書き直したい欲が強い。
色が、無かった。
彼はアレクセイから持たされた道具を利用し、奪ってこいと言われた少女を運んでいた。少女に意識はない。意識があれば、お人好しのこの子は自分すら救おうとしかねない。
もう良い。もう十分。
彼女は傷付きながらも生きている。両親も生きているのであればあの方々がどうにかするだろう。
自分が居ないところで。
「あれ。君はどっちだ?」
俺に命令を出した人に報告に来たところ、聞きたくない声が聞こえた。ついで、ガン、と金属同士が勢いを持ってぶつかり合う音。
ぶつかり合い、引いた灰色の影が薄く笑っていた。
「レイヴンさんでもシュヴァーンさんでもないね」
襲い来る光の剣を弾いて退け、灰色は笑い続ける。
「たとえ君たちが二人になっても、あまり完敗する気がないなあ」
対しているのは銀色。
シュヴァーンにとって主であり、従うべき人。
「本当にそう思うかね」
不意に、アレクセイが懐から小さな機械を取り出した。
一瞬、目を細めたイチトシだったが、その機械に思い当たるものが有り勢いよくシュヴァーンをみやった。彼は『久しく』その機械を見ておらず、それが自分の命を操作するものだと気づかなかった。
アレクセイが何かのボタンを操作すると同時にシュヴァーンの体が崩れ落ちる。
息が出来ない。
慌てて駆け寄り、何かの魔術陣を展開するイチトシ。シュヴァーンは彼女の背後に、近寄る影が銀色を振り上げたのを見た。
彼の脳裏に、焼き付いた過去の映像が流れる。かつて戦争に参加していたときも、誰かがこうして守ってくれた。長い髪の、弓を持った彼女。
思わず、灰色の彼女の手を引いた。
だが、振り下ろされる凶刃は迷わず彼女の背を深く切り裂いた。
倒れ込む彼女を抱えた。手の中で広がる赤錆色に全く思考が追いつかない。
「イチトシ……?」
久しく呼んでいなかった名を口にした。
「『その程度』でイチトシは死なん。それも姫同様に連れてこい、聖核を使っても構わん。――見て、もらわねばな」
不意に、彼の腕をふるえる小さな力が掴んだ。
「だいじょうぶ」
彼の胸のあたりに魔法陣が浮かび、ソレは彼の体の中に取り込まれていった。
「……制御を奪ったか。まあ良い」
彼を苦しめていた胸の苦しさはなくなったというのに、手の中で気を失っている彼女を見ていると胸が痛む。それらを連れてこいという上司の命令に素直に動く身体と、ひどく痛む心が噛み合わない。
彼の意識が正しく戻ったのは。
かつて、いや、少し前まで共に旅をしていた青年の言葉によってだった。
「アンタ、やっぱり」
どこかぼんやりと刀を構えていた。
彼女を傷つけてしまうような自分なら、正義を重んじる彼に斬られても良い。彼女は、あの傷では。
「『キャナリ小隊のおにーさん』か?」
かつて呼ばれていた、名前に。
「な、ぜ」
思わず声が漏れ、刀を持つ手が緩んだ。大きすぎる隙だが、あろうことか戦っているであろう青年は刀を収めてしまった。かつての他の仲間達は皆警戒したままだと言うのに、彼だけは警戒を収めてしまう。
自分を殺せるのは、彼くらいだというのに。
「はっ、どおりでずっと見たことある感じがしてたわけだ」
「――下町で」
「昔なあ、エセ貴族ってずっと呼んでたおねーさんが居たんだよ。けどな、いつだったか幸せそうに笑い始めた。知ってんだろ。アンタがそうしたんだろ?」
「なんの話か」
「その頃の名前を呼ばれてえのか、おっさん。イチトシはどうしたんだ? アンタのそばを離れるとは思えねえが」
「なぜ、確信できる。俺が、その騎士だと」
「ははは、エセ貴族があんな顔すんの。その騎士の前だけだって言ったろ」
惚れた女の表情ぐらい読めるっての。
カラリと笑いながらユーリは片手を振った。それで? おっさんはなんでこんなところに『一人』で何をしているんだ?
剣を掴む手に力がこもる。好きでこうしているわけでは。
好きでは? ない?
「アンタのことだ、なんかウダウダ考えてそうだけどな。イチトシさんはずっと一途だったぞ」
うるさい。
「左手にしてる指輪を見せようとも外そうともしねえ。妬けるくらいには――」
「うるさいっ! 何を知ってる。俺だって、俺は、」
「なんだってんだよ」
一言が、ひどく冷静だった。
「アンタがなんだってんだ。死んだフリなんてしやがって。ちょっとだけイケるかと思わせやがって」
ん?
仲間たちが一人、一人とまた首を傾げる。なんだか話の方向性が変わったぞ?
「ちっともイケねえじゃねえか! 死んだなら死んだできっちりイチトシさんの中から消えろってんだよ!!」
そして青年は再び剣を抜いた。私欲に走っている。
仲間たちは敵への不信感や、連れさらわれた仲間のことより常に一緒に居たはずの冷静な青年が何故か取り乱して、先程までと違う理由で剣を抜いていることが問題だ。
がん、と剣が打ち合わされる。
シュヴァーン、否、レイヴンは慌てて打ち払う。
ひどく慌てていた。眼の前の青年がひどく攻撃的ではないのが衝撃的で敵対していることも忘れている。
剣のあるべきトリガーに手をかけ、トリガーが無いことに気づいて一瞬隙が生まれた。
青年、ユーリはその隙に距離を詰めて剣を振った。致命傷にはならない程度の斬撃だったが、剣は金属音を立てて弾かれた。
「おっさん、それ」
魔導少女ももはや騎士として相対していない。
「知るかあ!!」
青年はもはや狂戦士である。
「ちょ、話を――」
もはや話し方ですら騎士を忘れた。
不意に、ユーリの背後で爆発音が響き入り口の通路わきが崩れた。遺跡全体が崩れるような揺れにようやくユーリも正気を取り戻し、何度か肩で息をした後、大きく舌打ちをした上で何が起こってる、と仲間たちへ向かった。
「大将ね……、もう俺もどうでもいいってこと」
「同感だわ」
「青年、もうちっと雰囲気読んでくれるかな」
「おじさま、アナタも人魔戦争の」
ジュディスの言葉に彼はそうそう、と軽く答えて座り込んだ。ああ疲れた。
「おっさん、座ってる場合かよ。イチトシさんを寄越す気がねえならせめて隙も無いくらいにくっついてろよ……!!」
あはは、そんな理由?
彼は胸元に触れた。未練がましく、彼女のかけらはずっとここにある。すがりつきながら逃げつつけて。
隙。思えば。考えたこともなかった。彼女がもし、別の男とくっついたら? 仲良くしていたら?
例えば、アレクセイ騎士団長と、腕を組んでいたり抱きついていたり。
考えるだけで虫酸が走る。弓を手に、崩れかけた入り口を撃ち抜いた。
「あんなのに」
好き勝手されてるだけで腹が立つ。
更に起こる爆発の影響で遺跡の天井が崩れてくる。『彼』は上を向き、自嘲気味に笑った。
(2019/02/17 22:18:27)