《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第5話

 

 その日は、珍しく二人共が女性の別荘に居た。

 

 女性は仕事を一区切りさせるまで終えて、青年は一日の非番をもらっていた。何もない休日というのは久しぶりだ。

 

 青年の非番は彼女の仕事が立て込んでいて、彼女の仕事が一区切り付くときに青年の非番はない。付き合い始めて初めてのんびりできる休日。

 

 一つのソファーに並んで座り、世間話に花を咲かせていた。

 

 ただ隣に座って話してるだけでも時間は過ぎていくが、じっとしているのは性に合わないのが青年だった。

 

 

「ねえ、外にデートしに行こ」

 

「うん? そうだね。ちょうどご飯時だしどこか行こうか」

 

 

 のんびりしたカップルだと思う。

 

 青年はここに来るまでも女性と付き合ったことはあった。けれどこんなのんびりした付き合いは初めてだ。誰のペースでもないただのんびりした時間。こんな時間も悪くない。

 

 自分の性に合わないだけで。

 

 隣で女性が立ち上がるのと同時に、家のインターホンが鳴らされる。滅多にならないインターホンに二人して首を傾げる。

 

 きっとジイかカレンだろう。なんとか言いくるめるから待ってて。

 

 青年の心情を察したような言葉に青年は笑い、いってらっしゃいと見送る。

 

 一度知り合ってからジイはやけに優しくなり、カレンは会う度に喧嘩を売ってくるようになった。

 

 

「カレン君に聞いて来たんだよ! 良い家だな!」

 

 

 玄関から聞こえた声は思ったものと違った。誰でもない。聞いたことのない声。

 

 ペンダントへ寄せていた視線をあげて、玄関を見やる。

 

 玄関から勢いよくやってきたのは小奇麗な白のローブを着ている見るからに貴族の男。白髪まじりの髪も綺麗に整えられている。

 

 次いで妻らしい同じくらいの年齢の女性。こちらも小奇麗な格好をしている。

 

 

「「え……?」」

 

 

 相手が覚えているかどうかはわからないが、青年は相手のことを知っていた。慌ててソファーから立ち上がると身なりを整えて深々と礼をする。

 

 

「お久しぶりです、ルディアース様!」

 

「君、あれ? え、え? ちょ、えぇ!? か、母さん! アトマイスのとこの子が居るよ!」

 

「あらまあ。じゃあ貴方があの子の大事な人ね。お邪魔しちゃったかしら」

 

 

 外見を見ると分からないが、先ほど玄関へ行った女性の両親だった。

 

 

「父さん、その子は礼儀正しいんだ。いい加減返事をしてあげて」

 

「か、かか、帰るぞ母さん!」

 

「あらあら。じゃあまた来るわね。アトマイス君、うちの子をよろしくねー」

 

 

 返事をしろという娘の言葉には耳を傾けることなく、父親が母親の手を強く引っ張り家を出て行った。

 

 嵐のようにやってきては挨拶もせずに出て行った二人を見送り、残された青年は深くため息をついた。

 

 いくら元貴族で現騎士だとは言っても上流階級の大貴族を相手にするとどうにも緊張してしまう。

 

 一瞬で凝り固まった肩を回す。

 

 

「ごめんね。あの人たちいつも急に来るんだ」

 

「あー、どのみち一回くらい挨拶しときたかったし。そうだった、アンタもルディアースの次期当主だもんね」

 

「気にするかい?」

 

「いや。気にしてもどうしようもないっしょ。飯食いに行こー」

 

「そうだね、行こうか」

 

 

 気にしたところで諦め切れるような関係じゃないから。

 

 手を取り外に出かける二人を家の影から覗く二つの影があった。

 

 先ほど出て行ったはずの、女性の両親だった。

 

 

「あれ、ホントに恋人?」

 

 

 父親の言葉に母親が笑う。それ以外に見えたら怖いですね、と。

 

 母親はあらかじめ娘から連絡を受けていた。大事な人ができた、別荘で時折いっしょにすごしている。元貴族で今は騎士をしている。

 

 喧嘩をしたりもするが、幸せだ。

 

 父親へ届かないように送られた手紙だった。

 

 

「幸せそうに笑えるようになったんだな」

 

「幸せだと思いますよ。私たちじゃあの子を笑わせるのが限界でしたから」

 

「アトマイス君とは一度話すぞ」

 

「ふふ、どうぞどうぞ。負けず嫌いですものね」

 

 

 家の壁を力いっぱい握りしめて、父親の男は力強く言った。

 

 彼と何十年も共に過ごしてきた女性はいつもと何も変わらない彼に笑いかける。

 

 アトマイスの子は、もうあの子を幸せにしていますけどね。

 

 最愛の妻であり、自分のことをよく知る女性の言葉に男は壁を握る力を強めた。

 

 どこの家でも父親は娘を渡したくはないようだ。

 


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