《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第26話

 

 闘技場都市ノードポリカ。ああ、久しぶりに来た。

 

 一都市は久しぶりの喧騒に少しだけ笑う。二度目の始まりでもあるこの街は安心できる懐かしさがある。どうせならば統領ベリウスに挨拶に行こうか。

 

 そう思い一歩を踏み出した所で後ろから名前を呼ばれる。

 

「ね、おっさんベリウスに用事あるんだけどイチトシちゃんの口利きで会えたりしない?」

 

 彼の用事はそうだった。

 

 ううん、考えるように首を傾げてから首を横に振る。

 

 自分は確かにベリウスと普通以上に仲は良いが、それでも例外を作り出すことは出来ない。ベリウスに会えるのは新月の夜。それだけだよ。

 

「イチトシちゃんも?」

 

「どうかな、ナッツさんに聞いてみないとね。……でも、手紙はレイヴンさんが渡すものだよ」

 

「はー、面倒だけどわかってるわ。これからどうするの?」

 

 見ればエステリーゼたちは街の喧騒に巻き込まれているらしい。こちらには気付いていないらしい。

 

 どうするの、とは彼らと行動を共にするのか、という話なのだろう。確かに、行動を共にする理由はない。自分が目指すのは砂漠、そして、砂漠の先だ。

 

「レイヴンさんは未だ彼らと一緒に?」

 

「んー、そうね。爺さんの命令も有るし。まだしばらくは、ね」

 

「そっか、残念だけどここでさよならかな。彼らと一緒に行動すると制約が大きそうだから」

 

「そっか、残念だけど仕方ないか。じゃあまたね、イチトシちゃん」

 

 うん、またね。

 

 ふわりふわりとやはり柔らかな顔で彼女は笑い、ユーリたちの目をくぐり抜けて闘技超都市の中心地へと向かった。

 

 闘技場会場の中に入ってしまえばもうそれは知った世界。色んな人がイチトシへ声をかける。またギルドの仕事かい、や、買い物に来てね、など。

 

 まるで故郷。

 

 安心できる。だが、それは求める安息ではない。

 

 笑みを浮かべるべであろう場所で溜息が出てしまう。

 

「似合いませんよ」

 

 ふいに背後から話しかけられ、柄にもなく慌てて振り向いた。だが、そこに居たのは見知った男性。

 

 驚いたんだから、言えばジイはしてやりました、と言いながら深く腰を折った。執事とは思えない言動だが、その挙動は執事そのもの。

 

「ルディアース様は生きておいでです」

 

「ああ、そう。もう、吃驚するから気配を消して後ろから話しかけないで」

 

「気をつけます。ベリウス様に?」

 

「うん。ナッツさんなら通してくれるはずだから」

 

 レイヴンさんには嘘をついてしまった。けれど彼なら会えるだろう。遠からず、きっと。

 

 ジイと並んで闘技場の奥に入ったイチトシは軽く片手を上げる。手の先には懐かしい恩人、ナッツ。

 

 彼はイチトシに気付くとなんとも言えない苦々しい表情を浮かべた。一都市にいい思い出がないからだ。初対面でドンヘの目通りの付き合いをし、酒で潰され、それからも依頼で会う度にひどい目に遭わされる。大体は酒関連だが。

 

「お久しぶりです、ナッツさん。統領に会えますか?」

 

「お一人で、あれば」

 

 ナッツの視点なジイに。

 

 そう言えばジイと会うのは初めてだっただろうか。うちのギルドの幹部でありお目付け役だよ、と紹介をするとジイは深く腰を折って挨拶を済ませる。

 

 その態度に元々どんな人であったか理解し、ああ、と声が漏れる。

 

「ジイは待っててくれる? このあとこのまま砂漠に行くからその準備をしてくれると嬉しいな」

 

「承知いたしました」

 

 ナッツに目を向ければナッツは道を譲り、準備を命ぜられたジイは買い物に出かける。

 

 やはり貴族。だが、ギルド仕事も難なくこなす。統領とは仲が良く、ドンにも信頼されている。一体何だと言うんだ。統領のような。

 

 そこまで考えてナッツは統領の部屋に続く扉を閉めて鍵をかける。イチトシ以外の者を新月の夜以外にこの部屋に入れることは禁じられている。

 

 それは統領からの命令。自分にとって、ギルドにとって絶対の掟。

 

 だからこそ、掟の一部を捻じ曲げた彼女の存在はナッツにとって異様に映る。ただ貴族というわけではなく。

 

 

「お久しぶりです、統領ベリウス」

 

「久しぶりじゃな、夜駆け鼠の」

 

「ふふ、その節は本当にありがとうございます。今日はご挨拶に。これから砂漠へ向かおうかと」

 

 砂漠、と聞いてイチトシの前に居る老婆が首を傾げる。

 

 さも、嫌なものを見つけたかのような顔だ。彼女のこんな顔を見るのは初めてかもしれない。

 

「会ってしまったか」

 

 誰とのことかは言わなくても分かる。

 

 紅く気高い、鳥のような、それ。決して人ではない。けれど人の言葉を伝えることの出来る。

 

 ダングレストを出る前、紅の絆傭兵団の首領バルボスが死んだ翌日。ダングレスト中に警鐘が響き渡った。運悪く騎士団も居る中での警鐘。何事かと、ホワイトホースの部屋に居たホワイトホース当人とレイヴン、そしてイチトシは外を見た。

 

 紅く大きな鳥型の、魔物のような何かが何かを攻撃していた。それは馬車。帝国の要人、姫を入れた揺り籠。助けるか否か、聞こうと思い視線を向けた先で奇怪な物を見た。

 

 酷く苦しそうに表情を歪める、レイヴン。

 

「レイヴンさん」

 

 声をかけてハッとした彼は怖いわね、とおどけてみせる。

 

 だが、先程の表情がイチトシの脳裏に焼き付いている。

 

「あの鳥が君にそんな表情をさせるのかい?」

 

 その翡翠が、あの子に重なって。

 

 イチトシは誰が止める間もなく、身軽な体を窓から翻して落とした。向かうのはダングレストの橋の上、エステリーゼが台頭する鳥の眼前。

 

 双刀を手に踊り出れば、鳥は驚いたように翼をはためかせる。

 

『何故、キサマがココにいる!!』

 

 酷く狼狽した恨みのこもった声。だが、そんなことを言われる筋合いはない。人の言葉を話す『化物』に会うのは初めてではないのだから、イチトシは狼狽える必要がない。

 

 襲い来る炎を風の魔術で退ける。

 

 殺す対象にイチトシも入ったのだろう。

 

「君『たち』が何故私を知っているのかは気にしないことにした。でも、私にとって大事な人、恩人を苦しめるならそれは『敵』だろう? 今、君がそうして私たちを認識しているようにね」

 

 氷の吹雪を浴びせかけてやるも、全く意に介さず羽ばたきひとつで消し飛ばされる。これは酷い。

 

 思わずイチトシは苦笑いをこぼす。勝てそうにないな。けれどここから出ていってもらわなければ。

 

『……世界ノ《敵》には消エテもらう!』

 

 直後、砲台の音が響く。

 

 紅い鳥の背後で炸裂する兵装魔導器の砲弾。見ればダングレストの町並みに隠れていたのか大きすぎる兵器が鳥へ向かって砲弾の雨を浴びせかけている。

 

 紅い鳥は迷うように何度か橋を振り返りながらも、どこか空の彼方へと消えていった。

 

 

 これが、砂漠を目指す理由。

 

 知っていた。彼の名を。知っていた。彼の住処を。

 

「私はフェローに会わなければいけない。きっとね。本当は……砂漠の奥のテムザに行く予定だっただけなんだ。だけど、居るなら会っておきたい。二度とダングレストに来ないよう言いたいだけなんだけどね」

 

 へらりと笑う彼女を止めるほどの言葉をベリウスは持っていない。『もともと』彼女は自由に行動する。いつだって。

 

「ベリウス、私は分からないなりに君たち始祖の隷長について調べたつもり。……だから、ぼんやりとした知識のまま聞くよ」

 

 十年前、テムザを襲ったのは始祖の隷長だね?

 

 ベリウスの沈黙が答えだった。

 

 だったらやはり自分はフェローに会いたい。盟主と名乗る彼に会わなければならない。個人的にも聞きたいことが有るのだから。邪魔はしないね?

 

 ベリウスはやはり沈黙。

 

「妾を恨もうとは思わぬのか」

 

「ベリウスを? ……そうだね、だって『本人』じゃないでしょ」

 

 だったら興味ないなあ。やはり笑う彼女は、恐ろしい。

 

 今の彼女の笑みは、楽しさは面白さ、期待への笑みではない。

 

 ただ自分の憎悪への対象へ向けての敵意と狂気。永く生きるベリウスでさえも信が冷えるような感覚を味合わざるをえないほどの憎しみ。

 

 たった一人の人間のために人はこれだけの感情を持てるのか。

 

「もし、彼を戦に送った元凶がまだ生きているなら。嬉しいね。嘘偽りもなく、嬉しいよ」

 

 聞くこと聞き出して、この手で。

 

 知らず強く手を握りしめているとその手をベリウスが包むこむ。

 

「憎しみはそなたに似合わぬよ」

 

 イチトシはどうしても、ベリウスに笑い返すことができなかった。

 

(2017/01/15 22:45:00)


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