《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第40話

 

 光が収まった。

 

 周りの魔物は影も残さず消えた。

 

 空を飛んだ銀色の刃はイチトシの近くで力を失ったように落ち、紫の羽織はイチトシを囲み、白と蒼もまたその上から彼らを囲った。

 

「ありがとうレイヴン。……でも不思議だね。何故私を庇ったんだい? 他の人は無事だとわかっていたよね?」

 

 思わず腕の中に収めてしまった暖かさ。冷たい言葉に返す言葉もない。

 

「……ジイ?」

 

 不意に彼女が名前を呼んだのは彼らを囲む始祖の隷長。

 

『御二方、御覚悟を』

 

 何の話。

 

 問いかけに答えはなく、その大きな体躯は崩れるように二人の傍に倒れた。

 

 背中から翼にかけて大きな裂傷。

 

 誰が。イチトシはレイヴンを退けて立ち上がる。土煙で視界が悪い。ユーリは未だ土煙の中心。ジイを襲うには遠い。何より理由がない。

 

 覚悟を。

 

 ジイはイチトシもレイヴンも戦える者だと分かっている。その上で覚悟を促した。一対一ではこちらに分がない。それだけ強い何か。

 

「ああ、マズいな。ユーリくんたちと一緒のところを狙ったのか」

 

 思い当たる人たちがいた。

 

「正解っ!!」

 

 レイヴンの襟を掴んでジイに囲まれた外へと飛ぶ。二人のいた場所は真上から飛んできた誰かの振り下ろした剣で砂嵐となる、

 

「ルディアース、様……」

 

「ああ、君もそちら側を『選んだ』のか。惜しいな」

 

「何をするおつもりですか、父上」

 

「ふむ、世界を救う方法を見つけたという情報を得てな。では、その英雄たちの顔を拝もうかと思ったわけだ。まあ、土産にそれぞれ足の一本程度もらうつもりだがな!」

 

 ジイの体を足蹴に飛んできたそれからイチトシを守るように前へ出ると途端、空にあった敵の身体は地面に落ちた。地に足をつけると同時に回転し、硬い革靴のかかとが横腹に入れられてレイヴンの身体は跳んだ。

 

「何も魔術は相手に使うためだけの物じゃない。覚えておけ」

 

「その子に入れ知恵したのも」

 

「そう、オレたちだ」

 

 手の届く範囲で笑い合う二人。その手に武器が無ければ仲の良い親子と見えるだろう。

 

 先に剣を振ったのはイチトシだった。

 

 短刀を振り上げ狙ったのはルディアースの『首』 一歩、足を退けるだけで急所を狙った一撃を避けルディアースもまた剣を振り上げた。人の身体の中心を狙った一撃に、容赦は見えない。

 

「あははは、仮にも父と呼ぶなら首を狙うなよ」

 

 砂を巻き上げ後ろに飛んだイチトシ。

 

 その左目の下にわずかに赤い線が作られた。

 

「お互い様でしょう。世界を救ってくれる彼らを傷つけるなんて」

 

「違うなあイチトシ。オレたちにとってこの世界の英雄は仇にしかならないんだよ」

 

 それが、親だ。

 

 子を殺すなら、と、ルディアースは言っている。だが、イチトシにとって殺されるつもりはない。

 

「私は父上と母上、そして『あの子』にはこの世界で幸せに過ごして欲しいのです」

 

「その父と母は、娘が居ない世界にいる意味がない。この世界すらどうでも良いんだ」

 

「「どうか理解して欲しい」」

 

 レイヴンはただ二人を見ていた。

 

 これはただのわがままのぶつかり合いだ。どちらも我を通すためだけに。

 

 銀色がレイヴンを横切り、イチトシに並んだ。

 

「オレの前に立つなら覚悟しろよ、アレクセイ・ディノイア」

 

 剣を構え、イチトシの前に立つのは前騎士団長。

 

「覚悟ならとうに。貴方たちが全て知りながら彼女の傍に居る時から」

 

「いいね、そのくらいでなきゃ」

 

 そのくらいで。あらなければいけなかった。

 

「レイヴン」

 

 声をかけられて手元の弓を強く握った。オレも力に。

 

 彼女は目を細めて笑い首を振る。アレクセイが必死にルディアースへ喰らい付いているのが彼女の肩越しに見える景色。

 

「君たちは怪我なく、星喰みを打ち倒しに行くんだ」

 

 彼女が差し出した両手は強くレイヴンを拒絶する。

 

「さっきの魔導器、恐ろしいくらいに良い出来だ。ーージイ!!」

 

 ぺたり。地面に腰を落とした瞬間レイヴンとユーリを白い影が囲む。空に啼いた始祖の隷長ごと、結界に守られ閉じ込められたレイヴンは手を伸ばした。いつも、大事な時にはこうだ。歪んだ景色の向こう側で彼女は背中を向ける。

 

 いつも、自分より幸せであってほしい、一秒でも長く生きてほしい人は前に立つ。勝手に護ろうとする。護りたいのは自分なのに。

 

「おい、爺さん。コレ解けよ」

 

『何故でしょう。言葉のニュアンスが違う気がいたします』

 

「なんだ、じじいのが良いのか?」

 

 からりと笑った青年は剣を片手に結界を閉じた始祖の隷長を見上げていた。

 

「おっさんもいつまでそうしてんだよ。手、伸ばしたってイチトシさんはもう来ねえよ」

 

 青年の告げる事実に奥歯を噛みしめ。

 

「奪いに行かなきゃな」

 

 目指すべき指針に目を見開いた。

 

『本当に残念なことに、今の私ではこの結界を維持できる時間は短いのです』

 

 片方の翼は垂れ、背中から片足にまで及ぶ裂傷。刀や剣ではおよそ付けられないほど深く広い傷。背中の傷は恐らく身体の深く内部まで達している。

 

『貴方の意思を、レイヴン様』

 

 蒼の瞳はレイヴンを真っ直ぐに捉える。

 

「……おっさんには分かんないわ。青年たちのやることは応援しなくちゃいけない。けど。オレにとってイチトシは」

 

「ごちゃごちゃ考えるなよ、おっさん」

 

 ばしりと青年に強く背中を叩かれる。痛む背中をさすり見上げた青年は楽しげに笑っていた。ああいつだったか、花見をしていた時か、その時の彼女の顔に似ている。

 

「聞かれてんのはおっさんの意思だろ」

 

 正論や理屈なんて要らない。

 

「オレは……」

 

 結界の向こう側で彼女と共に戦っているのは自分ではない。自分を弾いたのは、彼女。

 

「オレはイチトシをもうこれ以上誰にもやりたくない。ただオレの横で、笑っててほしいんだ!」

 

 始祖の隷長は眩しいものを見るように目を細め、前を見た。

 

 アレクセイとイチトシを相手にしながらも引かないルディアース。実力だけを見ればレイヴンたちが混ざったところでただの足手まとい。

 

『あの方は根っからのルディアースに在らず。私を攻撃した者へ。それだけが光明です』

 

「他に居んだな? おっさん」

 

「……、ジイを攻撃した時の音にあたりつけて射るわ。青年、だいぶ危険だけど」

 

「任せろ。突っ走るのは得意だからな。っと、おっさんこれ、要るだろ」

 

 ユーリが差し出した刀を掴み、レイヴンはそれを腰に挿した。

 

「そうね、ありがと」

 

 久しい重み。あれからろくに鍛錬もしていないが、不思議と今なら、あの男に牙を立てられる。そんな気がした。

 

『機会は一度。外せばあなた方は本当に足を失うと思ってください』

 

「いいね、そっちの方が真剣になれる」

 

『どうか。振り返らず』

 

 どういう意味。問う暇すらなく。片翼を地面に垂らしたまま始祖の隷長は前脚で強く地面を叩いた。

 

『私は貴女の元に在り、幸せでした』

 

 

 始祖の隷長の全力の咆哮を浴び、ルディアースの視線が一瞬だけ二人から逸れる。

 

 迷いなく足を踏み出したアレクセイ。

 

 その肩には振り下ろされた剣が食い込む。

 

「いくら何でも浅はかだろ」

 

「そうですか、ね?」

 

 食い込んだ剣を持つ手を捉え、アレクセイは名を叫んだ。

 

「レイヴン!!」

 

 ジイの放った砂煙から駆ける姿。一本の剣の光にルディアースは腰元の短剣を抜いた。殺す気の無い刀ならいなせる。いなせば次の手に移れる。

 

 ルディアースの想像通り、レイヴンに彼を殺す気は無かった。

 

 構えられた短剣を『ただ全力で』叩き落としたレイヴンが笑う。

 

「だってそれはオレの仕事じゃないからね」

 

 がっ。と鈍い音がして一本の紅がルディアースの右肩と胸の間に刺さる。

 

「ごめん。母上が居るのは分かってた。母上に攻撃させれば父上には隙ができると」

 

「な、あ、イチトシ?」

 

 剣の弾かれた左手で、自分を刺した灰色の頭に手を置いて。

 

 ルディアースは優しく笑った。

 

「ーー、ーーー」

 

 小さなその声はレイヴンやアレクセイには届かず、イチトシは剣から手を離して足を引いた。

 

 倒れるルディアースをレイヴンが受け止める。死んでは居ない。

 

 ルディアースに回復の魔術をかけようとした時、背後で大きな何かが倒れる音。地面に倒れた白と蒼の始祖の隷長。ジイ。声をかける間もなくその姿は光に包まれ、大きな唯一つの結晶を残した。

 

「……、君まで置いていく」

 

 ぽつり。つぶやいたイチトシの赤い頬へ、誰かが華奢な片手を伸ばした。

 


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