《完》[ToV]愛する貴方に   作:つきしろ

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第20話

 

「ルディアースがギルドと接触しているという話がある」

 

 椅子に座り、書類を読みながら話しかけてくる主人。彼から放たれたファミリーネームに思わず眉が寄る。ルディアースを排除してこい、いつかの主人の言葉でかの館へ侵入した時の結末が鮮明に思い出される。

 

 誰かに情報を漏らすこともなく夜中に気配を断って館に侵入した。不思議と警備の魔導器などはなく、使用人たちが何人か居る程度だった。使用人たちも武芸に優れていることはなく、見つからずに、または気絶させることで容易に当主の部屋の前まで行くことが出来た。

 

 行くことが出来たのは、そこまでだが。

 

――その部屋には妻が眠っているが、何か用かな?

 

 全く音を感じなかった、もちろん、気配も。

 

 乱闘というような戦いにすらならず、背後から首を押さえられて外に追い出された。寒空の下で星を見上げていた情けない自分の姿さえも容易に思い出される。

 

「何処のギルドと何をしているのか、重ね調べて報告しろ」

 

 ただでさえ面倒な命令をしているくせに。

 

 文句は身体の中に貯めこむ。

 

「はい」

 

 短く返事を返したとしても主人の視線が自分に向くことは無い。いつからか、命令の時にも目を見て話すことが無くなった。

 

 いいや、それはどうでもいいことだ。

 

 一礼して主人の部屋を出て行く彼は腰の剣に片手を置く。橙の騎士服の裾が歩く度に揺れる。

 

 シュヴァーン隊長。大きな声で彼を呼ぶ背の小さな男が駆け寄ってくる。

 

「よろしいのですか! ローウェルのような大悪党を――」

 

 話題はどうやら先程雨の降り続く街で捕らえた青年のことらしい。騎士に歯向かい、牢に入り、脱獄し、帝国の重要人物を連れ回した。

 

 だが、その重要人物と騎士団長の計らいで彼は今までの罪状を含めて無罪となった。今まで青年を追っていた男にとっては信じられないことなのだろう。

 

「エステリーゼ姫と閣下の計らいだ」

 

 まっすぐな男。

 

 シュヴァーンは目を細めた。それが威圧になったのかは分からないが背の小さな男は言葉をつまらせ、背筋を曲げて歩き去っていった。

 

 どちらかと言えば、"彼"の方がギルド事情について調べやすいか。シュヴァーンは騎士服を脱ぐと人知れず騎士の詰め所を後にした。

 

 そんな様子を、建物の影からジッと見ていた。

 

「へえ? おもしろ」

 

 カイは口元に手を当て、笑う。

 

 

 目の前の魔物を斬り伏せた彼女は一息つく。

 

「相変わらず小綺麗な戦い方しやがるな」

 

 巨漢の男が重厚な刀を収める。彼の言葉にイチトシは笑った。

 

「嫌味な言い方。ドン、そろそろ私を引っ張りだそうとするのはやめてくれないかな?」

 

 双刀を腰のホルダーに収め、彼女は溜息をつく。こうして街の近くに現れた魔物たちの討伐に連れてこられるのは何度目のことだろう。

 

 ギルドの巣窟、ダングレストの結界が不安定なわけでもないが町の人間や行商人の安全を確保するため、という名目でドンは自分の立場を知りながら身軽に魔物討伐へ出て行く。

 

 最近はイチトシを連れて。

 

 まるで自分が重要視している人間だと周りに知らしめているようだ。イチトシにはそれが嫌だった。多くに知られれば自分たちの目的を知る人間が増える。自分たちの目的を知る人間が増えれば。

 

「おいイチトシ、」

 

「なあに、ハリー」

 

「っ、いいかげん子供みたいな扱いやめてくれよ」

 

 笑いかけると顔を背ける青年、金色の髪を持つ彼はいつだったかダングレストで迷子になっていたイチトシをドンの元へと導いた青年だ。かつて戦うことを怒られた青年も今では自身の力を持って戦うギルドの一員。

 

 だがどれだけ日が経ち力を持ってもイチトシはハリーを子供扱いする。本人曰く、可愛いから、だそうだがその理由もまた気に食わない。

 

「ごめんね、それで、どうしたの?」

 

「アンタが欲しがってたもん、確保してあるぞ。だけどあんなの、何に使うんだ。しかもあんな大量に」

 

「どんなものにも使いみちはあるんだよ。ありがとう、あとで受け取りに行くね」

 

 誰かが彼女の名を呼んだ。

 

 夜駆け鼠の仲間である男の呼び声にイチトシはハリーとドンに背を向け、森の奥へと歩き始める。

 

 この森の先に彼女たち、夜駆け鼠の拠点がある、らしい。

 

 夜駆け鼠の仲間での古株のものしか入ることの出来ない拠点の真偽を知ることは難しい。

 

「ちっ、アレより厄介だな」

 

「ドン?」

 

 唐突に苛立った自分の祖父へ目を向けると彼はイチトシの向かった先を睨んでいた。気に入って使っているんじゃないのか。ハリーの疑問にドンは目を細めた。

 

「思い込みを自分の意志だと決め付けてやがる。ふらふらしてる奴よりよっぽどタチがわりい。戻るぞ」

 

 ふらふらしてる。なんとなく、そう言われている男は想像できるが。

 

 ハリーは歩きながら背後を見た。森の先にイチトシたちの拠点。

 

 そういえば、イチトシが夜駆け鼠を作った理由を知らない。荷物の受け渡しの時にでも聞いてみようか。ドンより少し遅れてダングレストに帰ったハリーを待っていたのは結界が消え、いつも以上の喧騒に包まれたダングレストの街だった。

 

(2016/01/30 19:01:59)


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