レイヴンが引いた先で獅子は倒れる。
「大丈夫だった?」
止まってくれて良かった。そう言って微笑む彼女の目の前で獅子は光に包まれ、小さな結晶となった。聖核。カレンの始祖の隷長の証。
もうしばらくしたら精霊になってくれるんだろう。他の子と一緒に。
もうしばらくしたら。イチトシが見上げた方向を、レイヴンも隣に立って見上げた。二人が立っている場所よりもどこよりも星喰みに近い場所。待っているだけでも時間は過ぎる。待っていればそのときは来る。
何か、話さなければ。
何気なく見下ろした先でぱたり。水が落ちた。
何も考えず顔を隠すように小さな姿を抱きしめた。なんで。二人の声が重なる。
「ああもう、なんで」
鬱陶しい、と言わんばかりにレイヴンの腕の中でイチトシは目をこする。
「ごめん、ごめんね……!」
「誰も悪くないよ、レイヴン。ごめんね、最期に往生際が悪いね」
「ごめんね。オレは、君より世界を選んだんだ。ごめん――イチトシ」
わずかに震える小さな体をより強く抱きしめる。
「……ねえ、君が帰ってくるって言うから」
知った名の呼び方に。紫色を強く握りしめた。
「ごめん、帰れなかった」
レイヴンの視界の端で何かが光り、空に伸びる。決してその景色を見せないように小さな背を抱きしめる。
これが、最期、にしたくない。
心に決めた意思がぐしゃりと音を立てるように握り潰される。これが最期なんて。
「ああもう、いやだな」
ねえ。腕の中、イチトシは掠れたような声で彼に話す。
「ダミュロン。ねえダミュロン」
「なあに。ちゃんと聞いてる」
おどけたように。いつか。彼女の家でそうしていたように穏やかに。
空に伸びる光は強く鋭く。星喰みを目指し、一度弾かれる。ああ、どうかそのまま。懐かしい呼び名。この時間、この場所にずっと。いつかのように。
「助けて」
ただの一言がレイヴンを貫いた。
「っ。イチトシ」
「たすけて、消えたくない、君と居たい」
弾かれた光はより強く、羽のような『刃』になって。
「大丈夫。大丈夫よ、オレがずっと一緒にいるから」
ようやく会えたイチトシを強く抱く。
光の刃は勢いを付けるように一度星喰みから離れる。
「ずっといっしょ? ほんとに?」
「ほんとほんと。オレ、ひどい嘘ついたけど、すぐに帰れなかったけど、」
一度空に静止した刃は勢いを持って振り下ろされる。
「今度は、ホントだから」
強く強く抱きしめた両腕はただ、レイヴン自身の体だけを抱いた。
――ありがとう
ああどうか。嘘つきと。
臆病者と、裏切り者と。
いっそ罵ってくれれば。
彼女の遺した全てを抱いた一人の男を空から散った光が打ち据えた。
世界を覆う闇は世界を包む光となり、弾けた。
このままここに居れば。崩壊していく古代都市の中。仲間たちを乗せた大きな姿が遠ざかる姿が見える。
ただひとつ。
燕尾服姿の影が泣きじゃくる男に手を伸ばした。
星喰みは消え、世界は精霊という名の光に満ちた瞬間だった。