《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第7話

 

「幸せそうだな」

 

「おかげさまで。そちらはどう? 貴方の理想は叶いそうですか?」

 

「……ようやくスタートラインといったところか。君たちのおかげで着実に進んでいる」

 

 

 銀の髪に橙の騎士服。騎士団長と呼ばれる彼は彼女のことを知っているようだった。騎士団長の部屋でお茶を交わしながら机の上に散らばる書類を眺める。

 

 街の住人や貴族から騎士に送られた要望や苦情をまとめたものと、騎士に当てられる資金を記載されたもの。

 

 

「良いのか。彼は君がこうして騎士団と関わっていることは知らないんだろう?」

 

「アレクセイ。実はこの前彼と喧嘩したんだ」

 

「ほう、珍しいな」

 

 

 急に変えられた話題にも彼は、アレクセイは表情を変えず話の先を促す。不用意な一言で彼は怒って、十日ほど会うことも口を聞くこともなかった。

 

 つらかった。

 

 

「何を言ったんだ?」

 

「君を守るから、と言ってしまった。彼が騎士であることもプライドを持つ男の子であることも忘れて、ついついね」

 

「……それで騎士団に関わっていることも言えないのか」

 

「思いの外、私の中で彼の存在は大きくてさ。喧嘩してる時怖くて何も手につかなくなったんだ。もう、あんなのは嫌なんだ」

 

「君がそう言うなら私から言うことはない。私を振ったんだ。幸せな姿を見せてくれればいい」

 

「根に持つねぇ。安心して、幸せだよ」

 

 

 笑って一枚の書類を指差す。

 

 間違ってる。騎士から挙げられた書類の一枚。下町からの税の徴収に関する書類だった。

 

 何の問題もなく徴収が行われている。これまでに何の問題も起きなかったと報告された書類。

 

 これは違うと彼女は首を振る。

 

 税の徴収は確かに行われている。だが、騎士の取る方法は横暴なものであることが多く、又、料金すらもおかしいことがある。

 

 暴力を振りかざされれば下町は従う他の道は存在しない。

 

 だから、間違ってる。

 

 滞りは無かったとしても問題があるのだから。

 

 

「君はまた下町に行っているのか」

 

「子供たちにえせ貴族と呼ばれてるよ」

 

「えせ貴族、か」

 

「イメージ変えなきゃ。アレクセイが理想を貫いてくれればきっと叶う」

 

 

 問題ありと指摘された書類を片手にアレクセイが頷く。

 

 彼らには繋がりがあった。

 

 

「そしたら誰も私を町娘、なんて言わないよ」

 

「君も相当根に持つな」

 

 

 平民街で出会い、互いに身分を忘れ語り合う時間を持った二人には似通った夢があった。

 

 アレクセイは夢を女性と共に叶えたいと言葉を贈り、彼女は彼の言葉を斬り落とした。個人で動いた方が効率がいいこともあると彼女は知っていた。それに、彼女はまだ『幸せ』も『二人でいる喜び』も知らなかった。

 

 アレクセイは諦め、ただ業務に当たる。

 

 彼女は普段通り、仕事に務める。

 

 そうして偶然仕事で居合わせた時ですら、彼らは一泊驚いただけですぐ仕事へと取り掛かった。

 

 夢を叶え、もう一度楽しくお酒を飲もう。

 

 彼らの約束だったからだ。

 

 それまで、特別な関係も持たずただひたすらやるべきことをやるしかない。

 

 アレクセイはそう思っていた。もちろん、彼女が恋人を持ち幸せになっているとは最近まで知らなかった。

 

 

「上手に笑うようになったな」

 

「うん。両親にも言われたよ」

 

「いらっしゃっていたのか」

 

「うん。彼に突っかかってから納得して帰ってった」

 

「そうか。結婚式には呼んでくれるのだろうな?」

 

「彼が良いって言ったらね」

 

「なに、良いと言わせるさ」

 

 

 職権乱用。そう言って笑う彼女の髪を撫で、アレクセイが立ち上がる。時間があるわけではない。こういった非公式な会談に時間をかけすぎれば面倒なことになる。

 

 他の貴族たちに見つかれば密談を開くことも出来なくなる。本来なら大貴族の跡取りである彼女が騎士団のトップと関わってはいけない。

 

 

「私の言葉を鵜呑みにしないでね。嘘をついてるかもしれない」

 

「わかっている。確かめてから行動に移すさ。……彼とは?」

 

「今日の夜会う予定だよ。忙しくなりそうなら使ってやって。彼にとって仕事も大事」

 

「その言葉に甘えるとしよう」

 

 

 ゆったりと立ち上がり、女性はフードを深くかぶる。そうしていると研究者に見える。いつかハルルに向かったときと同じ出で立ちだ。

 

 アレクセイが笑い、女性が笑う。

 

 

「ではまた」

 

「またね、アレクセイ。あ、今度はお饅頭がいいな」

 

「用意しておこう」

 

 

 彼女は幼い子供のように崩れた笑みを浮かべ、騎士団長の部屋を後にする。

 

 一人残された部屋でアレクセイは彼女の髪を撫でた手を見つめる。

 

 

「君は思っているより好かれているのに気付いているか?」

 

 

 自分もその一人だと、知っているか?

 

 

 彼女はただ一人しか見ない。だからこそ思いを諦めきれない。自分があれほど彼女に愛されたのなら、そう思う自分を振り払って彼は書類へ目を落とす。

 

 今はただ約束のために目標を果たそう。

 


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