《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第28話

 

 コゴール砂漠を『一人』で戻った彼女はカドスの喉笛も越え、ベリウスに寄り添い座っていた。人恋しいとはこういうことなのだろうか。彼でなくても良い、誰か、味方であるものが欲しかった。

 

 ふわ、と柔らかく大きな尾が彼女を隠すように包む。

 

 老婆の姿をしていない彼女は、ベリウスは大きな狐のような姿でイチトシの傍に居た。

 

 ついに一人だ。

 

 そう言って帰ってきた彼女は他に何も言わず、本来の姿である自分に背中を預けて座っている。語りかけても反応は無い。元々一人だったろうと言いかけて、止めた。

 

 この子には寄り添う者が居ることを知っている。

 

 彼を、拒絶したのか。

 

 尾で彼女を隠し、新たな来客を迎える。

 

 

 ベリウスに尾で隠された中から彼らとベリウスの会話を聞いていた。ドン・ホワイトホースからの手紙を持ってきたレイヴンと、始祖の隷長から話を聞きたいというエステリーゼたち。

 

 彼女を始祖の隷長と知りながら、人と同じ姿だと思っていたのか。いや、それは仕方ないのだろう。

 

 自分も調べるまではそう思っていた。

 

 満月の子、とベリウスがエステリーゼに語りかける。皇帝家の、血筋。ベリウスの尾を掴むと彼女の視線が一瞬、イチトシの元に落ちる。

 

 エステリーゼが満月の子について聞こうとした瞬間、部屋の外で剣撃の音が響く。

 

 何事、と周りがどよめく中で扉が強く開く。

 

「ついに見つけたぞ、始祖の隷長! 魔物を率いる悪の根源め!!」

 

 ティソン、クリント。

 

 イチトシは尾で隠された中から乱暴にやってきた来訪者を見やった。それは魔狩りの剣と呼ばれる魔物討伐専用のギルド。

 

 始祖の隷長の存在を知ればこうなるかもしれないとは思ったが、どこで確信を得てやってきたんだ。確信を得なければ戦士の殿堂という大型ギルドに殴り込みなど出来ないはずだ。

 

 がん、と音が響き、イチトシの頭上でクリントの大剣が振り下ろされる。ずっと、ここにはいられない。

 

 クリントの腕を落とそうとイチトシは双剣を振り上げる。

 

 だが、寸前でイチトシの存在に気付いたクリントは足を引く。

 

「イチトシちゃん!?」

 

 驚き声をかけるレイヴンを見ることもせず、ベリウスの隣に並ぶ。

 

『こやつらはわらわたちが相手をせねばならぬようじゃ』

 

「ナッツさんの加勢を君たちに頼みたいなあ、ローウェルくん」

 

 魔物の肩を持つものは皆敵だ、と叫ぶティソンが軽さを重視した武器を振るい、ユーリたちに襲いかかろうとするが間にイチトシが入り、双剣で攻撃を受け止める。

 

「ティソンとクリントの相手は君たちには出来ないでしょう? さあ、早く下に」

 

「イチトシちゃんはこのこと――」

 

「おいおっさん、行くぞ!」

 

 疑問には答えをくれてやれない。

 

 引っ張られていったレイヴン。ティソンの剣を弾いて再びベリウスの隣に並ぶ。

 

「久しいな」

 

「……、クリント。君は馬鹿ではない。始祖の隷長がどういうものか、全く想像がついていないわけじゃないはずだ。おそらく、私よりもね」

 

「それが何だ。魔物に変わりは在るまい」

 

 クリントの大剣はイチトシの力では受けきれない。代わりにベリウスが受け止め振り払う。

 

「ベリウス、大丈夫?」

 

『問題ない。そなたも下に行くか?』

 

 わざとらしい言葉に笑う。そんなことはしないよ。味方で居てくれる君の味方で居たいから。

 

 双剣を構え直し、ティソンへ向かう。速さを重視した戦い方同士ならば戦えるだろう。

 

 襲い来る刀は出来る限り片手で受け流し、片手で攻撃を構える。時折クリントからの邪魔も入るがそれはどちらも同じこと。ティソンの攻撃をいなしながらクリントを邪魔するように魔術を放つ。

 

 互いに疲労の色が見え始めた時、ベリウスがイチトシへ目配せする。うなずきティソンからも距離を取る。

 

『そなたらの相手はわらわじゃ!』

 

 大きく腕を振ったベリウスが上手くクリントとティソンを窓際へ誘導する。クリントの一撃を受けて後退するように距離を取ればイチトシの準備は整っている。

 

「吹きとばせ光の刃、ディバインセイバー!」

 

 彼女の片手から放たれた光の柱がクリントと、ティソンをも巻き込み窓から吹き飛ばす。

 

『……死んでおらぬか?』

 

「ううん、加減したしクリントたちは体の丈夫さが売りだから」

 

『人は柔いものという認識を改めねばな、わらわでもアレは厳しい……』

 

「はは、大げさ。――降りようか、なんだか、妙な感じだよ。何でハリーがここに」

 

『ドン・ホワイトホースの孫が来ておるのか? ……挨拶をせねばな』

 

 イチトシの言葉も聞かず、ベリウスは割れた窓から飛び出した。後を追って飛び出せば闘技場で魔狩りの剣と戦うユーリたち。

 

 降り立ったイチトシたちを見て、驚いたのは誰よりもハリーだった。ドン・ホワイトホースの孫。初めてダングレストを訪れたイチトシを案内した青年。

 

 どうして。と不思議そうな顔をするがそれよりもイチトシの怪訝な顔が目に入り、口を閉じた。

 

「イチトシ、何でその魔物と」

 

「彼女はベリウス。戦士の殿堂の首領だよ。君が敬意こそ払えど、こんなことをする相手じゃない。君こそ、なんでここにいるんだい?」

 

「っ。俺は、俺は海凶の爪に『ベリウスが魔物に捕らえられている』と聞いて救出に来ただけだ!」

 

 海凶の爪。それは。

 

 イエガーという首領が率いている暗殺ギルドのこと?

 

 問おうとしたイチトシの言葉が、酷い悲鳴にかき消される。

 

 振り返れば体から光を放つベリウスが何かから逃れるように体を捻り、叫びを上げている。何があった? と思うイチトシに一瞬だけ、ベリウスの視線が寄せられる。

 

『わらわを、殺セェ!!』

 

 放たれた風の刃から逃れるためにハリーを押しのける。

 

 尻もちをついたハリーを気遣ってやるほどの余裕がない。

 

 自我を持ちながら暴走するベリウス。ナッツは呆然と遠くからそれを見つめていた。呆けるナッツを狙う魔狩りの剣が居た。慌ててナッツを狙うギルド構成員を切り伏せる。死なない程度に。

 

 ユーリたちが、ベリウスと戦っている。

 

「ベリウス様……」

 

「ナッツさん。……魔物と成り下がった彼女を殺さなければ」

 

「イチトシ様、あの方は、もう、本当に、元には」

 

「私には、私たちにはきっとベリウスの言うとおりのことしか出来ない」

 

 ベリウスの作り出した幻影にユーリたちは苦戦している。彼らだけではベリウスの言うとおりには出来ないかもしれない。言うとおりに出来るのは、きっとある程度力のある、ナッツのような。

 

 立てますか。

 

 そう声をかけられたナッツは既に意思を固めていた。

 

 首領に手を挙げるなど本来は有りえない。

 

 だがそれはユニオンに属する彼女としても同じ。戦士の殿堂のボスを殺そうと双剣を構えた彼女は姿勢を低くして幻影へと斬り込んだ。

 

 イチトシちゃん。レイヴンが心配そうに彼女の名を呼ぶが、彼女はベリウスの一撃を避け、ベリウスの幻影に深く刃を突き立てる。だが、手応えがない。

 

 何かカラクリが?

 

 幻影と距離を取ったイチトシを背後からナッツが呼んだ。

 

 見れば怪しげな蒼い炎を灯す燭台が立っている。

 

 ナッツがひとつを壊してみせると、幻影の姿が揺らぐ。なるほど。

 

「レイヴンさん、私たちが幻影を消します」

 

 言えばレイヴンも言われている意図に気づいたのか、ひとつ頷きイチトシたちの援護に移る。

 

 ひとつ、またひとつと燭台を壊し、全ての燭台を壊しきった時、ベリウスの幻影が消えた。

 

「今じゃ、トドメを――ッ!」

 

 彼女の望みを、誰もが顔をしかめて聞いた。

 

「こんなのを、相手にしろっての?」

 

 レイヴンの愚痴のような何かが聞こえた。

 

「……(海凶の爪がこんなことを仕組んだ? でも彼自身が望んだとは思えない。だとしたら周りに)」

 

 見渡すが、思ったような鎧の人間が居ない。外で待ち構えているのか。

 

「よそ見をしている場合か!」

 

 少女の声に剣を振った。投げられた巨大なチャクラムが少女のもとに還る。

 

「ナンちゃん、君たちはハリーに言われてきたのかい?」

 

「だったら何だ」

 

「――全ての元は海凶の爪、じゃあ彼らは誰の命令で」

 

 ドッ、と鈍い音。

 

 見ればベリウスが倒れ込んでいる。『無意識に』その近くへと駆け寄った。

 

「こんな結果になるなんて」

 

 ジュディスの言葉にどこか違和感を感じながら、ベリウスの顔先に足を止める。

 

『イチトシ、そなたに、普通の幸せがあらんことを……』

 

「ベリウス。……君の魂に冥福があらんことを」

 

『ありがとう……。エステリーゼと言ったな、満月の子よ』

 

「わ、私のせいで、アナタが」

 

『そなたは、救おうとしてくれたのじゃろう? 他者を慈しむ、優しき心を大切にするのじゃ……』

 

 再びベリウスの体が光りだし、その体は透けていく。

 

「ま、待ってください! 駄目! 行かないで!!」

 

 エステリーゼの悲痛な叫びも虚しく、ベリウスの体は完全に消え、その場には透明な結晶が残る。

 

――わらわの魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに。

 

 決勝から響くベリウスの声。エステルはその結晶を両手で抱き締めた。

 

 聖核だ。

 

 カロルの悲痛な言葉。

 

「その石を、渡せ」

 

 弱りきった声は倒れたはずのクリントから。ほら、頑丈なんだから大丈夫でしょう? 死んでいなかったよ。

 

 ベリウスに語りかけるように心のなかで話し、一歩を踏み出した。

 

「それはベリウスの魂。持つべき人が持つものだ。そして聞こえたろう、彼女はドンの元に渡されることを望んだ。君の手で運ばれることは望んでいないと思うよ?」

 

 双剣を構えるとクリントが足を少しだけ引いた。

 

 先程のダメージが体に残っているから足を引いたわけではない。魔物を滅するためなら死をも恐れるつもりはない。けれど、彼女は。

 

 それ以上に恐怖の。

 

「そこまでだ、全員武器を捨てろ!」

 

 入り込んだ鎧の姿。

 

 予想通りの姿に、イチトシは双剣をしまう。投降するつもりなど無い。未だ呆ける彼を護るのも、今のイチトシがやるべきこと。

 

 騎士団に気を取られ、暴れだした魔物たちの対応に追われるユーリたちの元から離れるとハリーの前で男と合流する。

 

「レイヴンさん」

 

「……とりあえず俺たちが乗ってきた船まで行きましょ。全部、それから」

 

「そうだね、全部」

 

 混乱に乗じてハリーを連れ出した彼らはユーリたちとこの街にやってきた船まで歩いていった。

 

 一言も、話すことなく。

 

(2017/01/22 17:57:15)


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