ありがとう」

 

 恵美は彼女から荷物を受け取り、間の抜けた声で礼をする。

 

「いいってことよ」

 

「えぇと、その。……どちらさまですか?」

 

「ん? あぁ、ただの通りすがりだよ。それより、さっさと拾っちまおうぜ」

 

 

 

「手伝ってくれて、ありがとう」

 

 千早は最後の荷物を拾い終えると手伝ってくれた赤髪の少女に頭を下げた。

 

「ははは、そんな大仰な。困ったときはお互いさまって言うだろ?」

 

「でもでも、何かお礼がしたいよ! アタシすっごく助かっちゃったよ!」

 

 恵美も彼女の手を取り、ブンブンと手を振る。

 

「そうだな……」

 

 少女は少しの間考え込んで見せるとぱん、と手の平を合わせた。

 

「そういえば、人を探してるんだ。双子の姉妹で背丈はあたしと同じくらい。二人とも片側で髪を結んでるんだけどさ」

 

 少女の言葉に千早は口元に手を当て考え込む素振りを見せたが。

 

「双子……。見かけた覚えがないわね。所さんは?」

 

「……アタシもないなぁ」

 

 恵美も両手を組んで思い出そうとする素振りを見せたがどうやら見覚えはなさそうだった。

 

「ふーん。まっ、それならいいんだけどさ。じゃ、次からは気をつけろよ、お二人さん」

 

「えっ! ちょっと……!」

 

 赤髪の少女はそれだけ言い残すと恵美の呼び止める声に手を振り、その場を立ち去ってしまった。

 

「行っちゃった……」

 

「かっこいい人ね」

 

 二人は顔を見合わせ、彼女の去っていった方に目を向けた。

 

「あれれ? 千早ってもしかしてあーいうのがタイプ?」

 

「もう、所さん! 彼女は女性よ!」

 

「いやぁ、そこはもし男の人であーいう人だったら、で考えてよ! それとも千早は愛さえあれば性別は関係ない感じ?」

 

「あんまり冗談が過ぎるようなら家から追い出すことも……」

 

「うわぁ、ごめんなさい! どうか、この憐れな恵美にご慈悲を!」

 

 

 

旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都南西部 四乃冬 五日

 

 二人は買い物を済ませると千早の自宅に戻り、明日からのどのように調査を始めるか、頭を突き合わせた。

 

「それで、千早。亜利沙の情報から察するにこれは潜入捜査ってことでいいの?」

 

「……そうね。危険は大きいけど、情報の裏取りは重要よ」

 

 ゼネラルリソース社は本当に生物兵器を開発しているのか。なぜ生物兵器の開発が始まったのか。そもそもこの情報の出所はどこなのか……。

 千早の頭の中は疑問が尽きなかった。この情報に関しても、実はかなり曖昧なもので、貴音の話ぶりからもあまり要領の得られない感じがした。膨大な情報の海に忽然と浮上してきた噂。誰が何の意図で流した情報なのか。何かの痕跡……あるいは誰かへの合図?

 

「……千早。ねぇ、千早!」

 

 恵美の呼び声に千早ははっと顔を上げる。

 

「どしたの、千早?」

 

「いえ、ごめんなさい。考え込むとつい周りが見えなくなってしまう悪い癖があって。……どうしたの、所さん?」

 

「質問なんだけどさ、そもそも今回調査する“ぜねらるりそーす社のげつめんかいはつしぶ”ってなんなの?」

 

「……驚いた、所さんは知らないのね」

 

「あはは……アタシ馬鹿だからさ。あんまり貴音のやってることに口出ししないようにしようって。でも今はそういうわけにもいかないよ。千早の足を引っ張ることはしたくないの」

 

 千早は微かに笑みを浮かべ、頷くと貴音に渡された資料と亜利沙からもらった資料、それに月面の地図を机の上に広げた。

 

「今回私たちが調査することになっているのはここ」

 

 千早が指差したのは“冬の湖”と書かれた海の沿岸部にある冬岸鉱山と書かれた交差する二本のつるはし。月都からは数キロほど離れた場所だ。

 

「ここは月面開発の中でもかなり初期に開業した鉱山よ。当時はこの月都に向けて多くの鉱石類を供給していたそうだけど、今となってはかなり掘りつくされているわ」

 

「ふーん、それなら今は閉山してるの?」

 

「一度は閉山になったみたいね。でもそこをゼネラルリソース社が買い上げた。今は地質調査も兼ねて地中深くまで掘削作業が行われているそうだけど、当然、その作業は危険も伴うわ。そうね……所さん。もしあなたがどうしても嫌だと思った仕事が目の前にあるとして、あなたならどうする?」

 

「うーん、そうだなぁ。……そもそもやりたくない、かなぁ。……あはは、なんちゃって」

 

「いえ、あなたの考えはもっともだわ、所さん。この鉱山の現場で働いている九割は地球人奴隷よ」

 

「そんな! それって……」

 

「そう、自分たちにとってやりたくない仕事を地球人に押し付けている、ということよ。もしかしたら他にも非人道的な行いがされているかもしれない。……奴隷なのだから当然と言えば当然だけど」

 

「当然って……」

 

「もちろん、四条さんはこれにとても心を痛めているわ。……でも系帝にはこれを取り締まる法律はない。地球人を不当に扱っているのは金星も同じよ。これを検挙するとなると金星に歯向かうのも同然ね」

 

 そこで、と千早は指を立ててみせた。

 

「今回の生物兵器開発疑惑が役立つのよ。四条さんは一度も触れていなかったけど、たぶんこの疑惑を利用して、四条さんはこの開発支部を摘発するつもりよ。もちろん、生物兵器開発の噂の真偽を見極めるのも私たちの仕事でしょうけど」

 

「でもそれなら堂々と調査すればいいじゃん。なんでコソコソしないと駄目なの?」

 

「この噂がもし嘘だったら? 連邦制をとる系帝にとって、地球人に寛容で自治能力が高く、そして系帝と一線を画す立場をとる月都はまさに目の上の瘤よ。真偽のほども定かじゃない風の噂に流されて、月都が系帝庇護下の施設に査察を入れたとなれば、月都に非難を浴びせる絶好の機会を系帝に与えることになるわ。……少なくとも四条さんにとってそれは好ましいことじゃないでしょう?」

 

「……はぁ、貴音も大変だなぁ」

 

 千早は険しい表情を解くと身を乗り出して恵美に顔を寄せた。

 

「とういわけでコッソリ行くわよ。コッソリ」

 

 

 

旧歴254-2年 帝歴764年 月 冬の湖 冬岸鉱山 四乃春 十日

 

 ゼネラルリソース社月面開発支部冬の湖開発支局は社内でも有数の左遷先の一つとして悪名高い。その理由のとしていくつか挙げるならば、その重要性の低さ、月都に近いとはいえ辺鄙な立地、そして、地球人労働者の多さである。奴隷が多いということは、それはつまりそれだけ危険が多く、過酷な労働環境だとも言える。

 逆にGRDFの立場からみればこれほど新人研修にうってつけの場所はない。地球人の監督といういたって簡単な内容。それに反比例するがごとく厳しい環境。新人に押し付ける雑務にぴったりだ。

 そう、冬の湖開発支局は、GRDFを経て金星軍に所属することを夢見る若者たちの最初の関門としてもまた、悪名を轟かしているのだ。

 そんな冬の湖開発支局に新たに二名の新人GRDFが加わることとなった。

 場所は局長室。こちらに背を向けた椅子を前に二人の少女が並んで立っていた。二人ともまだ傷一つないGRDFの甲冑を身に纏い、いかにも不慣れな様子だ。

 

「来たか」

 

 椅子が一言、そう告げる。くるりと回転したその先に座っていたのは一人の少女だった。茶色い長髪は片側に結びあげられ、シュシュで留められている。濃い紺色のスーツに紫陽花色のシャツと一見、落ち着きを感じさせる色調を着こなしているが、その気勢のよい髪型とこぼれるような笑顔は、見る者に溌溂とした印象を与えた。

 

「待ってたで!」

 

 変わった訛り口調で話す彼女の言葉に呼応するように、並び立つ二人の少女は額に掌を当て、敬礼する。

 

「本日付でこちらの開発支局に所属することとなりました、如月千早です」

 

「同じく、本日付でこちらに所属することになりました、所恵美です!」

 

「ほうほう、自分らがGRDFの新人さん? なんや、おもてたより可愛らしい二人やな。私が冬の湖開発支局の責任者、横山奈緒や! 二人ともよろしゅうな!」

 

 恵美は隣に並ぶ少女を肘でつつくと耳打ちする。

 

「どうやらうまくいきそうみたいだね、千早! ふふふ」

 

「とりあえず、相手の懐に潜り込むことには成功ってところね」

 

 二人が開発支局に潜入する方法として選んだのはGRDFだった。開発支局の主要な施設や情報の引き出しが容易なこの役職は二人の目的のためにあるようなものだ。

 しかも離職率が高く、慢性的に人手不足で、人の出入りが激しいこの役職は新顔が二人増えたところで周りに与える違和感が少ない。

 そして、何より千早がGRDFを利用することにした決め手はその情報管理の杜撰さだ。

 現地での雇い入れも行っている辺境警備の仕事である。雇用状況も一部の管理職を除いてほとんどアルバイトのようなもので、必然、採用条件も適当で曖昧。GRDFとして潜り込むのは拍子抜けするほど簡単だった。

 

「むしろ不自然なくらいの大成功ね。危ないものを作っているのであれば、人の出入りがもっと厳しくてもおかしくないのだけれど」

 

「それもそっか」

 

 千早と恵美が互いに耳元で会話するのを前に奈緒は首を傾げた。

 

「なんや、お二人さん? さっきからコソコソ二人で話し込んで」

 

「あ、あはは! そんな、なんでもないですよぉ!」

 

 冷や汗をかく恵美。もしかして、さっきの会話が聞こえていたのでは。そんな不安が彼女の頭をよぎる。

 

「……あぁ! 私、分かってもうたで!」

 

「ぎ、ぎく」

 

 助けを求めるように目を向けてきた恵美に千早は僅かに眉根をひそめたが、すぐに何食わぬ顔で正面を向いてみせた。

 

「二人とも緊張しとるんやろ!」

 

 満面の笑みを浮かべ、したり顔の奈緒に千早は笑みを浮かべると、目を伏せ、口を開いた。

 

「えぇ、何分こういう職に就くのは初めてで。最近は軍部への女性進出も多いと伺いますが、それでもうまくやっていけるのかと不安も拭えません」

 

 千早の言葉に同意するように恵美もぶんぶん首を縦に振る。

 そんな二人の様子に奈緒は理解を示すように腕を組み、頷いてみせる。

 

「分かる、分かるでぇ! 私も『お前が局長や!』って言われた時はおんなじ気持ちやった! 悩み事ができたらすぐに言うてや、相談にも乗ったる! まぁ、私はGRDFの仕事についてよう分からんから、あんまり頼りにならんかもしれんけど……そこは堪忍したってや」

 

 奈緒は申し訳なさそうに手を合わせると、でも、と続けた。

 

「難しいことは抜きにして、もっと気楽にやってこや。二人には頼れる先輩もつけたるさかい、仕事について困ったらこの人に聞くとええ! 静香! おーい、もう来てええで!」

 

 奈緒の呼びかけに部屋の扉が開き、部屋の二人と同様にGRDFの甲冑に身を包んだ黒髪の少女が入ってきた。神経質な顔つきでどこか生真面目さの拭えない雰囲気の少女だ。少し千早と似ている気がする、と恵美は密かに心の中で思った。

 

「あの、わざわざ部屋の前で待機させなくても良かったのでは……」

 

「上司の数が少ない方が新人さんも緊張せんやろっていう私なりの気遣いや」

 

「そんなものですかね」

 

 部屋に入ってきた少女は奈緒の言葉に肩をすくめ、緊張した面持ちの新人達に向き直った。

 

「GRDF月面区冬の湖開発支局所属第三小隊隊長の最上静香です。二人ともよろしくお願いします!」

 

「第三小隊って言っても他の人が辞めてもうて、昨日まで誰もおらんかったんやけどな」

 

 奈緒の茶々に静香も嘆息する。

 

「ちょっといろいろありまして……私が不甲斐ないばかりに」

 

「まぁまぁ、GRDFは実力主義なんやろ? 静香は真面目でええ子や! おまけに強い! さっさと昇格してみんなを見返したり!」

 

「そううまくいくといいのですけど」

 

 静香は自らの情けない状況からか苦笑を浮かべる。

 

「とにかく、お二人が入ってきたおかげで私もこれからは肩身の狭い思いをしなくて済みそうで嬉しいです」

 

 彼女はにこりと微笑むと新人二人に向かって手を差し出した。

 

「うんうん! これから一緒に頑張ろうね!」

 

「よろしくお願いしますね」

 

 恵美と千早は順に差し出された手を握り、握手した。

 三人の打ち解けた様子に奈緒も満足げな笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、静香。後のことは頼んだで! そやな、新人さんにはすぐに仕事を頼みたいところやけど、まずは施設の案内をしたってや!」

 

「分かりました。それではお二人とも、行きましょう」

 

 

 

 局長室を後にした恵美と千早は静香の後ろについて歩きつつ、顔を寄せ合った。

 

「……今のが支局長の横山奈緒」

 

 恵美がそっとそう耳打ちすると千早も頷いて小声で返事する。

 

「みたいね。想像していた人と全然違うわ」

 

「たしか、一年前の事故で……」

 

「えぇ──」

 

「お二人は支部長のこと知っていらしたのですね」

 

「ひゃぁ!」

 

 突然、会話に参加してきた正面からの声に恵美は奇怪な声を上げる。

 

「ごめんなさい! 私、耳が良くて。盗み聞きするつもりはなかったのだけど、聞こえてきたのでつい」

 

 静香の謝罪に千早は首を横に振り、こちらこそ、と申し訳なさそうに返した。

 

「お気を悪くされたならすいません」

 

「あぁ、いいんです。たしかに私は横山支局長に懇意にしていただいていますが、その話はやっぱり気になりますよね」

 

 “その話”というのは千早も事前調査で気になっていたことだ。それは今の冬の湖開発支局長である横山奈緒が……。

 

「本部勤めのエリートでしたのに、一年前の事故でここに左遷されてしまうなんて」

 

 恵美もまた静香の言葉で、事前に集めた資料を読んでいた時のことを思い出していた。

 

 

 

「『あずさ女王のお膝元、金星王都でまさかの建設中地下トンネル崩落事故! 事故で暴かれる杜撰な設計計画の実態!』『死者2名、重軽傷者13名。遺族らGR社に多額の賠償請求』。千早、この資料はなんなの?」

 

 恵美は顔面に掲げていたタブレットを降ろすと、眼鏡越しに資料をめくる千早に尋ねた。

 

「見せてもらっていいかしら」

 

恵美が差し出したタブレットを受け取ると、千早は眼鏡をはずして、画面に目を通した。

 

「……あぁ、これはゼネラルリソース社が携わっていた建設中の真空鉄道トンネルの事故の記事ね。こっちが週刊金代。こっちは金経新聞」

 

「真空鉄道?」

 

「……失念してたわ。たしかに月都の人たちにはあまり馴染みがないものね。ここは重力炉の関係で鉄道も地下施設も禁止されているし。真空チューブ鉄道。簡単に言うと横に動く大きなエレベーターみたいなものよ」

 

「へぇ! 金星にはそんなすごいものがあるんだね! やっぱり都会は違うなぁ……。でも、これが今回の調査と何の関係があるの?」

 

 ちょっと待って、と恵美に告げると、千早は机の上に積んであった資料の一つを手に取り、何かを探すようにページを捲りはじめた。しばらくすると彼女はあるページで手を止め、恵美にそれを渡した。

 

「『金星王都真空チューブ鉄道 新規敷設プロジェクトメンバー一覧』。……ここ、マーカーしてあるね。えーと、なになに? 『現場監督補佐 横山奈緒』。この人なんかの資料にも載ってたような……?」

 

「横山奈緒。今の冬の湖開発支局長よ」

 

 

 

「当時は結構騒がれてましたよね。あの崩落事故」

 

 静香の声に恵美は回想をやめた。

 

「GR社の偉い人が辞めさせられたりして。横山局長もあの事故の関係者だったのですが、辞職は免れたものの左遷という形で出世街道からはずされたそうです。横山局長は当時のことを忌避されている素振りも見せているので、私も詳しいことは知りませんが」

 

 そうだったんですか、と当たり障りのない返事を返す千早。だが静香は不思議そうに首を傾げ、疑問を口にした。

 

「それにしても、お二人ともよくご存じでしたね。たしかに社内では結構有名な噂ですが、一般の方にまで聞き及ぶほど広がっている伝聞でもないと思うのですけど」

 

「あはは、風の噂でね」

 

「入社にあたって調べていた時にたまたま……」

 

 後ろについて歩く二人の返答への、静香の反応は少し背後に目を向けるのみだった。

 そんな話をしているうちに三人はエレベーターを前に立ち止まった。

 

「ここから先が私達の仕事場です。ようこそ冬の湖開発支局へ」

 

 静香は厳かにそう告げた。

 

 

 

 エレベーターは新人である二人の予想に反して地中深くまで続いているようだった。

 結構長いんですね、と言う千早に静香は、深くまで掘り進めてますから、と答えた。

 

「なんでこんなに掘る必要があるの?」

 

「さぁ……私達みたいな下っ端は業務内容から逸脱した情報を何も知らされていませんからね。おそらく現場で働く人たちも一体何のために働いているのかよく分かっていないと思いますよ。……地質調査という名目はありますが実際のところはどうなんでしょうね」

 

 恵美の疑問にも曖昧な返事を返す静香。千早と恵美はお互いに顔を合わせると肩をすくめ、後は沈黙ばかりが続いた。

 やがて、エレベーターは、ぽん、と間の抜けた音ともに止まり、大きく音を立てて扉が開いた。

 

「行きましょう」

 

 静香を先頭に白い無機質な廊下を進む。やがて扉が並ぶ長廊下が現れた。いくつか扉の前を横切ると静香は“第三小隊”と書かれた扉の前で立ち止まり、後ろに続く二人に振り返った。

 

「ここが私達第三小隊の待機室。普段はここで何をしてもらっても構わないですし、待機命令が出ていなければ施設内のどこにいても構わないですよ。とは言え、あまり歩き回っても面白みのない施設ですから、他の小隊の方々も普段は待機室に時間つぶしの娯楽を持ち込んだり、トレーニング器具で身体を鍛えたりと、待機室に引き籠って暇を持て余す方が多いみたいですよ」

 

「持て余すほど暇な仕事なのですか……?」

 

 千早は眉をひそめて静香に尋ねる。

 

「私達GRDFの業務内容は主に労働者の監督ですが、本来は有事の際に社内で対応できるようにGR社が私設した軍組織ですから。労働者の監督は持ち回りで担当すると、あとの勤務時間は待機が基本で結構皆さん暇そうにしてますよ」

 

 静香は事も無げにそう答えると、待機室の扉を開け、どうぞ、と二人を手招いた。

 待機室も廊下と同様で簡素な部屋だった。四、五人くらいの人数ならゆったりと過ごせそうな長方形の白い部屋。扉は部屋の角の長辺に位置していて、扉から見て右手に見える部屋の対角は奥まってまだ空間が続いているようだった。中央には長机と四つの椅子が置いてあるだけで生活感どころか普段そこに人がいる痕跡すら見当たらない感じだ。静香が普段ここで何をしているのか、窺い知ることはできそうになかった。

 静香は肩をすくめると

 

「私はあまりこの部屋にいることはないですけど」

 

と付け足し、待機室の奥まった空間の方へと二人をいざなった。

 そこには片側に棚が並び、もう片側と正面にはそれぞれ扉がさらにあった。静香は棚を背にした扉を指差し

 

「こっちはユニットバスです。トイレやお風呂もここでできます」

 

 そしてもう片方の扉を指差すと

 

「この扉は鉱山の地下に繋がってます。労働者の監督を命じられた時はここから向かえばいいですよ」

 

 と説明を続けた。

 

「こっちの棚は?」

 

 恵美は棚に置いてあった被り物を持ち上げて興味深そうにくるくるいろんな角度からそれを眺めた。

 

「それは防塵マスク。鉱山では採掘が行なわれているので当然、空気は砂塵で淀んでいます。長期にわたって滞在するとなると肺もやられますし、目も痛めるので、それを被って業務にあたることをお勧めしますよ」

 

 恵美は静香の説明にひえー、と顔を青くした。

 

「それではお二人ともそれを被って、鉱山の方にも行きましょう」

 

 防塵マスクは目の周りと口元を隠すだけの簡易なもので三人が装着するのにもほとんど手間は要さなかった。手早く防塵マスクを被ると三人は鉱山に続く扉をくぐり、歩みを続けた。

 扉をくぐるとさきほどの無機質な空間とは打って変わって、ごつごつとした岩肌が露出し、低い天井をたくさんの黒いコードが走ってるのが見える旧世代的な鉱山道になっていた。一定の間隔で天井から吊り下がる裸電球が辺りを怪しく照らす。

 

「こんな古い照明器、初めて見た」

 

「私もよ」

 

 千早と恵美は失われたと思われた旧時代の技術を前に驚きを隠せずにいた。

 

「驚きますよね。私も最初はそうでしたよ」

 

 静香は二人の初々しい反応に微笑みを浮かべた。

 

「えぇ……。今の照明はほとんど有機ELですから」

 

 静香は千早の言葉に頷く。

 

「ここはまだ月面開発初期の名残りで電力システムや照明が古い時代のまま使われているんです。今となってはこの手のものはほとんど作られてなくて不便なので、一時は有機ELに変えようという話もあったみたいですけど。そうなるとこの施設をほとんど作り変えないといけなくなるそうで。お偉方が足踏みしているうちに、結局話はうやむやとなって今もこうして旧き時代に取り残されたまま……」

 

 静香はそっと電球に手を伸ばすと軽く撫でた。

 

「面白いですよね。……どんどん地上が移り変わっていく中で、この地下世界はずっと変わらず旧い時代が息づいている」

 

 静香はしかしすぐに顔を引き締めると、行きましょう、と歩みを進めた。

 心許ない明かりを頼りに狭い坑道を進むとやがて金緑が差し込むとば口が見えてきた。

 

「エメラルドの光……」

 

 恵美はその不可思議な光景に言葉を漏らした。

 

「きっと驚きますよ」

 

 静香に続いて坑道をぬけた先には大きな空間が広がっていた。

 

「うわぁ……!」

 

「……!」

 

 新人の驚いた顔に静香が笑う。

 二人が驚嘆したのはその広い空間に対するものばかりではなかった。その空間の明るさ。天井も壁も、そして足元に至っても、淡い金緑色の光が満ち満ちていた。光は鼓動のように強まったり弱まったり。まるでこの大きな洞窟が巨大な生き物の体内のような錯覚すら覚える。

 

「これは……ヒカリゴケ」

 

 千早は光る足元に目を向けて呟いた。

 

「えぇ、遺伝子操作で作られた産業用ヒカリゴケ。こんなに広い空間を照らし出そうとなると電球では心許ないでしょう」

 

 この広大な空間までくると地響きや掘削作業の喧騒もすぐそこだった。三人の目の前を大量の土石をのせた大型トラックが走り抜ける。

 

「ここが掘削作業の中心。私達の仕事場です」

 

 静香とともに歩みを進めると怒号や喧噪が飛び交う掘削現場に行き着いた。静香たちは高台から柵にもたれかかって、彼らの仕事ぶりを眺めた。

 

「おい、そこ! あぶねーぞ! どけどけ!」

 

「これはD3出口まで運び出せ! 間違えるんじゃねーぞ!」

 

 一見活気のあるようにも見える現場だったが、よくよく見て見ると労働者達は一様にどこか暗い表情を浮かべている。静香もどこか沈んだ表情でそれを見ているように恵美には見えた。千早はあまり表情に変化がなかったが、不自然なほど無表情で何を思っているのかは窺い知れない。

 

「……?」

 

 恵美は二人の様子に頭の中の疑問符が大きくなったがすぐにその答えを彼女は知ることになった。

 

「おい、お前!」

 

 自分達と同じくらいの年代と思われる少女の労働者がGRDFの甲冑を纏った大柄な男に声をかけられる。

 

「何を休んでる」

 

「ご、ごめんなさい。……あの、息が苦しくて。少しだけ、座っていただけです。す、すぐに作業に……」

 

「口ごたえをするな!」

 

 男は小手をはずすこともなく少女の顔面を殴り飛ばす。遠目にも少女が地面を転がり、体中に生傷がつくのが分かった。

 

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 少女は頭を押さえるとその場で身体を丸め、必死に謝罪を続けたが男はまるで聞く耳を持たず、少女に何度も蹴りを入れる。

 

「なんで! お前ら、地球人は! こんなに役立たずなんだ! ……へへへ、どうだ。お前のような汚らわしい畜生以下のクズが。触るだけでも反吐が出る。蹴ってもらえるだけ! ありがたく思えよ!」

 

「ぐっ! えぐ! あぁ! あ、ありがとうございます! ありがとうございます! あぐっ! あぁああぁあああ!」

 

 少女は泣き叫ぶように感謝を口にする。一体、何に対する感謝なのか。その意味を想像するだけで言いようのない怒りや、何か得体のしれない気持ち悪さや、自分が今まで一度も体験したことのないどす黒い感情が腹の底で煮えくり返り、御しきれない怪物のような激情が体中を暴れまわるのを恵美は自覚した。

 そして、ふと恵美は自分が大切なことを忘れていたこと、そして目の前の強烈な違和感を覚える光景に気付いた。この場で働かされてる労働者が地球人奴隷だったこと、そして働かされている奴隷の多くが女子供であること。そして彼女たちは防塵マスクすらつけることを許されていないこと。

 

──……一体ここはなに?

 

 恵美は信じられなかった。目の前の嗜虐と悪意に満ちた世界が自分の住む世界の延長に在ることが。

 

──なんか、胸がむかむかする。

 

 口元に手を当て吐き気を必死に抑える恵美。だが耳を引き裂くような少女の絶叫と暴虐に快楽を覚える男の嬌声が否応なく彼女の頭の中をグチャグチャかき混ぜた。

 

「……」

 

 千早は無言だった。表情は無感情なものに見えたが静香は気付いていた。彼女の拳が強く握られ、腕がわなわな震えていることに。

静香は二人の様子に敢えて感情を押し殺した声で説明を続けた。

 

「これが掘削現場。……アレは、時々見られるけど。おそらく陰ではもっと横行しているでしょうね。彼女たちにとっては……きっと日常茶飯事よ」

 

 その場にしゃがみ込んでいた恵美が無言で立ち上がる。

 

「……恵美さん?」

 

 静香の呼びかけに恵美は。

 

「……アタシ、あの子を助けてくる」

 

「所さん」

 

「千早! こんなの絶対おかしい! あの子が何をしたの!? あいつは何がしたいの!? 全然分かんない! でも……! でもこんなの絶対に許されない!」

 

 短く名前で制止してきた千早に恵美は感情を露わに激昂する。だが千早はゆっくり首を横に振ると。

 

「所さん」

 

 とだけ言った。

 本当は恵美も分かっていた。自分たちは地球人を救いに来たわけじゃない。こんなところで問題を起こせば自分達の本来の目的を果たすことも叶わない。それに。ここで彼女を救っていったい何になる。

 何も変わらない。そんなの恵美だって分かっていた。分かっているけど。

 

「こんなの見過ごすなんて……私が私を許せない」

 

 恵美は嗚咽とともにそう吐き捨てるとその場で泣き崩れた。

 千早は彼女を抱きとめると、分かってる、分かっているから、と彼女の耳元に囁いた。

 

「月の方々がすぐに離職する意味が分かったでしょう」

 

 静香は冷静にそう言い放つとその光景に背を向けるように柵にもたれる。

 

「ここははっきり言って異常です。閉鎖された空間で、GRDFのクズどもはまるでこの世界の支配者になったと錯覚しています……。月の方々は金星人に比べて地球人に対してとても寛容な人たちだと聞いてます。優しいあなたたち月都の人々はこの光景に耐えられず、皆さん逃げるように辞めていきました。あなたたちはどれくらい、この地獄に耐えられるのでしょうか?」

 

 でも、と静香は目を伏せた。

 

「……でも、こんなところにも希望を貫こうとする強い人もいます」

 

 静香の言葉に呼応するように現場の騒ぎが大きくなった。恵美と千早ははっとする想いでその光景を見た。

 

「そこ! 何をしているの!」

 

 暴虐の嵐に走り込む一人の少女。まるで猫の耳のように両側に跳ねた金色の癖っ毛を揺らし、少女は激怒しながら男に殴りかかった。男は信じられない距離を吹き飛んで転がった。

 

「大丈夫!?」

 

 走り込んできたショートボブの金髪の少女は暴行を受けていた少女に手を差し出したが、少女はうわ言のように、ありがとうございます、ありがとうございます、と呟くだけだった。

 金髪の少女は悲しげな表情を浮かべると、うわ言を言い続ける少女を抱き起して、連れて行こうとした。

 それを呼び止める声。

 

「……おい」

 

 吹き飛ばされたGRDFの男だ。

 

「お前、自分が何をしたか分かっているのか?」

 

「……はぁ?」

 

「何をしたか分かっているのかと聞いているんだ!」

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

「おいおい、勘違いするなよ。俺はサボっていた小汚い地球人を指導してやっただけだろう? お前は何だ!? 人の仕事を邪魔するばかりか遠慮なく殴り飛ばしやがって。俺はいつでもお前ら畜生以下の野蛮人をぶち殺せるんだぜ! お前もこの場で裸にひんむいて、嬲り殺してやろうじゃないか!」

 

「……殺してやる。……お前なんか殺してやる!!」

 

 金色の少女は呪詛の言葉とともに雄叫びを上げて、目の前の男に飛びかからんとする。しかし。

 

「そこまで!」

 

 その時だった。激しく繰り広げられる言葉の応酬に歯止めをかけるような大喝が鳴り響く。

 

「それぐらいにしておきなさい、翼!」

 

「静香!?」

 

 翼の前に突き刺さるレイピア。金髪の少女、翼には見覚えがあった。これはたしか静香の獲物。

 

「おい、何しやがる! 女はすっこんでろ!」

 

 GRDFの男も思わぬ邪魔に怒りを顕わにして、レイピアが飛ばされてきたであろう高台に目を向ける。そこには声の主、防塵マスクを外し、怒りを顕わにする少女が立っていた。

 

「勘違いしないで。私はあなたを助けたのよ。感謝こそされ、文句を言われる筋合いはないわ!」

 

「俺がこんな乳臭いメス餓鬼に後れをとるって言いたいのか!? えぇ!!」

 

「そうよ! 目の前の少女はあなたのようなチンピラ、赤子の手をひねるよりも容易にあなたを殺してしまえるわ! そして彼女は躊躇いを知らない。あまり調子に乗っていると喉元を食い千切られるわよ!」

 

 翼も静香の方に目を向けると叫ぶ。

 

「静香、邪魔しないで! こんなクズ、苦しみながら死んじゃえばいいんだよ!」

 

「翼! 私はあなたを人殺しになんかさせない! 絶対に!」

 

 翼は続けざまに何か言いたげだったが、それをぐっと抑えると、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「お前ら、俺のことを馬鹿にしているのか!」

 

 男は何か喚き散らしていたが静香はじろりと睥睨すると男も気圧されたように黙り込む。

 

「あなた、やり過ぎよ。それじゃあ、奴隷の仕事にも支障が出るじゃない。監督役のあなたが妨害してどうするの? 些末なことに囚われずに、作業全体の効率を考えなさい! こんな簡単な仕事もできないようならGRDFをやめた方がいいわ! ……翼、あなたは後で局長室に来なさい。あなたのGRDFへの暴行行為は見過ごせないわ。罰則は覚悟しなさい。……それと、その少女は第三小隊の待機室まで運んでおきなさい」

 

 静香は場を収めるように騒ぎの中心だった二人にそれぞれ指示を飛ばし、現場は落ち着きを取り戻し始めた。

 男は舌打ちすると、周りに集まっていた奴隷の野次馬に向けて

 

「おらおら、見世物じゃねーんだぞ! 作業に戻れ!」

 

 と怒号を放ち、蹴散らしにかかった。

 翼もしゅんと肩を落とすと、少女を抱えてその場を後にした。

 

 静香はその様子にほっと一息つくと。

 

「ここはどうしようもない地獄です。……でも。絶望ばかりが支配しているわけじゃないと私は信じています」

 

 と新たに加わった二人の仲間に向けて泣きそうな笑みを浮かべた。

 




 前回の投稿から二か月以上も空いたことをお詫びしたいです。
 まだ読んでくださる方がいたらですが……。

 進級をかけた二か月の闘いを終え無事帰還してまいりました。
 どうにか失ったカンを取り戻し、続きを書き上げられたことに自分で安堵。
 本当に更新が遅くなって申し訳ないです。


 さて、話は変わっていつもの解説のような何か。

 今回はかなりえげつない話でした。果たしてアイマスの名前を借りてこんなことしていいのか……。まぁ、公式でも似たようなことをやっていた気がするので……一体ナニグラシアなんだ。

 どうもうまい話の展開が思いつかず煮詰まっていましたが、(更新が遅れたのもどちらかというとこちらのせい)うまいこと世界観や登場人物たちがこれから置かれる状況を舞台に落とし込みつつ、ドラマチックな展開にできた気がします。その分ショッキングな描写も多かった気もしますが。作者も書いててショックを受けてました。

設定

グリマスキャラについて
 今回は話の展開を優先して敢えて実際のキャラから逸脱したキャラクター性も付与してみました。おそらく翼はこんな風に激情に駆られて叫んだりとか、逆に静香は凄惨な現場を前にこんな冷静な態度をとれるキャラクターではないと思います。
 でもこの小説は劇中劇という形をとっており、彼女たちには与えられた“役”もあります。彼女たちはきっと自分たちの与えられた“役”を真剣に演じることを心得ていると思い、敢えて元のキャラクターから外れた描写も入れました。
 “役”を優先すべき場面というのはこれからもっと増えていくと思いますので今回はその折り合いを見るためにも実験的なものになったと思います。

ツキモグラ
 追々出てくると思いますが一応。この開発支局に働く地球人奴隷の蔑称。かわいそう。

赤髪の少女
 ぷぅちゃん……。

冬の湖と書かれた海
 千早たちの住む月はテラフォーミングを終えているという一話の設定話で口走っていた通り、この月には海があります。緑化も進んでおり、生き物も住んでいます。どうやってテラフォーミングしたのかは実はまだあまり考えてなかったり……。

金星と月の関係
 ぶっちゃけて言うとめちゃくちゃ仲が悪いです。地球人に対する考え方の違いもそうですが、月が銀河帝国からかなりスタンドアローンな立場を可能としているため、小規模太陽系連邦の分裂を促す存在だと考えられています。作中にも書きましたが。でも表面上は仲の良いフリをしています。
 今回月にやってくるという金星女王あずささんも一体どのような心境なのか。

週刊金代 金経新聞
 週刊金代は金星で最多のアクセス数を占める週刊情報サイト。金経新聞は金星経済新聞という新聞サイトの一つ。個人が所有する紙媒体というものはこの世界、特に金星では極めて稀です。月では旧時代的なものが好まれるので紙媒体の書籍や雑誌も残っていますが。
 また企業など、個人でなく法人の世界では契約書や重要な情報に関しては電子データでなく実物として残すべきとして紙媒体が利用されています。千早がめくっていた資料はその類の紙資料だと思われますね。

真空チューブ鉄道
 そもそも鉄道が存在しない月都では鉄道がどういった類のものか、興味がない限り知らない人もいたりいなかったり。大抵テレビとか見ていれば知る機会はあるでしょうが、恵美は格別に世間知らずな節もあるよう。
 真空チューブ鉄道は文字通り真空チューブの中で列車を浮かせて走らせるというもの。事実上、摩擦係数はゼロとなり例えば重力方向に向けて、弧状にチューブを走らせると、列車は重力方向に落下するエネルギーを利用してそのまま弧の反対側まで登ってこれたり、あるいは押し出す力をそのまま無駄なく利用して坂を上ったりできるという夢のような列車。
 実際はいろいろあって開発は難しいとされてますが、60年代、70年代の子供向け科学本に“未来の世界”と題して必ず、真空チューブが縦横無尽に走る街が描かれていたことを考えると、やっぱりSFのロマンの一つかなと思い、ここで登場させてみました。

裸電球 有機EL ヒカリゴケ
 千早たちの世界では既に電球というものはほとんど消え去ってます。メジャーなのは有機ELで、発光ダイオードも使われてます。有機素材で作られた照明器具は多様な形態加工が可能とされており、かなり広く使われています。技術の向上で有機ELは低価格でかつ環境にも優しいとされ、人々は好んで有機ELを用いていますが、発光ダイオードも時代の名残りでまだまだ現役だったり。
 鉱山で現役の電球は、千早たちからしてみれば化石のような技術。現代人からしてみればガス燈や提灯が現役で使われているようなもの。電球が使われている理由は作中の通り。
 産業用ヒカリゴケは今回出てきた鉱山のように極めて広い空間で好んで使われます。野生のヒカリゴケは環境の変化に弱く、死滅してしまいますが産業用ヒカリゴケは遺伝子操作の結果、かなり強力な環境変化への耐性を獲得しています。
 僅かな水で繁茂させることができ、繁殖能力も高い。そのため広大な空間を一気に照らすことができ、しかも安価で、一度繁茂させれば後は勝手にどんどん空間を照らしてくれます。
 ヒカリゴケは発光するのではなく、僅かな光をレンズ状細胞で反射させることで辺りを照らすため光源は必要です。今回の鉱山には電球という光源も揃っているので空間を照らし出すことに成功していますが、反面、反射する光の状態に左右されて光量は安定せず、光自体も弱いため、通常、照明具として用いられることはほとんどありません。
 今回の話で出てきたヒカリゴケが鼓動するように明るくなったり暗くなったりするのは、これが原因。
 またヒカリゴケは繁殖力が高い反面、その繁殖力の高さによって在来種を駆逐してしまうという大きな欠点も持ち合わせてるのも、ほとんど照明具として使われない理由の一つです。この鉱山では掘り出した洞窟に生態系というものが元より存在しないため、産業用ヒカリゴケの使用を許されていますが、その扱いには細心の注意を払うべきとされています。

GRDFの男から見るこの世界のジェンダー
 ただの下種。千早も口にしていましたが、軍部への女性進出が進んでいるなど、ジェンダーによる差別はかなり少ないですが、この男は男性特権的な思想の人間の模様。
 この世界では金星や月で女王が最高権力者であるように、男女差別的な思想はほとんどないとされ、むしろそういった思想はかなり時代遅れというか、もはや常識的にあってはならないとされています。反面、地球人はおろか女性ですら差別の対象にするこの男の下種さや常識のなさは相当なものと思われます。
 地球人への差別的な描写をいれるためにこんな社会不適合者を出してみましたが、実際のところ、ここまでひどい差別をする人間は少なくないにしても、決して社会全体の風潮ではないことも念頭に置いて欲しいです。




それでは今回はこのへんで。

誤字脱字、ご指摘待ってます。

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