《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第38話

 

「なん、て?」

 

 ルディアースは嘘を吐かない。この場を作ってまで冗談を言わない。

 

 だから告げられる言葉はすべて真実。

 

 そう思っていてもレイヴンは聞き返した。

 

「……、もう一度聞きたいか?」

 

 だが、答えは得られない。聞こえなかったわけではない。だから二度目はなくても。

 

「いや、でも、そんなこと」

 

「言ったろう。苦しめと。これは事実だ。現に、君は始祖の隷長を従える彼女を見ただろう。彼女自身を、消すために」

 

 それだけのことで。

 

 声を荒げた。

 

 星喰みは世界を食らう破滅そのもの。仲間たちは知恵を絞り、全力を賭して破滅を食い止めようとしている。古代ゲライオス文明ですら退けることしか出来なかったそれを「消滅」させることで。

 

 天才魔導師はそのための方法を少しずつ確立し仲間たちは全力でアシストしている。

 

 星喰みを「消滅」させるために。

 

「イチトシは、人だ」

 

 かろうじて絞り出した言葉は首を振って否定される。

 

「違う」

 

「じゃあオレたちは!」

 

「そう。目指すところは同じ。彼女を殺すために行動している」

 

「そんなの。だってあの人は」

 

「……私たちにとっても、あの子はただの娘だ。だけど、その娘からそう言われた」

 

「何か手が」

 

「あったらお前のような半端者に話すわけがないだろう! なぜもっと早く全て認めてあの子の傍に居ない! あの子はずっと」

 

 落ち着いてください、と妻に言われルディアースは片手で顔を覆った。

 

「あの子はもう、君の存在を認めない」

 

「なんで」

 

「分からないか? 君の存在を認めれば彼女はこの世界で生きていたくなる。だが、彼女が残ることはこの世界の終わりを意味する」

 

 少しだけ、レイヴンの心に驚きとは違う感情が顔を出した。怒り。何故だろうか。いっそ冷静に考え彼は答えに行き当たる。

 

 オレより世界を選ぶんだ。

 

 彼女の手を取る覚悟をした。その覚悟は今の話を聞いても変わらない。あの頃のように笑い合えるなら、そうとも思う。けれど彼女は違う。

 

 世界のために。そう言って違う男の手を取ったんだ。

 

「何故人の姿をして生きているのかは興味もないが」

 

 目の前で聞いた事実を話すこの人たちの手も、取った。

 

「これが事実だ」

 

「ルディアース様は、納得したのですか?」

 

「いいや。だがあの子の近くが一番状況が分かる。今君がここにいるように協力者も居るのでな。ああ、あの子を殺すことに協力していると思ったかな? そんなわけ無いだろう。あの子が死ぬことに協力するなら君に声はかけない」

 

「オレに、どうしろと」

 

「ははっ、言ったじゃないか。知って苦しめと。これはオレたちから君への八つ当たりであり復讐だ」

 

 オレたちから最愛の物を奪いながらも守り続けられなかった君への。

 

 きっと最後の贈り物だ。

 

「どうしろというつもりはない。ただ、もしもそちらでオレたちの希望を叶えられる何かを見付けたなら、今日のようにこの場所を通じて連絡を」

 

「止めるつもりですか、手段がなくても」

 

「子が親を選ばずとも、親は子を選ぶんだよ。行こう」

 

 差し出した手を妻が掴むのを待ち、二人は立ち上がった。

 

 その手を掴んで止めようとした。だが、止めてどうすると自分の中で何かが言った。

 

 閉じた扉の音。

 

 レイヴンは机に置かれたグラスを手にとった。結露した雫がレイヴンの手を伝い落ちる。

 

「おっさん独りに、どうしろっての」

 

 アルコールを覚悟して飲み込んだそれはただの水だった。

 

 

 イチトシはルディアースの別邸があった場所に座っていた。貴族らしい格好をしていればこの貴族街、今は誰も気に留めない。

 

 復興が進み始めただけの帝都は未だ場所によっては建物が崩壊している。ルディアースの別邸があったことを知らない貴族にとってはただ家を失い茫然とする女性とだけ見えることだろう。

 

 黒の手袋に隠し続ける手に触れた。

 

 永く生きた。とても。

 

 けれど今この時が、一番楽しかった。

 

 自分のことを忘れ、ただ人として人を愛している。忘れていない。かの戦争に行く前に彼が真っ赤になりながら差し出した黒い箱。帰ってきたら。彼はそう言って帰らなかった。

 

 今なら呼べば帰ってくるだろうか。

 

「隣に座っても?」

 

「どうぞ、騎士団長閣下」

 

 ちょうど座れる高さになった瓦礫に座る彼は既に騎士服を脱ぎ、髪型も変えている。

 

 魔導器が無くとも生きられるように出来ることをしよう。騎士は未だ過去の団長を崇拝する者が多く、世間は未だ全ての犯人を知らない。

 

 アレクセイが言葉をかければ騎士はほぼ全員が動いた。

 

「酷いことをする者がいたのだな」

 

 視線を上げたイチトシが見たのは半壊した貴族街。ふふ。思わず笑う。

 

「そうだね。でも、すごいんだよ。団長閣下が鍛えた騎士団はただの一人も死者を出さなかった」

 

 助けられなくてもおかしくない下町の住人まで、皆が助かった。

 

「次代のあの者ならもっと上手くやるだろう」

 

 若く、強く、正しい。何度も話した金髪の若き青年騎士。騎士団に秩序を求める姿はいつかの誰かと似ていて。イチトシにとっては酷く幼くも見えた。貴族の何たるかも知らず、苦労を見る未来は容易く想像出来る。

 

「騎士団はそれぞれの街に行かせた。適当な理由を付けたが」

 

 酷く不審な顔をされた。だが、命令どおりに騎士は動いた。元騎士団長の言葉に彼女は笑った。

 

「物資については夜駆け鼠たちに任せてる。最初数日程度は回るだろうね」

 

「魔導器を繋ぐ話だが、核となる術式を試す場が欲しい」

 

「……人気の無い場所か、無人島みたいなところかな」

 

「もう落とされないだろうか」

 

「そう努めてください」

 

 瓦礫の向こう側、背後から話しかけられアレクセイはビクリと肩を跳ねさせた。

 

 二人の前で膝を折った燕尾服姿。ジイはアレクセイを一瞥すると小さく鼻を鳴らした。明らかに態度が違う。イチトシはこれを「対等」だというが絶対に違うとアレクセイは感じている。敵対ほどではないがただ嫌われている気しかしない。同じ目的が無ければ同じ道には足を踏み出しもしないだろう。

 

「無人島に覚えはある?」

 

「……ここより遠く南西に。強い魔物が多く人の寄り付けない島がございます」

 

 じゃあそこに行こうか。

 

 立ち上がり、先に歩き始めた背中を二人で眺めた。

 

「南西の島、か?」

 

「アスタルが居らず魔物の統制が取れていないのです。精々喰い殺されぬようお気をつけくださいね。『ディノイア』様」

 

 否、これは完全に敵対である。

 

 過去の自分を諌めることが出来るならどんな強引な手をとってでも諌めてやりたい。たとえその手を切り落としてでも。

 


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