《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第25話

  

 カロルの質問攻めを退け、エステリーゼを死にそうな思いをしてエステルと呼び、警戒を極めたようなリタには笑みを向けていたらしびれを切らしたように居なくなった。

 

 男女で別れた部屋割り。問題は何もない。

 

 夜更けに一人、部屋を抜けだした。

 

 海を眺めようと港へ出た。静かな景色の中、波の音だけが聞こえてくる。

 

「海……」

 

 この世界の半分以上を占めるという水溜まり。深く深く、それでいて、広い。

 

 埠頭の先に足を投げ出す形で座り、足下に時折当たる冷たい飛沫に震える。寒い。でも、心地良い。背中側に手を付いて、空を見上げる。今日は天気が悪く星は見えない。

 

 代わりに月が照らした灰色の雲が黒い空の海に浮かんでいる。

 

 風が吹いているようで雲の流れは少し早い。

 

 不意に、肩から何かがかかる。フワリとしたそれは紫色の羽織り。

 

「外に出るなら上着くらい着なさいな」

 

 ピンク色のシャツ姿の男がイチトシの隣に座る。

 

「う~、今日はまた冷えるわね」

 

 だったら羽織りを着たら良いのに。自分の肩に乗せられた羽織りを取ろうとするが彼はそれを断固として拒否する。それでいて寒そうに体を縮める。

 

「それで、どしたの?」

 

「特に意味は無いよ。ただ、あんなに話をしたのは久しぶりで」

 

 少し、疲れた。そう言うとレイヴンは笑った。自分はまだまだ話し足りないくらいだというのに、情けない。

 

「私は、のんびりと話をしたいんだ。ああやって詰め寄られるのは初めてだった」

 

「あー、少年ね。仕方ないわ。ギルドに憧れてるみたいだし、夜駆け鼠って聞いたら興奮もするって」

 

 噂だけを聞けば夜駆け鼠はとても評判がよく、これからも成長していくであろうギルドだから。レイヴンの話にイチトシは耳を傾ける。

 

 世間一般から見た夜駆け鼠というギルドの話だ。

 

 突然現れた荷物運搬を主として引き受けるギルド。荷物運搬の邪魔になるモノは魔物であれ、盗賊であれギルドの構成員たちによって退けられ、依頼を失敗したことはない。構成員たちはもちろん夜駆け鼠の首領の剣術はかの有名な騎士団長に勝るとも劣らない。

 

 ドン・ホワイトホースが手元に隠し持つ剣のひとつ。

 

「っはは、面白いね、その噂。私が騎士団長と同じ腕前なんて。恐れ多いことだよ」

 

「というか、オッサンも噂聞いてたからビックリしたんだけど。女の人だとも思わなかったし」

 

「ふふ、面白い。笑ったらすっきりした、戻ろうか」

 

 紫の羽織りを羽織ったまま立ち上がるとレイヴンがイチトシを見上げて笑った。

 

「そうね、おっさん風邪引いちゃいそう」

 

 立ち上がり、歩き始めたレイヴンの冷えた手を暖かな何かが包む。見れば相変わらずの表情でイチトシがレイヴンの右手を取っていた。

 

「不思議なものでね、手を握られると温まった気になったんだ」

 

「……昔、誰かにそうしてもらったの?」

 

「うん、とても大事な人にね。手を握ってもらった、頭を撫でてもらった、抱きしめてもらった。寒い時には不思議と暖かくなったんだよ。どうかな?」

 

 レイヴンはイチトシを見ること無く、前を向いて歩いた。温かいわ。イチトシは嬉しそうに笑った。

 

 冷たい手を握ったまま宿に帰り、羽織りを返すとレイヴンは笑っていた。いい時間が過ごせた、と。

 

 部屋に戻ると少女たちはすやすやと眠っている。旅など慣れているものではないだろうから、きっと疲れているのだろう。

 

 起こさないように気をつけてベッドに入る。両手をすり合わせると、少しだけ暖かかった。

 

 

 砂漠に行くって、何考えてんの。

 

 リタという少女の冷たい視線がイチトシに突き刺さる。何処に行こうとしてるの? カロルの一言でユーリたちの感心がイチトシの目的へ向かう。

 

 なんとか気をそらせないかとレイヴンが笑いながら話を振ってみるも逆にユーリやジュディスは興味を持ってしまい、リタの話に乗ってイチトシへ視線を向ける。

 

「砂漠に行くんだよ」

 

 そう言った瞬間、リタの口から発せられたのが「何考えてんの」だった。

 

 どういう意図があって行くのかは知らないし、知る気もないが砂漠なんて行くだけ無駄。死ににいくつもり? 心配とも取れる言葉にイチトシは笑いかけた。

 

「ありがとう、でも大丈夫。砂漠越えは初めてではないし」

 

「はあ?」

 

 カロルが流石夜駆け鼠というところでようやくリタにも夜駆け鼠というギルドの全貌が伝わった。届け物をするギルドで世界中、いろいろな場所に行っているギルドなのだと。

 

 だがそれでも納得出来ない、と言い始めたところでイチトシがユーリたちに先を促した。いつまでも立ち止まってはいられないでしょう?

 

 そう言ってしまえばしぶしぶでは有るがリタも頷いて幸福の市場が用意したという船へ乗った。

 

 甲板に座り込み、目の前に広がる濃い霧を眺めていた。隣には黒い髪の青年、ユーリが並んで座っている。

 

「やっぱり髪が長いと大変かな?」

 

「どっちかってえとアンタの髪がすげえぞ」

 

 短めの彼の灰色の髪はいつもより膨らみ、自由に飛び散っている。撫でて押さえると湿気が手に絡みつく。

 

「ううん、この海域にこんな霧がかかったかな」

 

「なんか出そうだな」

 

「幽霊? ……幽霊、か」

 

 怖がるかと思って何気なく言ってみたが、思いの外沈み込んだ。怖いわけではないだろうが、イチトシは甲板から前を見つめている。

 

「幽霊でも、良いなあ」

 

 ポツリ、つぶやいた彼女は不意に立ち上がる。

 

「ユーリくん、身構えて」

 

 聞き返す前に、船を襲う衝撃。

 

 見ればいつの間に近づいていたのか、ボロボロの巨大船が目の前にある。ぶつかったのか。

 

 船の中から慌てふためく声が聞こえてくる。突然の衝撃に尻餅をついていたユーリの目の前に差し出される白い手。小さなその手を掴むと強く引き上げられる。

 

「マズイね、古い駆動魔導器を使っていたら衝撃でダメになってるかも」

 

 イチトシの言うとおり、船の中からは駆動魔導器が動かないという叫びが聞こえてくる。

 

「なんだか、目がキラキラしてるけど私は魔導器の修理を手伝うよ」

 

「ちぇ、じゃあ良い。ジュディでも誘って行くか」

 

 ユーリの視線は船の中。随分楽しげだ。若いって良いなあ。なんて、イチトシは故障した駆動魔導器へと手を伸ばした。魔導師であるリタでも駆動魔導器は専門外らしい、先ほどユーリに引っ張られて恐ろしげな外観の船の中へと入っていった。

 

 ガチン。螺子を外して魔核の制御盤を開く。衝撃で幾分か基盤がずれただけだろう。それによって銅線がちぎられているかもしれない。そしたら、まあ、直せばいいか。

 

「なにか手伝える?」

 

 不意に、後ろから声をかけられる。聞き慣れた声。

 

「大丈夫ですよ、レイヴンさん。ありがとう」

 

 パチッ、と音がして電気が跳ねる。小さな痛みがイチトシの指を襲うが、気にすることなく作業を続ける。やはり、魔核からの力を振り分ける銅線が千切れ、基盤がズレている。

 

 銅線は。

 

 腰に下げているカバンから銅線を取り出し交換する。同時に基盤のズレを直してやる。駆動魔導器の電源を入れてやればエンジンがいい音を出し始める。

 

「うん、これでいい」

 

「器用ねえ、出来ないことはないの?」

 

「忘れること、かな」

 

 伸ばしかけた手を止めた。指を怪我したでしょ、と用意した言葉も飲み込む。イチトシはそろそろユーリくんたちも戻ってくるかな、と甲板へ向けて歩いて行く。その背中へ声をかけることすら出来ない。

 

 彼女が何かを探しているのはずっと前から知っている。

 

 忘れるというのはそのことなのだろう。

 

「おっさん出発すんぞー」

 

 青年が戻り、声をかけられてようやく我に返る。幽霊船から宝箱をひとつ得てきた彼らは船であったことをイチトシに報告していた。

 

 ふわふわとした彼女は少女たちに人気が高く、特にエステリーゼはあったことを逐一彼女に報告する。

 

 船の中には白骨化した人が居り、その人は宝箱を抱えていた。ヨームゲンにどうしても届けなければいけない物だから、と、新たに依頼として得てきた。宝箱の中身は分からないけれど――。

 

 そこまで話してイチトシは首を傾げる。

 

「ヨームゲン? 廃墟となった街に届けるの?」

 

 その場に居た全員がえ、と固まった。

 

「かつて……本当に昔の話、ヨームゲンという街があったんだ。テムザ山の手前にね。けれど、結界魔導器が作られる前の街だったんだ。魔物に滅ぼされたという話だけが残っている」

 

「……まあ、白骨化した死体から考えてもそれが正しいわね」

 

 でも。と、エステリーゼは意思を変えない。

 

 届けるんです、と。街が滅びたのであればその生き残りに、と。

 

 曖昧な依頼をよく受諾するものだ。

 

 イチトシはエステリーゼへ笑みを向けながら一種の不信感を抱いていた。王族とは、こういうものなのかな。どこか、既視感を覚えながら。

 

(2017/01/15 20:05:46)


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