細氷の華~遥か彼方のスヴェート~ 765PRO.Presents   作:dsyjn

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大変だ!

変更点
年号に加え、場所をより正確に表記してみました!
月都の地理がちょっとずつ自分の中で明らかになってきましたよ!


第十二話 談合の未来

旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都北西部 四乃春 十二日

 

 月都の北西に位置するアパートの一室。小説や大量のファイルがぎっしりと詰まった本棚に彩られた部屋に一人の少女が座り込んでいた。いつもは髪を結い上げている彼女だが、今日は一本の三つ編みにして肩から下げている。

 几帳面に並べられた本の隙間にはかつて地球で流行っていたとされるレトロゲームの数々も置かれており、窓際の安楽椅子に座る少女の眼鏡にそれらの放つ古びた天然色が反射していた。

 

──エミリー・スチュアートの月都無線通信報道。四乃春も初め、昨日から太陽が顔を見せ始めていますが、まだまだ寒い日々が続いております。皆さまどのようにお過ごしですか? ……というわけで今日も始まりました、月都無線通信報道。無線通信越しの皆様に情報をお届けいたしますのは私、エミリー・スチュアートです! 挨拶でも申し上げましたけど、昨日から太陽も見え始め、本格的に春めいてきています。ですがこの一週間は寒かったですね! 私も毎日炬燵で抹茶を啜っていました! 勿論、お茶のお供は蜜柑ですよ! 大和撫子たるもの季節感は大切にしたいと思いませんか? それでは……

 

 前時代的な趣の調度品が並ぶ奇妙な部屋だが、その中でも一際異彩を放つ存在が少女の耳を楽しませていた。それは旧時代のオーディオ機器。有志によるものなのか、時代錯誤も甚だしいラジオ放送がステレオ回線を通してスピーカーを賑わせている。

 ラジオのパーソナリティはいつもの正体不明な少女だ。アイドル見習いなのか、はたまたどこの誰かの何某か。不思議とエミリー・スチュアートという名前で検索をかけても彼女に該当するような情報は得られず、今もって正体は定かではない少女。がしかしこの酔狂なラジオ放送も謎に包まれているのだから、パーソナリティが正体不明でもなんの不思議もない。

 ステレオ回線特有のひび割れた音はレトロを通り越してある種のデカダンスを感じる。しかし、そこがまたいいのだ、とも彼女は思っていた。

 

──それにしても。

 

「はぁ……この作業はいつまでも慣れないわね」

 

 部屋の主、秋月律子は眼鏡を外すと眉間をつまんで大きなため息をついた。彼女の眼鏡型ディスプレイに映りこんでいたのはある少女の追跡記録。画面の端には顔写真とともに少女の名前も表示されていた。春日未来、と。

 

──春日未来。たしか千早の助手だったはず……。なのにあの鉱山では千早と一緒にいなかったからもしかしてと思って街の監視カメラを片っ端から洗い出してみてみれば……。この子、この数日間地球人とずっとつるんで一体何をしているのかしら?

 

 律子は髪飾りの一件で調べのついた未来の動向を調査していた。眼鏡型コンピュータだけでは足りないマシンパワーを自宅のコンピュータで補い、月都中の監視カメラにハッキングを仕掛けたのだ。

 得られた膨大な映像情報は未来の顔や背丈、仕草、行動パターンをベースにAIで解析され、彼女が髪飾りを買って以降の行動が地図上に算出されたが、それでは地図上の点と線に過ぎない。肝心要の未来がどういった経緯で鉱山に向かうことになったのかについては律子が地道に調べ上げるしかなかった。

 

──一番手っ取り早いのは直接未来を尋ねることだったのだけれど。

 

 未来はどうやら月都を離れてからここ二、三日、家に戻ってきていないようだった。果たして鉱山で何かしら事故に巻き込まれたのか。あるいは単純に月都の外、例えば仲良くなった地球人達の住むスラムで泊めてもらっているのか。

 律子は手始めに未来とその周辺人物の会話内容を読唇ソフトと断片的な音声データを元に文書化しそれらを順繰りに読みこむことにした。

 AIやコンピュータが発達し、人類が宇宙へ飛び出すような時代になってもなお、地味な仕事がついて回るのは良いことなのか悪いことなのか。どちらにせよ世知辛いことに変わりない、と律子は凝り固まった肩を揉んだ。

 

「とりあえずコーヒーでも入れようかしら」

 

 律子は独り言を溢すと立ち上がり、廊下に置かれたガスコンロへと向かった。主が去った部屋には惰性で揺れる安楽椅子が一つ。オーディオは無人となった部屋でもお構いなしに顔の見えない少女の声を響かせた。

 

──金星女王あずさ様のご来月まであと一ヶ月を切り、月都では更なる警備強化が行なわれています。地球人系過激派組織ナンクルナイサへの警戒だけでなく、月の篝火を狙った宇宙海賊“眠れるあふぅ”による窃盗未遂事件も発生しており、月都は年末に向けて更なる緊張の高まりが予想されます。以上、今週の報道でした。今週もいろいろありましたね! ……あずさ様は今回、五乃季節祭に合わせていらっしゃるそうですが、私も楽しみです! やっぱりお祭りはよいものですよね。街は連日大騒ぎ! 当日は月中の街で屋台が立ち並び、たくさんのおいしそうな料理が私達の目を楽しませてくれます! ……そうそう、そうでした。料理と言えばこんなお便りをいただいていますよ! えー差し出し名、巨漢大好きさんからのお便りです! どうも初めましてエミリーさん、わっほーい! わっほーい! ……不思議な挨拶ですね! えー、突然ですが私、中華料理屋を営んでおります。しかし一つ悩みがあるのです。実は……。

 

 

 

 

旧歴254-2年 帝歴764年 月 蒸気の海 月都西部外れ 中華佐竹 四乃春 九日

 

「最近、お客が全然来ないのです。原因は分かっています。過去にお客さんに食べきれないほどの料理を提供してしまったからなのです。えーと、続きは、これを反省して量を適量に抑えることはもちろん、他にもお客さんが戻ってきてくれるようなサービスを……。あのラジオのパーソナリティさん、大和撫子を目指していて横文字はダメなんだっけ? んー、サービスは日本語で……」

 

 佐竹美奈子は先程からカウンターに置かれたパソコンに向かってうんうん唸っていた。というのも、いつも聞いているラジオのお便りコーナーに募集するためのメールを打ち込んでいたのだ。中華佐竹の開店時間であるにも関わらず、だ。……それだけ中華佐竹は絶賛開店休業中だった。だが連日閑古鳥が鳴いているのかと問われれば、そういうわけでもない。

 チリンチリンと、扉の鐘が鳴る。

 

「いらっしゃい、未来ちゃん!」

 

「こんにちは!」

 

 扉からひょっこり顔を覗かせる未来に美奈子は笑みを浮かべた。今日はどうやら他にもお客がいるようだった。

 

「お邪魔しますね」

 

「静香ちゃん!」

 

「お邪魔しま~す!」

 

「みなこ!」

 

「翼ちゃんに環ちゃんも! いらっしゃい! 今日は三人とも来ているんだね!」

 

 美奈子は胸に飛び込んできた環を抱きとめると翼と静香にも笑顔を向けた。

 

「いつもうちの子が二人もお世話になっています、美奈子さん……。あの、これよろしければ。先日街で買ったものですが」

 

 静香は店に入ると同時に深々と頭を下げると美奈子に包みを差し出した。

 

「えぇ!? い、いいよいいよ! そんな気を遣わなくて!」

 

「いえ、ここ数日翼と環がタダ飯食らいしていると聞いて……。もうどう感謝していいのか」

 

「そ、そんな! 余った食材を捨てるくらいなら皆に食べてもらった方が私も本望だよ!」

 

 申し訳なさそうに縮こまる静香に美奈子はぶんぶんと手を振る。……美奈子からしてみれば客が全く来ないにも関わらず食材の仕入れだけしているため、食材が余って余って仕方がないのだ。むしろ食べ物が無為に腐っていくのを防いでくれる客人は歓迎だった。

 加えてこの地球人二人はあまりに痩せすぎていた。二人のタダ飯は、痩せぎすな人が目の前にいると無性に太らせたくなる美奈子の悪癖が遺憾なく発揮された賜物なのだがそんな事情を知る由もない静香はただただ申し訳なさそうだった。

 どうやら美奈子の料理について話し込んでいる様子の二人を見て、環は無邪気な声を上げた。

 

「くふふ! みなこの料理はすっごくおいしいんだよ!」

 

「そうですよ! わたしも美奈子さんの料理大好きです!」

 

 環の主張に便乗する翼。静香は頭を抱えると、きっと翼を睨んだ。

 

「環はまだしも翼! あなたはちょっとは遠慮を知りなさい!」

 

「えー! なんでわたしだけ?」

 

「自分が何歳だと思ってるの!?」

 

「ま、まぁまぁ。静香ちゃん落ち着いて」

 

 美奈子は掌を向けて静香を諫めると、差し出された包みを受け取ることにした。

 

「じゃあこれ悪いけど貰っちゃおうかな。……あぁ、これ! 月都饅頭! おいしいんだよね!」

 

「えぇ、未来に教えてもらいました。喜んでもらえて何よりです」

 

 未来は自分の名前が引き合いに出されたことを耳聡く聞きつけると美奈子の前でえっへんと胸を張ってみせる。

 

「試食コーナー全部食べ歩いた甲斐があったね、翼!」

 

「そうそう。私も手伝ったんだよ、静香!」

 

 未来と翼が揃ってしたり顔なのを見て、静香は苦笑を浮かべたが。

 

「たまき知ってる! みらいとつばさ、試食コーナーのおかし全部食べちゃってお店の人に怒られてた! くふふ、あれはおもしろかったぞ!」

 

 環の一言で彼女の表情が引き攣る。

 

「うわわっ! 環、見てたの!?」

 

「でへへ……ついおいしくって」

 

 慌てふためく翼と頭をかいて恥ずかし気な未来を前に静香の顔はさらに引き攣った。

 

「……二人とも」

 

 静香の表情を察して、翼と未来の顔が青くなる。

 

「……し、静香?」

 

「……静香ちゃん?」

 

「そこに正座!」

 

 

 

 一通り静香から説教を受けた翼と未来はへろへろとテーブル席に倒れ込むようについた。

 

「あ、あはは……二人とも災難だったね」

 

 美奈子は苦笑を浮かべつつテーブルの上に湯呑を四つ置いた。

 

「まったく、自業自得よ! 環よりも落ち着きがないんだから! これじゃどっちが年上か分からないじゃない。……あっ美奈子さん、ありがとうございます」

 

「でもはるかもつばさもいーっぱい遊んでくれるからたまき好き!」

 

 へたばっている二人の正面に静香とたまきが座ると翼は頬を膨らませ、アホ毛を揺らしながら静香に抗議した。

 

「だからって三十分も正座で説教することないよ。お店の人にも散々怒られたのに」

 

「私、足痺れちゃった……」

 

 未来も未来で足を擦りつつ机に突っ伏していた。心なしかサイドアップの髪もしょげているように見える。

 

「はぁ……。二人とも本当に目を離すと何をするのか分からないんだから」

 

 静香が呆れのあまり深いため息をつくのを見て美奈子がくすりと笑った。

 

「本当にみんな仲良くなったよね。まだ会って一週間しか経ってないなんて全然見えないよ」

 

 未来が初めてここに翼や静香、環を連れてきたのは一週間ほど前のことだった。いきなり友達ができた、なんて嬉しそうに連れてきたので美奈子もわっほーいと舞い上がって中華料理を大盤振る舞いしたのを覚えている。

 それからも代わる代わる未来と一緒に三人のうちの誰かがここに来ていたが四人揃って遊びに来たのは初日以来だ。

 

「この一週間いろいろありましたからね……」

 

 静香が苦笑を浮かべると、未来と翼も心当たりがあるのか微妙な表情を浮かべる。唯一、環だけは楽しげな表情を浮かべた。

 

「たまき、いろんな人と遊んでもらったよ! うみみとか、あかねとか!」

 

「そうね……環はそうでしょうね」

 

 静香の疲れを感じさせる顔に美奈子の頭に疑問符が浮かぶ。

 

──本当に何があったのかな? ……なんだか聞かない方がいいみたいだけど。

 

 三人の微妙な表情を見て美奈子は敢えてそれ以上深く追及することはせず、先程貰った月都饅頭を振る舞うことにした。

 

「わぁ、お饅頭! しずか、見て見て! おいしそう!」

 

「そうね、環。……ってこれ、私が差し上げたものじゃないですか!?」

 

「あはは! いいのいいの! 一人で食べるより皆で食べたほうがおいしいでしょ? それに私、皆がおいしそうに食べるのを見るのが好きだしね!」

 

 美奈子は快活に笑うと翼と未来の前にもお饅頭を置く。二人は先程までとは打って変わって目を輝かせたが、すぐに恐る恐る静香の様子を窺った。

 

「はぁ……そうですね。では遠慮せずいただきましょう」

 

「はい! 召し上がれ!」

 

「いただきまーす!」

 

 

 

 それからしばらく賑やかなお茶会が催されたが、美奈子がふと疑問を口にしたことで未来は今日の本来の目的を思い出した。

 

「そういえば未来、今日はみんなで揃って何かあったの?」

 

「……ん? ……あぁ! そうだった! 私達お茶を飲みに来たんじゃなかった!」

 

「逆に未来は今まで今日の目的を忘れていたの?」

 

 静香が呆れたようにそう言うと未来は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「え、えへへ……。静香ちゃんはちゃんと覚えていたんだね」

 

「未来がいつ話し出すのかと待っていたのだけれど、まさか忘れていただなんて……。まぁ未来らしいと言えば未来らしいけれど」

 

「未来は忘れん坊だなぁ」

 

「あなたは覚えていてもやらない分もっとタチが悪いわよ、翼」

 

「えぇ!?」

 

「よーし、じゃあ今日の本題に入るよ!」

 

 未来がパンと手を叩くことで皆が未来に注目する。

 

「今日の議題はずばり! 明日の打ち上げはどうしましょう、です!」

 

「くふふ! たまき楽しみ!」

 

「なにしよっかなぁ!」

 

「……?」

 

 未来の言葉に疑問を拭いきれない様子の静香。そして対照的に盛り上がるほか三人。美奈子は既に静香の様子を見て察することがあるのか苦笑を浮かべていた。

 

「って! そうじゃないでしょ、未来! 仕事の先輩のために修行をするんでしょ!? 今日はそのための予定を立てに来たんだよ!」

 

「あぁ、そうだったそうだった! ついここ何日かいろいろあったから……」

 

「あれも修行の一環だったはずでしょう……。変な横槍が入って大変な目にあったことは認めるけど」

 

 美奈子は黙って皆の話を聞いていて、なんとなく事情を察した。たしか最初に来た時も未来の仕事の先輩、つまり千早のためにみんなで修業をするんだと息巻いていたのは彼女も覚えている。あれから一週間経つが、どうも未来たちは色々あってうまいこといってないのだろう。

 つまり今回は今までのことをリセットしてもう一回話し合おうということなのだろうか。

 

「話し合う前に一つ言いたいことがあるの」

 

「どうしたの、静香?」

 

「明日から当分、私と翼は未来の手伝いをできないからそれだけ言っておこうと思って」

 

 静香の言葉に翼は目を丸くする。

 

「えぇ!? なんで私まで!?」

 

「私は明日新しく来る新人と挨拶しなきゃいけないの。多分、当分はそっちに掛かりっきりで月都に来る時間がないと思うわ。翼はそろそろ奈緒局長にバレそうだから」

 

「えっ! そうなの?」

 

「なんで意外そうな顔してるのよ! 一週間ほぼずっと仕事に出なければさすがにサボってることもバレるでしょ! 奈緒局長、最近翼を見かけないって嘯いていたわ」

 

「そっかー、二人とも来れないのか。残念」

 

 未来は二人の言葉にシュンとする。それを見ていた環は励ましの声を上げた。

 

「たまきは来れるぞ!」

 

 未来はそんな環の励ましにぱっと表情を輝かせた。

 

「ありがとう、環!」

 

 未来が手を伸ばして環の頭を撫でると翼もずるい、と抗議して未来に頭を差し出す。

 

「でへへ、翼の頭もナデナデー」

 

「えへへ」

 

 静香はそんな二人を横目に溜息をつくと本題を切り出した。

 

「そろそろ話を元に戻しましょう。ここ数日いろいろ試してみて、どうもうまくいかなかったのだけれど……そもそも未来の仕事って探偵なんでしょう?」

 

「うん、そうだよ!」

 

「ならやっぱり順当に小さな事件の解決を積み重ねるのがいいんじゃないかしら?」

 

 静香の提案は誰が聞いても至極真っ当なものだった。

 

「でもそれはこの前もやったじゃん」

 

 しかし翼が肩をすくめて言うように、真っ当ではあるがゆえにそれは既にやっていた。だが静香は、そういうことじゃなくて、と翼を諫めると言葉を続けた。

 

「この前関わった事件は大きすぎたの。別に探偵の仕事っていつも大事件に繋がっているわけじゃないでしょ? もっと地道なものからやるべきだと思わない?」

 

 静香の意見にその場にいた一同がおぉ、と声を上げた。

 

「たしかに静香ちゃんの言う通りかも……」

 

 未来は静香の意見に感心したようにしきりに頷く。

 

「それで地道なものってどんなのがあるのかな……?」

 

「それは……分からないけど」

 

 しかしどうやら静香も具体的な案が思い浮かんでいたわけではないようで、未来の疑問に考え込む素振りを見せた。

 

「うーん……美奈子さん、最近何か困っていることとかありませんか?」

 

 翼は頭を突き合わせて悩む未来と静香と共に唸っていたが、ふとすぐ隣のカウンターで話を聞いていた美奈子に目がいき解決策がないか尋ねてみた。

 話に飽きていた環と戯れていた美奈子は突然話が自分に向かってあたふたする。

 

「わ、私!? いや、あると言えばあるし、ないと言えばないけど……。原因は分かっているから自分で頑張ってみるね! あ、あはは……」

 

 美奈子がひらひらと遠慮がちに手を横に振るのを見て翼はそうですか、と残念そうに答えた。

 

──お客が全然来ない、なんて言ってもねぇ……。

 

 美奈子は未来たち以外誰もいない店内を見渡してため息をつく。

 

「そういえば探偵って普段どういう仕事やってるのかな? そこからまず考えれば?」

 

 悩みに耽る三人への助け船のつもりで美奈子はそんな提案をする。

 

「そうね、美奈子さんの言う通りかも……。未来、何か思いつく?」

 

 静香も美奈子の意見に同意すると未来に目を向けた。うーん、と頭を抱える未来に対して翼が体を乗り出す。どうやら翼にとって、探偵の仕事というものはかなり興味がそそられるもののようだった。

 

「たしか……なくした物を探したり、なんか盗聴器とかの調査をしたり」

 

「うんうん」

 

「犬の散歩したり、頼まれたものを買いに行ったり、家の掃除したり」

 

「なんだか探偵というより便利屋ね」

 

「あ、あはは……」

 

 静香が首を傾げるのを見て美奈子は苦笑を浮かべる。

 

──そういえば私も昔、千早ちゃんに店番頼んだことあったっけ。それからかな? 千早ちゃんが時々うちに来るようになったのって。

 

 美奈子はそんなことを思い出し、時の流れに思いを馳せた。そしてふと時計を見て気付いた。

 

──もうこんな時間! 夕食でも作ろうかな。

 

 もはや美奈子は開店時間だろうが客人である未来たちの夕食を作ることしか考えていなかった。……悲しきかな、それほどまでに他のお客が来ることを期待できないのだ。

 美奈子が厨房に引っ込んだ後も未来たちの議論は続く。

 

「この前は美術館の警備だったけど、その前だと迷子になった犬を探したりもしたよ!」

 

 未来が次々と上げた探偵の仕事とやらは思ったよりも幅広く、静香は頭が痛くなる思いだった。

 

「結局何やっても修行になりそうね」

 

「そ、そんなことないよ! 私たちの仕事はとっても大変なんだから!」

 

 未来はさすがに静香の皮肉に気付いたのか抗議する。

 

「でも探偵って感じじゃないねー」

 

「そ、そんなぁ」

 

 翼も静香と同様に、もはやなんでもいいといった具合で背もたれにもたれかかり天を仰いでいた。万事休す、といったところか。

 だがそこへ突然、環が机の下から未来の股の間を通ってにゅっと飛び出てきて挙手してみせた。

 

「た、環!?」

 

「たまき、それならみらいにいらいがあるぞ!」

 

「え!?」

 

 誰もが予測しなかった環の言葉に未来は素っ頓狂な声を上げる。

 

「みらい、たまきのこぶんを探してほしいな!」

 

「こ、こぶん?」

 

「そう、こぶん!」

 

 未来は環の言わんとすることが分からず目を白黒させる。

 

「こぶんってたしか環の猫だっけ?」

 

 翼が固まっている未来に代わって環に尋ねる。すると彼女は元気よく頷いた。

 

「そうだよ! こぶん、散歩に行ったまま帰ってこないんだ。いつもはこんなに長いこといなくならないけど、最近全然帰ってこなくてちょっと心配になってきたかも……。みらい、しゅぎょーで探し物するなら一緒にこぶん探してほしいな!」

 

 未来は環の突然の依頼にしばらく目をぱちくりした。がすぐににやりと不敵な笑みを浮かべると彼女は大きく頷いてみせた。

 

「よーし! そういうことなら私、頑張っちゃうよ! 環、一緒に環の猫探そ!」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 えいえいおー、と一緒になってやる気を見せる二人に今まで黙って未来たちの会話を聞いていた静香が制止の声を上げる。

 

「た、環? それってもしかして未来を鉱山に連れて行くってこと……?」

 

「こーざん? んー、よく分かんないけどたまき、みらいをたまきの家にしょーたいするよ!」

 

 静香は少し顔を青ざめると翼に目配せし、そっと耳打ちした。

 

「翼、環の家ってどこだか知ってる?」

 

 翼も同様に顔色優れない様子だったがひそひそと静香の問いに答えた。

 

「環の家……。わたしもよく知らないけど鉱山の近くのスラムじゃないかなぁ。早くに両親を亡くしてるって話は聞いたことあるけど。スラムの人たちは大体似たような境遇だからなぁ」

 

「鉱山に近付く可能性は……?」

 

「さぁ……? どうだろう。でも未来と環の二人だけだとどこにいても心配だなぁ。……特に未来は」

 

「……まったく同意」

 

 ひそひそ話を続ける二人を、未来と環は不思議そうに眺める。やがて内緒話が終わったのか静香が笑顔で未来の方に向いた。

 

「あの……未来」

 

「なに、静香ちゃん!」

 

「やっぱり明日は少し休んだ方がいいんじゃないかしら? ここ何日か大変だったでしょ?」

 

「え? でも環が困ってるみたいだし……」

 

 静香の突然の提案に未来は困惑ぎみに首を傾げる。

 

「こぶんもきっとお腹がすいたら戻ってくるよ! ね、環!」

 

 翼が必死に環にアイコンタクトを送るが環は我関せず、というよりも気付く様子もなく未来と同じように首を傾げた。

 

「けどこんなに長いこといなくなるのは初めてだと思うぞ」

 

「いやいやいや、少し散歩してるんだよ! たとえば……にゃんこの国とか?」

 

 翼は言葉を少し濁したが何も思いつかなかったのかあからさまな嘘を口にする。

 静香は翼の適当な冗談に額をおさえると彼女を睨み付けた。そんな静香に翼はアイコンタクトでごめん、と謝ってみせたが。

 

「……にゃんこの国! うわぁ! たまきも行ってみたいぞ!」

 

「私も行ってみたい! へぇ、にゃんこの国なんてあるんだ! 翼、物知りだね!」

 

「あ、あはは……ありがとう」

 

 思いの外、未来と環はすんなりそれを信じ込んでしまったようだ。二人とも目を輝かせてにゃんこの国とやらに思いを馳せる。これにはさすがに翼も乾いた笑いしか出なかった。

 

「ねぇねぇ、つばさ! それってどこにあるの? たまき、知りたい!」

 

「私も知りたいなぁ、にゃんこの国。行ければ猫を撫で放題……でへへ」

 

「え、えーと……さぁ? それは猫にしか分からないんじゃないかな?」

 

 二人が思い思いに猫の王国へ期待を高めるので翼もすっかり気圧され、言葉に詰まってしまう。

 

「翼! もう帰りましょう!」

 

「そ、そうだね静香!」

 

 おかしな空気になってしまったその場を逃れるべく、静香は不自然な振舞いなのも気にせず唐突に立ち上がった。そして翼がボロを出す前に問答無用で引っ張っていくことにした。

 

「あれ? 二人とも夕ご飯食べていかないの?」

 

 厨房に引っ込んでいた美奈子が二人の様子に気付いてカウンターまで戻ってくると去りゆく二人に声をかけるも。

 

「これ以上はこっちも悪いですよ!」

 

 と静香は手を振って翼とともに出口へと向かう。

 

「それじゃあ、美奈子さん失礼しました」

 

「遠慮しなくていいのに」

 

「また今度、食べに来ますから。それと未来は明日とにかくゆっくり家で休んでよ、いい! たまきも気をつけて帰るのよ!」

 

「ばいばーい、二人とも」

 

 頼りない二人にしっかり釘を刺すと、静香は手を振る翼とともに退店してしまう。

 残された三人は呆気にとられたかのようにそれを見送るほかなかった。

 

「静香ちゃん、急にどうしたんだろう? 未来ちゃん、何かした?」

 

「よく分かんないけど……明日仕事があるって言ってたからきっと急いで帰りたかったんだよ!」

 

「そういう風にも見えなかったけどなぁ」

 

「たまきももっとにゃんこの国のこと聞きたかったぞ。残念」

 

 三人は不可思議な二人の行動に各々気にする様子を見せたがすぐにそれも過去のものとなった。というのも。

 グーという音が鳴る。

 

「でへへ、私お腹空いちゃった」

 

 それはどうやら未来のお腹の音だった。

 

「たまきもお腹すいた!」

 

 お腹を空かせた二人を前に美奈子が笑顔を浮かべる。

 

「二人だけでも夕飯食べていく?」

 

「いいの、みなこ!? ありがとう!」

 

「食べる食べる! やった、美奈子ちゃん大好き!」

 

「わっほーい! それなら今日も腕によりをかけるよ!」

 

 客は来ずとも中華佐竹は今日も賑やかな夕げが始まろうとしていた。

 

 

 

「はぁ……。本当は美奈子さんの料理食べたかったな」

 

 寒空の下、翼は大きなため息をつく。吐いた息は真白く、空もまだ明るくなりそうにない。

 

「……私も。今日は奢るからそれで勘弁して」

 

 静香も正直に本音を吐露すると翼同様、ため息をついた。

 

「静香が奢るって言えばうどんしかないじゃん」

 

「何か問題でも?」

 

「あ、いや! ない、です」

 

 静香の気迫に翼はたじろぐとつい丁寧語になってしまう。

 二人はしばらく他愛のない会話をして足早に雪道を歩いた。しかしふと翼の声のトーンが下がる。

 

「静香。本当はなんで私、鉱山に戻らなきゃいけないの?」

 

「……」

 

 翼の疑問に静香は暫く沈黙した。そんな静香を前に翼は。

 

「だって、私のサボりがバレてるなら環だってバレると思うし、それなら環も一緒に呼び戻すのが自然でしょ? それに奴隷なんて本当はいてもいなくても一緒。ただみんなあそこで嫌でも働いてお金もらわなきゃ死んじゃうから働いているだけ。実際、美奈子のところでご飯をもらっている環はここ一週間あの鉱山には近付いてすらいないよね」

 

 と静香を追い詰めるようにスラスラと予測をぶつけた。そして最後に一言。

 

「もしかして明日来るGRDFの新人が関係してる?」

 

 翼が再び疑問を呈することで静香は観念したのか、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「関係していると言えばしているし……していないとすればしていない。一つはたしかに、明日うちの部隊にくる新人がいまいち正体の掴めない人たちだから警戒してあなたを呼び戻したいっていうのもあるわ。でももう一つ……」

 

 静香は少し言い淀んだが思い切って言葉を続けた。

 

「……あの男、まだ地球人虐待をやめてないみたいなの」

 

「……あいつ、やっぱりそうだったんだ! だから言ったじゃん! あいつには脅しなんて無意味だって!」

 

 翼が声を荒げるが静香はそれを諫めるように翼の手を握ると、そっと耳打ちした。

 

「それでも私達は奈緒局長に従うべきよ。あの人が一番それを分かっているんだから」

 

 静香の言葉に翼はハッとした表情を浮かべた。

 

「……ごめん、静香」

 

「ううん。それより後は雪歩さんがどうにかするって言ってくれているみたいだけど、それじゃあんまりじゃない? それに万が一のことも考えてやっぱり翼には明日から当分、鉱山にいてもらった方がいいと思うの」

 

 静香の言い分に翼は唇を噛むと、そうだね、と同意した。

 

「あと一つ言っておくけど、翼。……あんまり早まったことはしないでよ。私たちの目的は復讐じゃないんだから。あんまりにも目に余るようなら奈緒局長だって助けてあげられないんだから、あなただって懲罰房行きよ」

 

「分かってるってば。……できるだけ善処しまーす」

 

 翼は面白くなさそうに静香の忠告を聞き流す。

 

「ちょっと、翼! ちゃんと聞いてよね!」

 

「あはは! そう怒らないでよ、静香! それに本当に大変な時はそんなの知らないよ。多分、また考えなしに飛び込んじゃうと思う。でもそれで静香だって助けることができたんだし。……静香だって本当はそういう私の方がいいんでしょ?」

 

 翼が最後に悪戯っぽく微笑むと、静香は少し顔を赤らめると、もう、と小さく呟いた。

 

「馬鹿なこと言わないで、さっさとご飯食べに行くよ!」

 

「もう照れちゃって……可愛い!」

 

 街灯に浮かび上がった二つの影法師が一つになる。

 

「きゃっ! ちょ、ちょっと抱きついたりしたら歩きづらいでしょ!」

 

「えっへへ」

 

 二人はくすくすと笑いながらうどん屋への道を進む。だがふと、静香は思った。

 

「未来と環、明日から大丈夫かしら?」

 

「あー、そうだね……。二人ともまた変なことに巻き込まれないといいんだけど」

 

 二人は漠然とした不安を感じ、空に浮かぶ青い星を見上げた。

 

 

 

旧歴254-2年 帝歴764年 月 冬の湖 スラム街 四乃春 十日

 

「おーい! 環ちゃん! 急いで、急いで!」

 

「待て待て、みらい!」

 

 未来はスラムのゴミの山を登頂し終えると後ろにいる環に手招きした。

 

「きっとあそこだよ! 環のこぶんがいるの! あそここそにゃんこの国! 私の直感がビビッと来ちゃったよ!」

 

 未来はそう言うと得意気に目の前に聳える大きな影を指差す。ゴミ山を登り終えた環は額に手をかざすと未来の指差す方向に目を凝らした。

 

「おー! あそこか! あそこにはつばさとしずかもいるぞ!」

 

「あ、あれ? そうなの?」

 

「そうだぞ! くふふ、だってあそこはたまきやつばさ、しずかが働いているところだからだぞ!」

 

 環が自慢げに胸を張るのを見て、未来はもう一度その巨影を振り返った。

 

「あそこが、翼たちが働いている場所……」

 

 地球の光に浮かび上がる黒影。冬の湖に佇む開拓の遺物、冬岸鉱山を。

 




 ……疲れました。くぅ疲。

 今回からキャラの顔ぶれが大きく変わるということでまたオフショットやフィーチャリングをひっくり返してそれぞれのキャラの会話に違和感がないように気を遣いました。
 まず名前の呼び方がキャラによって二転三転するのでどれを採用するかで結構悩んだりとかしました。……時間をかけた割に意味はあまりないというか、正直どれも変わらないんじゃないかなんて今更ながら思ったりもします。
 どちらにせよ、SFな話になるともうキャラの喋り方よりも雰囲気に合わせた喋り方になりますし。
 ……劇中劇だからなんでもありなのです。

 今回はかなり日常会話に重きを置いた内容でした。ノリも本家に近いんじゃないかと思います。時間軸も前回から巻き戻って、千早たちが鉱山に潜入する前日。千早や恵美が奮闘している裏で未来の身には一体何が起こっていたのか! なんて話を書いていきますよ。

それではいつもの設定

グリマスキャラ
エミリー・スチュアート
 なぜかここで登場! 大和撫子を目指すイギリス人の女の子。大和撫子を履き違えているのか、頑なに横文字を和訳する。ポンポンを助太刀玉房と訳された日にはもう……。今回もそんな一面を遺憾なく発揮してもらいました。無線通信報道。
 なぜラジオのパーソナリティをやっているのか。そもこの話でどういった役回りなのか、といったことには一切触れずに声だけの出演で終了。ここから先どのような出番が待っているのかはまだ秘密です。

 新キャラ登場以外にも絡みの少ないキャラ同士の会話が発生して今回はかなり苦戦しました。特に美奈子。静香や環との会話シーンがほぼ見当たらない。フィーチャリングを漁ってやっとこさ会話風景を想像できるに至りました。環も同様。

その他設定

年号に場所の詳細を少し追加
 地名に街の名前、東西南北を追加しました。今までの分にも追加しましたよ。これで月都の街がどんな風なのか。千早の家に対して中華佐竹はどの辺なのかとか、ぼんやりと分かったり分からなかったりします。

律子のアパート
 雰囲気を出してもらうために律子には懐古趣味という新属性を与えてしまいました。元より分析好きなので本があってもおかしくないと思いますし、趣味がゲームなのでレトロゲームもやっているんじゃないかな、と。そして極めつけはラジオを響かせるオーディオ。アニマスではほぼ触れられていなかったのですが、オタク趣味が強い彼女ならではのレトロでオタクっぽい演出の家に仕上がったんじゃないかと思います。

ラジオ放送
 宇宙世紀に入ってラジオ放送は自然と廃れる……かに思われましたがなぜか一局だけ絶賛放送中。個人の趣味で流してるとしても電波法違反に当たるかも? ならばエミリーのラジオはどうやって流しているのか? というのも伏線の一つだったり。
 そもそもステレオ回線を拾えるオーディオ機器自体、金星ではもはやないですね。月は古いものやローテクが好まれるので案外ラジオ放送を聞いている人は多いかもしれません。お便りコーナーにも困っていなさそうですし……。

律子のコンピュータ
 地味にコンピュータに強い律子。自作PCやプログラミングもこなす彼女の特技がこの小説でも光ってます。彼女の使うパソコンは全て自作。AIプログラムも全部お手製というハイスペックぶりですよ。

未来と翼たちが会ってからの一週間
 この間に実は月都でいろいろありました。環が上げている名前の人達はその事件で登場させる予定の人達。今回の本編とはほぼ関係ない話なので思いっきりカットしました。……どういう展開の話にしようとかまだ考えていませんけど。いつこの一週間の話を書くかと言えば、この話が終わってからとしか言えませんね! いつになることやら。

最後の静香と翼の会話
 意味深発言連発ですが察してください。今は分からないこともあると思いますが、そういうことです。



 今回はこれで。誤字脱字、キャラの喋り方、呼び方あるいは日本語自体変なんてあればご指摘ください! 時々読み直して適宜おかしなところは校正していきます。

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