《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第24話

 

 鼻歌を歌うレイヴンが隣に並び、街道を歩いていた。

 

 ドンに言われてエステリーゼ姫を監視し、ついでにノードポリカのベリウスの元へ手紙を届ける仕事を頼まれたレイヴンはワケあって壊れたダングレストの橋が直るのを待ち、ダングレストを出た。

 

 イチトシは、ノードポリカから砂漠へと出るつもりだった。

 

 何があったのか、レイヴンの知るところではないが意志の堅い彼女を止めることも出来ず、止める理由もなく。せめてノードポリカまでは、と共に行くことを提案した。

 

 少しだけ渋ったイチトシだったが強く言い張るレイヴンに負けて、今に至る。

 

「明日には青年たちに追いつけそうね」

 

「そうだね。今日も野宿になるだろうけど、大丈夫?」

 

「あのねえ、それはおっさんの台詞だわ。女の子が野宿っていうのもそうだし、おっさんと二人っていうのも嫌でしょ」

 

 野営の準備をするイチトシに習って火元の準備を始めながら話しかけると彼女は柔らかく笑っていた。

 

「私、そんなに若くないからねえ。それに、レイヴンさんは素敵な人だよ」

 

「ぶっ、な、なな、何いってんの」

 

 手際よく結界を作り終え、テントを立てるイチトシを視界に収めながら、集めていた薪代わりの木の枝は全てその場に落ちる。

 

 耳まで赤くしたレイヴンを見やり、彼女は笑う。

 

 事実の何がそんなに恥ずかしいの?

 

「イチトシちゃん、なんていうか。時々大胆になることない?」

 

「ああ、ジイとカレンによく言われるよ」

 

 納得だわ。

 

 落ちた薪を拾い集めて火を付ける。手持ちの食料で適当な料理をつくると彼女は黙々とそれを食べていた。

 

 彼女と食事をする機会は、少しだけあった。

 

 ギルドの仕事の話し合いで、レイヴンからの誘いで、イチトシからの誘いで。

 

 思い出せば彼女は『美味しい』や『不味い』といった感想を口にしたことが無い。気がする。

 

「美味しい?」

 

「うん、美味しいよ」

 

 やはりどこか、歪。美味しそうに感じられない、というのか。

 

 レイヴンは自分の分の料理を口に運びながら、ジッとイチトシを見ていた。特に所作等が気になるようなわけではない。むしろもともと貴族であったことを裏付けるほどには綺麗な所作だ。

 

「イチトシちゃん、おっさんとお話しましょ」

 

「いいけど、何の話?」

 

「イチトシちゃんの昔話」

 

 語尾にハートマークでも付けるように言えば少しは話してくれるだろうか。

 

 レイヴンの思惑が当たったのかは分からないがイチトシは良いけど、どこから話そう、と首を傾げた。

 

 光源の火がパチリと音を立てて爆ぜる。

 

「話すと言っても、私には十数年の間の記憶が無いからそんなに話せることは無いんだよ」

 

 始まりは十数年前。傷ついた自分が奇特な夫婦に拾われるところ。

 

 倒れていた自分を見付けるのはそれこそ偶然、奇跡とも言える偶然だった。倒れていた場所はファリハイド郊外の平原。魔物にやられたのか死にそうな傷を負って、見るも無残な状態で倒れていたのが自分、イチトシだった。

 

 

 傷どころではなく、酷く薄汚れた状態だった。彼らは暇潰しという名の散歩の最中だった。貴族という名前が嫌いなわけでないが、その立場にがんじがらめに縛られることを嫌った彼はよく使用人を一人だけ連れて街の外に狩りに出ていた。

 

 武器である重厚な弓を背中に構え、歩いていた彼、ルディアースの目の前で使用人の者が足を止める。

 

 妙なものを捉えた使用人の前に出ると赤い色が目についた。

 

 ルディアースは慌ててその物体の近くに膝を付いた。紅く、汚れているがそれは人の形をしていたからだ。得体のしれないものに、と慌てる使用人を差し置いて薄汚れたそれの口元に手をやる。

 

 息はしているようだが、怪我をしているのか鮮やかな赤色に包まれすぎている。

 

 そしてお人好しのルディアースは拾った。名前もわからないような者を拾うとは、という周りの声に心を傷つけられる日もあった、らしい。

 

 彼以上に彼の妻が拾った者を気に入った。自分たちの娘とする、といって聞かなかった。

 

 それが始まり。その時、付けられた名前がイチトシ。

 

 今の、私の名前。

 

 

 話し終えてレイヴンの表情を伺うとなんとも言えない顔をしていた。悲しみなのか、疑問なのかは分からない。いつもの笑顔でないことは確かだった。

 

 そんな表情をされると思っていなかったイチトシは首を傾げる。

 

「生きてて、良かったね」

 

 迷った挙句の言葉にイチトシは笑顔を返した。

 

「実感はないよ。でも、うん。生きててよかった。今では本当にそう思える。――さあ、レイヴンさんは眠ってください。冷えてきましたからね」

 

「ちょっとちょっと、見張りならおっさんがやるって!」

 

「そうですか? では、お願いします。眠くなったら私を起こしてくださいね」

 

 片手を振ってテントの中へ。

 

 レイヴンは火の中に枝を放り投げながら、先ほどのイチトシの言葉を反復する。拾われた貴族。貴族の血筋にない貴族。なるほど、他の貴族連中がルディアースの次期当主の失踪を喜ぶはずだ。

 

 血を最もだと思う貴族連中にとって、努力と才能と、自身の力で立場をつかみとった彼女の存在は鬱陶しいだろう。

 

 不思議と同情はしていない。けれど、その後どうなったのかは気になっている。貴族で在り続けた彼女は何を思って生きているのだろう。

 

 そういえばジイは?

 

 貴族に拾われた彼女はいつジイと知り合ったんだ。もともと知り合っていたように感じていたが、先ほどの話にジイは出てこない。

 

――生きててよかった。今では本当にそう思える。

 

「生きててよかった……」

 

 生きててよかった。数回、同じ言葉を繰り返すと不思議と安心感が彼を包み、膝を抱えた彼はいつの間にか目を閉じ、眠っていた。

 

 目が覚めたのは陽が登り始めている頃だった。

 

 バサバサと布が立てる音に目を開くとイチトシがテントをたたむところだった。

 

 慌てて起き上がるとおはよう、とやわらかな声がかかる。

 

「お、おはよう」

 

「朝ごはん、適当だけどあるからお腹に入れておいて」

 

 いつから起きてた? ううん、分からないけれど少しだけ前だよ。ごめんね、寝ちゃって。いいよ、何事もなかったから大丈夫。

 

 テントを小さく畳んでしまう。早めに出ればお昼には合流できるかな。小さな子や女の子たちも一緒だからきっと合流できそうだね。じゃあ今日は――。

 

 今日の予定を聞いてレイヴンはひとつうなずいた。問題無いわ。

 

 魔物が出たらイチトシが双刀で斬りこみ、レイヴンが弓矢か術でトドメを刺す。互いに魔物との戦いは慣れたもの。巨大獣を倒すために共闘したこともある。

 

 トリム港に向かうまでの道で苦戦をすることはなく、予定通り昼ごろにはトリム港に到着しそうだった。

 

 ただ、その途中のトルビキア中央辺りの街道で珍しい一団を見付けた。

 

「お、おお?」

 

 それはレイヴンが追いかけなければならないユーリたち一行だった。黒の長髪を持つ男は目立つ。桃色の髪の少女もだ。

 

 本当に旅をしているのかと思うと疑問が色々ある。

 

 走って彼らに駆け寄り、すぐに打ち解けているレイヴンに遅れて歩いているとユーリがイチトシを見付ける。

 

「何となく居ると思ったぜ、イチトシさんよ」

 

「君は予知能力者だったのかい、ローウェルくん」

 

「な、なな、なな夜駆け鼠の首領だ!!!」

 

 少年の興奮した声に目を向けるとハンマーを携えた少年が目を輝かせてイチトシに詰め寄っている。

 

 恨みというより尊敬? 憧れ?

 

 まるで夜駆け鼠の噂だけを聞いて入りたいと言ってきた若い子たちのようだ。

 

「アンタ、ギルドで有名なんだってな?」

 

 少年を無視してユーリはイチトシに問いかける。少々恨みがましく聞こえるのは気のせいか。いや、違う。

 

 イチトシは笑う。

 

「嘘はついていないよ。私は十年前まで貴族だったから十年前にギルドを作って、今があるんだ。細かい話はせめて街に着いてからにしよう?」

 

 街道では魔物も出るといえばユーリたちは納得して街へ足を進めた。レイヴンはジュディスという美しいクリティアの人に夢中なのか必死に話しかけ、リタという魔道士は完全に警戒してイチトシをにらみ、カロルという少年は目を輝かせたままイチトシに話しかけ、その横からゆっくりとエステリーゼが近付いていた。

 

 エステリーゼの姿を視界に収めるとイチトシはその場に足を止めて深々と頭を下げた。

 

「このような場所でご挨拶することをご容赦頂きたい」

 

 貴族としての姿にユーリは本当だったのか、と皮肉っぽい口調でイチトシへ笑いかけるも彼女はあt魔を上げない。

 

 自分よりも格上の相手にしかるべき場所で挨拶を出来ないこと、前回あった時に無礼な態度を取ったこと、その全てが謝罪に値すること。そして、許されないこと。

 

「エステル、多分エステルが許してやらねえとこのオネエサンこのまんまだぞ」

 

「えっ! あ、あの、イチトシさん。私は気にしていませんから。それに、よかったらユーリに接するようにしてください。今の私は、立場なんてありませんから」

 

「それは、……エステリーゼ様のご要望とあらば努力いたしましょう」

 

「ご要望ですっ!」

 

 この、無邪気が怖い。

 

 ようやく顔を上げたイチトシが見たのは満面の笑みを浮かべるエステリーゼ姫で、ため息が出そうになった。

 

 エステリーゼ、さん。そう呼ぶと彼女は頬を膨らませてエステルです、と強く返した。

 

 イチトシがマトモにエステルの名を呼べるようになったのは、それこそトリム港に着いてからの事だった。これまで以上に、疲れていた。

 

(2016/02/02 22:59:44)


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