《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第4話

 

 ごとごとと揺れる車内には女性と青年の二人。

 

 灰色の髪の彼女は書類を眺めている。青年は馬車の小さな窓から外を眺めている。

 

 彼女の首にペンダントがかかっていないと気づいてから青年は一言も口を聞いていない。ただ指示されるままに車内に乗り込んだ。

 

 外ではジイと呼ばれた老人が馬車を引く馬を操り、カレンと呼ばれた男が魔物を警戒するために持ち馬で並走している。

 

 どちらかと言われれば護衛の任はカレンが果たしている。自分のすることなどないじゃないか。

 

 空を眺めながらため息をこぼすと書類を見ている彼女の方向から笑い声が聞こえてくる。

 

 ムッとした顔でそちらを見れば女性は笑って、けれど視線は書類に向けたままだった。

 

 

「職務中に何度ため息をつくつもりかな、君は」

 

「……そんなついてないです」

 

「デイドン砦までに四回。それからここまでに三回。馬車は楽しくないかい?」

 

「そんなことないです。気のせいじゃないですか?」

 

「そう。じゃあ気のせいだね。ごめん」

 

 

 話が終われば車内はまた静かになる。

 

 外でジイとカレンが言い争っている以外には貴族の仕事らしい書類を捲る音しか響かない。

 

 静かすぎる車内に、やはり青年の苛立ちは募っていく。

 

 

 結局、花の街ハルルについても青年は一言も口を利こうとしなかった。仕事に影響を出すなといった上司命令が頭をよぎるが、どうしようもなかった。気を抜けば舌打ちすらしてしまいそうなくらいにイライラしていた。視線を巡らせれば嫌でも

 

 ハルルの街の住民は貴族の一行である青年たちを喜んで出迎える。町長らしい老人とジイが話しているのを聞くと彼らは定期的にハルルを訪れ、結界のチェックをしているらしい。

 

 住民たちはジイの事を貴族だと思っていて、彼女もそう思わせている。

 

 

 ハルルの樹も見終わった彼らは町長に誘われ、お茶の場へと赴く。

 

 

「あ、君はこっち」

 

 

 青年もジイたちの後に続こうとすると先程までハルルの樹を調べていた女性に手を引っ張られる。

 

 怪訝な顔をするジイには野暮用があると告げ、彼女は青年の手を引いて歩く。

 

 手を引かれるままに歩いていくとハルルの街の路地から路地へ。段々と人通りは少なくなり、陽の光すら届かなくなってくる。

 

 いったい何処へ行こうとしているのか。

 

 彼女に問うことができれば良かったのに。青年の中でのわだかまりは出立前よりも大きく、言葉を発するだけの余力はなかった。

 

 

「おっと! 旦那じゃねえですかい」

 

「ああ、やっと見つけた。君を探してたんだ」

 

 

 路地の角から出てきた猫背の男を見つけ、彼女はようやく足を止めて青年の手を離す。

 

 小汚いローブをかぶった男は彼女と正反対だ。

 

 男は彼女を見るとフードから覗く口元に笑みを浮かべて背負っている鞄を地面へと下ろす。

 

 

「そっちの兄さんは騎士すか」

 

「大丈夫だよ。私が信頼してる騎士の一人だから」

 

 

 女性の後ろに控える青年からは見えないが彼女は笑っていて、ローブの男が驚いたように動きを止める。

 

 

「あー。なるほど。依頼のモノは出来てやすよ。しっかし、帝都にも細工師くらい居るでしょう。何もぼったくりのあっしじゃなくても」

 

「それは大事なんだ。半端な人に任せたくなかった」

 

「へへ。そりゃあ嬉しい限りで。依頼のモノをお返ししやす」

 

 

 チャリン。

 

 チェーンと飾りの擦れる独特の金属音に、うつむいていた青年の顔が弾かれたようにそちらを向く。

 

 細いチェーンの先につながるドッグタグのような飾り。

 

 淡く赤い彫り細工、猫のような模様。見たことが、あった。

 

 

「リヴァヴィウスなんて中々仕事でもお目にかかれやせんから時間がかかりやして。その分、お安くしやす」

 

「いや、いいよ。難しいものを頼んだのは私だからちゃんと言い値で払おう」

 

「……まあ、旦那がそう言うなら。一応留め具の強化とコーティングをしておいたんで十年くらいは壊れない、と思いやす」

 

「十年ね。ありがとう」

 

「あとコチラを。こっちは……そっちの兄さん用っすね」

 

 

 男が何かを女性へ手渡しながら青年を見やる。ペンダントを首をかけ、男から何かを受け取る。軽い金属の音は女性の持つペンダントと似たような音を立てて彼女の手の中に収まる。

 

 

「へへ。良いもん見せてもらいやした。お幸せに」

 

「また頼むよ」

 

「旦那の依頼なら最優先でお引き受けしやす。じゃ、あっしはこれで」

 

 

 男が去った後、女性は笑みを浮かべたまま青年を振り返る。

 

 胸元には青年からもらったペンダントが揺れる。

 

 

「君にプレゼント」

 

 

 しゃらん、と音を立てて彼女の手から滑り落ちるチェーンの先に繋がるのはシルバーの指輪。彫られているのは狼。彫り口は淡く赤い。

 

 リヴァヴィウス。

 

 今度は青年が呟く。

 

 

「仕事の邪魔にならないように指輪にもペンダントにもなるようにしておいた」

 

 

 青年の首を抱えるように手を通し、未だ唖然とする彼の首にペンダントを付ける。

 

 

「同じリヴァヴィウスだね」

 

「俺、あの……」

 

「それと、物で釣るような形になってしまったけど謝らせて欲しい。先日はすまなかった。私が考えなしに言ってしまったんだ」

 

「それ、違うって」

 

「違わないよ。ごめんね」

 

「違うって! ていうか俺にも謝らせてよ。勝手に怒ったの、俺なのに」

 

「……気に入った?」

 

 

 騎士服の上で揺れていた指輪に触れる彼女を思い切り引き寄せて腕の中に閉じ込める。

 

 力いっぱい抱きしめると遠慮がちに背中に手が回る。

 

 

「ごめん。あのね、実は俺何で喧嘩したか覚えてないんだ。でも、俺が酷いこと言って勝手に出てったのは分かってる。だから、ごめん」

 

「……良かった。君に、嫌われたかと思って」

 

「嫌えたら、良かったのにね。駄目だった。他の女の人の事を考えようとしても絶対アンタが出てきた」

 

「私は君一筋だよ」

 

「うっわ、俺の後にそういうこと言うの卑怯じゃない?」

 

 

 互いに笑い合って、互いのペンダントに触れた。

 

 離れる事はできても、別へと乗り換える事は不可能だった。

 

 彼らの意識の中に居るのはもう互いの存在だけ。他の存在が入り込む余地などない。

 

 

 ハルルからの幸せな帰り道、沈んでいく夕日を見ながら青年は考えていた。結局喧嘩の原因は何だったのだろう。彼女は自分の言葉が悪かったと言っていた。

 

 けれど自分は覚えていない。

 

 ガタン、とひときわ強く馬車が揺れると首のペンダントが音を立てる。

 

 甲高い金属音は青年に幸せを思い起こさせ、喧嘩の原因はまた忘却へと押しやられていった。

 


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