《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第37話

 

 ダングレストに着いたレイヴンを待っていたのはとあるギルドの勢力だった。屈強だがどこか小綺麗さを感じる「らしくない」ギルド員たちはレイヴンたちの姿を認めると先頭の一人を始めとして深々と頭を下げた。誰に躾けられたのか、貴族のような綺麗さに一行が息をのむと先頭の青年が一歩進み出る。

 

 敵意も善意も無い、ただの笑み。それを向けるのはギルド夜駆け鼠を預かる首領代行。

 

「副首領より伺っています。お話出来るのはレイヴン様のみ、ご同道願えますか」

 

「副首領って、どっち?」

 

 レイヴンの問いに、首領代行は綺麗な笑みを浮かべた。

 

「ぽっと出の銀髪にそんな役目渡してると思ってんのか?」

 

 豹変した言葉に耐えきれず笑い出したのは彼の背後に備えていたギルド員たち。くすくすと押し殺した笑いはやがて街を包む程大きな笑い声となる。

 

 言い過ぎ、や、あれはあれで良いけど、といった話、軽口。

 

「客として話せと言われた態度で居るうちに、着いてきてくれねえかな。オレたちも、あの方々を怒らせるのは本望じゃねえの」

 

 首領代行の言葉に笑い声は一瞬で収まる。

 

 これだけの男たちにこれだけの変化をもたらせるほどに「強い」誰か。その影に覚えがある。

 

 客じゃない態度があるってのか。

 

 レイヴン側から聞こえた青年の声にレイヴンの背筋が凍る。何故喧嘩を売ってしまうのか。売っていい相手と良くない相手が居る。喧嘩を売らない、と青年を叱ろうと振り向いた瞬間身体が凍った。

 

「君が、今のあの子の上司かな?」

 

 青年たちの後ろに、二人の人影。

 

「喧嘩を売るならせめて、相手の姿を認めてからにすることだ」

 

 慌てて振り返った先で男が一歩を踏み出す。

 

「ルディアース様……」

 

「レイヴンくん、としてははじめまして。そして、久しぶりだね」

 

 貴族の。と誰かが言った。

 

 叶うならば膝を折りたいほどに居心地が悪い。

 

「話を、聞かせていただけるのですか?」

 

 仲間たちが居るが、それでも敬語が消えない。

 

 地面に転がされた記憶が脳裏を過る。

 

「うん? そうだね。逆に聞こう。オレたちの娘が望まぬことを私たちがすると思っ――」

 

 ごすっ、とレイヴンの目の前で男が蹲った。

 

 男の隣を歩く女性が柔和に笑い、手に持った傘で男の脇腹を刺した光景が全員の目に焼き付いた。

 

「男の意地は本当によく分かりませんね。娘が望まぬとも、幸せになれるなら話そうと決めたではありませんか」

 

「それは、そうだが……、なにも、刺さなくても」

 

「言っても聞かないこどもなのでつい」

 

 さあ、行きましょうか。

 

 足早に歩き始めた女性を追い、男が脇腹を押さえたまま歩き始める。

 

「あーオッサンちょっと情報収集してくるから、待っててくれる?」

 

 仲間たちを振り返ると恐ろしくも喧嘩を売った青年ユーリが不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「あの、先程の方はルディアースの当主なのですか?」

 

 恐る恐る訪ねたのは桃色の髪を携えた王国の姫エステル。そうよ。そう返すと彼女の顔は気のせいかわずかに強張った。

 

「ユーリ! お買い物に行きましょう!」

 

 そうしてエステルは無理やりユーリの腕を引っ張った。

 

 やっぱり、有名なのか。

 

 振り返ると困った顔で道を開けている夜駆け鼠のギルドメンバーたち。皆の目がレイヴンに訴えている。早く行けと。

 

「一つだけ。オレたち夜駆け鼠はたとえ首領の親でも知らない奴は信用しない。……そう言ったら、全員無手でのされたんだ。そして、全員奥方に酷く叱られた覚えがある。着いてきてくれねえかな」

 

「ああ……、そうなの。じゃあ、行こうかね」

 

 全く気の乗らない話をどうも。

 

 レイヴンは仕方なく、と足を進め首領代行のあとに続いた。連れて行かれたのは天を射る矢が管理する酒屋の一つ。

 

 奥の個室の扉を叩くも返事はなく、首領代行が扉を開けると何かを言い争っているような二人が居た。

 

「ルディアース様、奥方様、案内してきました」

 

「ああ、ありがとう。君も聞くかい?」

 

「いえ、結構です。――首領が戻らないことは、皆存じておりますので」

 

 失礼します。深く頭を下げた首領代行はレイヴンの隣を抜ける。

 

「これはアンタのせいか?」

 

 一つの疑問を投げかけて。

 

 残されたレイヴンは扉を閉め、おそらく自分用に用意された飲み物の置かれた席に座る。この場は騎士として対応すべきか、ギルドとして対応すべきか。酷く迷っていた。

 

「貴方は知るべきと、私たちは判断しました」

 

 迷うレイヴンを置いていくように、奥方が話し始める。

 

「ただしこれはあの子が最も望まない選択」

 

「これを話せばオレたちはおろか、ジイもあの子の傍から離される可能性がある」

 

「その上で、貴方に話します。そして私たちの望みは一つ」

 

――死ぬほど悩み、苦しめ

 

 奥方から、ルディアース当主から笑顔で向けられた言葉。ただただ呆然と、笑顔の二人を見ていた。

 

「さて。いつまでも本題からそれるわけにはいきませんね」

 

「ああ、そうだな」

 

「これは私たちもあの子から聞いた話。おそらくすべて真実であり、すべて、もう、覆せない」

 

 本題を。

 

 思わずそう口にしてしまうと目の前の二人は目を見合わせ、頷いた。

 

「オレが話そう」

 

 ルディアースはその目を細め、レイヴンを見やる。見透かすような睨むような視線を外さずに。

 

「あの子は、星喰み、だそうだ」

 

 ただ告げられた真実に、言葉を失った。

 


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