《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第39話

 

『――イチトシ様、右前方を見られますか』

 

 ヒピオニア大陸を目指している最中、急に加速したジイが声を上げる。右前方を見やると雲で見づらい中、人とも鳥とも違う大きな姿が見えた。鯨のようにも見えるそれは優雅に空を泳ぎ、イチトシと同じ方向を目指す。

 

 魔物か、と声を固くしたアレクセイを始祖の隷長は声を出して笑った。

 

『ははは、魔物と私たちの区別もつかないのですね。光栄の極みですよ』

 

「……彼らの移動手段だね」

 

 何もそこまで笑わなくてもいいだろう。声を低くしたアレクセイを笑い続ける始祖の隷長はイチトシの声に前へ向き直る。

 

『向かう場所は同じようです。無人島ではなさそうですね……。いかがいたしましょう』

 

「声をかけられるかい? 魔物に困っているなら共闘しよう」

 

『知れますが、構いませんか』

 

 誰に。アレクセイは口を閉じた。

 

 彼ら、とイチトシは言った。今彼女たちが気にする一行は一つだけ。

 

「構わない」

 

 イチトシの返事を聞き、白と蒼の始祖の隷長は竜のような首を空へ向け、啼いた。

 

 

 低くよく通るその声はバウルに届き、バウルの運ぶ彼らにも間違いなく届いた。これ以上のトラブルは困るって、と声の方向を見た一人の男。雲に隠れた先には何かが飛んでいるような影が見えるだけ。

 

 バウルが答えるように低い声を上げ、その声は男の隣に立つ青髪に言葉となり繋がる。彼女だけが持つその力を知っている仲間たちはなにか言っているのか、と、彼女を見た。

 

「古い始祖の隷長が協力してくれるそうよ」

 

 レイヴンは声の聞こえた方向を凝視する。未だ雲の向こう。見えない姿。

 

「……ね、ジュディスちゃん。伝えられたのって、それだけ?」

 

 レイヴンの問いにジュディスは言葉を続ける。

 

「いいえ。これは私には意味が分からないのだけれど『どちらを取るか、決めたか』と」

 

「なるほど……」

 

 最低だな。誰にも聞こえないよう舌打ちを漏らした。左前方から同じ方向を目指し、近付いてくる白と蒼の姿。大きな二枚の翼をばさりと打ち、小さな二枚の翼で風を切る。綺麗、と少女たちはその姿を見た。

 

 その背にある二つの姿は、仲間たちには見えていない。

 

「バウルでこれ以上近付くのは危険ね。近くに降ろすわ」

 

 あっちはあのまま行くようね。バウルを追い越しヒピオニア大陸へと降りていく始祖の隷長。

 

 今、自分たちが運ぶのが『星喰み』を倒す道具の試作品だと知ったら彼女は、どう思うだろうか。それでいいと、言いそうだ。

 

 

 アスタルという始祖の隷長の居なくなった土地では多くの魔物が荒れ狂い数少ない人間へと群がっていた。

 

「アレクセイ、身体は平気?」

 

「無論だ。次期騎士団長殿を助けに行こうか」

 

「他に人も居そうなんだよね。ジイ、頼める?」

 

『私が魔物と間違えられないことを祈りましょう』

 

「やるなら私がやってやろう」

 

『剣術ですら勝てた試しもないのによく回る口ですね』

 

 人と竜で睨み合うのも一瞬。振り返った竜の尾は男を直撃する。直前で剣を抜いて構えた彼はわずかに飛ばされるのみでその一撃を耐えきった。

 

 何でこんな仲が良くなっているんだ。

 

 魔物を一撃で斬り伏せ、叩き伏せる彼らは互いに命じられた場所へ駆けた。

 

 ジイならば心配は要らない。イチトシは腰に挿した橙の二刀を引き抜きアレクセイの後を追った。

 

 

 乱戦、言うにふさわしい舞台。

 

 乾いた大地に吹き上がる砂嵐。人の怒声に魔物の叫び声。似ている。

 

「ぼーっとすんなよおっさん! あの真ん中行くんだからな!」

 

 強く叩かれ見えた方向に揺れる長い髪。

 

 何度か頭を振って『弓』を構える。魔物たちの集まる中心で天才魔導師リタの作った装置を起動させる。テストもしてない装置をぶっつけ本番で使う。魔物を掃討する。

 

 射った魔物の先、揺れた灰色の髪。

 

「イチトシさん!」

 

 誰よりも早く声を上げた青年に、彼女は振り返る。

 

「アンタ何してんだ! しかもそっち」

 

「アレクセイのことは見逃して欲しいな。ユーリくんはどこ行くの!」

 

 目の前の魔物を斬り伏せながらなんて器用な。彼女の背後に襲い掛かろうと両腕を振り上げた熊のような魔物はアレクセイが斬り伏せる。背中を気にしていないのか。

 

「この中心、一緒にどうだ?」

 

 ちょっと何言ってるの。

 

 仲間から声をかけられユーリが視線を向けたのは、レイヴンだった。

 

「……。道を作る手伝いはしよう! アレクセイ、あっちと交代、ジイを連れてきて」

 

「簡単に言ってくれる!」

 

 ザウデ不落宮の上でも見せた剣で魔物を一刀の下、斬り伏せた彼は魔物を討滅する始祖の隷長へ向かって走りイチトシはユーリの元へ駆けた。

 

「っとに神出鬼没だな、アンタ」

 

「無人島でのんびり暮らすために来たんだけどね」

 

 はっ、よく言う。笑ったユーリの背後で飛び上がった狼の魔物が大きな前脚に潰され消える。

 

『どちらへ』

 

「最も魔物の集まる場所に行くそうだ。道を作れるかい?」

 

『アスタル程疾くは駆けられませんが、ちょうどいいでしょう。討ち漏らしたらお願いします』

 

「ユーリくんがね」

 

 オレかよ。

 

 からりと笑い合って、それを合図に地面を蹴った。お前たちはここを守れ。ユーリの言葉に従えず、レイヴンもまた駆け出した。

 

 ジイがほとんどを打ち倒し道を作るが、討ち漏らしたら何匹かは横から襲いかかってくる。左右からの攻撃にも怯まず、女性と青年はただ前に進む。後ろなど、振り返りもしない。

 

『この辺りでしょうか。いったい何をするおつもりで?』

 

「なーに、秘密兵器ってな!!」

 

 ユーリは小さな魔核で作られた何かを地面に突き刺す。それは彼らの持ち込んだ対星喰み用秘密兵器の試作。

 

 精霊の力を模し星喰みを打ち倒す。

 

 彼らが思い至るのは、同時だった。

 

「「イチトシ!!」」

 

 銀色が空を飛び、紫の羽織は駆けた。

 

 秘密兵器と呼ばれた小さな魔導器が光を放つと同時に、イチトシの視界は暗くなった。

 


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