細氷の華~遥か彼方のスヴェート~ 765PRO.Presents 作:dsyjn
旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都南西部 四乃冬 四日
所恵美は途方に暮れていた。自分の持ち物すべてを詰めた鞄を盗まれてしまったのだ。
──はぁ、どうしよう。あの中に全財産に、もしもの為の武器に、高音との通信機も入っていたのに……。
彼女が進退窮まるのも無理はなかった。元々王宮の使用人部屋を間借りしていた身分の自分にとって財産と言えば、王宮の自分の部屋にあるものと手持ちの財布のみであった。ところが。王宮と絶縁状態という形で千早の仕事を手伝うことを任された彼女は、いまや自分の部屋にすら戻れない。
それも見越して貴音から渡されたお金や万一のための通信機もいまや手癖の悪い輩の手に渡り、まさに一文無しとはこのことだった。
──幸い偽装身分証は手元に残ったから良かったけど。
ぬかった、と恵美は嘆息した。彼女は貴音の護衛を任されるほどの実力者。実のところ、スリを見失うなんてことはありえないと高を括っていたのかもしれない。
──それにしても、あのスリの子、ホントにただのコソ泥なのかな……? 私に匹敵する身体能力……。どこかの星のエージェントって可能性も……?
というところまで考えてもみたが、馬鹿らしい、と恵美は首を振った。
──言い訳をするにしてももっとましな言い訳があるでしょ……。これは私の不注意が招いた結果、かなぁ。
恵美の状況はまったく恐ろしいものであった。なにせ寒空の下、着の身着のまま放り出されたようなものである。
──このまま野宿なんてしたらそれこそ凍え死んじゃうかも。
恵美のそんな想像はさらに自分の状況の虚しさを助長した。
──なんだか、泣きそう。鼻水も出てきたし。鼻水は寒いってだけか……。
今まで影に貴音を護衛してきた彼女にとって王宮の外に自分一人でいる状況自体、初の体験である。当然、王宮に関係する人以外に頼れる人なんているはずもなかった。恵美はひどく孤独と寂しさをおぼえた。
──だれか王宮に勤めている人なら知り合いが……。ううん、それじゃ王宮を出た意味もなくなっちゃう。それに今回の件は貴音の密命。元老院にも誰にもバレちゃいけないし。
恵美はこの世界での自分の友達の少なさに絶望した。
──うう~ん、いつものアタシなら家出しても友達の家を転々と渡り歩けるのに! たぶん! 家出したことないからわかんないけど。
そんな彼女の演技などではない心からの声も空しく、この状況を打開する術はなかった。やっぱり野宿するしか、と諦めかけた彼女はその時、ふと貴音に渡された一枚のメモの存在を思い出した。
「恵美、あなたにはこのお金と……千早の事務所が書かれた地図を渡しましょう。これでどうか千早の助けになってください」
そうだった。この月都には王宮と関係ない人で、頼れる人がいる。
千早は自室のベッドに寝転がり、イヤホン越しにエリック・サティを聴いていた。ちょうど曲は“3つの逃げ出させる歌”に差し掛かったところ。彼女はクラシックを聞き流しながらも今日、貴音に頼まれた依頼について考えていた。どうやって調査を進めるべきかを。
──ゼネラルリソース社を相手に隠密な調査は難しそうね……。今回調査する支局は月面の僻地というだけあって情報も少ないし。ここはまたあの人に頼るべきか……。
調査先の潜入方法に頭を悩ませてみるもあまりいい案は思いつきそうにない。ため息混じりに寝返りを打ったその時。
ピンポーンと間の抜けたインターホンの音が鳴った。
──こんな時間に誰かしら。
すでに八時を回っている。千早にはアポなしで訪問してくる友人に心当たりはなかった。何かの勧誘かしら、と彼女はドアスコープを覗いてみた。
そこには見覚えのある少女が、寒そうに身体を抱いて立っていた。
「所さん……!?」
慌てて扉を開けた千早の目の前には、安心しきった笑みを浮かべた恵美が立っていた。
「うぅ……。助かったよぉ、千早。……へぷしっ!」
「いいから、とりあえず中に入って! ……お風呂に入ってきた方がいいわ!」
「助かっちゃったよ、千早」
恵美はにへら、と緩み切った笑みを浮かべる。
「着替えまで貸してくれて、悪いね」
風呂で身体をどうにか暖めた恵美はすっかり調子を取り戻したようだった。千早は、申し訳なさそうに自室に入ってきた恵美の様子に安堵すると、彼女をベッドに座らせた。
「いえ、それはいいのよ。それより、どうしてあなたがここに……?」
「あはは、貴音に頼まれてね。内密に千早のお仕事の手伝いをしに来たんだけど。その、お恥ずかしいことに鞄をスラれちゃってね……」
恵美は恥ずかしげに頬を掻いた。
「スラれた? あなたが……?」
千早の疑問も最もだった。貴音の護衛をしていた彼女がそんな簡単にスリにお金を盗られるものなのだろうか、という千早の疑問を感じとってか、恵美は顔を俯かせ見るからにしょげていた。
「アタシだって信じられないよ。まさか王宮の外のスリが、あんなに逃げ足速かったなんて。アタシもまだまだ鍛錬が足りないみたい……。これじゃ満足に貴音の護衛もできないよ」
落ち込む彼女に千早はかける言葉もなく、複雑な表情で彼女を見守った。
──こんな時、どうやって励ませばいいのかしら……? そんな無責任な言葉をかけるわけにもいかないし。こんな時、未来ならなんて声をかけるのかしら?
千早は自分の助手のことを思い出し、考えあぐねていたが、やはりなんと声をかけていいのか分からずじまいで、黙って恵美が立ち直るのを待った。
「……あ、ごめんね千早。急に押しかけておいて勝手に暗い雰囲気になったりして」
「いえ……。ただ、あなたの状況はよく分かったわ。宿なしの上にお金もなくなったのね」
「……うぅ、改めて言われると突き刺さるものが」
「あぁ、ごめんなさい! 私、あまり気が利かない方で……」
今度は二人ともズーンと暗い雰囲気になり、お互いに自己嫌悪に苛まれる。
「……あぁ! いつまでも落ち込んでるわけにもいかないね! とりあえず、本題から入ると、宿無し一文無しのアタシを一晩だけでもいいからここに泊めて欲しいの!」
暗くなった場の空気を紛らわすかのように恵美は声を上げると、自分がここに来た理由を述べた。
「ええ、それはいいのだけど……。今日一晩泊めるとなると、明日から所さんはどうするつもりなの?」
「えぇと……。ど、どうしよう? ファミレスでバイト、とか?」
「バイトしながら私の仕事を手伝えるの?」
「え! う、うーん。それは……」
恵美は自分の逼迫した状況に頭を抱えて唸った。
「四条さんに頼ることはできないの?」
「……今回調査にあたるゼネラルリソース社と、万一にも月都が敵対するようなことになることは避けたいと、貴音さんが思っていることは千早も知ってるよね?」
「ええ、そうね。だからあなたも内密に……あぁ、そういうことなのね」
「そう、アタシ、今は月都と何にも関係ないただの一般人ってことになってるの。表立って月都に頼ることはできないと思う。……一応ステルスルータの通信機は緊急時に連絡できるように渡されてたけど」
「……それも盗られたのね」
恵美が涙目で頷く。
どうやら彼女は思いの外まずい状況に置かれているようだった。頼れる人もいない。帰るべき場所もない。
……それは千早にとっても身に覚えのある境遇だった。だから千早がその結論を出すのに躊躇いの余地はなかった。
「それならば、所さん」
「……?」
「私の仕事が終わるまで、あなたもこの部屋で住めばいいわ」
「……へ?」
「そうすれば寝床も確保できるし、私の仕事も24時間手伝うことができるわ」
「そ、そんな! そんなの悪いよ、千早!」
「……ではこうしましょう。私は今回の仕事の間のボディーガードが欲しいと思っていたところなの。だから、あなたを雇うことにするわ。お代は居候分でチャラってことでどうかしら」
恵美はそれでもあまりの申し訳なさに断ろうとも思ったが、ここまで言われて断るのもまたお互いのためにならないとも思えた。
「よ、よし、それならば。うん、分かった! じゃあ、ここに泊めさせてもらうね!」
にっこりと笑う恵美に千早も笑みを返すと手を差し出した。
「これからよろしくね、所さん」
「こちらこそ!」
千早は握手を交わす恵美の顔を見てぎょっとした。
「所さん……?」
「……あれ? どうしたの、千早?」
すっと。一筋の涙が恵美の頬を伝った。
「え? あ、あれ? おかしいな、なんでアタシ、泣いて……」
恵美は自分の視界がボヤけていくのを自覚した。
それがいけなかった。
恵美は堰を切ったようにボロボロ涙が零れ落ちるのを止めることができなかった。
「うっ……うぅ、ぶえぇー! ち、千早がいて、よ、良かったよぉ! アタシ、ひっく、アタシ、ホントは一人で寂しかったぁ! 誰も頼れる人がいなくて! こんな寒いなか一人で……! すごく怖かったぁ!」
まるで子供のように泣き出した恵美に千早はオロオロとする。
──こ、こういうときはどうすれば?
千早はとりあえず泣き止むかもしれないと思い、彼女の頭を撫でてみた。すると。
「びえぇー!!!」
恵美の泣き声は大きくなるばかり。千早はそんな彼女を抱き寄せて泣き止むまでずっと彼女の頭を撫でていた。
旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都南西部 四乃冬 五日
「クンクン。……クンクンクン。なんだかいい匂いがするような」
「あら、起きたの、所さん?」
「……んん? なんで千早の声が……?」
──そう、たしかアタシは貴音のお願いで千早を助けることになって……。お金が無くなって……?
「あぁ、アタシ!」
「朝から元気ね、所さん。おはよう」
「あ。お、おはよう」
──そう、たしか千早の家に泊めてもらえることになって……
起き抜けの頭が鮮明になるにつれて、自分の顔がどんどん朱に染まっていくのを恵美は自覚した。
あの後、泣き疲れた恵美はなし崩しに千早のベッドで寝てしまったのを思い出した。
──たしか、千早にずっと抱きついたまんまだったから……。
「昨日は大変だったわ、所さん。寝てしまった後もずっと身体を離さなかったから……」
「も、もしかしてそのまま!?」
「え、ええ。一緒に寝たわ。私ももう後は寝るだけだったから」
「ひゃー!」
千早は事も無げに言ってのけたが、一緒のベッドで寝るという体験は、あまり同年代の友達のいなかった恵美にとって刺激的な、有体に言えばとても恥ずかしいことだった。
「四条さんの護衛とはいってもあなたも年相応な女の子なのね。可愛らしい寝顔だったわよ、うふふ」
「うあうあうあー!!!」
恵美は耳まで火照った自分の顔を隠すように枕に顔をうずめた。
──うぅっ! 恥ずかしすぎる!
「ふふっ、もうすぐ朝ご飯できるわよ」
旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都南部外れ 四乃冬 五日
二人は朝ご飯を一緒に食べた後、街に繰り出すことにした。
「千早って料理もできたんだね」
「えぇ、そうね。普段はあまり料理しないのだけれど。必要な時はするわ。……ちょうど食材も大量にあったし」
「ふーん」
二人は並んで市街からどんどん寂れた方向へと歩いていた。恵美はキョロキョロと辺りを見回して
「……それで、今どこ向かってるの? もう直接殴り込みに行く感じ?」
と疑問を口にする。
「まさか。……結局そんな感じになりそうなのは確かだけど。とりあえず情報集めをしようと思って」
「……?」
今自分たちが向かっている方向がゼネラルリソース社の支局でないとしたら、一体目的地にはゼネラルリソース社とどのような関係があるのか恵美にはあまり想像がつかなかった。
「今回の調査に未来を関わらせるつもりはなかったけど、所さんが来てくれたおかげで今回もあの人の力を借りられそうなの」
千早は、助かったわ、と口にすると恵美を引き連れて今度は路地裏の奥へ奥へと向かう。
「んん……? なんだかアタシが早速お役に立てるようで良かったよ」
千早の言い方に少し引っかかる気もしたが、とりあえず恵美は、自分がここにいる意義を果たせることを素直に喜ぶことにする。
「着いたわ」
二人の目の前には陰気な雰囲気の漂う小屋のような店がビルとビルの間に佇んでいた。ただでさえ、日が昇っていないなか、壊れて点滅する街灯の明かりが一つ。店構えの不気味さを後押しするには十分の演出だった。
「な、なんなの……ここ」
「ただの情報屋の住処よ。さぁ、中に入りましょう」
「うぅ、ちょっと怖いね」
「……ボディガードなんだからしっかりしなさい」
「怖いものは怖いものなの! ほら、それに幽霊とかって触れないし……」
ぎぃ、と扉が鳴く。恵美は千早の背中から小屋の中を覗き込んだ。しかし開かれた扉の向こうは闇に塗りつぶされ、よく見えなかった。
「……松田さん、いるんでしょ?」
千早は大きな声で家主を呼んだ。どうやらこの陰気くさい家に住む情報屋の名はマツダという名前のようだ、と恵美は理解すると、その某マツダの風貌を思い描いた。
──ううーん、こんなところに住んでいるんだったらきっと意地悪そうなお婆さんとかかな? それとも人嫌いのお爺さんかも。
しばらく待ってみるも小屋の中からの返事はなかった。
「……今日はいないんじゃない?」
「扉を開けっ放しで松田さんがどこかに行くとは考えづらいわね……。それに彼女、この家から出ることなんてあるのかしら?」
しばらく千早は顎に手を当て、考え込む素振りを見せたが。
「……入りましょう」
彼女は意外な提案をしてみせた。
「えぇ! そんな、勝手にはいちゃっていいのかな……?」
「たぶん、気付いていないだけだと思うわ。彼女、一度自分の世界に入っちゃうと人の話を聞かなくなるくらい熱中するところがあるのよ」
千早はマツダのことをよく知ってるようで、臆面することもなく小屋に踏み込んだ。
「それにこういう時は勝手に入ってもいいと、たしかこの前言っていたような気がするわ」
恵美はあまり気乗りはしなかったが、千早の言い分を信じ、一緒に小屋に踏み込むことにした。
小屋の中に静かに入る二人。すると。ぎぃ、という音とともに扉がひとりでに閉まった。恵美はひぃ、と声を上げて千早の服の裾を握る。二人は暗い部屋の中、目が慣れるのを待って手探りで進むことにした。目が慣れてくるにつれ、どうやら部屋の奥から僅かだが光が漏れているのが分かった。
「……千早さん」
「ええ、分かってるわ」
二人はその光の方向に向かって歩き出した。部屋の奥に向かうにしたがって、光だけじゃなく人の声も聞こえてくるのが感じられた。どうやらその声は少女のそれのようである。
「ムフフ、いい! いいよ、新幹少女の新曲! ありさアンテナにびびっとくるよ! くぅ、やっぱりクールなひかりちゃんが眩しい! このハスキーボイス堪らない、じゅるる。……きゃー! 今度はつばめちゃん! あざといかわいい! でもそこがいい! ……ひょえー! のぞみちゃん! ムムム、この恋に恋するような乙女な仕草! ムフフ! 今日の新幹少女TVも垂涎ものですよ!」
光の元はどうやら家主の自室のようだった。覗いてみると家主と思われる細長いツインテールの少女が、サイリウムを両手に、テレビに向かって振り回しているのが見えた。
──う、うわぁ……これはちょっと予想外。
恵美は予想していた家の主の人物像と全く違うことに驚いてみたが。よくよく考えてみると、目の前の状況の方がむしろ、自分の想定していたものよりもはるかにひどいように思えた。
「……なんだかアタシ、すごく嫌な予感がするよ」
「……奇遇ね、私もよ」
二人は顔を見合わせると、部屋の様子をもう一度窺ってみる。アイドルのものと思しきポスターやグッズが所狭しと並んだ部屋の中、一人暴れる少女の様子を二人は固唾をのんで見守った。
──前々から奇妙な人だとは思っていたけど、まさかこれほどとは思わなかったわ……。なんだか、見てはいけないものを見てしまったみたい……。
千早は、今からでも引き返した方がいいのかしら、と呆れたように呟いたがどうやらそれも手遅れのようだった。
「ムムム! ありさアンテナに反応あり! なんだか怪しい気配……。誰ですか!? そこにいるのは!」
亜利沙と名乗る少女はぱっと後ろを振り返ると自室の扉の隙間に目を凝らした。
「ムムム、そこにいらっしゃるのは……。その平たいシルエット……。千早ちゃんですね!」
「……くっ!」
「ではもう一人の方は未来ちゃん……ではないみたいですね。千早ちゃんが未来ちゃん以外を連れていらっしゃるなんて珍しいですね」
千早と恵美は観念すると、しずしずと亜利沙の前に姿を現した。
「ど、どうも。四、五日ぶりね、松田さん」
「そうですね、千早ちゃん。……そちらの方は、うーん。所恵美ちゃん、ですね!」
「えぇ!? なんでアタシのこと!?」
「ムフフ、ありさのアイドルデータベースは古今東西二次元三次元関わらず、アイドルの年齢趣味特技、身長体重靴のサイズ、あだ名にヒット曲からちょっとした癖まで、ありとあらゆるデータが集められているのです!」
「いや、今のアタシはアイドルじゃないってことになっているんだけどね……」
千早は場を仕切りなおすように、とにかく、と話を区切った。
「彼女の名前は松田亜利沙、さっき言った通り情報屋よ。彼女が知らないことはないと思うわ、たぶん」
「えっと、じゃあもしかして……」
「そうですねぇ、恵美ちゃんについて知っていることでしたら、月の女王四条貴音さんの腹心の部下で現在は何かしらの任務に当たっているためか、王宮から姿を消しているとは聞いておりますが」
「うわわっ! アタシが貴音に仕えてることですらほとんどみんな知らないのに!」
「ムフフ! ありさにはすべてお見通しですよ!」
亜利沙は鼻息荒く、自慢げに胸に手を当ててみせた。いかにも鼻が高いようである。
「そして今回お二人が何のお話に来たのかもお察ししましたよ! とりあえず場所を移しましょう!」
三人は亜利沙の自室から、玄関を入ってすぐの居室に場所を移し、話の本題に入ることにした。最初に切り出したのは千早だった。
「今回あなたを頼りに来たのは四条さんからある依頼を頼まれたからなの」
「ちょ、ちょっと、千早?!」
恵美は思わず千早の口上を遮る。しかし、それも無理はなかった。この依頼は貴音が内密に願い出たものだ。それをこんなどこの馬の骨とも知らぬ輩に口軽く教えてしまっていいのかと。
しかし、千早もそれを察してかすぐに恵美の制止の声に応えた。
「いいのよ、所さん。彼女はおそらくこの依頼について把握しているはずよ。何せ彼女はあらゆることを知り尽くしているのだから。これから彼女にわざわざ事情を説明するのも契約履行のため。形式ばった手順みたいなものよ」
恵美にとって千早の言葉は俄かには信じがたかったが、彼女がそういうのであればこれ以上、話の腰を折るのも気が引けた。
「分かったよ。千早がそこまで言うならアタシは何も言わない」
「ありがとう、所さん。ふふっ、どうやら四条さんは本当にいい部下に恵まれたのね」
褒めても何も出ないよ、と恵美は照れたように笑って見せた。
「ふんふん、続けてください」
亜利沙が話の続きを促す。千早はごめんなさい、と謝ると続きを話し始めた。
「依頼というのはゼネラルリソース社の月面開発支部の一つ、冬の湖鉱業開発支局の調査というものだったわ。なぜ、ここを調査しないといけないのか。それは……」
千早はちらりと亜利沙の様子を窺ったが、彼女は真剣な様子で自分の言葉に耳を傾けているように見えた。
「それは、どうやらその支局で生物兵器を開発しているんじゃないかという噂が裏でまことしやかに囁かれているそうなの。私たちはその真相を暴くために調査を進めているわ」
「……ふんふん、なるほどです。そうですね。では千早ちゃんはどこまでそれに関する情報が欲しいのですか?」
「……そうね。この支局を出入りする人間のなかでも、比較的出入りの多い業者あるいは業種。これだけで結構よ」
「ふっふっふ、この噂の真相を教えてもいいんですよ」
「そんなことしたら、あなたの奴隷にでもならないとそのツケを返せる気がしないわ」
「賢明な判断です」
亜利沙はうっすら笑みを浮かべると、では、と話を進めた。
「千早ちゃんにご要望通りの情報を与えましょう」
亜利沙は手元にパソコンを引き寄せると手慣れた手つきでキーボードをたたいた。
「……というわけで必要な情報は揃いましたか?」
「ええ、十分よ」
「コホン、では最後に千早ちゃんに、ありさからありがたーいおまけ情報を上げちゃいます」
「……あなたが無償で情報提供なんて殊勝なこと、なんだか怪しいわね」
「あはは、今回は話が話なのでありさも心配なのですよぉ。お得意先が減っちゃうのはちょっと厳しいですし。……さて、今回千早ちゃんが調べる冬開発支局はゼネラルリソース社にとって末端の支部です。もっと身も蓋もない言い方をするならば、ゼネラルリソース社の左遷先です」
「……左遷先」
「でもあまり舐めてかからない方がいいですよ? ……今回はGRDFもどうやら絡んでいるみたいですし。千早ちゃんの身の振り方一つで状況は大きく変わること、念頭においてくださいね。……少なくともありさは今回の件、月から逃げることをおすすめしたいです」
頑張ってください、と結ばれた亜利沙の言葉に、千早は一瞬険しい表情を浮かべたが、ありがとう、と返した。
「でも一度引き受けたものを放り出すなんてことはしないわ」
千早はすっぱりそう言い切ると話を切り上げるように立ち上がった。大人しく千早と亜利沙の話を聞いていた恵美もこれで終わりなのかと思い、千早につられて立ち上がる。
しかし、亜利沙がそれを引き留めるように口を開いた。
「……さてとお代の方ですけどぉ」
「そうね。……所さん」
千早はそれを予期していたかのように何の迷いもなく恵美に声をかけた。
「な、なにかな?」
恵美はなんだか雲行きが怪しくなっていることに薄々気付く。
「今回のあなたの仕事はこの先よ、所さん。あなたはこの場に残って松田さんの言うことを聞いているだけでいいから」
「え? ちょ、ちょっと千早? ア、アタシどうなっちゃうのかな?」
狼狽する恵美を置いて千早は足早にこの家の出入り口に向かう。
「大丈夫よ、所さん。危険なこととかでは一切ないから。ただ松田さんの指示に従うだけでいいのよ」
「え? ええ?」
千早は張り付いた笑みを浮かべながら
「では頑張ってね、所さん」
という言葉を残して扉の向こうへと去っていった。
「ムフ、ムフフフフ」
一人残された恵美は背中越しに亜利沙の不気味な笑い声を聞いた。
「こ、これは……まずいかも?」
「ムフフフフ、さぁて、恵美ちゃん! とりあえず、まずはお着替えしましょうか! ありさとしては『大変身! 魔女っ娘ファンタジー』でスタッフによってすり替えられてしまったこの、このみさんの衣装を是非とももう一度着ていただきたいのですよ! その場にいなかったありさは風の噂にしか聞いていないのです……。映像もあまりに刺激的ということでお蔵入りになったそうじゃないですか! この機会にありさの秘蔵アルバムに新たなレジェンドを刻みたいのです! さぁ、いますぐ着替えましょう! ムフ、ムフフフフ!」
「うわー! 亜利沙! 演技して、演技! いつもの亜利沙がでてるよ! うわ、うわぁ!!!」
その後、外で待っていた千早は今まで聞いたこともない恵美の悲鳴を聞いたという。
今回で伏線はり終えるつもりがまだまだ小出しにしていく感じになりましたなぁ。
まぁ、こそこそこれからも伏線張っていきましょう。
うーん。キャラの魅力を引き出せていない気がする今日この頃。もっと各々のキャラの魅力にフォーカスした資料集めしなければならん(使命感)
それにもっと登場人物も生き生きと描きたいのですけどねぇ。これはまだまだ修練が足りません。
ところでこれから一月の中旬にかけて繁忙期となるので残念ながら更新速度がガタ落ちします。というより果たして更新する余裕があるのか、となると、まぁないですな。
隙間を縫ってちょろちょろ筆を進めれればとは思ってますけどね……
設定
グリマスキャラ
所恵美
好み:友達
周りに気を遣うのがうまい恵美はかなり友達が多い方と予想。それだけに今回の役回りが友達少ない設定ってことで心の中でメタ発言。折角だからメタネタ楽屋ネタもちょくちょく挟むのも楽屋の住人であるプロデューサー諸氏は許してくれるかなと作者が勝手に思ってたり。
松田亜利沙
趣味:アイドルのデータ集め
生粋のドルオタ。変態淑女としての素養もあると同時にアイドルというものにとても真摯。動かしやすいキャラの反面、素の彼女を描くのは至難と思われます。当分、書くことないと思いますけど。
ちなみに中の人は某りえしょん。演技指導も「普段のりえしょんでいけ」とのことなので亜利沙のキャラもお察しだと思います。
情報屋という扱いですが、設定上なんでも知りすぎているため正直彼女一人ですべての事件が解決してしまうので作者的には扱いにくいキャラになってしまいました。
諸々の設定
エリック・サティ 「冷たい小品」から“3つの逃げ出させる歌”
エリック・サティと言えばジムノペディ第一番が有名ですな。涼宮ハルヒの消失とか。なんかドラマとか環境音とかいろいろ流れているでしょう。
なんでこんなよく分からん曲にしたかというと
1. 非常に特殊な方法で 2. 慎ましく 3. 押しかける
の三つからなるところから、恵美が千早の家に転がり込んでくるのを言葉遊びしただけです。大した意味はありません。
ちなみに千早の趣味は音楽鑑賞(クラシック)だそうです。エリック・サティも聞いていると思います。あまり好みではなさそうですけど。
千早の料理
アニマスではコンビニ弁当と栄養剤で食事を済ませ、ゲロゲロキッチンでは料理ができないと明言していたような気がする千早。さらにOFAでも料理できない、サプリで食事を済ませるという設定になってるそうです。
実は無印、2の頃はPの食事の栄養バランスを気にするキャラだったとか。スロマスではPに弁当を作ってくれる一場面も。
今回はアニマス準拠のつもりなので料理は後々春香に教えてもらったということにしています。
ちなみにOFAでもランクが上がると千早は自炊をするようになるらしいです。
新幹少女
アニマス10話で登場するなんだか性悪なアイドルグループ。どこかで出そうと思っていましたが案外早くに出てきました。実は新幹少女の三人が嫌いではなかったりします。一応デレアニの一話でも雑誌のカットで出ていたり。アニマス世界では微妙に切り離せない住人ではないのかなと。
新幹少女TVは彼女たちの持ち番組らしいです。金曜七時ゴールデンの番組枠を取れているところからも人気は相当のものと思われます。
亜利沙ならもちろんのごとくチェック済みでしょう。
ちなみにメンバーの一人、つばめの中の人はゼノ真美の中の人だとか。なんだかなぁ。
GRDF
ゼネラルリソース社の有する自衛のための軍組織。エースコンバットではどうやら国家の軍組織と同レベルかそれ以上の力を持っているようですが。こっちの世界では金星の軍組織と実質的に縦のつながりのある組織という扱い。金星軍の将校や女王近衛のためのキャリアの一つみたいな。
大変身! 魔女っ娘ファンタジー
詳しくはミリオンwikiの『大変身! 魔女っ娘ファンタジーガチャ』のカード一覧を参照した方がいいでしょう。合法ロrゲフンゲフンなこのみ姐さんと恵美の服がスタッフの手違いで入れ替わるというまさかの事態。恵美のあられもない姿を拝むことができます。スタッフ有能。