《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第29話

 

 ユーリたちも乗り込み、船が動き出してからイチトシはハリーとレイヴンの近くに居た。ハリーは事態を飲み込み、理解をしている最中で。

 

 レイヴンは気付いているはずだった。

 

 いつものような、調子で。

 

 イチトシは船のヘリに座るレイヴンの隣、すぐ近くに腰を下ろした。

 

「……ハリーの方じゃなくていいの?」

 

「一番つらく感じているのはレイヴンさんでしょ。ハリーは……ドンの孫だもの」

 

 覚悟は出来るよ。復活に時間がかかったとしても。

 

 ドンと一緒に居て、ずっと彼と一緒に居たのはハリー。

 

 レイヴンは、ドンの手となり、そして。

 

「ドンは君にとって親みたいなものだろう? 付き合いが短く、そして深く関わったのは君だ。レイヴン」

 

 差し伸べた手を彼は無造作に強く掴んだ。

 

「じいさんも、アンタも、わけわかんないわ。おっさんがもともとじいさんの所に何で来たか知ってるわけよね?」

 

「うん、そうだね。知ってる」

 

「じゃあ何で」

 

「ドンが気に入って、私も気に入ったから」

 

 それ以外に理由なんて無いよ。気に入ったから傍に置きたいだけだ。

 

 ギリギリ、と、イチトシの掴まれた手が痛みを訴えるがイチトシはいつもの柔らかな笑みを浮かべたまま。

 

「俺が何をしても?」

 

「……ふふ、ドンにあの会い方をして他にもっと酷いことを?」

 

 手を離される。

 

 船の縁に置かれた彼の手に自分の手を重ね、イチトシは何も言わず空を見上げた。

 

「あったかいわ」

 

「私も、あたたかいよ」

 

 不意に爆音が響き、何かが船の横を飛んだ。

 

 それは、レイヴンにとっては何度か見た、イチトシにとっては初めて見る、小柄な始祖の隷長。

 

 背中に青い髪のクリティア族を乗せて、小さな竜は空を泳ぐように飛んでいった。だが、二人はそれを眺めながらも動くことはなかった。目の前で起きることよりもこれからのことが億劫だから。

 

「この後、居るの?」

 

「うん、ベリウスも、ドンも、私にとって恩人だから。もう、私に味方は居ないから……。味方だった人たちにはお礼を言わなきゃ」

 

「そう。……その後は?」

 

「あまり、考えていないよ。ギルドとしての仕事に専念しようか。ああ、だけどもう拠点の管理を任せられるのもカイ君だけか」

 

 ジイやカレンは?

 

 レイヴンは言葉を飲み込んだ。笑って話しているが、ギルドの話をした時、重ねられた手が少しだけ揺れ動いた。それは間違いなく彼女の心の揺れ。

 

 そっかあ。

 

 適当にそうして返してから同じように空を見上げる。

 

 流れ星がひとつ、落ちた。

 

 

 ダングレストへ状況報告に戻ったユーリたちだったが、そこでドン・ホワイトホースに会うことは出来ずドン・ホワイトホースの足取りを追う形で海凶の爪本拠地へと向かった。

 

 イチトシはユーリたちの背中を見送り、今にも戦争を始めようとする喧騒の中にカロルという少年とともに足を踏み入れる。

 

「ね、ねえイチトシさん、大丈夫だよね、みんな、本当に戦争なんて……」

 

 心配そうなカロルがイチトシの服の裾を掴む。

 

 安心させる言葉を返してやることが出来ない。

 

 荒くれ者の揃うこの街で、そんなことは保証できない。

 

 ドン・ホワイトホース率いる天を射る矢は決してドンの起こした不祥事と認めはしないだろう。そして戦士の殿堂はドンの孫、ハリーが魔狩りの剣を率いてベリウスを殺しに来たと言うだろう。

 

 ドン・ホワイトホースが違うと言っても、ナッツが違うと言っても下は納得しない。

 

 下は、ギルド構成員たちは。

 

「カロルくん、君は――つらい現実を認める勇気が必要だね」

 

 橋の元に集まった武装をした屈強な男たち。

 

 街の出口であるこの場所で戦争の賛成派と、反対派が言い争っていた。いつ手が出てもおかしくない。いつ背中の武器を抜いてもおかしくない。

 

 カロルは怯え、今にも足を止めそうだが敢えてイチトシはその手を引いて彼らの前、橋の上に出た。

 

 言い争う彼らの誰かが夜駆け鼠の、とイチトシを指差した。

 

「私を知っている人が居て助かったよ。さて、戦争に行こうとするのは良いが君たち、ドンの許可は取っているのかい?」

 

 彼女の言葉にすら激昂する。

 

 襲い来る戦士の殿堂を待つだけなど、と。

 

「戦士の殿堂は布告もなしに動くようなギルドではない。分かっているはずだよね。分かっていないと言うならば私が保証しよう。そして、それでもわからないと言うならば、」

 

 武器に手を置いた彼女を見て何人かが片足を引いた。

 

「私『たち』がお相手しよう」

 

 その実力は騎士団団長に並ぶほど。

 

「他の街の出口も固めさせてもらっているよ」

 

 夜駆け鼠の構成員たちは皆、剣の腕においても優秀である。

 

 そのボスは今、柔和な笑顔を浮かべながら双剣の柄に手をかけている。そして喧騒の中心地から何人かが、彼女を庇うように歩み出る。

 

 夜駆け鼠の構成員。

 

「ボス、遅いっすよー。もう俺らも混ざって戦争行こうかと思ったくらいで」

 

 ケラケラ、誰かが笑う。

 

「悪いね、事件の中心地に居たんだ」

 

「まあ良いっすよ。今回の報酬期待してます。……ところでこのちっさいのは?」

 

 夜駆け鼠の構成員たちが見るのはカロルの姿。未だにイチトシの服を掴み、震えている少年。

 

「勇気はある、とあるギルドの長になろうとする子だよ。傷つけないように」

 

「出世頭だ! よろしくね」

 

 フレンドリーな夜駆け鼠の青年がカロルの手を引いて大きく振る。そんな和やかなシーンじゃないだろうに。

 

 しびれを切らした戦争賛成派が一人、大きな斧を持って走り出した。夜駆け鼠の二人によって押さえられたが、他にもしびれを切らしそうな男たちは多い。

 

 大丈夫なの?

 

 心配そうなカロルの声に、イチトシは笑って返す。

 

 ドン・ホワイトホースが早く帰ってくることを一緒に祈ろうか。

 

 そして夜明けまでに何度か、夜駆け鼠は橋を巡る攻防に巻き込まれていた。眠気など感じる暇もない。

 

 

 ドンが戻ったのは戦士の殿堂の伝令が街にやってきたのと同時だった。伝令と言ってもその人は今の戦士の殿堂を治めていると言ってもいいほどの人物。

 

 ナッツさん。

 

 イチトシの言葉に、ナッツは視線すら向けることが出来なかった。

 

 ギルドの掟。

 

 親を取り、戦争をするつもりがないと言うならば同等のものを差し出せ。

 

 大規模ギルドの親をとったのだから、大規模ギルドの親を。

 

 同規模のギルドの首領の首を。

 

 ドン・ホワイトホースは恨み言も何も無く、皆の前でそれを承諾した。

 

「イチトシ」

 

 喧騒が違う意味の静けさに包まれる。そんな中でドンはイチトシを手元に呼んだ。

 

「バカ息子たちを止めてくれて助かった」

 

「恩があるのはこちらだもの。多少なり恩を返せたのなら良かったよ」

 

「はっ、充分だよ。……これからどうするつもりだ?」

 

「……元々、一人で探すつもりだったものだから」

 

「最後にひとつ、頼みてえことがある」

 

 ドンは自分の死ぬ場所を整える部下たちを尻目に、珍しく真剣な声でイチトシに話しかける。

 

 なに?

 

 ようやく襲い来る眠気を感じながら聞くとドンはいつもの顔で笑った。

 

「なに、簡単なことだ。てめえの探してる男に伝えろ。コッチに来たら覚悟しとけ、とな」

 

「……、ああ、ありがとう。ありがとう、ドン・ホワイトホース。必ず、伝えるよ」

 

 泣きそうな顔になるイチトシの頭を荒々しく撫でる。

 

 ドン・ホワイトホースはそのまま背を向け、人々の中心、広場へと向かった。腰に短刀を挿して。

 

 広場の中心でドン・ホワイトホースは座り込む。ユニオンのギルド構成員たちに見守られて、その中心に。

 

 イチトシはその中に知った影を見つける。怪しげにローブを深く着ているが、大きな猫背と大きなカバンを見間違えることはない。

 

 声をかけると男は振り返り、イチトシの姿を認めると大きく頭を下げる。

 

「コッチの立場で会うのは初めてでしたかね」

 

「そうだね、できればもっと楽しい場所が良かったけど」

 

「ちがいねえ」

 

 十年前に会ったときよりもずっとしわがれた声の彼はドン・ホワイトホースへ視線を戻す。怪物じみたあの人も死ぬ時ってのは来るんですねえ。失礼な言葉に周りのギルド構成員たちが殺気立つが男の横にイチトシが立っていることに気付くと静かに視線を戻す。

 

 そういえば。

 

 まるで目の前の出来事は無いものかのように男は背中の荷物から二つの包みを取り出すとイチトシへ渡す。

 

「グラディウスの鉱石を使った細工はもうコリゴリ」

 

「はは、ありがとう。……最後にいい仕事をあげられたかな」

 

「ありがとうございやした。部下も育ちゃしねえんで魂の鉄槌はオシマイでさあ」

 

「残念だよ、君たちほどの腕を持つ鍛冶・細工師は居ないのに」

 

 彼らの見ている先でドン・ホワイトホースはレイヴンへ何かを語りかけている。レイヴンは酷い顔をしている、ように見えた。

 

「あれがあのカラスの本当でしょうねえ」

 

「誰よりも人間らしいじゃないか」

 

 介錯を求めるドン・ホワイトホースの言葉に誰もが視線を逸らす。薄情なもんで。そう言った男の目の前で黒く長い髪を持つ青年が刀を携えてドン・ホワイトホースの元へ歩み出る。

 

「――、彼は倒れさせる訳にはいかない。彼は象徴だから」

 

 イチトシの言葉に男はそうですか、と足を引いた。

 

 ざん。

 

 重い音が響く。

 

 それまで目を向けていたギルド構成員たちはほぼ全員、目をそむけていた。

 

(2017/03/12 23:40:38)


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