《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第21話

 

「ダングレストに行く。……カレンも呼ぶ必要があるかな」

 

 拠点に向けていた足を反転させ、彼女はダングレストへ向かう。ただの気まぐれでは無さそうだが、まだ全ての意図を教えてもらえるほどではないか。

 

 カイは彼女の背後からゆっくりと歩みを進めた。

 

 

 ダングレストで彼女たちを迎えたのは落ち着きのないダングレストの街と、上機嫌なドン・ホワイトホースだった。街についてユニオンの入口を見張る天を射る矢の人に話を聞こうとするとユニオンから出てきたドンにユニオン内へ迎え入れられる。

 

「ドン、まるで戦争でも始まりそうな雰囲気だけど」

 

「始めんだよ。帝国と、ギルドのな」

 

 さぞかし楽しいのだろう。大声で笑うドンはこれまで見たこと無いほど機嫌がいい。彼の歯止めともなっている幹部の姿も近くに見えない。

 

「帝国がそこまで愚かだとは思えない。ドン、何を考えてるの」

 

「気になるならてめえも行って来い。あいつらはガスファロストに行かせた」

 

「あいつ"ら"?」

 

「ガスファロストだ」

 

 疑問に答えていないよ。イチトシの代わりに嫌そうな顔をしたのはカイだ。

 

「ううん、ガスファロストか。いいよ、行こうか。カイくんはこっちに残ってドンの手伝いをしてあげて。ガスファロストには私一人で行く」

 

「首領一人で?」

 

「問題ないから。もともとガスファロストには用もあったから」

 

 時折、そう、いつもではないが時々、彼女は無謀とも言えるようなことをする。

 

 彼女の剣の腕前を知らないわけではないが、女性を一人で行かせるわけには。そう言おうとしたカイの口が閉じたのは、彼女以上に上の立場にある男が早く行って来いと首領を急かしたからだ。

 

 後はお願い。

 

 首領はいつもの笑顔を浮かべていた。

 

 

 知った女性の居ない部屋でドンとふたりきり。カイは気にも留めない。夜駆け鼠には面白い奴が多いな。ドンに話しかけられ、ようやく彼は感心をドンへ向けるほどだ。

 

「てめえも"普通"じゃねえだろ」

 

「……知ったようなことを。大体、面白いのを抱え込んでんのはそっちだろ。クソジジイが」

 

 カイの失礼な言葉にも、ドンは笑って答えた。

 

 

 普段は砂嵐に覆われた巨大な塔、ガスファロスト。紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)が拠点にしているという噂はあったが砂嵐が止むことは無くそれ以上の情報を仕入れたことはなかったな。

 

 正面入口のやけに少ない見張りを気絶させたイチトシは一人でガスファロストを探索していた。入口に警備が少ないのもそうだが、内部にも人が少ない。紅の絆傭兵の人間が気絶しているのも何度か見た。

 

 既に来ている彼らがこれをやったのか。

 

 ガスファロストの上層を目指し、歩いていると不意に誰かがイチトシの名を呼んだ。知った声に振り返ればギルド間で何度か付き合いのある幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)の商人と何人かの民間人が居た。

 

「何をしてるの?」

 

「投獄されてたんだ。イチトシさんもかい?」

 

「いえ、私はドンに言われてきました。おそらくもう少ししたら安全な状況を作れるはずですから」

 

「あの兄ちゃんたちも心配だがなあ」

 

 あの、兄ちゃん?

 

 来ているのは中年ではないのか。

 

 イチトシの疑問に商人は首を傾げた。自分たちを牢から解放してくれたのは黒くて長い綺麗な髪を持つ兄ちゃんと、とても美人なクリティアのお姉さんだった。彼らは上に用があるからといって紅の絆傭兵団を蹴散らして行ってしまった。

 

 黒くて長い髪の男。ああ、思い当たるのが居るなあ。でもなんで彼が。

 

「私は上に行きます。どうか皆様はここから出られないよう」

 

「え、ちょ、イチトシさん!?」

 

 イチトシが戦えることを知らない商人たちは上へと向かうエレベータに乗り込もうとするイチトシを止めようとしたが、商人たちの手が届く前にイチトシはエレベータへと乗り込んだ。

 

 けれど、彼らも登っていったのならもう最上層に着いているのか。何かがある、あったとしても、間に合わないかもしれないなあ。

 

 エレベータの中、双刀の鞘に手を乗せた。

 

「ね、ねえ誰か来るよ!?」

 

 上層から聞こえたのはまだ年端も行かない子供の声。よもや子供がこんな場所で? 捕らえられているとは思えない。牢は下にあった。

 

 もしもの為に、と双刀の鞘を握る。

 

「っ、イチトシ、ちゃん?」

 

 知った声もあったが、それよりも臨戦態勢にあった何人かの内に有り得ない姿を認めてイチトシの警戒は驚きに変わった。

 

「エステリーゼ様? 何故貴女様がこのような場所に居らっしゃるのですか」

 

 桃色の髪にスカート姿の、少女。

 

 細身の剣を強く握りしめた少女は、エステルは驚きに体を固め、周りの仲間たちと思われる青年、少年、少女たちは皆顔を見合わせた。

 

 イチトシの名を呼んだ男と、桃色の髪の少女の他にも、知った人間が居た。

 

「ローウェルくんも、一体何をしているの」

 

 黒く長い髪の青年。ユーリ・ローウェル。足下に青い犬、ラピードを従え、彼は手に持っていた刀を鞘へとしまった。

 

「そりゃこっちの台詞だ。アンタ、ここで何してんだ、イチトシさんよ」

 

 帝都の下町に居るはずの青年に、帝都で菓子を配っているはずの女性。帝都の城に居なければならないはずの少女に幼い少年少女。何だこれは、何の集まりだ。

 

 滅多なことで驚かない自覚があったが、少し自信を無くしそうだ。

 

「え、ちょ、なになに。青年たちイチトシちゃんと――」

 

『見つけたぞ!!』

 

 まるで狙っていたかのようなタイミングでユーリたちの背後に屈強な男が2人、走りこんでくる。武器を構えた男たちに反応する前にユーリたちの間に一陣の風に吹いた。

 

 風は男たち2人の間も吹き抜けた。

 

 吹き受ける瞬間、ごっ、と鈍い音が響き男たちは地面に倒れた。

 

「情報交換は後の方が良さそうだね? じゃあ今は何も聞かず君たちを手伝おうか」

 

 叩き伏せた男2人の向こう側で彼女は笑い、片手を差し出した。その様子に違和感を抱けるのはユーリとレイヴン、そして、もう一人だけだった。

 

 その人は柔らかく笑うイチトシを背後から、じっと、見つめていた。

 

(2016/01/31 01:12:58)


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