《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第46話

 

「何で助けるの。あの人を助けなかったのに」

 

 白と蒼の背中でレイヴンは彼女の全てを両手に抱いたまま自分を古代都市から救い上げた姿へ言葉を吐きつける。空を打ち、光の中を飛ぶ白と蒼の姿は大きな鯨の姿をした始祖の隷長とは違う方向に向かって飛び続ける。

 

『それは、世界を助けあの人を助けなかった自分への問でしょうか』

 

 返ってきた言葉に自分が乗る白い羽毛を強く握った。

 

 返す言葉がない。

 

 そのとおりだ。

 

『まあ、でも私もですね。実感がない。貴方を落としたい思いでいっぱいのはずなのに。飽きる程の時間をあの人と過ごしたのに。私は使命を言い訳にあの人を殺すことを良しとした』

 

 なんていう臆病、なんていう裏切り。

 

 世界を守る始祖の隷長、精霊なら正しいんじゃないの。レイヴンの言葉にジイもまた、そのとおりだと頷いた。ばさり、空を打ち速度を上げたジイが向かう先の景色が開ける。

 

 ヒピオニア大陸。魔導器に頼らない村オルニオン。今は幸福の市場のメンバーと何人かの住人、そして彼女が傍に置いた味方が何人か居る。

 

 オルニオンの入り口付近に足を下ろしたジイはそのまま足を折り、その場に寝そべった。

 

 彼らを迎えたのは、青錆の髪を携えたギルド海凶の爪首領イエガーだった。

 

「おかえりなさい」

 

『アレクセイ様とルディアース様は?』

 

「現在の状況になり、先程まで争っておりました。どちらも生きて居られます、といったところですかね」

 

『死んでないだけ上々ですね。アレクセイ様を呼べますか』

 

 お待ち下さい。

 

 オルニオンに向かう姿は何度か争った姿と同じ、だがレイヴンにとってはいつもと全く違う姿。あからさまな道化のような態度は全く無く、かといって無感情でもない。

 

 普通の人。一番しっくり来る言葉に、レイヴンは胸を押さえた。ちゃり、と胸元で金属が擦れ音を立てる。こんな音ですら彼女に繋がる。もう居ないのに。

 

「大怪我してる人間を呼び出すか……?」

 

 こつこつと、杖をついてオルニオンからジイの前に姿を現したアレクセイは普段と違う、布一枚のような軽装――病院服のようにも見える――でその左目は包帯に巻かれ、服からわずかに見える腕にすら包帯が巻かれている。

 

『ルディアース様とやりあって生きている程気概のある人間なら大丈夫です』

 

「お前たちの判断基準はぜひ変えて欲しいところだ。それで、私に何用だ」

 

『私の背にくっついている男の心臓魔導器を見てください。イチトシ様は貴女と術式を組み上げたとおっしゃっていましたが……私はそんな姿を見ていない』

 

「私にも覚えが無いな。レイヴン、こちらへ来られるか」

 

 名前を呼ばれてようやくジイの背から地面を見下ろした。アレクセイが無事な右目で自分を見上げている。何の話? 首を傾げると重なった二つのため息。良いから一度降りてこい。

 

 厳しくも言い聞かせるような言葉にレイヴンは手に持ったものを落とさないよう気をつけながら地面へと降りた。ふわりと視界を掠める服の動き。手に持った布が風邪に揺れただけだと、自分に言い聞かせ何の用かと話しかけた先でアレクセイは式を展開する。

 

 自分に向けられたそれにもただ無感情に見ていた。

 

「……ふむ。誰にも手を出せないようにしているな。この言い方が正しいかは分からないが、普通の人と変わらない動きにしているように見える。所々見たことのない術式だ。時間をかければ見ることは出来るが全体にロックをかけられている。制御も改変も出来ないだろう」

 

『[明日より未来、あの子には幸せが数多く訪れますように] なるほど。それも含めての言葉ですか』

 

「なにそれ」

 

『昨夜、イチトシ様が空に願った言葉です。おめでとうございますレイヴン様。これで貴方は魔導器を使えるだけのただの人間です。アレクセイ様、後の面倒事はお任せします』

 

 おい待て。アレクセイの言葉が言い終わるを待たず、ジイはいくつもの光となって消えた。

 

 世界を満たした光。

 

 魔導器がなくなり、不便になった世界。空を見上げれば綺麗な青空が目に染みる。

 

「彼女の守った世界だ。……あまり言い方が正しくないな。彼女が居なくなることで守られたというべきか」

 

「あの人は、そんなつもりじゃなかった……」

 

「そう。おそらくな。レイヴン、ルディアース様が決して手放さなかった書物を知っているか?」

 

 ひらり。目の前で振られ、落とされた書物をレイヴンは反射的に手に持ってしまう。劣化により端々が朽ちた小汚い書物。表紙に書かれた文字に見覚え無く、読むことが出来ない。

 

 顔を上げると古代文字だ、と嬉しそうに笑った元上司が居た。今更こんなの読んだって。

 

「表紙には『星喰み』と書いてある」

 

「ほしはみ」

 

「もう不要だとルディアース様は言っていた。だが今こそ、それの解読が必要だろう」

 

 意味がわからない。首を傾げるとアレクセイはレイヴンの手元に収まった本を指差し、笑う。

 

「死んだ者は戻らない。消えた者は、どうなのだろうな?」

 

 人と違う存在なら。

 

 濁った翡翠に僅かに光が灯り、彼は古びたその本を強く抱き締めた。

 

 ルディアース様に見付かる前に去れ。道に沿っていけば幸福の市場の船が停泊している。アレクセイの言葉に彼は小さく礼を返し、本を抱きしめ手元の服をまとめるとオルニオンに背を向けて走り去った。

 

 その姿が見えなくなるまで送ると、アレクセイの背後に人が並ぶ。

 

「残酷だなあ、アレクセイ」

 

 アレクセイと同じような服を身につけ、だが杖はなくアレクセイより包帯に包まれた場所は少ない。

 

「……なんとでも」

 

「オレはルディアースの中では弱く、自分で言うのも何だが一番知恵者だ。古代文字の解読も時間をかければ出来る」

 

「弱いだけ撤回をお願いしたいところですが」

 

「あれはただの昔話。生態についてなんて、何も書かれていなかったろう」

 

 星喰みと名を付けられながら、書かれているのはその始まりと人間に及ぼした影響ばかり。その生態については始祖の隷長の集まりであること、そして星喰みに意思があること。

 

 大きくはそれだけ。

 

「……時間稼ぎです。彼女の望みを消すことも、再び彼を殺すことも、私には出来ませんから」

 

「それを時の流れに任せることが残酷だと言っているんだ」

 

「そうかも知れませんね。ですが、私は他に彼を生かす方法が分からない」

 

 生き延びた時の中で、生きる希望が見付かることを祈るだけです。

 

「だから、言ったろう。残酷だと。まあ、いい。オレは傷を直したら全力で殺しに行こう」

 

「……。私はそろそろ帝都に向かいます。生きている間に牢を出ることがあればまた」

 

「ああ、そうだな。近いうちにな」

 

 近いうちに? アレクセイの疑問に、ルディアースは子供のように満面の笑みで答えた。またな。そしてゆるりと片手を振って無傷な頃と同じように歩いてオルニオンに戻っていく。しばらくは夜駆け鼠共々オルニオンを拠点にする。

 

 医療用魔導器も無い今、ルディアースの傷がいえるのは先の話だろう。

 

 それまでに彼がルディアースより強く、そして、生きる希望を見出すことを願おう。

 

 明日から。

 

 投獄されるにも帝都に行くのにも体力が要る。また。と言いながらもアレクセイもオルニオンに向かって歩いた。

 





あといちわ

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