細氷の華~遥か彼方のスヴェート~ 765PRO.Presents   作:dsyjn

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一日で書けるものだなぁ


第六話 翼の秘密

旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 西部 四乃冬 五日

 

 一人の少女が路地を駆け抜けていた。見たところ親に手を引っ張られていてもおかしくないような歳の少女が、地球の青い光の元、薄暗い路地裏へと走り込む。彼女の蹴り上げたゴミが猫に当たり、赤子のような喚き声が暗がりに響く。

 

「うわわ! ごめん、ネコさん! でもたまき逃げなきゃ!」

 

 走る少女の名は大神環。彼女は二人の少女からくすねてきたパンを手に、足を緩めることなく路地裏の奥へ奥へと走り続ける。

 ではパンを盗まれた二人の少女はどうするか。環が誰から逃げているのかを考えればそれは明白だ。

 

「「待て待てぃ!!」」

 

「この亜美と!」「真美から!」

 

「「逃げおおせようと思うなかれぃ!!」」

 

 二人の少女、双子の双海亜美と双海真美は当然、自分たちのものを盗まれて放っておくはずもなく、環を追いかける。

 

「こらぁ! 盗みはよくないんだぞぉ! 亜美たちのパンを返せぇ!」

 

「そうだそうだ! 田舎のお母さんも泣いているぞぉ!」

 

「たまき、もう田舎に住んでないもん! それにこれがないとたまき、今日の夜ご飯がないんだもん!」

 

 亜美と真美の呼びかけに答えるも環は必死に路地を抜けようとしたが。

 

「……! い、行き止まり!」

 

 環の目の前は無慈悲にも壁がそびえていた。

 

──おかしいぞ! たまきが誰かに追い付かれることなんて今まで一回もなかったのに!

 

 環は壁に背を向けると暗がりから飛び出してきた二人の少女と対峙した。

 

「んっふっふ~。もう逃げられないよ、子猫ちゃ~ん」

 

「大人しく真美たちのお腹につくんだね!」

 

「……そ、それを言うならお縄だぞ」

 

 亜美と真美のいやらしい笑みに環は言い知れぬ恐怖を感じた。

 環は後ずさってみるも背中についた壁が、逃げ道のないことを教えてくる。

 

「うわぁ! だ、だれかぁ! 助けてほしいぞー!」

 

 だから叫ぶしかなかった。

 この場合、悪いのは環に他ならないわけで、人を呼んだところで状況はむしろ悪化することも分かっていた。が、この二人だけでは何をされるのか分かったものではないと、環は悟った。いっそのこと良識ある人に見つかって警察に捕まる方が何倍も良さそうに思えた。

 

「無駄無駄、ここら辺は人通りもほとんどないっしょ!」

 

「亜美たちのパンの恨み晴らしちゃうよ!」

 

「……パ、パン! パンなら返すぞ! ほら、この通り! だから見逃して欲しいぞ!」

 

 環は震える手でパンを二人に差し出すも。亜美と真美は顔を見合わせると。

 

「んん? 真美、こんなこと言ってるけどどうする?」

 

「いやぁ、真美たちが走らされた分もあるっしょ」

 

 二人は慈悲もなく環の方へじりじりと歩み寄る。

 

「うわぁ!」

 

 環は壁の隅へと身体を縮こませたが、それも無意味だ。もはやどうしようもない、と環が諦めかけたその時。

 

「待ちなよ、そこの二人!」

 

 突然の制止の声にその場にいた全員が固まる。

 

「嫌がってるじゃん、やめなよ」

 

 環は双海姉妹の背中越しに人影を見た。まだ路地の暗がりにいて誰だかは分からなかったが環はその声に聞き覚えがあった。

 

「もしかして、そこにいるのは……つばさなのか!?」

 

「ん? あれ、環?」

 

 ショートボブから両側にぴんと角のように立った金色の髪。少しあどけなさの残る顔貌。蒼光の元、現れたのは環の同僚、伊吹翼だった。そしてもう一人。

 

「ま、待ってよ翼! 走るの速いね!」

 

 環が見覚えのない少女だった。髪留めで茶色の髪を片側で結び、見た目は翼と同じくらい。走ってきたのか肩で息をし、膝に手をついていた。

 

「あはは、未来もまだまだだね!」

 

 どうやら彼女の名前が未来であるということは翼の口ぶりからも環には分かった。

 

「どうしてつばさがここにいるんだ? 今日も仕事のはず……」

 

「それはこっちの台詞だよ、環。環だって今日は……」

 

 二人が互いに名前を呼びあうのを未来は目を白黒させて見守った。

 

「あ、あれ? 翼、知り合いなの?」

 

「え? あー……うん、たまたまね」

 

「おうおうおうおう! コソ泥のお仲間も登場か!」

 

「ついに亜美たちのパンを巡って大きな陰謀が渦巻き始めるのか!」

 

 突然の乱入者にしばらく黙っていた双海姉妹だったが、環の知り合いの登場で一気に警戒心が高まった様子だった。

 

「……コソ泥? もしかして環、この人たちからなにか盗ろうとしてたの?」

 

「やっぱり、つばさみたいにうまくいかなかったぞ……」

 

「あっ……!」

 

 二人の会話に耳を傾けていた未来は環の言葉に引っかかりを覚える。

 

「翼みたいってどういう……」

 

「うわー! わーわーわー! そ、そんなことよりもそこの二人に何されそうだったの、環!?」

 

 渦中の双海姉妹は不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「何されそうとは失礼な!」

 

「そうだぞ! 真美たちのパンを盗んだいけない子をきょーいくしようと思ってたところなんだから!」

 

「先に仕掛けてきたのはこの子だよ! 亜美たちはぜんりょーな一般市民なのに! まるで私たちが悪者みたいじゃないか! まぁ、亜美たちが悪者なのに間違いないけどね!」

 

「ちょっと亜美! それは言っちゃダメなことだってひびきんが!」

 

「……うわうわうわぁ! そうだった!」

 

 二人の言葉に要領を得ない翼だったが、どうやら街中で環にパンを盗まれた二人が彼女を追ってここまで来たことだけは分かった。

 

「未来、ここは私に任せてもらってもいいかな」

 

「え? ……う、うん、別にいいけど」

 

──おかしい。私の時といい、今回といい、私たちに追い付ける人なんてそうそういるものじゃない。この月都には何か自分たちの知らない人たちがまだまだ暗躍しているかもしれない。

 

 翼は内心眉を顰めつつ、言葉を選んで慎重に二人の説得を試みることにする。

 

「環、パンを二人に返してあげて」

 

「わ、分かったぞ!」

 

 環は手に持っていたパンを双海姉妹に向かって投げ返す。

 

「環、二人に謝った方がいい。悪いのは環だよ」

 

「……そうだね。ごめんなさい」

 

 翼はふぅ、と息を吐くと、今度は自分の懐から手持ちのお金がすべて入ったなけなしの財布を二人に投げ渡した。

 

「それだけじゃ満足しないだろうから、これで手打ちとして欲しいな。あんまりお金は入ってないけど、二人にとって悪くない話でしょ?」

 

 双海姉妹はパンとお金を手にお互いに目配せする。翼にとって緊張のひと時だ。

双子の二人は言葉もなく互いに合意を得たように頷き合う。

 

「このお金は返すよ。真美たちはこんな端金が欲しいわけじゃないよ」

 

 真美はそう言うと翼に向かって財布を投げ返した。

 

「でも亜美たちの正体を知られてしまったのはまずいなぁ」

 

「三人ともとりあえず真美たちと来てもらうよ!」

 

 二人はそう言うと、にっと笑って翼に飛びかかった。

 

「え!? うわわっ!」

 

 翼は咄嗟の判断で横に転がり、真美の裏拳を避ける。

 

「隠れて、未来! この二人は私が何とかする!」

 

 翼は路地の暗がりで茫然と立っている未来に向かって叫ぶと、亜美に向かって突進した。

 翼の声にはっとした未来はゴミの山に急いで身を隠し、翼の様子を見る。それは常人の動きとはとても思えない軽やかな身のこなしだった。

亜美が地面に手をつき、足を回転させて向かって来る翼の腰を狙う。同時に真美は亜美の身体を陰に、飛び上がり、回転する形で踵を落とした。しかし、彼女達の蹴りは中空を切るばかりだった。

 先んじて二人の狙いに気付いた翼は身体を落とすと地面に円を描くように蹴りを入れ、亜美を牽制する。

 亜美は翼の蹴りに慌てて後ろに跳躍し、難を逃れた。

 

「環! 今のうちに環も逃げて!」

 

 翼は身体の回転をやめると、腕を十字に構え、真美の踵を受けると同時に壁際の環にも叫ぶ。

 

「でも、たまきも助けるぞ!」

 

「いいから! この二人の相手をするよりも皆で逃げた方がいい!」

 

 翼はそう言って、腕を振ると真美を飛ばした。

 真美は翼の腕の勢いに乗って跳躍すると、やはり亜美の近くに着地する。

 

「いっつつ。あの翼ってコ、思ってたより強いね、亜美」

 

「真美、大丈夫? 怪我はない?」

 

「ヘーキヘーキ! それよりもバサバサをどうにかしないと!」

 

「バサバサって、もしかして私のこと!?」

 

 翼は身構えるもつい自分の呼び名に頓狂な声を上げる。

 

「翼だからバサバサいい名前っしょ!」

 

 真美はその声とともに摺り足で一気に翼との間合いを詰め、拳を突き出す。

 

──思ったよりも早い!

 

 翼の予測よりもはるかに速い真美の拳に翼の判断力が一瞬鈍る。だがどうにか腕を顔の前に立て攻撃を受け流す。

 これが一対一の勝負なら紛れもなく互角な闘いだった。だが、今回はその限りではない。この一瞬の判断の遅れは翼にとっての命取りだった。

 

──やばい! もう一人がどこに行ったか分からない!

 

 翼は内心の焦りを見せまいと真美の攻撃を流した勢いを体に乗せ、腰を捻じると真美の顔面に向かって掌底を突き出そうとした。だが。

 

「ここだよ、バサバサ!」

 

 亜美の声が聞こえた。

 

 次の瞬間、翼は文字通り足元を掬われた。

 真美が間合いを詰めると同時に亜美も彼女の背中に張り付く形で走り込み、そのまま真美の足の間をスライディングすると、翼の足に自分の足を絡めとったのだ。

 

──倒される!

 

 翼はどうにか受け身だけ取ることを努め、そのまま抑え込まれることだけはどうにか回避しようとする。だがそれも遅い。翼が地面に倒れ込むころには真美がのしかかり、止めの構えをしているのが翼の目に移った。

 これは間に合わない、と翼は悟った。だが。

 

「それくらいにしておきなさい、そこの二人!」

 

 新たな少女の登場がその場の全員の動きを止める。

 

「もしかして……静香!?」

 

 建物の上から路地を見下ろす形で、地球の光を背に軽甲冑を身に纏った少女が黒髪をなびかせていた。

 最上静香。翼の勤め先の守衛を勤める少女だった。

 

「まったく、翼ったら。仕事を抜け出して遊び回っていると思ったらこんな揉め事まで起こして……」

 

「あ、あはは……」

 

 静香は呆れ返ったとばかりに嘆息すると路地へと飛び降りた。

 

「私しか気付いていなかったからよかったものの。他のGRDFに気付かれていたらただでは済まなかったわよ」

 

「ご、ごめん」

 

「まぁいいわ。今はそんなことより……」

 

 静香はキッと双海姉妹を睨み付ける。

 

「うちの者があなたたちに迷惑をかけたことは謝るわ。でも彼女たちなりにけじめはつけたはずだわ。これは少しやり過ぎじゃないかしら」

 

「ごめんなさいで済んだらケーサツなんていらないんだぞ!」

 

「そーだそーだ!」

 

 双海姉妹は静香の言葉にぶうぶうと文句を口々に言う。

 

「……たしかにそれもそうね。あなたたちの言い分も最もだわ。……でもあなたたちも決して堅気の人間ではなさそうね。それこそ、警察にバレたらまずいくらいには。……あまり一般人面して調子に乗るつもりなら、この剣で叩き斬るわよ」

 

 静香はそのまま剣の柄に手を乗せる。

 

「これは暴徒鎮圧用の模造剣だけど、それなりに痛みも覚悟しなさい。……それにこれで二対二。互角ね」

 

 翼も静香の後ろで身構える。双子の姉妹は二人の少女を前に同じく構えをとった。

 

「やれるものなら」

 

「やってみるっしょ」

 

 路地に緊張が走る。立ち上がった翼と静香。対する双海姉妹。どちらが先手を取るか。拮抗したこの状況の打破は度し難いものだ。

 この均衡が崩れた時が勝負の分かれ目である。そこにいた誰もがそれを分かっていた。だからこそ初手は慎重さを重ね、静寂が場を支配した。

 

「おっ、亜美、真美。こんなところで油売ってたのか」

 

 静寂が崩れるのは一瞬だった。しかもそれは外部からの来客によるものだった。

 

「ぷ、ぷぅちゃん!?」

 

 亜美の驚いたような声から察するにどうやらその新たな来客は双海姉妹の知り合いのようだった。

 

「だからその名前で呼ぶなって……ん? なんだこれ。お前らまたなんかやったのか?」

 

 ぷぅちゃんと呼ばれた少女は赤い短髪を揺らし、首を傾げた。

 

「真美たちのパンを盗んだ奴らを成敗してたんだよ!」

 

「それに亜美たちの正体もバレたかも!」

 

 新手に静香は警戒心を強め、構えに力を入れる。

 

「なに? また新手?」

 

「うわわっと! まぁまぁ! そう殺気立つなよ。ほら構えを解いてくれ。あたしは別にあんたたちの敵じゃないだろ?」

 

「味方でもないですが」

 

「はぁ……。まぁいいや。あたしはこの二人に用があって来たんだ。ほら、二人とももう帰るぞ!」

 

「えぇ! でもでも真美たちの正体が……」

 

「ほっとけ、ほっとけ。どうせ誰も信じやしないよ。あたしらは面も割れてないし。それに見たところ、そこの金髪の子、地球人だ。あたしらが守るべき人たちだよ。この月都で盗みをする奴なんて大抵は地球人さ」

 

「「……」」

 

 亜美と真美はぷぅちゃんと呼ばれる少女の言葉に神妙な表情を浮かべる。

 

「許してやれ、亜美、真美。悪いのは地球人を差別して、貧困に陥れているこの系帝だよ」

 

「はぁ……そうだね、ぷぅちゃん」

 

「だからその呼び方やめろって、亜美」

 

 赤髪の少女は亜美と真美の背中を押すと路地の暗がりに向かう。双海姉妹の姿が暗闇に消え、最後にその少女は静香と翼の方を振り返る。

 

「悪かったな、お前ら。まぁ、そっちのGRDFはもしかしたらまた会うことがあるかもしれないけどな」

 

「……待ちなさい! なんで私がGRDFだと分かったんですか!?」

 

「その軽甲冑、GRDFのものだろ。見慣れてるよ。それにあんたのその剣の構え、悪くないよ。上手くいけば金星女王の近衛兵にも入れてもらえるかもな」

 

 赤髪の少女は既に路地の暗がりに姿を消し、声しか聞こえていなかった。だが彼女の言葉は力強く、静香の耳に残った。

 

「まっ、その時はお互い敵同士ってことで、いやでも戦場で刃を交えることになるだろうから、今やりあっても詮無い話ってわけだ。その時まで達者でな」

 

 残されたのは拍子抜けした二人の少女と。

 

「い、今の人たちは何だったの?」

 

「たまき、怖かったぞ!」

 

 状況がつかめてない未来と翼に抱きつく環だった。

 

「そうよ、翼。今の人たちは一体誰なの?」

 

 未来の言葉に静香も同調する。

 

「誰って、私が聞きたいくらいだよ!」

 

「……はぁ。あの人たちなんだか最後は気になることも言ってたけど、今はとりあえずいいわ。自分でまた調べてみる。……そんなことより翼!」

 

「はい!」

 

「仕事を抜け出して友達と遊ぶとは奴隷にしては随分なご身分ね。私以外のGRDFにバレてたら文字通り首が飛んでたわよ! あの人たち、地球人のことを虫けらくらいにしか思ってないんだから。……あなたに限ってそんな遅れを取るとも思えないけど」

 

 静香の心配そうな声に翼は顔を青ざめた。

 

「なに? 翼そんなことも考えないで仕事抜けだしたの?」

 

「静香! シー! シィー!」

 

「し……? “し”がどうしたのよ、翼」

 

「……もう遅いよぉ」

 

 翼はそう言って項垂れる。

 

「遅い? どういう……」

 

 そこで静香もはっとした。ここには翼と環以外にもう一人いることに。

 

「まさか翼、話して……」

 

 静香の言葉にコクコクと頷く翼。そして。

 

「……翼。地球人とか奴隷とか……。どういう意味なの?」

 

 ポカンとした表情の未来が翼に尋ねる。彼女の正体を。

 

「分かった。全部話すよ、未来。ここまで来たらもう隠し通せないみたいだし」

 

翼は諦めがついたのか両手を上げて降参のポーズをとり、話を始めた。

 

「私はね、この月都の近くのスラムに住む地球人奴隷の一人。環もそうだけど。ゼネラルリソース社って知ってる?」

 

 翼の問いかけに未来は首を横に振る。静香はそれに首を傾げた。

 

「あら? 結構有名だと思うんだけど、ゼネラルリソース社。未来さん……でしたっけ?」

 

「未来でいいよ。それに敬語も使わなくて大丈夫」

 

「じゃあ未来。ゼネラルリソース社っていうのは簡単に言うといろんな会社の親会社みたいなものかな? とにかく大きな会社なんだけど。本当に知らないの?」

 

「うーん、どっかで聞いたことあるような、ないような」

 

「まぁ、この月都ではあまり先進技術は好まれてないみたいだし、見かけることも少ないのかもしれないわね」

 

「たまき、難しい話はよく分からないぞ」

 

「……そうね。あなたは何も知らないまま働かされているものね」

 

 静香の表情が環の言葉で翳る。

 

「くふふ! でもたまき、働くの好きだぞ! 身体を動かすのも好きだから、それでお金がもらえて、たまきは幸せだぞ! “げんばかんとく”はすっごく怖いおじさんでよく叩いてくるから嫌いだけど」

 

──その貰えているお金がほとんどタダに等しい低賃金だということを環はたぶん知らないのでしょうね……。

 

 静香はモヤモヤとした感情が心の中で渦巻いたが敢えてそれを口にするつもりはなかった。おそらくこれは、年を重ねると分かってしまう。せめて知らないうちは言わない方がいいのかもしれない。

 翼の方を見ると、静香を同様に複雑な表情を浮かべているのが分かったが、静香はそれも敢えて見なかったふりをした。

 翼はとにかく中断された説明を続けることにする。

 

「私と環はそこで奴隷として働いているの。そしてこの子」

 

「まだ自己紹介がまだだったわね。最上静香よ」

 

 よろしく、と静香から差し出された手を未来は握る。

 

「あ! たまきも、たまきも! 大神環、12歳っ! よろしくね!」

 

 両の手で握手を求められる未来に翼は、あはは、と少し声を上げて笑った。

 

「うんうん、二人とも仲良くなったところで。静香はゼネラルリソース社の軍、GRDFに所属している、まぁ守衛さんみたいなものかな。ゆくゆくは金星軍の将校さんかもね」

 

 翼はそこまで説明すると口を噤んで未来の様子を窺う。未来は突然の話に少し混乱しているようにも見えた。ただ、翼は知っている。この話を初対面の人に言うとみな初めて会ったころとは裏腹に態度が豹変する。

 みな、自分達地球人を不潔なものを見るような目で見てくるようになり、露骨に恐れを抱いたり、嫌悪感を見せたりする。それがいやだからこそ、翼は先んじて未来に声をかけた。

 

「気持ち悪いよね。こんな、正体まで隠して。ごめん、未来。騙すつもりはなかったんだよ? それだけは信じて欲しいな。……もう未来の前には現れないから。楽しかったよ、今日一日」

 

 翼は言いたいことをすべて言えたと思った。これで良かったんだ、と。

 昨日、未来に助けてもらった時、強く心惹かれた。理由はよく分からないけど、未来ならもしかして自分を受け入れてくれるかもしれない、と。だから少しずつ自分の正体を明かすつもりでいた。

 でもこんなに急に自分の正体を知られてしまっては、たぶんそれも叶わない。

 別に静香が悪いわけじゃない。この状況に誰が悪いとかはなかった。ただ。

 

──少し残念だな。

 

 翼は心の中でそう思ったが、口に出すこともなく環と静香に

 

「行こう」

 

 と短く言ってその場から歩き出した。

 

「翼……」

 

 静香はそんな彼女をただ申し訳なさそうに見るしかなかった。

 だが。未来が次に発した言葉は翼の予想だにしないものだった。

 

「……うわぁ! 地球人のお友達なんて初めてだよ!」

 

「……へ?」

 

 翼は振り返る。目の前にいたのは失望した様子も恐れを抱いた様子も、ましてや嫌悪の様子もない少女が一人。未来は目を輝かせて、翼に近づくと彼女の両手を取った。

 

「えへへ! 嬉しいなぁ、これからもよろしくね!」

 

「で、でも私は地球人だよ!? 話聞いてなかったの!?」

 

「いいじゃん! 翼は翼だよ! それに騙すも何も私、何も悪いことされてないよ!」

 

 未来が快活な笑みを浮かべる。その笑顔に翼は。

 

「……うわぁ! ありがとう、未来ぃ! これからもよろしくね!」

 

 感極まって未来に抱きついた。

 

「あー! ずるいぞ、つばさ! くふふ、たまきとも友達になってこれからいっぱい遊んでね、みらい!」

 

「あはは! 環もこれからよろしくね!」

 

 環も翼に便乗して抱きつく。静香はそんな三人の様子に心底ほっとしたような笑みを浮かべ、青く輝く空を見上げた。

 地球の蒼光は彼女たちを包むように優しく辺りを照らしていた。

 




 今回は思ってた以上にぱぱーと書けました。相変わらず誤字脱字多いかもしれませんが気付いたところから直していきますよ。

 今回はちょろっと戦闘描写も。この話、戦闘とかも入れていきたいと書き始めたころから思っていましたがいきなり過ぎましたかね。
 今回は肩馴らし程度だったのでもうすこしガッツリ戦う展開もくるかも。アイマスとはなんぞや。

 登場人物もとにかくぼこぼこ出しまくって元ネタ分からない人は完全に置き去りにしました。まだまだ総勢50人なのを考えると……。

 前回解説を忘れていた分もあるのでそれも含めていろいろ解説します。

設定

グリマスキャラ

大神環
 田舎育ちの上京少女。たぶん、親の転勤か何かかね。天真爛漫で溌溂とした幼い少女。紳士Pには堪らないキャラ設定で作者も満面の笑み。オレンジ色の長髪で性格はどことなく響を彷彿させます。たまき、天才かも! など、発言においても被ってるところも……。可愛い。

最上静香
 通称うどんジャンキー。今回はうどん設定は出てませんけど。うどん好きで二次界隈にその名を轟かせる静香さん。うどん県出身でもないのにいったいなぜ……。
 真面目でしっかり者のイメージもありがちですが同年代の子には割と素直なところも多く、情に厚い熱血漢な一面も。千早とはまた一線を画すところ。と勝手に思ってます。

ぷぅちゃん
 敢えて名前を伏せておきましょう。いや、グリマス知ってる人はみんな分かるでしょうけど。クールなキャラである反面いつも周りに振り回され、突っ込みに徹することが多い。LTPでは散々な目にあってましたなぁ。頑張れ、ぷぅちゃん。
 ちなみに公式でも本名はいまだ明かされていませんが、ぷぅちゃんは本名からとったあだ名らしい。うーん、どんな名前だったらぷっちゃんになるのか。

諸々の設定

重力炉
 前回出ていた設定。月の重力を地球に近いものにするために月都の地下には重力炉が埋設されているとか。月の重力は月都で調整されているため、月都の重力炉に不具合が起こった場合、月全土にその影響は及ぶ感じ。そのため重力炉の上に作られた月都は様々な制限がかかっていて、高さ制限というのも厳密には、重量制限のこと。
 また、電車の敷設禁止や車の乗り入れ禁止もその類。宇宙船というか飛空艇を飛ばせばいいみたいな話もあったが結局、駐車の際には地面に置くことになるのでこれらの類も禁止されています。
 ただし緊急車両や大きな荷の運搬車両は除くため、交通量が少ないわけでもなく、一話の時の美希たちみたいに飛空艇や宇宙船を飛ばしても案外目立ちません。
 ちなみに、馬車と人力車、自転車等の乗り入れは認められています。

水の屋台
 この月都では水は貴重な存在。水は結構な高級品だが一番喉の通りがいいので好んで月の人々は水を飲みます。水道管や下水は重力炉の関係で必要最低限しか整備されておらず、基本的に、一般市民は月都の外から輸入されてきた水を購入し、下水処理も各家庭で貯め、下水処理屋に来てもらって、処分しています。こういった汚れ仕事も地球人がやってることが多いです。
 下水は肥料として農業で使われたり、家畜のエサになったり、一部は濾過されて海に流されます。そのため化学洗剤等は販売が禁止されているとか。
 加えて、食中毒など公衆衛生の問題にも繋がりやすく、元老院や女王貴音の頭を悩ませる問題として議題によくのぼります。
 ゼネラルリソース社が重力炉の重量制限に耐えうる新たな浄水設備を開発中とのことで月都も心待ちにしているのが現状です。
 ちなみにジュースや牛乳の方が水よりも安かったりします。

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