《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第41話

 

「母上」

 

「貴方の選んだ道を嘆くのはなりません。その手で打倒した者に失礼です」

 

 柔らかな光がイチトシの頬を覆い、赤い色は止まる。

 

「ユーリくんは」

 

「未来の英雄は少しばかり力が足りませんね」

 

 閉じた鉄扇で口元を隠したルディアースの妻は視線を背後へと流した。倒れた男の更に向こう側に、倒れる黒髪の青年慌ててレイヴンが駆け寄ると青年は動かず、ただ気を失っていた。

 

「ルディアースの当主が妻を心配してやられていてはなりませんよ?」

 

 しゃがみこみ、ぺしり、眠る自分の夫の頭を叩いた女性はただ笑った。

 

「母上は……、戦いませんか」

 

「ええ。ルディアースの当主はもう、私ではありません。当主が負けたのであれば納得はしなくても貴女に従います」

 

 夫へ回復の魔術をかける女性、自分へ回復の魔術をかけるアレクセイ。

 

 誰かがイチトシの名前を呼んだ。

 

 ゆっくりと視線を向けた先でレイヴンが片手で手招きをしている。蒼く透き通った結晶と共に立つ彼もまた、笑顔だった。

 

 近くへ寄ればその結晶が彼と、永く寄り添った者と同じ雰囲気であることがわかる。聖核。エアルを取り込んだ始祖の隷長の遺した命と魂の結晶。始祖の隷長の命が失われた証。

 

「知ってるかもしれないけど、おっさんたちは最近始祖の隷長に会って……聖核から精霊って存在に生まれ変わってもらってたの。エアルよりも生命力に近い、なんて言ったかな。マナっていうそんな力を使って」

 

「……ベリウス、ウンディーネのような?」

 

「そうそう。もちろん、聞けるときは始祖の隷長の意思を聞いてからね。でも、ジイからは聞けなかった。だからイチトシちゃん、教えて」

 

 どうしたい?

 

 ジイはイチトシにとって間違いなく寄り添う者だった。永く永く、敵ではなく、完全な味方でもなく必ず共にあった。その存在に疑問を感じ、遠ざけたコゴール砂漠の奥地でようやくその存在がいかに身近であったかを思い知った。

 

 触れた先はただ石のように冷たい。

 

 話したい。何より、彼にもこの世界で生きていてほしい。自分が居なくなり使命に縛られることのない世界を。

 

「頼めるかい」

 

 宙に浮くその結晶を軽くレイヴンに押し出すと彼は柔らかくそれを受け取った。

 

「多分、近くに休憩できる場所を作ってるはずだから。そこで待っててくれる?」

 

「うん」

 

「気のない返事ね。大将、逃さないでよ」

 

 肩を押さえながらイチトシの隣に並んだアレクセイは声をかけられて困ったように眉を寄せた。

 

「それを私に頼むか……。逃れられぬのは私だよ」

 

 ルディアースに深く抉られた肩を押さえたアレクセイと共にジイだった結晶を見送る。

 

「肩は」

 

「しばらくは使い物にならなそうだ」

 

「あの人相手にそれだけで済んで良かった。レイヴンさんの名前を呼んだのは」

 

「居ると思ったからだ。『彼』ならば。どの名を呼ぶかは迷ったが」

 

「……」

 

「最期ならば」

 

「駄目だ。生きたく、なる」

 

 その言葉を言う時点でもう思っているのだろう。それも、自分で解った上で。

 

 星喰みだという彼女は確かに永く時を過ごしていたのかも知れない。だが、アレクセイの知る彼女、イチトシはどれだけ知識を有していても、どれだけ人並み外れた強さを有していても。

 

 ルディアースの家に生まれた一人のヒト。

 

 デュークのような存在とも違う、ただのヒト。

 

「そうか……」

 

 ただ、そのヒトを手元に呼べず。今の状況を招いたアレクセイは視線を逸らした。

 

「君が居てくれてよかった、アレクセイ」

 

 戻した視線の中で彼女はアレクセイを見上げた。

 

「今でなければ……、私はわがままに世界を崩壊させた」

 

 アレクセイもあの子も。

 

「大事な物があって、守る知識を持っててくれて、今で本当に良かった」

 

 本当に守りたい物は何一つ守れなかったというのに。

 

 アレクセイは自分以上に強い思いを抱えているであろう男が走り去っていった方を見た。

 

「アレクセイ、君は気になるものがあるんじゃないかな? つなぎくらいにはきっとなれるよ」

 

 歩いてくる青年ユーリが片手に持つのは多くの魔物を消滅させ、効力を無くした小さな魔導器。ジイですら知らない力、アレクセイの剣ですら術式の解体が叶わなかった力、それは強くなれば確実に世界の脅威を消し去ることが出来る。だが、まだ足りない。

 

 ユーリの持つ魔導器は二度と動かない。それが筐体を要因とするのか、造りが要因なのか。回路や仕組みを考えるのが苦手なユーリとイチトシには分からない。

 

「頼めるのか?」

 

「私が保証しよう。それに、今彼は肩をやられている。知識以外に秀でることはないよ」

 

「イチトシ、それは言いすぎだと思うのだが」

 

「じゃあ良いか。これ、頼めるか。多分うちの魔導師さんも気にすると思うけどまあ、自業自得と思ってやられてくれ」

 

 納得もしないで欲しい。

 

 軽く投げてよこされた魔導器を落とさないよう慌てて受け取り、アレクセイは即座に分析用の陣を展開する。ぶつぶつと、内部の術式について独り言を言っているようだがイチトシとユーリにはやはり理解できない。

 

「お願いね。終わるまでは、せめて協力させてあげて」

 

「ああ。全部終わったら色々教えてもらうからな」

 

 もちろんだよ。

 

 笑って答えた言葉だけが、アレクセイの耳に強く残った。

 


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